堕落夫とは本日限りで離縁致します

遠野エン

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性根の腐ったお義母様には退場して頂きます

第9話 姑、墓穴を掘る

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「全員、お揃いですね」

サロンの扉が閉じられる音を背に、私は部屋の中央まで歩み出た。壁際には整列した使用人たち。ソファにはアンジェラ、レクシオ、その後ろにハロルドが直立する。向かいにこの屋敷の主治医。どの顔にも緊張が浮かんでいる。私が「話があります」とだけ告げて集めたのだから当然だろう。

「わざわざお呼び立てして申し訳ございません。ただ、本件については一度、関係者を揃えてお話しする必要があると判断いたしました」

形式的な前置きにとどめて、私はすぐに頭を下げた。

「――まずはお詫びを申し上げます。お義母様に毒を盛ったのは私です」

空気が一拍遅れて凍りつく。医師が目を見開き、ハロルドの喉がひくりと動いた。レクシオは信じられないというように私を凝視している。アンジェラだけが表情を変えない。

「ユーリア、何を言っているんだ」

沈んだ声でレクシオが問う。私は彼を見ない。視線を落とし、あくまで殊勝な"演者"として言葉を継ぐ。

「……付随費用の件で、お義母様を追い詰め過ぎてしまったのではないかと。あの日、サロンで向かい合ったとき、お義母様のお顔色があまりに優れなくて。『あのようなことまでして、家のために社交を支えてこられたのだ』と、今さらながら気づきました」

うそですとはもちろん言わない。ただ、罪悪感ゆえの逡巡を装って淡々と並べる。感情を過剰に乗せるより、少し乾いた声音のほうが"本音"らしく聞こえることを私は知っている。

「家のために苦労してこられた姑を若い嫁が数字で責め立てた――。その構図がどうしようもなく耐えがたく思えたのです。せめて少しのあいだでも、お義母様に一度"倒れていただければ"『周囲から同情される立場』を……いえ、弁解ですね。事実だけ申せばよろしい」

一度区切って顔を上げる。

「私が仕込んだ毒物は――――――」

医師に視線を向けた。

です」

即座に、医師の表情が青ざめた。予想どおりの反応。

「オピシリンだって? 本気で言っているのか、若奥様」
「ええ。市井ではあまり出回りませんが、実家のほうで医師の監督のもと、毒物の基礎知識を学ぶ機会がございましたので。入手経路はあとでいくらでもお話しします」

実家での勉強は事実だが、オピシリンを扱ったことはない。ただ、"この世界に存在する危険な毒物のひとつ"であること、致死量と中毒の経過、そして――一部の医師が共有している"厄介な性質"だけは事前に調べてある。

医師は額に手を当て、短く息を吐いた。

「オピシリンは……微量でも長期的には確実に死に至る。血液と結びつき、徐々に臓器を蝕む。通常の解毒薬は一切効かない。あなたはそれを承知で?」
「はい」
「しかし、診たかぎりでは奥方様の症状は急性の中毒発作に近かった。吐血もあったが、まだ臓器不全の兆候は――」
「オピシリンにはひとつだけ、救済策があるはずです」

私が言葉を挟むと、医師はハッとしたようにこちらを見た。沈黙が数秒、サロンを支配する。

「……あなたはどこまで知っている?」
「基本的な理屈だけ。量を誤れば"救済"はそのまま"死"に直結すると」

医師は重々しく頷き、周囲に向き直った。

「オピシリンは体内に一定以上の濃度で満たされると、それ自体が急速に分解を始める。つまり――すれば、すでに取り込まれた微量分もろとも中和されるというものです」

使用人たちの間にざわめきが走った。レクシオが立ち上がりかけ、ソファの背もたれを掴む。

「致死量を……って、それは……!」
「成功すれば一命は取りとめる。失敗すれば即死だ。賭けにもならん。だからこそ禁忌とされてきた」

医師の声は苦い。だが、その苦さこそがほしかった。

私はゆっくりとアンジェラのほうを向いた。彼女の指先がわずかに震えているのが見える。

「お義母様。私のしたことは許されざる行為です。どのような処分も甘んじて受ける覚悟はございます。ですがそれとは別に。お義母様のお体をお守りする責任もまた私にはございます。オピシリンはいずれ必ず命を奪います。今はお加減が落ち着いていらしても、数か月後か、数年後か――」

わざとそこで言葉を切り、ゆっくりと続ける。

「このまま何もなさらなければ、遅れて死が訪れます。唯一の回避策は、先生がおっしゃった通り致死量を一度に摂取して中和を図ることだけ」

アンジェラの顔色が見る間に変わっていく。青白さと理解しがたい怒りと恐怖。その両方が入り混じった表情。彼女の喉がからんと乾いた音を立てた。

「お義母様」

私は静かに言う。

「お義母様をお救いする方法はひとつだけ。医師立ち会いのもと、致死量のオピシリンを――」
「――嘘よ!」

甲高い声が私の言葉を遮った。アンジェラが立ち上がり、ドレスの裾を掴んだ手に力を込める。頬は紅潮し、瞳孔が開いている。

「そんなはずないわ! 私が飲んだのは――」

恐怖が理性より早く口を突いて出る。

「『ヴォイド・リリー』よ!!」

サロンの空気が今度こそ完全に止まった。
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