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性根の腐ったお義母様には退場して頂きます
第11話 歪な本音
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低く枯れた声。全員の視線がそこに向かう。扉の向こうに立っていたのはこの屋敷の当主、ヘルガー。
彼は杖を突きながらもまっすぐにサロンの奥へ歩みを進める。顔色は決して良くはないが、目だけは冴えていた。
「ヘルガー様……!」
アンジェラの声が震える。彼女は慌てて立ち上がろうとして、足元をふらつかせた。レクシオが即座に支える。
「父上、無理をなさらないでください」
「黙っていろ、レクシオ」
短く言い置き、ヘルガーはゆっくりとサロンの中央に立った。杖の先が床板を小さく叩く。
「一部始終、隣室で聞かせてもらった」
そう言って、私に視線を向ける。
「ユーリア。お前のやり方は実に性質が悪いな」
「お叱りは甘んじて受けます」
実際"性質が悪い"のは自覚している。だが、ここまで露骨に火を点けなければ、誰も真相に手を伸ばさなかっただろう。
ヘルガーはふっと息を吐き、それからアンジェラを見た。
「……アンジェラ」
「な、なに? あなた、どうして起きて――」
「真実を話せ」
短い一言だった。その一言に重ねられてきた年月の重みは私には測れない。夫として、当主として彼がどれだけのものを飲み込んできたのか。
アンジェラは身をすくませた。視線を逸らしたくても逸らせないといったふうにヘルガーの目を見つめる。
「わ、私は……何も……」
「嘘を重ねるな」
杖の先が床を強く打つ。乾いた音がサロンに響いた。
「ヴォイド・リリーなどという名を又聞きで知るわけがない。ましてや、それを飲んだと口走るなど。余計な手を出したのはお前だ、アンジェラ」
静かな声。逃げ道のない断定。
「衣服を調べる必要があるかどうか、私にはもうわかっている。だが――」
ヘルガーは目を細めた。
「お前の口から聞かねばならん。これは家の問題であると同時に夫婦の問題だ」
沈黙が落ちる。誰も口を挟まない。ここから先は私の"段取り"を超えた領分だ。アンジェラは唇を噛み、言葉を飲み込めずにいた。何度か息を吸い、吐き、ついに観念したように肩を落とす。そして服のポケットから小さな包みを取り出した。
「……そうよ」
掠れた声が落ちる。
「やったわよ。私が自分でヴォイド・リリーを飲んだの。あの子に毒を盛られたみたいに見せかけるために」
自嘲気味の笑いが喉の奥でちりちりと燃えた。
「あの子は何をやらせてもそつがないし、使用人たちも親族もみんなあの子を『奥様』みたいに見始めてた。……怖かったのよ。私の席が少しずつ削られていくのが」
アンジェラの視線が一瞬だけ私をかすめる。その目にあるのは憎しみだけではない。恐怖と諦めと、ひどく人間くさい嫉妬。
「だから被害者になろうと思った。姑が若い嫁にいじめられて、追い詰められて、ついに毒を飲まされた……っていう物語をね。自分で自分の体を使って作り上げれば、みんなきっと私のほうを見るって」
「毒の入手経路は?」
冷静に問いを差し挟む。感情の流れを断ち切ることで"供述"に切り替えさせる狙いもある。
「前から少しだけ持ってたのよ。何かあったとき、脅かすくらいのことはできるようにって。こんなふうに使うつもりはなかったけど」
ふっと笑う。その笑いにはもはや"奥方"の気品はない。ただの中年女の擦り切れた笑い。
「鏡台の裏に隠してあった包みを取り出して、指の間に忍ばせて……あとは、あなたが淹れた紅茶に混ぜただけ」
アンジェラは自らの胸元を掴む。その指先がかすかに震えている。
「警察を呼ばなかったのも、外から嗅ぎ回られたくなかったから。私がわざわざ隠していた毒を見つけられたら、全部終わりでしょ? だからこの家の中だけで『若奥様が怪しい』っていう空気を醸し出せればいいって……そう思ったのよ」
そこまで吐き出して、アンジェラは力なく笑った。
「でも、あなたは私の想像よりずっと手が早かった。自分から『毒を盛りました』なんて言い出して、危険な毒物の名前で怖がらせて、先生まで巻き込んで……」
恨みがましい目が今度は真正面から私に向く。
「本当に、いやな女ね。あなた」
「褒め言葉と受け取らせて頂きます。ただ一点だけ、訂正させてください」
私はゆっくりと息を吸い、サロンの全員を見る。
「私は最初から『自分が罪をかぶるつもり』などありませんでした。あくまで筋書きを整えるための嘘をついただけです。お義母様の用意した芝居が"悲劇"として成立する前に、"茶番"として幕を引くために」
それまで成り行きを静観していたヘルガーが、床を杖で一際強く打ち鳴らした。
「恥を知れ、アンジェラ」
「あ、あなた……?」
「お前がどれほど不安だったかなど知ったことではない。自身のくだらない嫉妬心のために自ら毒をあおり、あまつさえ次代の当主を支える嫁を罪人に仕立て上げようとするとは……正気の沙汰か!」
激昂のあまりヘルガーは激しく咳き込んだ。レクシオが慌てて背をさするが、ヘルガーはその手を払い除け、妻を睨み据える。その目にあったのは夫としての温情ではなく当主としての激しい憤りだった。
「それは"家のための芝居"などではない。家名を泥で汚す最も醜悪な背信行為だ。お前が守ろうとしたプライドなど、この愚行ですべて地に落ちたと思え」
アンジェラは何も言わなかった。言える言葉が残っていないのだろう。
私はペンを置き、静かに頭を下げた。
「本件について、最終的な判断はヘルガー様にお任せします。私はただ、事実を整えたに過ぎませんので」
数字でも毒でも芝居でもいい。どんな道具を使おうとすることは一つ。
曖昧な物語を逃げ道のない現実に書き換える。
ただそれだけ。
彼は杖を突きながらもまっすぐにサロンの奥へ歩みを進める。顔色は決して良くはないが、目だけは冴えていた。
「ヘルガー様……!」
アンジェラの声が震える。彼女は慌てて立ち上がろうとして、足元をふらつかせた。レクシオが即座に支える。
「父上、無理をなさらないでください」
「黙っていろ、レクシオ」
短く言い置き、ヘルガーはゆっくりとサロンの中央に立った。杖の先が床板を小さく叩く。
「一部始終、隣室で聞かせてもらった」
そう言って、私に視線を向ける。
「ユーリア。お前のやり方は実に性質が悪いな」
「お叱りは甘んじて受けます」
実際"性質が悪い"のは自覚している。だが、ここまで露骨に火を点けなければ、誰も真相に手を伸ばさなかっただろう。
ヘルガーはふっと息を吐き、それからアンジェラを見た。
「……アンジェラ」
「な、なに? あなた、どうして起きて――」
「真実を話せ」
短い一言だった。その一言に重ねられてきた年月の重みは私には測れない。夫として、当主として彼がどれだけのものを飲み込んできたのか。
アンジェラは身をすくませた。視線を逸らしたくても逸らせないといったふうにヘルガーの目を見つめる。
「わ、私は……何も……」
「嘘を重ねるな」
杖の先が床を強く打つ。乾いた音がサロンに響いた。
「ヴォイド・リリーなどという名を又聞きで知るわけがない。ましてや、それを飲んだと口走るなど。余計な手を出したのはお前だ、アンジェラ」
静かな声。逃げ道のない断定。
「衣服を調べる必要があるかどうか、私にはもうわかっている。だが――」
ヘルガーは目を細めた。
「お前の口から聞かねばならん。これは家の問題であると同時に夫婦の問題だ」
沈黙が落ちる。誰も口を挟まない。ここから先は私の"段取り"を超えた領分だ。アンジェラは唇を噛み、言葉を飲み込めずにいた。何度か息を吸い、吐き、ついに観念したように肩を落とす。そして服のポケットから小さな包みを取り出した。
「……そうよ」
掠れた声が落ちる。
「やったわよ。私が自分でヴォイド・リリーを飲んだの。あの子に毒を盛られたみたいに見せかけるために」
自嘲気味の笑いが喉の奥でちりちりと燃えた。
「あの子は何をやらせてもそつがないし、使用人たちも親族もみんなあの子を『奥様』みたいに見始めてた。……怖かったのよ。私の席が少しずつ削られていくのが」
アンジェラの視線が一瞬だけ私をかすめる。その目にあるのは憎しみだけではない。恐怖と諦めと、ひどく人間くさい嫉妬。
「だから被害者になろうと思った。姑が若い嫁にいじめられて、追い詰められて、ついに毒を飲まされた……っていう物語をね。自分で自分の体を使って作り上げれば、みんなきっと私のほうを見るって」
「毒の入手経路は?」
冷静に問いを差し挟む。感情の流れを断ち切ることで"供述"に切り替えさせる狙いもある。
「前から少しだけ持ってたのよ。何かあったとき、脅かすくらいのことはできるようにって。こんなふうに使うつもりはなかったけど」
ふっと笑う。その笑いにはもはや"奥方"の気品はない。ただの中年女の擦り切れた笑い。
「鏡台の裏に隠してあった包みを取り出して、指の間に忍ばせて……あとは、あなたが淹れた紅茶に混ぜただけ」
アンジェラは自らの胸元を掴む。その指先がかすかに震えている。
「警察を呼ばなかったのも、外から嗅ぎ回られたくなかったから。私がわざわざ隠していた毒を見つけられたら、全部終わりでしょ? だからこの家の中だけで『若奥様が怪しい』っていう空気を醸し出せればいいって……そう思ったのよ」
そこまで吐き出して、アンジェラは力なく笑った。
「でも、あなたは私の想像よりずっと手が早かった。自分から『毒を盛りました』なんて言い出して、危険な毒物の名前で怖がらせて、先生まで巻き込んで……」
恨みがましい目が今度は真正面から私に向く。
「本当に、いやな女ね。あなた」
「褒め言葉と受け取らせて頂きます。ただ一点だけ、訂正させてください」
私はゆっくりと息を吸い、サロンの全員を見る。
「私は最初から『自分が罪をかぶるつもり』などありませんでした。あくまで筋書きを整えるための嘘をついただけです。お義母様の用意した芝居が"悲劇"として成立する前に、"茶番"として幕を引くために」
それまで成り行きを静観していたヘルガーが、床を杖で一際強く打ち鳴らした。
「恥を知れ、アンジェラ」
「あ、あなた……?」
「お前がどれほど不安だったかなど知ったことではない。自身のくだらない嫉妬心のために自ら毒をあおり、あまつさえ次代の当主を支える嫁を罪人に仕立て上げようとするとは……正気の沙汰か!」
激昂のあまりヘルガーは激しく咳き込んだ。レクシオが慌てて背をさするが、ヘルガーはその手を払い除け、妻を睨み据える。その目にあったのは夫としての温情ではなく当主としての激しい憤りだった。
「それは"家のための芝居"などではない。家名を泥で汚す最も醜悪な背信行為だ。お前が守ろうとしたプライドなど、この愚行ですべて地に落ちたと思え」
アンジェラは何も言わなかった。言える言葉が残っていないのだろう。
私はペンを置き、静かに頭を下げた。
「本件について、最終的な判断はヘルガー様にお任せします。私はただ、事実を整えたに過ぎませんので」
数字でも毒でも芝居でもいい。どんな道具を使おうとすることは一つ。
曖昧な物語を逃げ道のない現実に書き換える。
ただそれだけ。
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