【完結】婚約破棄したのに「愛してる」なんて囁かないで

遠野エン

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最後に見たあなたの背中

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チャリティバザーの日、スフレ伯爵家から運び込まれた手作りのジャムや焼き菓子、それから採れたての果物たちはテントに甘い香りを漂わせていた。予想を超える人気ぶりで、お客さまたちがひっきりなしにテントへ足を運ぶ。

「初めていただくわ、こんなにフルーティーな香りのジャムは」
「このパウンドケーキ、何が使ってあるの? すごくしっとりしていて美味しい」

と口々に驚きと喜びの声を上げているのを見ていると、わたしの心も軽やかに踊り出す。

テントではビアンカも手伝いに来てくれてた。彼女は人当たりが良さゆえ接客がとても上手だ。人懐っこさと太陽のような笑顔はどんな相手の心の扉も自然に開いてしまう。終始にぎやかな空気のまま、人の波が途切れることなく訪れ、丹精込めて用意した品々が瞬く間に姿を消していくほどの盛況ぶりだった。


シュロトは子供たちの遊び相手になってあげていた。数人の子供たちに囲まれ、普段の執務で見せる堅い表情とはうって変わって、柔和な笑みを浮かべていた。

「わあ、すごい! シュロト様、もっと高く!」

幼い男の子がきゃっきゃと声を上げ、シュロトはその子をひょいと抱き上げて高い高いをしている。子供は空に届きそうな勢いに大喜びだ。降ろされた後も、別の女の子が駆け寄ってきて、小さな手で摘んできたのであろう野の花の束を「どうぞ!」と少し照れながら彼に差し出していた。

「なんて素敵な花束だ。ありがとう、小さなお嬢さん」

シュロトは屈んで目線を合わせ優しく受け取り、その子の頭をそっと撫でる。子供たちはすっかり彼に懐いているようで、その周りを楽しそうに飛び跳ねていた。その光景を見て胸がぬくもりでいっぱいになる。公の場では常に真面目で堅実な彼がこんなにも子供好きな一面があったなんて。その発見は一層魅力的な存在に映った。


バザーは大成功のうちに幕を閉じ、夕刻の挨拶ではシュロトが父君――ヴァロア侯爵の代わりに謝辞を述べられた。

「皆様、本日は温かなご協力をいただき、ありがとうございました。売上や寄付金は孤児院や病院に役立てられ、明日には然るべき場所へ責任を持ってお届けする予定です。どうか、これからも変わらぬご支援を賜れますよう、心よりお願い申し上げます」

凛とした立ち姿でお辞儀をするシュロト。割れんばかりの大きな拍手が起こり、わたしも手を叩きながら「本当に素敵な方……」と心の中で呟く。先日の夜会ではわたしを守る騎士のようだったし、今日は会場をまとめる指揮官のよう。

それなのに、決して驕(おご)ることなく、一人ひとりへの礼を失しない配慮を持ち合わせた人……。“どうしてこれほどまでに惹かれてしまうのか”と自問するまでもなく、彼が放つ輝きにまた一段と心を奪われていた。


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それからも、わたしとシュロトは貴族たちが催す様々な集まりに顔を出す機会が増えた。爽やかな朝の乗馬会や優雅な音楽会、そして時には夜会や舞踏会も。「婚約破棄を経験した伯爵令嬢がすぐにヴァロア家の御曹司と……」と揶揄する声がゼロになったわけではないし、アランとのあの辛い記憶がごくたまに頭をもたげる。

そんなときは決まって、支えてくれるシュロトの眼差しや、底抜けに明るいビアンカ、そして変わらぬ愛情を注いでくれる両親の存在を思い出す。振り返ることはもうしない。 


ある時、ビアンカに引っ張られるようにして、小規模な舞踏会へ参加した。そこにシュロトが招かれているわけでもなく、ただ、ビアンカが「たまには息抜きに、ありきたりの舞踏会を楽しむのもいいでしょ?」と言うからわたしの手を引いた。

いざ足を運んでみると想像以上に気楽な雰囲気で、途中からはビアンカと少女時代に戻ったかのように無邪気に笑いながら踊っていたりした。その後、わたしたちは少し離れたテラスで、夜風に吹かれながらお茶を飲んだ。

「ねえ、リリーナ。シュロト様とのこと、実際のところどうなの? みんな噂しているわよ。『ついにヴァロア家に新しい婚約話か』って」

「そんな大げさな話にはまだ……。シュロトは本当に優しくしてくれるし、どんな時でも頼りになる方だと思っている……正直、ただの憧れ以上のものを感じてるのは否定できない」

「でしょ? うん、わたしもね、初めてお会いした時、リリーナにはきっとピッタリだろうって直感で思ったの。だってね、あなたが笑顔でいられるようにさりげなく気を配ってくれるようなところがあるじゃない。あれは誰にでもできることじゃないと思う」

ビアンカは両手を広げて見せ、少し大げさなジェスチャーに思わず吹き出しそうになる。

「ビアンカ……あなたは本当にわたしのことをよく見ていてくれるのね」

「当たり前じゃない。大切な友達なんだから。リリーナには絶対に幸せになってほしい。今度こそね」

今度こそ。その言葉にアランとの思い出が頭をかすめる。けれどそれは、一瞬の揺れのように過ぎ去るだけだった。
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