【完結】婚約破棄したのに「愛してる」なんて囁かないで

遠野エン

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最後に見たあなたの背中

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そんな日々が続いていたある晩、街へ買い物に出かけた折に、見過ごせない光景が飛び込んできた。

人通りの少ない裏路地に面したカフェテラス。その一角で向かい合う二つの影――最初は見間違いかと思った。けれど、ひりつくような空気に混ざり聞こえてくる甲高い声と、疲れのにじむ低い声が耳に届いてきたのだ。

アランとルネアだった。


テーブルを挟む二人の間の雰囲気は険悪そのものだった。ルネアは手にした扇子をパタパタと乱暴に扇ぎながら、何かをアランにまくし立てている。

「だから、何度言わせればわかるんだ! 君のその浪費癖は目に余る!」

アランの声は今までにないほど切羽詰まっていた。以前のような自信は影を潜め、焦りと疲労が色濃く潜んでいた。

「浪費ですって!? アラン様、わたしが身につけているものは全て、デラクロウ子爵家の次期当主夫人に相応しいものばかりですわ! それを理解できないあなたの方がおかしいんじゃなくて!?」

怒りに歪んだその顔には底知れぬ不満が燃え盛っているかのよう。周囲の空気まで震わせるようなヒステリックさに、思わず遠くから身を縮める。

「相応しいものだと? 君は見境というものを知らないのか! 先日もあれほど高価な宝石をねだり、今度は新しいドレスを何着も仕立てると言い出す始末! 我が家の財政状況を少しは考えろ!」

「なんですって!? それじゃまるで、わたしがデラクロウ家を傾かせているみたいじゃないの! そんなのはあなたがふがいないからでしょう!? もっと家格の高いヴァロア侯爵家のシュロト様なら、こんな些細なことで責めたりしないわ! きっとリリーナだって、今はもっと贅沢な暮らしをしているに違いないもの!」


突然、わたしの名前が飛び出し驚く。そしてシュロトの名前まで。アランは苦虫を噛み潰したような苦渋の顔で、低く唸った。

「黙れ! シュロト様やリリーナの話をここで出すな! 君は……君はいつもそうだ! 少しでも自分の思い通りにならないと、すぐに他人を引き合いに出して俺を貶めようとする!」

「あら、事実を言ったまでですわ! アラン様こそ、いつまでもリリーナの影を追っているんじゃないの? あの夜会の日だってそう! シュロト様が現れた途端、あなたはまるで魂の抜けた人形のように腑抜けみたいになって……! 本当に情けないったら!」

「なっ……! 君という女は……!」

テーブルの下でアランの拳が固く握られるのが、遠目にもはっきりと見えた。ルネアはフンと鼻を鳴らし、ヒールをカツカツ響かせどこかへ行ってしまった。残されたアランは椅子に深く身を預け、ため息をついている。その背中はかつての誇りも自信も見る影なく、小さく頼りなく映った。


かつて愛した人の変わり果てた姿に胸がちくりと痛んだ。それは憐れみというよりは、どこかさめた感情だったのかもしれない。彼が家格という名の空虚な幻影に囚われ、わたしをあっさりと切り捨てた結果がこれなのだ。その末路がこれならば、二人がどんな愛憎の舞台を繰り広げようと、もうわたしの知ったことではない。静かにその場を後にした。

アランとルネアの関係は、その後も日に日に悪化の一途を辿っているという噂が、社交界のあちこちから聞こえてきた。ルネアの派手な浪費と度重なるわがままにアランが疲れ果てていること、罵声飛び交う諍(いさか)いが日常茶飯事であること……。その噂を小耳に挟むたび、言い表せない複雑な気持ちになった。それ以上に、シュロトとの未来に思いを馳せる時間の方がわたしにとっては遥かに重要だった。
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