【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン

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16.希望の麦

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肩を落としていると、不意に背後から馬の蹄の音が聞こえた。

「こんなところで一体何をしている、アトランシア市長」

そこにいたのは『氷血伯』シオン・クレイヴァーン。領地を巡回していたところ、遠くにぽつんと佇む私を見つけ、不審に思って来たらしい。彼は馬上から氷のような視線で私を見下ろしていた。思い切って彼に話してみる。

「クレイヴァーン伯爵、ちょうど良いところに。事業計画についてご意見を伺いたいと思っておりました」
「事業計画?」
「ええ。インフラが整い、食料が確保できてもそれだけでは足りません。あの街には人々が心を寄せ合い、温もりを取り戻せる場所が必要です。そのための食堂を作りたいのです。看板料理として『うどん』という料理を考えています。しかし、それを作るには粘りのある特別な麦が必要なのです。この『屑麦』では力が足りない」

手の中のパサついた麦の穂を見せながら、自分のビジョンを熱く語った。コミュニティの再構築という明確な目的を持った事業計画。シオンは黙って私の話を聞いていた。

しばらく沈黙の後、

「……君の言う『粘りのある麦』とやらに心当たりがないでもない」
「本当ですか!?」
「俺の領地の一部に、湿気が多くて他の作物が育たない厄介な土地がある。そこに生える麦は粘り気が強すぎて、パンにもならん代物だ。むしろ駆除に手を焼いている。……案内しよう」
「ええ、ぜひお願いします!」

断る理由なんてない。期待に胸を膨らませ、すぐさま自分の馬の手綱を握り、その背に跨がった。

シオンが連れて行ってくれたのは領地の境界に近い霧がかった湿地帯。そこに広がっていた光景に私は息を飲んだ。他の植物を圧倒するように、みずみずしく力強い緑色の麦が一面に生い茂っていた。

馬から降り、その穂を一本手に取る。指先で実を潰してみると、屑麦とは比較にならないほど、しっとりと吸い付くような粘り気が感じられた。これだわ。これこそ私が探し求めていたうどんに最適な原料。

「素晴らしい……!これです、探していたのは!」

私の瞳が喜びに輝くのを、シオンは馬上から静かに見つめていた。

「言っただろう、ただの雑草だ。他の作物の生育を阻害する厄介者でしかない。好きなだけ持っていくがいい。刈り取ってくれるなら、むしろこちらが助かる」

あくまで彼は素っ気ない。けれど、その言葉の裏にある優しさを私は確かに感じ取っていた。これは単なる気まぐれではない。私の計画の価値を認め、未来への投資として手を貸してくれた。

彼の方へと向き直り、深く、丁寧に頭を下げた。

「クレイヴァーン伯爵。貴方様のご厚意に心より感謝申し上げます。この御恩は必ずや事業の成功という形でお返しいたします」

私の真摯な感謝を受け、彼は少しだけ居心地が悪そうに視線を逸らした。

「礼など不要だ。君の事業が成功すれば、隣接する我が領にとっても無益ではない。合理的な判断をしたまで」

そう言って馬首を巡らせた彼の横顔がほんの少しだけ和らいで見えた。私の手にはアトランシアの未来を繋ぐ希望の麦がずしりと重く握られていた。
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