【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン

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21.個人的なお願い※シオンside

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机に広げた地図と契約書を前に、俺たちは最後の詰めを行っていた。

「輸送ルートの警備は我が騎士団が出そう。その代わり、採掘された鉱石の一部は手数料として徴収する」
「妥当な条件です。ならば坑夫たちの現場指揮権はアトランシアに残してください。彼らの安全管理は私たちが責任を持ちます」

効率と安全を天秤にかけた上での主張。俺は手元の書類に視線を落とし、即座に損益を弾き出した。

「……いいだろう。認める」

俺が肯定すると、アトランシア市長・ルティアは小さく安堵の息をつき、羽ペンを取った。双方が紙に署名を済ませ、最後に印を重く押し当てる。

「これにて契約は締結だ。資材の搬入は明日から開始する」
「はい、期待に応えてみせます」

鉱山共同開発に関する実務的な話が全て終わり、彼女が席を立とうとした時、

「待て」

彼女と護衛の騎士・オドネルがこちらを見る。我ながららしくない行動だと思った。交渉は終わり、これ以上引き留める合理的な理由はない。だが、俺の口は思考よりも先に動いていた。

「……君に個人的な…頼みがある」

その言葉に彼女の瞳がわずかに見開かれる。無理もない。これまで俺は彼女に対し常に領主として、ビジネスの相手として接してきたのだから。
俺は努めて平静を装い、続けた。

「以前、アトランシアの広場で振舞っていたキノコのスープ。あれをもう一度作ってはもらえないか」

オドネルが目を丸くし、ルティアも驚いたように瞬きを繰り返した。無理もない。氷血伯とまで呼ばれる俺が、一食のスープをねだるなど誰が想像できようか。絶望の淵にあった街で彼女が灯した希望の味。あの深く温かい味をどうしようもなくもう一度欲していた。

「ええ、喜んで…と言いたいところなんですが材料が…」
「それなら問題ない。事前に『ひだまり亭』に人を送り、あの時使われていたキノコや干し肉の種類を詳細に聞き出しておいた。極力、同じものを揃えてある」

ルティアはふふっと楽しげに笑みをこぼした。

城の厨房に俺は場違いにも足を踏み入れた。ルティアはてきぱきと料理番に指示を出し、俺が用意させたキノコや干し肉を吟味している。しばらくして、私室で彼女が運んできた一杯のスープと向き合っていた。

湯気の立つ器を手に取り、まずはその香りを深く吸い込む。大地の恵みと干し肉の香ばしさが混じり合い、腹の底から欲求を刺激する。ゆっくりと匙を口に運んだ。

……そう、この味。
熱い液体が喉を通り、胃の腑に落ちていくと、凝り固まっていた身体の芯がゆっくりと解きほぐされていくような感覚に陥った。複雑でありながら素朴な味わい。不思議な安らぎがそこにはあった。

俺は夢中でスープを飲み干し、ふぅと息をついた。静かにこちらを見守っていた彼女に視線を向ける。

「……礼を言う。実に美味かった」

彼女は心の底から嬉しそうに微笑んだ。その花が咲くような笑顔に俺は一瞬、言葉を失う。

氷血伯――そう呼ばれ、常に冷静で合理的な判断だけを信条としてきた俺の胸の内に、これまで感じたことのない温かい感情がじんわりと広がっていく。それはまるで、このスープが溶かしていく氷のよう。

「君の作るものはどれも人の心に直接届くな。うどんも、このスープも」
「そんな、大袈裟です。ただ、食べる人の顔を思い浮かべて作っているだけです」

この胸の内をくすぐる説明しがたい感情。それは合理性だけでは到底片付けられないものだった。
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