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25.影の宰相※ヴォルフside
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ルティアを追放してから季節が一巡した。俺の隣には常にエリーゼが寄り添い、彼女の清らかな微笑みは王宮に光をもたらしている。完璧な世界のはずだった。…が、その世界にいつからか不協和音が混じり始めていた。
最初は些細な兆候だった。特定の贅沢品の価格がじわりと上がり、次いで日用品の流通が滞り始めた。報告に上がる税収は予測をわずかに下回り、倒産する商会の噂を耳にする頻度が増えた。父上や大臣たちは「一時的な不況だろう」と楽観視していたが、ルティアの報告を聞いて以来、俺の中に巣食った疑念がこの経済低迷と結びついて離れない。
「ヴォルフ様、なんだか最近、街に活気がないように感じますわ…」
エリーゼが心配そうに眉を寄せる。俺は彼女を安心させるように笑ってみせたが、内心の焦りは日に日に募るばかりだった。
「何か見落としている……」
俺は誰にも告げず、独自に調査を開始した。次期国王として国の経済を立て直すのは当然の責務。だがそれ以上に、この胸のざわめきの正体を突き止めねばならないという強迫観念に駆られていた。
まず財務大臣に話を聞いたが「天候不順による不作が…」「隣国との交易摩擦が…」と、ありきたりな分析を繰り返すばかり。次に、古くから王家と付き合いのある大商会の会頭を訪ねた。彼は渋い顔で帳簿を指し示しながら、嘆息した。
「殿下、どうにも流れが悪いのです。これまで機能していた交易路の利益率が落ち、新たな事業もことごとく裏目に出る。まるで羅針盤を失った船のようです」
―――羅針盤。その言葉が妙に引っかかった。俺は諦めず、中小の商会や職人ギルドの長にまで範囲を広げ、粘り強く聞き込みを続けた。誰もが困惑し、先の見えない不安を口にした。彼らの言葉の端々には共通した響きがあった。「以前はもっと上手くやれていた」「誰かが示してくれた道があった」と……。
転機が訪れたのは新興の織物ギルドの長を半ば脅すように問い詰めた時だった。彼は観念したように、重い口を開いたのだ。
「…実は数年前まで我々のような新参者にも、匿名の助言を与えてくださる方がおりました。新しい染料の調達先、売れ残った布地の意外な活用法、貴族の流行を先読みしたデザインの提案…。その助言は常に的確で、我々を何度も窮地から救ってくださったのです」
その告白を皮切りに、堰を切ったように同様の証言が集まり始めた。販路拡大に悩む食品商会、後継者不足に喘ぐ鍛冶ギルド、資金繰りに窮した海運業者。驚くべきことに、この国の経済の血脈ともいえる多くの者たちが、謎の人物からの助言によって支えられていたというのだ。
匿名? 卓越した経営手腕? 俺の頭に浮かんだ人物像を必死に打ち消そうとしたが、最後の証言がその望みを打ち砕いた。王都一の宝飾商がこう告げたのだ。
「その助言はいつも、ヴェルフェン伯爵家の紋章が透かしで入った上質な便箋で…。しかし、署名は一度もありませんでした。我々は敬意を込めて、その方を『影の宰相』と呼んでおりました」
ヴェルフェン伯爵家。その言葉が俺の頭を鈍器で殴りつけたような衝撃を与えた。人々の心を掴み、不可能を可能にしていくあの姿。全てのピースがカチリと音を立てて繋がった。
バカな。あり得ない。俺が「邪悪で愚かだ」と断罪し、追放したあの女が? この国の経済を陰で操り、支えていたというのか? 俺がエリーゼと愛を語らっている間も彼女は国の未来のために、その類まれな才覚を振るっていたというのか。
自室に戻ると椅子に崩れ落ちた。俺が壊したのは一人の女の人生だけではなかった。この国の羅針盤そのものを、自らの手でへし折ってしまったのだ。
「バカな…あの女が陰ながらこの国の経済を動かしていたのか…」
誰に言うでもない呟きががらんとした部屋に虚しく響いた。後悔するにはあまりにも遅すぎた。
最初は些細な兆候だった。特定の贅沢品の価格がじわりと上がり、次いで日用品の流通が滞り始めた。報告に上がる税収は予測をわずかに下回り、倒産する商会の噂を耳にする頻度が増えた。父上や大臣たちは「一時的な不況だろう」と楽観視していたが、ルティアの報告を聞いて以来、俺の中に巣食った疑念がこの経済低迷と結びついて離れない。
「ヴォルフ様、なんだか最近、街に活気がないように感じますわ…」
エリーゼが心配そうに眉を寄せる。俺は彼女を安心させるように笑ってみせたが、内心の焦りは日に日に募るばかりだった。
「何か見落としている……」
俺は誰にも告げず、独自に調査を開始した。次期国王として国の経済を立て直すのは当然の責務。だがそれ以上に、この胸のざわめきの正体を突き止めねばならないという強迫観念に駆られていた。
まず財務大臣に話を聞いたが「天候不順による不作が…」「隣国との交易摩擦が…」と、ありきたりな分析を繰り返すばかり。次に、古くから王家と付き合いのある大商会の会頭を訪ねた。彼は渋い顔で帳簿を指し示しながら、嘆息した。
「殿下、どうにも流れが悪いのです。これまで機能していた交易路の利益率が落ち、新たな事業もことごとく裏目に出る。まるで羅針盤を失った船のようです」
―――羅針盤。その言葉が妙に引っかかった。俺は諦めず、中小の商会や職人ギルドの長にまで範囲を広げ、粘り強く聞き込みを続けた。誰もが困惑し、先の見えない不安を口にした。彼らの言葉の端々には共通した響きがあった。「以前はもっと上手くやれていた」「誰かが示してくれた道があった」と……。
転機が訪れたのは新興の織物ギルドの長を半ば脅すように問い詰めた時だった。彼は観念したように、重い口を開いたのだ。
「…実は数年前まで我々のような新参者にも、匿名の助言を与えてくださる方がおりました。新しい染料の調達先、売れ残った布地の意外な活用法、貴族の流行を先読みしたデザインの提案…。その助言は常に的確で、我々を何度も窮地から救ってくださったのです」
その告白を皮切りに、堰を切ったように同様の証言が集まり始めた。販路拡大に悩む食品商会、後継者不足に喘ぐ鍛冶ギルド、資金繰りに窮した海運業者。驚くべきことに、この国の経済の血脈ともいえる多くの者たちが、謎の人物からの助言によって支えられていたというのだ。
匿名? 卓越した経営手腕? 俺の頭に浮かんだ人物像を必死に打ち消そうとしたが、最後の証言がその望みを打ち砕いた。王都一の宝飾商がこう告げたのだ。
「その助言はいつも、ヴェルフェン伯爵家の紋章が透かしで入った上質な便箋で…。しかし、署名は一度もありませんでした。我々は敬意を込めて、その方を『影の宰相』と呼んでおりました」
ヴェルフェン伯爵家。その言葉が俺の頭を鈍器で殴りつけたような衝撃を与えた。人々の心を掴み、不可能を可能にしていくあの姿。全てのピースがカチリと音を立てて繋がった。
バカな。あり得ない。俺が「邪悪で愚かだ」と断罪し、追放したあの女が? この国の経済を陰で操り、支えていたというのか? 俺がエリーゼと愛を語らっている間も彼女は国の未来のために、その類まれな才覚を振るっていたというのか。
自室に戻ると椅子に崩れ落ちた。俺が壊したのは一人の女の人生だけではなかった。この国の羅針盤そのものを、自らの手でへし折ってしまったのだ。
「バカな…あの女が陰ながらこの国の経済を動かしていたのか…」
誰に言うでもない呟きががらんとした部屋に虚しく響いた。後悔するにはあまりにも遅すぎた。
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