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53.破られる平穏
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アトランシアでは年に一度のフリーマーケットが開かれていた。王国との経済協定がもたらした空前の好景気は、この祭りを過去最大級のものへと押し上げていた。南方諸国の珍しい香辛料、東方からの美しい絹織物、極北の精緻な工芸品……広場は世界中から集まった商人と客でごった返す。
その一角で、ひときわ長い行列を作っている小さな屋台があった。
「『クレイヴァーン風・情熱の肉そぼろ』だ!ぜひ食べてみてくれ!」
「こちらは『鮭とハーブの優しい出会い』ね。どうぞ、熱いうちに召し上がれ」
市民の顔を一人ひとり見ながらおにぎりを手渡していく。白いエプロンと頭巾をかぶった私とシオンは、息の合った連携で次々と注文をさばいていた。私たちのお店、『ひだまりおむすび亭』は大盛況。
「市長さんのおにぎり、あったかくて美味しいね!」
「クレイヴァーン伯の故郷の味、最高だ! 酒が進むぜ!」
「お代、ここに置くぞ。釣りはいらねぇ!」
客の一人が笑いながら、木製の勘定盆にチャリンと硬貨を投げ入れた。真新しい陽光を反射して輝くそれは――先ごろ設立されたばかりの中央銀行が発行を開始した独自通貨『ルティ』。
まだ流通し始めたばかりだが、市民たちは誰もがこの新しい硬貨を誇らしげに使ってくれる。盆の中に積み上がっていくルティの輝きは、アトランシアが手に入れた経済的自立そのもの。
飛び交う声援に、隣のシオンも満更ではないといった表情で口元を緩めている。彼が故郷のレシピを元に考案した、甘辛い肉そぼろや独特の風味を持つ漬物を混ぜ込んだおにぎりは好評を博した。炊き立てのご飯の湯気、香ばしい具材の匂い、そして市民たちの屈託のない笑顔。その全てが私たちの心を温かい充実感で満たしていく。
「すごい反響だな。君は商売の才もあるらしい」
「あなたこそ、見事な手つきじゃない。愛情を込めるコツを掴んだんじゃない?」
冗談を言い合い笑い合う。この幸福な時間が市長としての重責を忘れさせてくれた。
しかし、そんな平穏は唐突に破られた。行列が途切れ、ようやく一息つこうとしたその時、血相を変えた衛兵が駆け寄ってきた。
「市長、クレイヴァーン伯! 大変です! 工具市のエリアで騒ぎが……!」
息を切らして駆け込んできたのは警備隊長の若者。ただならぬその様子に私とシオンは顔を見合わせ、瞬時に「おにぎり屋の店主」から「アトランシア市長」の顔へと戻る。
「シオン、お店をお願い!」
私は慌ただしくエプロンを外し、衛兵の後を追った。
広場の南端、農具や資材が並ぶエリアには既に黒山の人だかりができていた。怒号と困惑の声が入り混じる中心を割って入ると、一人の農夫が地面に投げ出された『鉄塊』を指さして叫んでいるのが見えた。
その一角で、ひときわ長い行列を作っている小さな屋台があった。
「『クレイヴァーン風・情熱の肉そぼろ』だ!ぜひ食べてみてくれ!」
「こちらは『鮭とハーブの優しい出会い』ね。どうぞ、熱いうちに召し上がれ」
市民の顔を一人ひとり見ながらおにぎりを手渡していく。白いエプロンと頭巾をかぶった私とシオンは、息の合った連携で次々と注文をさばいていた。私たちのお店、『ひだまりおむすび亭』は大盛況。
「市長さんのおにぎり、あったかくて美味しいね!」
「クレイヴァーン伯の故郷の味、最高だ! 酒が進むぜ!」
「お代、ここに置くぞ。釣りはいらねぇ!」
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「あなたこそ、見事な手つきじゃない。愛情を込めるコツを掴んだんじゃない?」
冗談を言い合い笑い合う。この幸福な時間が市長としての重責を忘れさせてくれた。
しかし、そんな平穏は唐突に破られた。行列が途切れ、ようやく一息つこうとしたその時、血相を変えた衛兵が駆け寄ってきた。
「市長、クレイヴァーン伯! 大変です! 工具市のエリアで騒ぎが……!」
息を切らして駆け込んできたのは警備隊長の若者。ただならぬその様子に私とシオンは顔を見合わせ、瞬時に「おにぎり屋の店主」から「アトランシア市長」の顔へと戻る。
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