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強行と喪失
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――あれから、どれほど時間が経ったのだろう。ひび割れていく夫婦関係とそこに深く入り込んだヴィーネの姿。まるで抜け出せない泥沼のように、私たち三人を取り巻く空気はますます重苦しいものになっていった。
朝食の準備をしながら、私は気を揉んでいた。グラントとヴィーネが二人きりで寝室にこもる時間が長くなっている。その事実を否定するすべがない。
食卓に置いたパンやスープに誰も手をつけようとしないまま、時が過ぎていく。グラントは唇を噛み、ヴィーネはどこか申し訳なさそうに下を向いたまま。私自身も意地になって声を出せずにいた。ここ数日、言葉をかけあうことすら恐れを感じてしまう。
やがてグラントがしびれを切らしたように椅子を引いて立ち上がった。
「ちょっと外へ行ってくる」
「え……朝食は?」
声をかけるとグラントは一瞬だけ申し訳なさそうに視線をそらした。
「すまない。少し頭を冷やしたいんだ」
ヴィーネの方はグラントの背に「行かないで」とも「いってらっしゃい」とも言えず、取り残されたような表情で微動だにしない。家にいても息苦しい。だからと言って何かを話し合う気力もない。私も何度も何度も言葉を飲み込んだ。
――こんな朝がもうずっと続いている。
◇◇◇
その夜。私の部屋。もともと広いはずの寝室が今は恐ろしいほどに狭く感じられる。不眠のせいで頭はぼんやりと重く、眠りたくても眠れない。気がつくと部屋の壁をぼんやり見つめながら鼻の奥がツンとした。
(グラントは……)
冷たいベッドに横になり、眠れないまま天井を仰ぐ。遠くからかすかに、グラントとヴィーネが同じ部屋で寝息を立てているような気がしてしまう。それはきっと幻聴のようなものだろう。私の心はざわめいて仕方がない。
嫉妬に塗(まみ)れた胸の奥底で、いまだ夫を信じたい自分がいる。戦場で生まれた奇妙な共依存の関係は彼らにとって避けられぬ痛みの共有かもしれない。でも、それをこのまま続けさせるわけにはいかない。私も妻としてグラントを取り戻したい。いや、取り戻さなければならない。もうこのままでは私という存在すら消えてしまいそうだ。
◇◇◇
翌朝、台所でお湯を沸かしているとヴィーネがすっと入ってきた。家事や細々とした雑務に進んで取り組んでくれてはいたけれど、その優しさが時に棘のように感じられる。私からすれば“彼女は夫を奪う女性”。そして同時に守るべき憐れな子羊のようにも映る。
「リリアナさん……何か手伝いましょうか」
義務感なのか、罪悪感なのか、彼女の表情には色んな感情が混ざっている。私は振り向きもせずに返事をした。
「平気よ。ひとまずあなたはゆっくり休んでいて。昨夜はまた眠れなかったんでしょう?」
「……はい」
彼女ならではの暗い影とそっと消え入りそうな声。思わず胸が締め付けられるが、同時に複雑な苛立ちがこみ上げる。
(そんな顔でいられるのは、グラントがあなたを守っているからじゃないの?)
想像の中でだけ吐き捨てるように思いながら、かき混ぜていたスープを沸騰しないように火から外した。
「ありがとう。大丈夫だから。少しくらい家事をやらなきゃ私の居場所がなくなるわ」
穏やかに言ったつもりが、最後のひと言に自嘲が混じってしまう。ヴィーネもそれを感じとったのか、唇をぎゅっと結んで困惑気味に視線を落とした。
「……ごめんなさい、私、その……」
「謝らなくていいわ。あなたが悪いわけじゃない。私が……そう感じてしまうだけよ」
ぎこちない沈黙が私たちを包む。どうしても心が通わない。わかり合おうとしても、現実に絡みついた嫉妬や憎しみが、混乱を生み出す。もはや私たちはこうして言葉を交わすだけで痛みを感じるほどに壊れてしまっているのかもしれない。
朝食の準備をしながら、私は気を揉んでいた。グラントとヴィーネが二人きりで寝室にこもる時間が長くなっている。その事実を否定するすべがない。
食卓に置いたパンやスープに誰も手をつけようとしないまま、時が過ぎていく。グラントは唇を噛み、ヴィーネはどこか申し訳なさそうに下を向いたまま。私自身も意地になって声を出せずにいた。ここ数日、言葉をかけあうことすら恐れを感じてしまう。
やがてグラントがしびれを切らしたように椅子を引いて立ち上がった。
「ちょっと外へ行ってくる」
「え……朝食は?」
声をかけるとグラントは一瞬だけ申し訳なさそうに視線をそらした。
「すまない。少し頭を冷やしたいんだ」
ヴィーネの方はグラントの背に「行かないで」とも「いってらっしゃい」とも言えず、取り残されたような表情で微動だにしない。家にいても息苦しい。だからと言って何かを話し合う気力もない。私も何度も何度も言葉を飲み込んだ。
――こんな朝がもうずっと続いている。
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その夜。私の部屋。もともと広いはずの寝室が今は恐ろしいほどに狭く感じられる。不眠のせいで頭はぼんやりと重く、眠りたくても眠れない。気がつくと部屋の壁をぼんやり見つめながら鼻の奥がツンとした。
(グラントは……)
冷たいベッドに横になり、眠れないまま天井を仰ぐ。遠くからかすかに、グラントとヴィーネが同じ部屋で寝息を立てているような気がしてしまう。それはきっと幻聴のようなものだろう。私の心はざわめいて仕方がない。
嫉妬に塗(まみ)れた胸の奥底で、いまだ夫を信じたい自分がいる。戦場で生まれた奇妙な共依存の関係は彼らにとって避けられぬ痛みの共有かもしれない。でも、それをこのまま続けさせるわけにはいかない。私も妻としてグラントを取り戻したい。いや、取り戻さなければならない。もうこのままでは私という存在すら消えてしまいそうだ。
◇◇◇
翌朝、台所でお湯を沸かしているとヴィーネがすっと入ってきた。家事や細々とした雑務に進んで取り組んでくれてはいたけれど、その優しさが時に棘のように感じられる。私からすれば“彼女は夫を奪う女性”。そして同時に守るべき憐れな子羊のようにも映る。
「リリアナさん……何か手伝いましょうか」
義務感なのか、罪悪感なのか、彼女の表情には色んな感情が混ざっている。私は振り向きもせずに返事をした。
「平気よ。ひとまずあなたはゆっくり休んでいて。昨夜はまた眠れなかったんでしょう?」
「……はい」
彼女ならではの暗い影とそっと消え入りそうな声。思わず胸が締め付けられるが、同時に複雑な苛立ちがこみ上げる。
(そんな顔でいられるのは、グラントがあなたを守っているからじゃないの?)
想像の中でだけ吐き捨てるように思いながら、かき混ぜていたスープを沸騰しないように火から外した。
「ありがとう。大丈夫だから。少しくらい家事をやらなきゃ私の居場所がなくなるわ」
穏やかに言ったつもりが、最後のひと言に自嘲が混じってしまう。ヴィーネもそれを感じとったのか、唇をぎゅっと結んで困惑気味に視線を落とした。
「……ごめんなさい、私、その……」
「謝らなくていいわ。あなたが悪いわけじゃない。私が……そう感じてしまうだけよ」
ぎこちない沈黙が私たちを包む。どうしても心が通わない。わかり合おうとしても、現実に絡みついた嫉妬や憎しみが、混乱を生み出す。もはや私たちはこうして言葉を交わすだけで痛みを感じるほどに壊れてしまっているのかもしれない。
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