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本編
2 事件捜査会議
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グリーンヒル通りに建つローデリク邸で、主人のヴィクトル・ローデリクが無惨にも毒殺されるという衝撃的な事件から、二日が経過していた。
王都ネヴァルで誰もが知る著名な資産家の突然の死は、噂となって市井を駆け巡り、スキャンダラスな憶測が様々に飛び交っていた。
実は裏社会でビジネスをしており、その抗争に巻き込まれて殺されただの、愛人との泥沼関係の末に殺されただの、根も葉もないようなものがほとんどだ。
この日は朝から、これまでの捜査の成果を報告する会議が開かれることになっていた。各々が現場や鑑定院から得た情報を整理・共有し、今後の方針を定める必要がある。
セドリック率いる小隊は、セドリックを除いて十一名で構成されている。王都警備隊の中では比較的小規模な部隊で、事件捜査を専門に担う隊として、機動力と洞察力のバランスに優れた人員編成だ。事件の規模や性質に応じて、二班から三班に分かれて動くのが定石だ。
副官を務めるのはハロルド・グレイン。セドリックよりも長く警備隊に籍を置く年長者で、現場経験も豊富だ。穏健な性格で、隊の調整役を務めている。セドリックにとって、信頼できる右腕だ。
軽い打ち合わせを済ませたセドリックとハロルドが連れ立って部屋に入ると、今回のローデリク殺害事件を担当する隊員たちが一斉に立ち上がった。
椅子の脚が床を擦る音が重なり、室内にわずかな緊張が走る。儀礼的な敬礼を交わしたのち、ハロルドの合図とともに全員が着席した。
口火を切ったのはハロルドだ。落ち着いた口調で、事件のあらましを共有し始める。隊員たちは各々、筆記でメモを取りながら耳を傾けていた。
一通りの説明が終わり、ハロルドがセドリックに目配せをした。それを受けて、セドリックは皆を見回す。
「まず、私からだが――」
低く朗々とした声を会議室に響かせて、セドリックが話し始めた。
「文法院にローデリク氏の資財登記情報と、〝リオネル・アルヴェス〟なる人物について照会をかけている。だが、未だ返答はない。文法院のことだ。情報が降りてくるのは、相当待った後だろう。となれば、やはりこちらで調査するしかない」
数名の隊員が、文法院への不信感を表すように眉を上げた。セドリックはそれを認めつつ、淡々と続ける。
「ミカ、毒についてなにかわかったか」
名指しされたミカは居住まいを正し、渋い顔で首を横に振った。
「鑑定院が別件で手一杯のようで……数日はかかると言われました」
「……人手が足りないのはどこも同じか」
セドリックはそう呟き、やれやれと息を吐いた。その隣で、ハロルドが苦笑を浮かべる。
ついさっきまで、二人はまさにその話題――限られた人員でいかに事案を回すか、という議論をしていたばかりだった。日々発生する事件を、セドリックの小隊をはじめとする複数の部隊で回しているが、どこも手いっぱいなのが現状だ。
「フェン」
セドリックに名を呼ばれ、イリスは背筋を伸ばしたまま、「はい」と明瞭な声で応じた。
「ローデリク氏の資産についてですが、どうやら一人息子のアーヴィン以外にも、相続した人物がいるようです」
室内が、わずかにざわめいた。
「何者だ?」
セドリックが短く問うと、イリスは真っ直ぐ前を見据えたまま答えた。
「ノア・コットンという者だそうですが、まだ身元は確認できていません。ただ、それが原因でアーヴィンがかなり荒れているようで……身内にとっても、想定外だったのでしょう」
「資産の相続は、殺害の動機になりうる。金銭トラブルの線で、息子のアーヴィンとノア・コットンについて、引き続き調査を進めろ」
「了解しました」
折り目正しく頷いたイリスの隣で、今度はエルネストが片手を上げ、口を開いた。
「リオネル・アルヴェスについてですが、文法院の周辺で探ったところ、容姿が目立つようで案外簡単に情報が得られました。どうやらアルヴェス子爵の次男で、遺言写師であると」
その報告に、セドリックの眉がほんの少し動いた。
「……遺言写師? だとすると、文法院の官吏ではないな」
「そうなのですか?」
「ああ。遺言写師は文法院には属するが、正確には官吏でない」
――遺言写師。
言霊を操る名告げ人の専門職であり、個人の意思に基づいて効力を持つ遺言書を作成することを使命とする者たちだ。
文法院の官吏――特に名告げ人は、国によって厳しい規律で縛られている。直接文法院に属する名告げ人たちは、王令の発布や立法、契約や誓約の作成といった、国家の根幹に関わる業務を担っているからだ。そのため、警備隊の立場から、捜査目的で直接接触することは、ほとんど不可能に近い。
しかし、遺言写師となると話は別だ。彼らは文法院の準職員であり、規則は存在するものの、そもそも国家機密に深く関与する職種ではない。その分、縛りは比較的緩いのだ。
「であるならば、直接あたれるかもしれない。でかしたな、カーン」
セドリックの賞賛に、エルネストは顔に喜色を浮かべ、イリスを見た。イリスも教育係として鼻が高いようで、満足げに微笑んでいる。
すかさず、ハロルドがセドリックに耳打ちした。
「ノア・コットンの背景について、遺言写師経由で探れるかもしれませんね」
「ああ」
その言葉に頷きながら、セドリックは視線を上げ、隊員たちの顔を見回した。
「とはいえ、相手は名告げ人だ。念のため、ここは私があたる。カーン、同行してくれるか」
「はい、お供します」
エルネストは緩んだ表情を引き締め、力強く頷いた。
王都ネヴァルで誰もが知る著名な資産家の突然の死は、噂となって市井を駆け巡り、スキャンダラスな憶測が様々に飛び交っていた。
実は裏社会でビジネスをしており、その抗争に巻き込まれて殺されただの、愛人との泥沼関係の末に殺されただの、根も葉もないようなものがほとんどだ。
この日は朝から、これまでの捜査の成果を報告する会議が開かれることになっていた。各々が現場や鑑定院から得た情報を整理・共有し、今後の方針を定める必要がある。
セドリック率いる小隊は、セドリックを除いて十一名で構成されている。王都警備隊の中では比較的小規模な部隊で、事件捜査を専門に担う隊として、機動力と洞察力のバランスに優れた人員編成だ。事件の規模や性質に応じて、二班から三班に分かれて動くのが定石だ。
副官を務めるのはハロルド・グレイン。セドリックよりも長く警備隊に籍を置く年長者で、現場経験も豊富だ。穏健な性格で、隊の調整役を務めている。セドリックにとって、信頼できる右腕だ。
軽い打ち合わせを済ませたセドリックとハロルドが連れ立って部屋に入ると、今回のローデリク殺害事件を担当する隊員たちが一斉に立ち上がった。
椅子の脚が床を擦る音が重なり、室内にわずかな緊張が走る。儀礼的な敬礼を交わしたのち、ハロルドの合図とともに全員が着席した。
口火を切ったのはハロルドだ。落ち着いた口調で、事件のあらましを共有し始める。隊員たちは各々、筆記でメモを取りながら耳を傾けていた。
一通りの説明が終わり、ハロルドがセドリックに目配せをした。それを受けて、セドリックは皆を見回す。
「まず、私からだが――」
低く朗々とした声を会議室に響かせて、セドリックが話し始めた。
「文法院にローデリク氏の資財登記情報と、〝リオネル・アルヴェス〟なる人物について照会をかけている。だが、未だ返答はない。文法院のことだ。情報が降りてくるのは、相当待った後だろう。となれば、やはりこちらで調査するしかない」
数名の隊員が、文法院への不信感を表すように眉を上げた。セドリックはそれを認めつつ、淡々と続ける。
「ミカ、毒についてなにかわかったか」
名指しされたミカは居住まいを正し、渋い顔で首を横に振った。
「鑑定院が別件で手一杯のようで……数日はかかると言われました」
「……人手が足りないのはどこも同じか」
セドリックはそう呟き、やれやれと息を吐いた。その隣で、ハロルドが苦笑を浮かべる。
ついさっきまで、二人はまさにその話題――限られた人員でいかに事案を回すか、という議論をしていたばかりだった。日々発生する事件を、セドリックの小隊をはじめとする複数の部隊で回しているが、どこも手いっぱいなのが現状だ。
「フェン」
セドリックに名を呼ばれ、イリスは背筋を伸ばしたまま、「はい」と明瞭な声で応じた。
「ローデリク氏の資産についてですが、どうやら一人息子のアーヴィン以外にも、相続した人物がいるようです」
室内が、わずかにざわめいた。
「何者だ?」
セドリックが短く問うと、イリスは真っ直ぐ前を見据えたまま答えた。
「ノア・コットンという者だそうですが、まだ身元は確認できていません。ただ、それが原因でアーヴィンがかなり荒れているようで……身内にとっても、想定外だったのでしょう」
「資産の相続は、殺害の動機になりうる。金銭トラブルの線で、息子のアーヴィンとノア・コットンについて、引き続き調査を進めろ」
「了解しました」
折り目正しく頷いたイリスの隣で、今度はエルネストが片手を上げ、口を開いた。
「リオネル・アルヴェスについてですが、文法院の周辺で探ったところ、容姿が目立つようで案外簡単に情報が得られました。どうやらアルヴェス子爵の次男で、遺言写師であると」
その報告に、セドリックの眉がほんの少し動いた。
「……遺言写師? だとすると、文法院の官吏ではないな」
「そうなのですか?」
「ああ。遺言写師は文法院には属するが、正確には官吏でない」
――遺言写師。
言霊を操る名告げ人の専門職であり、個人の意思に基づいて効力を持つ遺言書を作成することを使命とする者たちだ。
文法院の官吏――特に名告げ人は、国によって厳しい規律で縛られている。直接文法院に属する名告げ人たちは、王令の発布や立法、契約や誓約の作成といった、国家の根幹に関わる業務を担っているからだ。そのため、警備隊の立場から、捜査目的で直接接触することは、ほとんど不可能に近い。
しかし、遺言写師となると話は別だ。彼らは文法院の準職員であり、規則は存在するものの、そもそも国家機密に深く関与する職種ではない。その分、縛りは比較的緩いのだ。
「であるならば、直接あたれるかもしれない。でかしたな、カーン」
セドリックの賞賛に、エルネストは顔に喜色を浮かべ、イリスを見た。イリスも教育係として鼻が高いようで、満足げに微笑んでいる。
すかさず、ハロルドがセドリックに耳打ちした。
「ノア・コットンの背景について、遺言写師経由で探れるかもしれませんね」
「ああ」
その言葉に頷きながら、セドリックは視線を上げ、隊員たちの顔を見回した。
「とはいえ、相手は名告げ人だ。念のため、ここは私があたる。カーン、同行してくれるか」
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エルネストは緩んだ表情を引き締め、力強く頷いた。
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