遺言写師はかく語りき

猫野

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本編

14 隠された場所

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 オーブリーの後に続き、二人は広い庭の中を進んだ。寂れた印象の屋敷とは対照的に、庭園だけは今もなお美しく整えられている。
 ふと庭園の奥に目を向けると、つなぎ姿の庭師が作業をしていた。切り落とした枝葉を詰めた麻袋を両手に運び、よいしょと地面に下ろしている。
 年の頃は二十代程だろうか。明るい茶髪で、健康的な小麦色の肌をした青年だった。腰を伸ばした拍子に視線が合うと、男は慌ててぺこりと頭を下げた。

「ここの庭は見事なものですね」

 セドリックがそう呟くと、オーブリーは振り返り、誇らしげに頷いた。

「ええ、ええ、そうですとも。旦那様……前の旦那様が、たいそうこだわって手がけられたものですから。奥様はさほど興味をお持ちでなかったようですので、ずっと旦那様がお一人で管理されていました。……もっとも、お年を召されてからは、ほとんどを庭師に任せていましたが」

 その庭師というのが、先ほど目にした青年なのだろう。確か、名はアントン・デューイといったか。
 屋敷に出入りしていた者は、すでに辞めた者も含め、すべてリストアップしている。彼もまた、ヴィクトルが亡くなる前後に屋敷に出入りできた人物であり、容疑者の一人だ。もちろん、オーブリーも例外ではない。他にも数人いる。
 容疑者がいまだ絞りきれないのは、毒の入手経路と動機、いずれも複数あり、決定打に欠けているからだった。

 オーブリーは玄関の扉を開け、「どうぞ」と言って二人を中へ招いた。

「それで、お二人はどちらをお調べになるおつもりで?」

 オーブリーの問いかけに、セドリックはリオネルを窺い見た。
 全員の視線を集める中、リオネルは静かに廊下を見渡した。そして、立てた人差し指をゆっくりと廊下の奥へ向けた。

「――あの扉は?」

 リオネルが指差した先には、飾り気のない木扉があった。他の扉よりも幅が狭く、背も低い。質素で目立たない作りだった。

「あそこですか? 地下へ続く階段がありますが……倉庫と使用人室しかありませんよ?」
「構いません」

 リオネルに代わってセドリックが答えると、オーブリーは渋々といった調子で扉に手をかけた。
 キィ、と木が擦り合う音を立てて扉が開く。その先には、下へ落ちていくかのような急勾配の石段が続いていた。
 オーブリーは慣れた足取りで、暗い階段を先導するように降りていった。セドリックはリオネルの前に入り、鋭い眼差しで周囲を一巡させた。そしてポケットからライターを取り出して、明かりを灯した。

「足元、お気をつけて」
「……はい。ありがとうございます」

 セドリックが手を差し出すと、リオネルは一瞬ためらい、やがておずおずとその手を取った。
 ここ数日のやり取りで気づいたことだが、リオネルは人にエスコートされることに慣れていないようだった。そんな姿が、セドリックには新鮮に映る。
 子爵家の次男だと聞いているので、エスコートする側には慣れているのかもしれないが、される側には不慣れなのだろう。彼が女性を上品にエスコートしている姿は容易に想像がつく。それを勝手に思い浮かべて、うっすらと不愉快になるのは、くだらない嫉妬にすぎなかった。
 狭い石段を降りるたび、ひやりとした湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつく。長いローブの裾を持ち上げ、足先で段差を探りながら慎重に降りていくリオネルを支えながら、セドリックも最後の段差を降りた。

「手前が使用人室で、奥が倉庫になります」
「……そこの使用人室に」
「かしこまりました」

 オーブリーが扉を開けた瞬間、リオネルはわずかに眉を顰めた。

「リオネルさん、大丈夫ですか」
「……ええ、に敏感な体質で」

 リオネルの意味深な言い回しに、セドリックは確信した。〝強い負の感情を発する部屋〟とは、ここのことで間違いないようだ。

「オーブリーさん、調査のため、しばらく席を外していただけますか」

 セドリックの有無を言わせぬ口調に、オーブリーは諦めたようにため息を吐いた。

「わかりました。済みましたら、お声がけください」

 オーブリーが立ち去ったのを確認すると、セドリックは部屋の中を見回した。日中はこの部屋を使う使用人はいないようで、人の気配はない。
 地上階の豪華絢爛さは影もなく、住み込みの使用人たちが寝泊まりするための、実用一点張りの造りだった。当然ここもすでに警備隊の調査が入っており、これといった収穫はなかったと報告を受けている。

「リオネルさん、いかがですか?」
「……ここであることは間違いありませんが、なにが元なのか……」

 リオネルは眉を寄せ、部屋をぐるりと歩き回った。しかし、肝心の発露の出元は掴めていないようだ。

「どのあたりから感じますか?」
「こちら側だとは思うのですが……」

 リオネルが手で指し示したのは、入口から入って右手側の壁だった。壁沿いには、二段ベッドが設置されている。多少の私物は置かれてはいるものの、そのどれもが発露の出元とは違うようだった。
 ふとリオネルを見ると、壁の上方をじっと見つめていた。それにつられるように、セドリックも壁の上部、そして天井へと視線を走らせる。

「……ん?」

 天井に、板の継ぎ目が不自然な箇所があった。釘の位置も、本来あるべき場所からずれているように見える。
 セドリックはおもむろに二段ベッドのはしごを昇り、天井へと手を伸ばした。指先に力を込めて押すと、板がわずかに沈んだ。それを見て、リオネルは「あっ」と驚いた声を上げた。
 板の縁に指をかけ、さらに力を込める。鈍い音を立てて、天井板の一部が横にずれた。乾いた埃が降り注ぐ。しかし、思ったほど埃の量は多くない。最近動かされたであろうことが窺えた。
 天井に、ぽっかりと口を開けた暗がり。セドリックはハンカチを鼻と口にあて、背伸びをしながら注意深く中を覗き込んだ。

「……暗いな」

 腕を伸ばし、ライターで中を照らす。そこには、人が身を屈めれば入れるほどの高さの、狭い空間が広がっていた。
 目を凝らすと、奥に小さな机と椅子が見える。誰かがここに出入りしていたことは、間違いなかった。

「セドリックさん」

 下から呼ぶ声に顔を向けると、リオネルが長いはしごを手にしていた。

「廊下に立てかけてありました」
「ありがとうございます。助かります」

 二段ベッドのはしごを降り、リオネルから天井まで届く長いはしごを受け取る。そのまま、天井裏へつながる天井板に引っ掛けるようにして、はしごを立てかけた。

「ここにいてください」
「……お気をつけて」

 セドリックははしごを慎重に上り、天井裏へと身を移した。人の気配はなく、埃っぽい臭いが充満している。
 ――こんな場所があったとは。
 報告書には、この場所のことは書かれていなかった。見落とされていたのだろう。
 屈みながら、ライターの小さな明かりを頼りに空間を一周したが、危険そうな仕掛けや物は見当たらない。セドリックは天井板の上から、下で不安そうに待つリオネルに合図を送った。
 リオネルがはしごを上ってくるのを、片膝立ちで見守る。手を伸ばして手のひらを掴み、そのままぐいと引き上げた。

「わっ……!」
「おっと」

 勢いを殺しきれず、リオネルがセドリックの上になだれかかってきた。その体を、咄嗟に抱きとめる。

「あっ、わ……す、すみません……!」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。少々力加減を間違えました。大丈夫ですか?」
「はい……セドリックさんこそ、お怪我はありませんか? 潰してしまいました……」

 わたわたと慌てるリオネルの腰を支えたまま、セドリックはふっと笑みを浮かべた。

「はは、リオネルさんお一人くらい、なんともありません。このために鍛えていますから」

 軽くウィンクして見せると、リオネルはかすかに頬を赤らめ、そっと身を離した。
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