操り人形の外の世界

冠つらら

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34.思いがけない依頼

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 パーティーも終盤になると、喋り疲れたベラはひたすらドーナツを頬張っていた。エレノアは喧騒から少し離れた壁際に寄ってルージーが話す学園の出来事に夢中になっている。
 ずっと大音量で音楽を聴いていたせいか、特に何もしていないのに疲労を感じた私は机に寄りかかり、ぼーっとフロアに置かれているプレゼントの飾りを眺める。

 パーティーの熱気に浮かれ、目を覚ましたい私は、冷たい水を手に持ったオルメアが戻ってくると、慌てて机から身体を離した。

「ありがとうオルメア」

 水を受け取り、冷たいコップを両手で包み込む。外は寒いのに、今はこの冷たさを求めてしまう。

「前にやった野外ライブを思い出すな。この感じ」

 ハロウィンの頃を思い返し、オルメアは感慨深そうに笑う。

「ロミィ気づいてた? 今流れている曲、あのバンドの曲だよ」
「え? そうだったの? 全然気がつかなかった」
「今、人気があるみたい。あのレコード会社は見る目があるな」

 オルメアが嬉しそうな声をしていると、私まで嬉しくなってしまう。その感情に気づいたのか、彼は私の顔を見て目をぱちぱちとさせた。
 感情が駄々洩れていた私はそれがバレたことが気まずくなり、その視線から目を逸らした。

「ロミィ」

 びくっと肩が上がる。オルメアが何を言うのか聞くのが怖かった。
 どうか、その感情の奥にまでは目を向けないで。
 隠れたい感情が逃げ回り、バクバクと心臓が音を立てる中、オルメアの声が斜め上から降ってくる。

「カチューシャ、本当に似合ってるね。やっぱりロミィは何でも着こなしちゃうんだな」
「……え?」

 そっち?
 足を滑らせたかのような間抜けな表情でオルメアを見上げる。

「ロミィの家のブランド、変わらず好調みたいだけど、ロミィやゾイアのことを見ていると、それも納得できるな」
「そ、そう……かな?」

 褒められているんだよね?
 オルメアの感心した声色に、胸のいつもとは違うところがトンっと跳ねる。

「うん。僕も教えを請いたいくらい」

 彼がはにかむと、慣れた場所からも胸が音を立てる。

「いつでも教えてあげるよ? 私でよければ、だけれど。オルメアは何でも似合いそうだから、コーディネートのしがいがありそう」
「ははっ。ロミィがどんな見立てをしてくれるの、気になるな」

 オルメアの声は笑っていたけれど、その表情はどこか霞んでいた。あまり見えなかった彼の表情。きっと帽子に隠れているからだ。気のせいだと思いたくて、じわじわと縄のように絞めてくる心に気づかないふりをする。

「実はね、ロミィにお願いがあるんだ」
「お願い?」

 私の葛藤を知らないオルメアは、私の瞳をじっと見つめる。それに縋るように、私は彼の瞳を必死で捉えようとする。
 オルメアは透き通るような瞳で私を逃さないまま、静かにその”お願い”について話してくれた。

 彼の瞳に吸い込まれてしまいそうだったけれど、真剣な眼差しで私を頼る彼の話を、私はちゃんと頭に入れる。
 どうも、オルメアの知り合いのおばあ様がここのところ元気がないようだ。
 その理由について、彼は彼女の病気が原因だと語る。大病をした後遺症で髪は抜け落ち、精神的にも弱ってしまった彼女は、退院をして一年近く経っても引きこもったままだという。

 彼女は夫を亡くしてから病気になるまでの間、気さくで陽気な人だった。しかし入院して手術をしてから、彼女は人が変わってしまったように元気をなくしてしまったそうだ。
 体調の方は問題がないようなのだけれど、近所の人が声をかけても、その返事はいつも暗い。
 オルメアは小さなころから彼女と親交があるようで、何かしてあげられることはないかとこれまでも色々なことをしてみたという。しかし彼女が心を動かすことはなかった。

 そんな中、オルメアはあることに気がついた。
 彼女の部屋の掃除を手伝った時に出てきたアルバムに残っていた写真には、目が眩むほどに輝く笑顔の彼女の姿が写されていた。
 オルメアがそのアルバムについて尋ねると、おばあ様は目を細め、強張ってしまった頬を緩めてこう言った。

「ミヨンレ・プロスト。私の大親友なの……って」
「……それって」

 オルメアが繰り返した彼女の言葉に、私は身体が沸き上がる感情を覚える。

「そう。ロミィのお祖母様が創った洋服だよ」
「…………!」

 思わず、両手を胸の前で合わせて音のない拍手をした。

「あのおばあ様は、君の家のドレスを着て、誰よりも華やかな笑顔で写真に写っていたんだ。……ロミィ、君の力を貸してはくれないか?」

 のぼせてしまいそうなほど思いを募らせた相手からのお願い。
 それだけでも、問答無用で頷いただろう。けれど、今回はそれだけではなかった。

「ぜひ、協力したいわ……!」

 尊敬する祖母が私の頭の中で微笑んでいる。
 私の中で、待ち望んだ舞台の幕が上がっていく感覚が走った。

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