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誰も居なくなったスタッフルームの壁に追い詰められ、逃げ場を無くしてしまった。
敏之は、目の前で嬉しそうに笑いながら迫り来る憧れの人を怯えた様に見上げながら、何故こんな状況になってしまったのだろうかと必死に考える。
もう嬉しいのか怖いのか、それさえもわからない。
ただ、嫌じゃない。もっと触れていたい。
それだけは確かで、そしてそれが全てであるような気もしていた。
「あの、ちょっと待って下さ……」
「だぁめ。待たない」
「……っん、ぅ」
唇に柔らかい感覚が触れると同時に、混乱し続けている頭の中がしびれる。
忍び込んでくる舌の熱さに、それ以上思考を巡らせる余裕はなくなってしまった。
ぎゅっと瞳を閉じてしまった敏之に気をよくしたのか、そのまま腰に回された手にぐっと引き寄せられ、身体を包み込まれる。
どこもかしこも密着した身体は、火を噴いてしまいそうな程熱くて、何よりも目の前のこの人に求められている事実が嬉しくて、敏之はもうこれ以上逃げる事は不可能だと知った。
***
田辺敏之が、ずっと憧れていた人と出会う事になった原因は、二週間前。
幼馴染みの藤堂士朗に、オンラインゲーム『ファンタジーワールド・オブ・サガ』内で声を掛けられたのが、始まり。
『デン、来週の土曜日って暇? ファンサガの三周年イベント、一緒に行かない?』
『デン』というのは、敏之のゲーム内で名乗っている名前だ。
アバターはドワーフの戦士で、魔法が苦手でスピードは遅いが力と防御がかなり強いので、ソロプレイがメインの敏之としては、使い勝手が良くて気に入っている。
ちなみに、声を掛けてきた士朗のアバターは、うさ耳ロリっ娘の『ありす』だ。
正体さえ知らなければ、めちゃくちゃ可愛くて人懐っこい女の子なのだが、中身は自分とそう変わらない男だと思うとちょっとめげる。
リアル世界と男女を逆転させる事自体は、オンラインゲーム内ではよくある事だが、何故うさ耳なんだと呆れ気味に聞いてみたら「だって可愛いだろ? バニーガールは男の夢だし」と悪びれもなく返してきた。
確かに可愛くはあるのだが、バニーガール好きなら、せめてもっとナイスバディにすれば良いのにと、何度思ったかしれない。
士朗の目指す場所が、さっぱりわからない。
その皆に好かれる可愛らしい見た目と、リアルでの士朗の元々持つコミュ力のバカ高さも相まって、『ありす』の周りにはいつも大勢の人が集う。
ソロで楽しみたい敏之としては、『ありす』と一緒に行動すると、否が応でも巻き込まれるので、極力避けたい所だ。
だが、何かあると『ありす』の方から近寄って来てしまう為、既に『デン』は『ありす』の仲の良い友人という事で、噂が広まってしまっている。
友人であるのは間違いないし、別にそう認識されるのが嫌なわけではないのだが、『デン』が『ありす』と同じ様に、誰とでもすぐに仲良くなれるコミュ力の持ち主だと思われるのは、大変困る。
敏之だって別にコミュ障という訳ではなく、一般男子程度の能力は持ち合わせているつもりなのだが、士朗ひいては『ありす』のコミュ力の高さが異常なので、その友人と言う事で同等だと思われてしまうとなかなかキツイ。
敏之は、ゲームは基本的に一人でプレイするのが好きなのだ。
実際どうしても一人では進めないイベントや、『ありす』が泣きついて来た時位しか、協力プレイはしない方針である。
それに『ありす』には、他プレイヤーから『デン』以上にコンビ認定されているプレイヤーがいる。
イベント等は、基本的にそのプレイヤーと周回しているので、『ありす』が『デン』に話しかけてくる時は、どちらかというと一緒にプレイしようという誘いではなく、何か別の相談事がある時だ。
そんなに絡みはないはずなのに、いつも会う時には二人きりでこそこそ話しているからか、かなり親密な関係だと疑われている。
アバターが男女なので、余計に好奇の目で見られているのは否めない。
『ルームに来い。そこで話そうぜ』
『うん』
道行くプレイヤーの視線が気になって、『デン』は『ありす』をゲーム内の拠点地へと招き入れる。
『ありす』も、『デン』が注目されることを嫌っているのを知っているし、もしかしたら本来の目的が二人きりで話す事だったのかもしれない。
抵抗せずに、すぐに頷いた。
周りから疑われる原因は、こういう態度にあるのかもしれないが、深刻そうな相談事を誰もが聞ける街中やフィールド上でする訳にもいかないので、どうしようもない。
リアルでも友人なのだから、個別に連絡をくれればいいのだが、士朗も敏之もこのゲーム内に居る時間がかなり多いので、こちらの方が気軽に声を掛けやすいのだろう。
結果、いつものように『デン』の個人ルームへ飛んで、そわそわしている『ありす』のアバターにお茶を差し出すアクションを挟みつつ、話を聞く事になった。
『で、どういう事だよ?』
『だから、来週の土曜……』
『じゃなくて、そのイベントはスノーと一緒に行くんじゃなかったのか?』
『それが……今日誘ってみたら、その日はバイトがあるって言われてさ』
『お前がイベントに一緒に行くの楽しみにしてた事は、スノーも知ってただろ? 何でわざわざ、その日にシフト入れてんだよ』
『そんなの、俺が知りたいよ!』
『スノー』というのは、ゲーム内で周りから『ありす』とコンビ認定されている、美人エルフキャラだ。
可愛い系うさ耳『ありす』と、美人系エルフ『スノー』のでこぼこコンビは、アバター容姿だけでなくゲーム配信初期から常にイベントの上位に君臨している事もあり、結構な有名人となっている。
ちなみに『スノー』の正体は士朗の恋人で、且つ敏之と士朗の高校時代の元クラスメイトであり、更に言うならば酒井雪哉という名前の男だ。
今は敏之も当然の様に受け入れているものの、当初は二人の関係性には半信半疑だった。
明るく常に誰かが周りにいる士朗と、無口で他人を寄せ付けない雰囲気の雪哉は、正反対だったから。
敏之は、目の前で嬉しそうに笑いながら迫り来る憧れの人を怯えた様に見上げながら、何故こんな状況になってしまったのだろうかと必死に考える。
もう嬉しいのか怖いのか、それさえもわからない。
ただ、嫌じゃない。もっと触れていたい。
それだけは確かで、そしてそれが全てであるような気もしていた。
「あの、ちょっと待って下さ……」
「だぁめ。待たない」
「……っん、ぅ」
唇に柔らかい感覚が触れると同時に、混乱し続けている頭の中がしびれる。
忍び込んでくる舌の熱さに、それ以上思考を巡らせる余裕はなくなってしまった。
ぎゅっと瞳を閉じてしまった敏之に気をよくしたのか、そのまま腰に回された手にぐっと引き寄せられ、身体を包み込まれる。
どこもかしこも密着した身体は、火を噴いてしまいそうな程熱くて、何よりも目の前のこの人に求められている事実が嬉しくて、敏之はもうこれ以上逃げる事は不可能だと知った。
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田辺敏之が、ずっと憧れていた人と出会う事になった原因は、二週間前。
幼馴染みの藤堂士朗に、オンラインゲーム『ファンタジーワールド・オブ・サガ』内で声を掛けられたのが、始まり。
『デン、来週の土曜日って暇? ファンサガの三周年イベント、一緒に行かない?』
『デン』というのは、敏之のゲーム内で名乗っている名前だ。
アバターはドワーフの戦士で、魔法が苦手でスピードは遅いが力と防御がかなり強いので、ソロプレイがメインの敏之としては、使い勝手が良くて気に入っている。
ちなみに、声を掛けてきた士朗のアバターは、うさ耳ロリっ娘の『ありす』だ。
正体さえ知らなければ、めちゃくちゃ可愛くて人懐っこい女の子なのだが、中身は自分とそう変わらない男だと思うとちょっとめげる。
リアル世界と男女を逆転させる事自体は、オンラインゲーム内ではよくある事だが、何故うさ耳なんだと呆れ気味に聞いてみたら「だって可愛いだろ? バニーガールは男の夢だし」と悪びれもなく返してきた。
確かに可愛くはあるのだが、バニーガール好きなら、せめてもっとナイスバディにすれば良いのにと、何度思ったかしれない。
士朗の目指す場所が、さっぱりわからない。
その皆に好かれる可愛らしい見た目と、リアルでの士朗の元々持つコミュ力のバカ高さも相まって、『ありす』の周りにはいつも大勢の人が集う。
ソロで楽しみたい敏之としては、『ありす』と一緒に行動すると、否が応でも巻き込まれるので、極力避けたい所だ。
だが、何かあると『ありす』の方から近寄って来てしまう為、既に『デン』は『ありす』の仲の良い友人という事で、噂が広まってしまっている。
友人であるのは間違いないし、別にそう認識されるのが嫌なわけではないのだが、『デン』が『ありす』と同じ様に、誰とでもすぐに仲良くなれるコミュ力の持ち主だと思われるのは、大変困る。
敏之だって別にコミュ障という訳ではなく、一般男子程度の能力は持ち合わせているつもりなのだが、士朗ひいては『ありす』のコミュ力の高さが異常なので、その友人と言う事で同等だと思われてしまうとなかなかキツイ。
敏之は、ゲームは基本的に一人でプレイするのが好きなのだ。
実際どうしても一人では進めないイベントや、『ありす』が泣きついて来た時位しか、協力プレイはしない方針である。
それに『ありす』には、他プレイヤーから『デン』以上にコンビ認定されているプレイヤーがいる。
イベント等は、基本的にそのプレイヤーと周回しているので、『ありす』が『デン』に話しかけてくる時は、どちらかというと一緒にプレイしようという誘いではなく、何か別の相談事がある時だ。
そんなに絡みはないはずなのに、いつも会う時には二人きりでこそこそ話しているからか、かなり親密な関係だと疑われている。
アバターが男女なので、余計に好奇の目で見られているのは否めない。
『ルームに来い。そこで話そうぜ』
『うん』
道行くプレイヤーの視線が気になって、『デン』は『ありす』をゲーム内の拠点地へと招き入れる。
『ありす』も、『デン』が注目されることを嫌っているのを知っているし、もしかしたら本来の目的が二人きりで話す事だったのかもしれない。
抵抗せずに、すぐに頷いた。
周りから疑われる原因は、こういう態度にあるのかもしれないが、深刻そうな相談事を誰もが聞ける街中やフィールド上でする訳にもいかないので、どうしようもない。
リアルでも友人なのだから、個別に連絡をくれればいいのだが、士朗も敏之もこのゲーム内に居る時間がかなり多いので、こちらの方が気軽に声を掛けやすいのだろう。
結果、いつものように『デン』の個人ルームへ飛んで、そわそわしている『ありす』のアバターにお茶を差し出すアクションを挟みつつ、話を聞く事になった。
『で、どういう事だよ?』
『だから、来週の土曜……』
『じゃなくて、そのイベントはスノーと一緒に行くんじゃなかったのか?』
『それが……今日誘ってみたら、その日はバイトがあるって言われてさ』
『お前がイベントに一緒に行くの楽しみにしてた事は、スノーも知ってただろ? 何でわざわざ、その日にシフト入れてんだよ』
『そんなの、俺が知りたいよ!』
『スノー』というのは、ゲーム内で周りから『ありす』とコンビ認定されている、美人エルフキャラだ。
可愛い系うさ耳『ありす』と、美人系エルフ『スノー』のでこぼこコンビは、アバター容姿だけでなくゲーム配信初期から常にイベントの上位に君臨している事もあり、結構な有名人となっている。
ちなみに『スノー』の正体は士朗の恋人で、且つ敏之と士朗の高校時代の元クラスメイトであり、更に言うならば酒井雪哉という名前の男だ。
今は敏之も当然の様に受け入れているものの、当初は二人の関係性には半信半疑だった。
明るく常に誰かが周りにいる士朗と、無口で他人を寄せ付けない雰囲気の雪哉は、正反対だったから。
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