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19.阿吽
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シマを伴ってバイト先に現れた智明を、店長は大歓迎してくれたし、久しぶりに食べるケーキは、やはり最高だった。
特に何もない日の夕方は店も穏やかで、店の奥に一組だけある小さなイートインスペースを占領しても、誰の邪魔にもならない。
シマの事は「レンタル彼氏」ではなく、「パティシエを目指している友人」として紹介した。
「レンタル彼氏」が悪いわけでも、ましてやシマが疑われる様な人物ではない事も、店長ならきっとわかってくれるだろう。
だが、世間一般の印象がどうなのかと考えると、ずっと智明の事を気にかけてくれている店長に、これ以上心配をかけるような事を言いたくなかったのだ。
ストーカーに悩まされるようになってから急に出来た、本名も名乗らない友人という存在に、もしかしたら店長は疑念を抱いたかもしれなかった。
けれどそれ以上深く追求してきたりはせず、久しぶりのケーキに舌鼓を打つ智明のほっぺたをちょんっと突いて笑いながら、客足が途絶えていたこともあって智明とシマの会話に加わる。
「片岡くんは、舌だけは絶品なんだ」
「ちょっと店長、「舌だけは」って何ですか!」
「だって君、作る方に関しては壊滅的じゃないか」
「そ、それはそう……ですけど」
「トモさん、ケーキ作りに挑戦したことがあるんですか?」
「そうそう、あまりにも熱心に見てるもんだからさ、この僕が直々に教えてあげたっていうのに……」
「わかりました! すみませんでした!」
今は小さな街のケーキ屋さんのオーナーパティシエだが、店長は元々雑誌などにも載るような凄い経歴の持ち主らしい。
智明は、誰が作ったとか、どこの店がとか、何の賞を取ったとか関係なく、単に自分が気に入るか気に入らないかだけで判断しているので、店長の凄さをあまり理解していなかった。
だが、店に入るなりシマが珍しく興奮気味に話を聞いているところを見ると、もしかするとその世界ではかなりの有名人なのかもしれない。
そんな凄い人に結構丁寧に指導してもらった上で、「壊滅的」だと評価されたと言うことは、智明の菓子作りの力は全く見込みがないのだろう。
「でもほら、片岡くんは本当に味の判断力だけは凄いから。僕もよく協力してもらっているんだよね」
「店長のケーキの試作品食べる時が、一番幸せ」
「それ、トモさん前も言ってましたね。凄く仲が良さそうで、ちょっと羨ましいです」
「いいだろ」
シマが心底羨ましそうな顔をしているように見えたのか、店長が智明の肩を抱いて見せつけるようにニヤリと笑う。
冗談だとわかっていても、いつもはしないような親密さをアピールする行動をする店長に戸惑っていると、シマもそれに乗っかるように智明の手をぎゅっと握る。
「俺の作ったケーキが一番美味しいって言って貰えるように、頑張りますから!」
「おっと。僕の片岡くんを、横取りする気かな?」
「トモさんが俺を選べば、文句はないですよね?」
「ちょっとちょっと! 二人とも何言ってんの!?」
いつの間にか、智明を取り合っているようなやり取りに発展している二人の間に割って入る。
もちろん頼られるのは嬉しいし、智明が美味しいものをこの世に生み出す手助けになるなら、いくらでも協力は惜しまない。
だが、ただの甘い物好きなだけの素人である智明を、取り合う意味がわからなかった。
焦る智明の姿に、シマと店長が同時に「ふっ」と可笑しそうに笑う。
そこでようやく、二人が示し合わせて智明を揶揄っていたのだと気がついた。
思えば、店長が「舌だけは」と限定して智明を褒め始めた時から、そういう流れだったのだろう。
もしかしたら、ストーカー行為を受けて未だバイトにも戻れず沈んでいる智明を、元気づけようとしてくれたのかもしれない。
結局のところ、本当に仲が良いのは、この短期間で阿吽の呼吸で智明を翻弄する、シマと店長の方である。
ぷくりと頬を膨らませた智明に、シマと店長が「ごめんごめん」と謝罪しているが、ヤキモチを焼かされた智明の機嫌は直らない。
「トモさん、お詫びのしるしに店長さんの美味しいケーキをどうぞ」
むくれる智明の目の前に、まだ食べかけだったシマのケーキが差し出された。
シマの持つフォークに刺さっているのは、スポンジと生クリーム、それに旬の果物が乗った、店長の新作だ。
智明の前にあった定番のお気に入りケーキは、すでに胃袋の中に収まっているので、これはシマの分で間違いない。
機嫌を取られているのはわかっていたが、一口分にしてはまぁまぁの量になる全部のせの状態で、シマの「あーん」付きである。
店内まではストーカー女性の視線も届かないので、誰かに見せつける必要もない。
それなのに、シマはごく自然な仕草で智明を甘やかしてくるから、まんまと機嫌は直っていたが、智明はわざと「怒っているんだぞ」とアピールするように、大きく口を開けてシマの手ごと掴み、ぐいっと引き寄せて遠慮なくケーキを口に含む。
「美味ぁ……」
口いっぱいに幸せの味が広がり、思わず感嘆の声が出た。
美味しそうにもぐもぐとケーキを頬張る智明を、すっかり仲良くなったシマと店長が微笑ましそうに見ているのが少し恥ずかしいが、美味しいものは美味しい。
特に何もない日の夕方は店も穏やかで、店の奥に一組だけある小さなイートインスペースを占領しても、誰の邪魔にもならない。
シマの事は「レンタル彼氏」ではなく、「パティシエを目指している友人」として紹介した。
「レンタル彼氏」が悪いわけでも、ましてやシマが疑われる様な人物ではない事も、店長ならきっとわかってくれるだろう。
だが、世間一般の印象がどうなのかと考えると、ずっと智明の事を気にかけてくれている店長に、これ以上心配をかけるような事を言いたくなかったのだ。
ストーカーに悩まされるようになってから急に出来た、本名も名乗らない友人という存在に、もしかしたら店長は疑念を抱いたかもしれなかった。
けれどそれ以上深く追求してきたりはせず、久しぶりのケーキに舌鼓を打つ智明のほっぺたをちょんっと突いて笑いながら、客足が途絶えていたこともあって智明とシマの会話に加わる。
「片岡くんは、舌だけは絶品なんだ」
「ちょっと店長、「舌だけは」って何ですか!」
「だって君、作る方に関しては壊滅的じゃないか」
「そ、それはそう……ですけど」
「トモさん、ケーキ作りに挑戦したことがあるんですか?」
「そうそう、あまりにも熱心に見てるもんだからさ、この僕が直々に教えてあげたっていうのに……」
「わかりました! すみませんでした!」
今は小さな街のケーキ屋さんのオーナーパティシエだが、店長は元々雑誌などにも載るような凄い経歴の持ち主らしい。
智明は、誰が作ったとか、どこの店がとか、何の賞を取ったとか関係なく、単に自分が気に入るか気に入らないかだけで判断しているので、店長の凄さをあまり理解していなかった。
だが、店に入るなりシマが珍しく興奮気味に話を聞いているところを見ると、もしかするとその世界ではかなりの有名人なのかもしれない。
そんな凄い人に結構丁寧に指導してもらった上で、「壊滅的」だと評価されたと言うことは、智明の菓子作りの力は全く見込みがないのだろう。
「でもほら、片岡くんは本当に味の判断力だけは凄いから。僕もよく協力してもらっているんだよね」
「店長のケーキの試作品食べる時が、一番幸せ」
「それ、トモさん前も言ってましたね。凄く仲が良さそうで、ちょっと羨ましいです」
「いいだろ」
シマが心底羨ましそうな顔をしているように見えたのか、店長が智明の肩を抱いて見せつけるようにニヤリと笑う。
冗談だとわかっていても、いつもはしないような親密さをアピールする行動をする店長に戸惑っていると、シマもそれに乗っかるように智明の手をぎゅっと握る。
「俺の作ったケーキが一番美味しいって言って貰えるように、頑張りますから!」
「おっと。僕の片岡くんを、横取りする気かな?」
「トモさんが俺を選べば、文句はないですよね?」
「ちょっとちょっと! 二人とも何言ってんの!?」
いつの間にか、智明を取り合っているようなやり取りに発展している二人の間に割って入る。
もちろん頼られるのは嬉しいし、智明が美味しいものをこの世に生み出す手助けになるなら、いくらでも協力は惜しまない。
だが、ただの甘い物好きなだけの素人である智明を、取り合う意味がわからなかった。
焦る智明の姿に、シマと店長が同時に「ふっ」と可笑しそうに笑う。
そこでようやく、二人が示し合わせて智明を揶揄っていたのだと気がついた。
思えば、店長が「舌だけは」と限定して智明を褒め始めた時から、そういう流れだったのだろう。
もしかしたら、ストーカー行為を受けて未だバイトにも戻れず沈んでいる智明を、元気づけようとしてくれたのかもしれない。
結局のところ、本当に仲が良いのは、この短期間で阿吽の呼吸で智明を翻弄する、シマと店長の方である。
ぷくりと頬を膨らませた智明に、シマと店長が「ごめんごめん」と謝罪しているが、ヤキモチを焼かされた智明の機嫌は直らない。
「トモさん、お詫びのしるしに店長さんの美味しいケーキをどうぞ」
むくれる智明の目の前に、まだ食べかけだったシマのケーキが差し出された。
シマの持つフォークに刺さっているのは、スポンジと生クリーム、それに旬の果物が乗った、店長の新作だ。
智明の前にあった定番のお気に入りケーキは、すでに胃袋の中に収まっているので、これはシマの分で間違いない。
機嫌を取られているのはわかっていたが、一口分にしてはまぁまぁの量になる全部のせの状態で、シマの「あーん」付きである。
店内まではストーカー女性の視線も届かないので、誰かに見せつける必要もない。
それなのに、シマはごく自然な仕草で智明を甘やかしてくるから、まんまと機嫌は直っていたが、智明はわざと「怒っているんだぞ」とアピールするように、大きく口を開けてシマの手ごと掴み、ぐいっと引き寄せて遠慮なくケーキを口に含む。
「美味ぁ……」
口いっぱいに幸せの味が広がり、思わず感嘆の声が出た。
美味しそうにもぐもぐとケーキを頬張る智明を、すっかり仲良くなったシマと店長が微笑ましそうに見ているのが少し恥ずかしいが、美味しいものは美味しい。
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