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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)
「女狐は太上皇后ではありませんでした」
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太上皇后について知るには宮廷内に残された記録を読み漁るしかない。
そう確信したわたしは宮廷内最大の書院へと足を運ぶことにした。
こんな時に肩書が一番役に立つもので、皇子妃だと書院に収められた書物や記録の大半が無許可で閲覧可能だった。ただし、さすがに何割かは時の皇帝より認められた学士のみが研究のために許されているそうだ。
書院に務める学士に「二代前の皇帝の治世を知りたい」と伝えると、当時の事が書き記された書物が収められた棚へと案内してくれた。あまり読書する方じゃないわたしに言わせれば最初からやる気が減衰する量だったけれど、何とか気力を奮い立たせた。
「あれれ、紅玉宮妃様じゃあないですかぁ」
とりあえずある程度の束を空き机まで持っていてさあ読むぞと意気込んだ時だった。わたしに声をかけてきた相手は私の対面側の席に腰掛けた。
わたしは失礼の無いようすぐさま立ち上がって頭を垂れた。
「黒曜宮妃様、ご機嫌麗しゅう」
「そんな畏まらなくたっていいですよぉ。わたし達二人きりなんですからぁ」
声の主、黒曜宮妃はおっとりとした口調でわたしに座るよう促してきた。お言葉に甘えて座り直すと、彼女はわたしが棚から持ってきた記録に興味津々な様子で、わたしに何も聞かずに一つ手にとって頁をめくり始めた。
「わたしぃ頻繁にここに来てますけれどぉ、紅玉宮妃様をお見かけするのって初めてですよねぇ。珍しいですねぇ」
「ええ、初めて足を運びました。実家も中々の所蔵量でしたが、ここと比べるのも恥ずかしいですね」
「ここには春華国の歴史そのものが保管されているって言って過言じゃないですからねぇ。ここに入り浸るだけで見識が広がる気がしますぅ」
「残念ですがわたしはあまり頭が良くないので、実際に見て聞いて触った体験の方が好ましいですよ」
書院は春華国で起こった出来事の記録、過去の記録の保存と修復、そして古今の経籍を校勘?だったかをするのかしら? 興味なかったから教わった内容がおぼろげだ。地方の伝承の収集だったり、定期的に有志者による討論会も開かれるらしい。
「紅玉宮妃様が何をお知りになりたいか、もし良かったらお手伝いしましょうか?」
「いいんですか? 黒曜宮妃様のお手をわずらわせるわけには……」
「わたしの事なんていいんですぅ。やることはちゃんとやってますしぃ、今すぐ読みたい本も無いですぅ」
「……でしたらお言葉に甘えて」
いかに同じ皇子妃であっても黒曜宮妃に太上皇后について調べてます、だなんて正直に明かせるわけがない。当時の治世を振り返って間接的に手がかりが掴められれば、との期待を込めつつ、表向きの目的だけを述べた。
ところが、だ。予想に反して太上皇后については何一つ記されていなかったのだ。行事に姿をお見せになった程度の記録すら不自然な程に残っていなかった。
まるで何者かが意図的に後世に伝わらないよう抹消したかのように、だ。
(どうしてなのよ……! 何かしでかして禁句にでもなったとでも言うの……!?)
心のなかで罵りながらも読み進めても一文字たりとも綴られていなかった。いい加減苛立って本を床に叩きつけたい気分になってきた。
少しでも溜飲を下げようと貧乏ゆすりをしていたら、黒曜宮妃が手を止めてこちらを見つめてきていたのに気付いた。
「もしかして紅玉宮様は太上皇后様についてお知りになりたかったんですかぁ?」
「……。どうしてそのようにお思いに?」
「速読するにしても早すぎます。当時の情勢を調べたいならこれらで充分な筈ですからぁ、ここに記されていない事を求めている、と当たりをつけただけですぅ」
そこまで勘付かれていては言い訳の仕様がなかった。
観念したわたしは先日の会食の席で皇帝が太上皇后のひ孫だからと魅音を捨て置くのはおかしい。何か他の事情がある筈だから突き止めたい。そんな尤もらしい理由を口にした。
黒曜宮妃は納得がいったとばかりに顔を輝かせて手と手を合わせた。
「それでしたらこちらの資料は読むだけ無駄ですぅ。太上皇后様に関しての記録は公文書として残っていません」
「それはまたどうしてですか?」
「女が政に携わることを嫌う殿方も少なくありませんからねぇ。あの方はあまりご自分の名声には拘っていませんでしたから」
「その言い様ですと黒曜宮妃様は太上皇后様をご存知だったと聞こえますが?」
よくぞ聞いてくれました、と黒曜宮妃は満面の笑みをこぼしながら軽く舞った。とてもしなやかで品があり、見る者を惹きつける光景に思わずため息が漏れた。普段は素朴な印象の黒曜宮妃の魅力を初めて垣間見た気がした。
「何を隠しましょう、このわたしは太上皇后様の側仕えを務めていたのです!」
そして誇らしげに胸を張る仕草は先程とは打って変わって可愛らしく感じた。確か黒曜宮妃はわたしと同じぐらいの年代だったから、年相応だとの感想を抱いた。
それよりもここにきて太上皇后を良く知る人に巡り会えるとは。今日は付いているな、と心で天に感謝しつつ彼女の話を聞くことにした。
「太上皇后様は情熱、気品、知性、慈愛、そして美貌。どれを取っても優れた方でしたねぇ。そしてそれを誇示しない謙虚さもありましたから、とっても多くの民が慕い、臣下が心から忠誠を誓っていたと聞いてますぅ」
「皇帝ではなく皇后を、ですか?」
「はい。当時の皇帝陛下は太上皇后様に隠れたように影が薄かったみたいですね」
本来天の代理人である絶対的な権威を持つ皇帝より人気なんてありえない。そんな春華国の存亡を揺るがす危険な存在が許される筈がない。例え一切の罪が無くても何らかの理由がでっち上げられて排除されるでしょうね。怖いから。
……いや、だからこそ太上皇后は皇帝の后になったのか。天上人の伴侶となって共に国を支える存在になれば誰からも文句を言われなくなるから。
一体そこまで成り上がるのにどれほどの努力を積み重ねたのかしら?
「当時の皇帝ご自身は太上皇后様を愛していましたからそんな評価を気にしていなかったそうですよぉ。なんせ、後宮にいた他の妃が暇を持て余すぐらい相思相愛だったんですって」
「元々後宮務めだったわたしからしたら、複雑な心境ですね……」
太上皇后について語る黒曜宮妃はとても嬉しそうだった。幸せそうで何よりだ、と思う反面危なっかしさも感じた。
何しろ、どうも尊敬の念を超えて太上皇后を崇拝までしているように思えたからだ。さながら、凶行に手を染めた金剛宮の侍女長のように。
「でもぉ太上皇后様も完璧じゃあなかったみたいなんですぅ。特にご自分の容姿なんて大した事無いっていっつも、口癖のように言ってましたから」
「謙遜も度を超えると嫌味に聞こえますね。外見は今宮廷を騒がしている魅音様と瓜二つだったのでしょう? 当時も多くの殿方を虜にしたのでは?」
「太上皇后様が重要視していたのは内面ですね。気品、教養、能力。見た目で判断する輩は信用おけない、と何度も言っておられました」
「……魅音様も似たようなことを仰っていましたっけ」
とにかく、太上皇后が立派な方だったのは充分に理解できた。問題はどうして金剛宮の侍女長はその太上皇后のためだと主張したのかしら? 既に鬼籍に入った方に忠義を尽くしたって何の意味も無いのに。
けれどこの疑問を口にするわけにはいかなかった。ただでさえ太上皇后についての調査は皇帝の意に反しているのに、わたしや青玉宮妃の意地に黒曜宮妃を巻き込むわけにはいかない。
となればもっと太上皇后について知る必要がある、と文献とにらめっこしようと思ったら、黒曜宮妃は真剣な眼差しをこちらに向けていた。いつもののんびりとした朗らかな雰囲気は鳴りを潜めていた。
「太上皇后様を慕う方々はですね、信じているんですよぉ」
「信じる? 何を?」
「太上皇后様のような女傑……いいえ、あえて言いますか。女狐の再誕をね」
「……!?」
女狐、春華国に度々現れる存在。
皇帝を超える影響力を持ち、歴史に名を刻む皇后。
太上皇后はあくまで一番最近の女狐じゃあなかったかしら?
「太上皇后様のような凄い方は数代おきに現れるそうですよぉ。なんと最初の女狐は春華国を起こした高祖の后だったって言うんですから、歴史が古いですよねぇ」
「……そんなに昔から女狐はいたんですか?」
だから金剛宮の侍女は今際にあんな言葉を口走っていたのか。
本当に再来するかも分からない女狐のために布石を打っていた、と?
控えめに言っても正気の沙汰とは思えなかった。
「それとぉ、皆さんごっちゃにしてますけれどぉ、我慢なりませんから言わせてくださいねぇ」
黒曜宮妃はこちらへと身を乗り出してきた。机越しなのでまだ距離は遠かったけれど、それでも結構な圧迫感があった。それだけ真剣な彼女が迫力あったってことかしら。
……そんなどうでもいい感想は、次の一言で完全に消し飛んだ。
「女狐は、傾国じゃないですからねぇ」
「……は?」
わたしは一瞬、黒曜宮妃が何を言っているのか全く理解出来なかった。
「より詳しく説明すると、代々女狐って呼ばれた才女と傾国って呼ばれた美女は別人なんですぅ。太上皇后様はたまたま両方兼ね備えてましたけれどぉ、あの方が皇子妃だった頃はあの方が傾国呼ばわりされてぇ、女狐は別にいたんですぅ」
女狐と傾国が、別人?
もし魅音がわたし達の想像通り傾国の美少女だったとしても、女狐が別にいる?
そんな内心を見透かすように黒曜宮妃は微小を浮かべた。どちらかと言えば素朴な方だった彼女がとても魅力的に映った。
「もし紅玉宮妃様が太上皇后様についてお知りになりたいなら、女狐の再来を探したほうが早そうですねぇ」
「……黒曜宮妃様は既に女狐が宮廷の中にいると思われているんですか?」
「だってぇ、傾国の魅音様が来てくれたんですもの。そりゃあ次は女狐じゃないかって期待が膨らみますよぉ」
「……――」
太上皇后の狂信者共が動きを活発化させたのは魅音が表舞台に上がったせいか。
だとしたらもう事態は動き始めてしまった。
次に一体どんな波乱が待ち受けているのか、その時は想像すら出来なかった。
そう確信したわたしは宮廷内最大の書院へと足を運ぶことにした。
こんな時に肩書が一番役に立つもので、皇子妃だと書院に収められた書物や記録の大半が無許可で閲覧可能だった。ただし、さすがに何割かは時の皇帝より認められた学士のみが研究のために許されているそうだ。
書院に務める学士に「二代前の皇帝の治世を知りたい」と伝えると、当時の事が書き記された書物が収められた棚へと案内してくれた。あまり読書する方じゃないわたしに言わせれば最初からやる気が減衰する量だったけれど、何とか気力を奮い立たせた。
「あれれ、紅玉宮妃様じゃあないですかぁ」
とりあえずある程度の束を空き机まで持っていてさあ読むぞと意気込んだ時だった。わたしに声をかけてきた相手は私の対面側の席に腰掛けた。
わたしは失礼の無いようすぐさま立ち上がって頭を垂れた。
「黒曜宮妃様、ご機嫌麗しゅう」
「そんな畏まらなくたっていいですよぉ。わたし達二人きりなんですからぁ」
声の主、黒曜宮妃はおっとりとした口調でわたしに座るよう促してきた。お言葉に甘えて座り直すと、彼女はわたしが棚から持ってきた記録に興味津々な様子で、わたしに何も聞かずに一つ手にとって頁をめくり始めた。
「わたしぃ頻繁にここに来てますけれどぉ、紅玉宮妃様をお見かけするのって初めてですよねぇ。珍しいですねぇ」
「ええ、初めて足を運びました。実家も中々の所蔵量でしたが、ここと比べるのも恥ずかしいですね」
「ここには春華国の歴史そのものが保管されているって言って過言じゃないですからねぇ。ここに入り浸るだけで見識が広がる気がしますぅ」
「残念ですがわたしはあまり頭が良くないので、実際に見て聞いて触った体験の方が好ましいですよ」
書院は春華国で起こった出来事の記録、過去の記録の保存と修復、そして古今の経籍を校勘?だったかをするのかしら? 興味なかったから教わった内容がおぼろげだ。地方の伝承の収集だったり、定期的に有志者による討論会も開かれるらしい。
「紅玉宮妃様が何をお知りになりたいか、もし良かったらお手伝いしましょうか?」
「いいんですか? 黒曜宮妃様のお手をわずらわせるわけには……」
「わたしの事なんていいんですぅ。やることはちゃんとやってますしぃ、今すぐ読みたい本も無いですぅ」
「……でしたらお言葉に甘えて」
いかに同じ皇子妃であっても黒曜宮妃に太上皇后について調べてます、だなんて正直に明かせるわけがない。当時の治世を振り返って間接的に手がかりが掴められれば、との期待を込めつつ、表向きの目的だけを述べた。
ところが、だ。予想に反して太上皇后については何一つ記されていなかったのだ。行事に姿をお見せになった程度の記録すら不自然な程に残っていなかった。
まるで何者かが意図的に後世に伝わらないよう抹消したかのように、だ。
(どうしてなのよ……! 何かしでかして禁句にでもなったとでも言うの……!?)
心のなかで罵りながらも読み進めても一文字たりとも綴られていなかった。いい加減苛立って本を床に叩きつけたい気分になってきた。
少しでも溜飲を下げようと貧乏ゆすりをしていたら、黒曜宮妃が手を止めてこちらを見つめてきていたのに気付いた。
「もしかして紅玉宮様は太上皇后様についてお知りになりたかったんですかぁ?」
「……。どうしてそのようにお思いに?」
「速読するにしても早すぎます。当時の情勢を調べたいならこれらで充分な筈ですからぁ、ここに記されていない事を求めている、と当たりをつけただけですぅ」
そこまで勘付かれていては言い訳の仕様がなかった。
観念したわたしは先日の会食の席で皇帝が太上皇后のひ孫だからと魅音を捨て置くのはおかしい。何か他の事情がある筈だから突き止めたい。そんな尤もらしい理由を口にした。
黒曜宮妃は納得がいったとばかりに顔を輝かせて手と手を合わせた。
「それでしたらこちらの資料は読むだけ無駄ですぅ。太上皇后様に関しての記録は公文書として残っていません」
「それはまたどうしてですか?」
「女が政に携わることを嫌う殿方も少なくありませんからねぇ。あの方はあまりご自分の名声には拘っていませんでしたから」
「その言い様ですと黒曜宮妃様は太上皇后様をご存知だったと聞こえますが?」
よくぞ聞いてくれました、と黒曜宮妃は満面の笑みをこぼしながら軽く舞った。とてもしなやかで品があり、見る者を惹きつける光景に思わずため息が漏れた。普段は素朴な印象の黒曜宮妃の魅力を初めて垣間見た気がした。
「何を隠しましょう、このわたしは太上皇后様の側仕えを務めていたのです!」
そして誇らしげに胸を張る仕草は先程とは打って変わって可愛らしく感じた。確か黒曜宮妃はわたしと同じぐらいの年代だったから、年相応だとの感想を抱いた。
それよりもここにきて太上皇后を良く知る人に巡り会えるとは。今日は付いているな、と心で天に感謝しつつ彼女の話を聞くことにした。
「太上皇后様は情熱、気品、知性、慈愛、そして美貌。どれを取っても優れた方でしたねぇ。そしてそれを誇示しない謙虚さもありましたから、とっても多くの民が慕い、臣下が心から忠誠を誓っていたと聞いてますぅ」
「皇帝ではなく皇后を、ですか?」
「はい。当時の皇帝陛下は太上皇后様に隠れたように影が薄かったみたいですね」
本来天の代理人である絶対的な権威を持つ皇帝より人気なんてありえない。そんな春華国の存亡を揺るがす危険な存在が許される筈がない。例え一切の罪が無くても何らかの理由がでっち上げられて排除されるでしょうね。怖いから。
……いや、だからこそ太上皇后は皇帝の后になったのか。天上人の伴侶となって共に国を支える存在になれば誰からも文句を言われなくなるから。
一体そこまで成り上がるのにどれほどの努力を積み重ねたのかしら?
「当時の皇帝ご自身は太上皇后様を愛していましたからそんな評価を気にしていなかったそうですよぉ。なんせ、後宮にいた他の妃が暇を持て余すぐらい相思相愛だったんですって」
「元々後宮務めだったわたしからしたら、複雑な心境ですね……」
太上皇后について語る黒曜宮妃はとても嬉しそうだった。幸せそうで何よりだ、と思う反面危なっかしさも感じた。
何しろ、どうも尊敬の念を超えて太上皇后を崇拝までしているように思えたからだ。さながら、凶行に手を染めた金剛宮の侍女長のように。
「でもぉ太上皇后様も完璧じゃあなかったみたいなんですぅ。特にご自分の容姿なんて大した事無いっていっつも、口癖のように言ってましたから」
「謙遜も度を超えると嫌味に聞こえますね。外見は今宮廷を騒がしている魅音様と瓜二つだったのでしょう? 当時も多くの殿方を虜にしたのでは?」
「太上皇后様が重要視していたのは内面ですね。気品、教養、能力。見た目で判断する輩は信用おけない、と何度も言っておられました」
「……魅音様も似たようなことを仰っていましたっけ」
とにかく、太上皇后が立派な方だったのは充分に理解できた。問題はどうして金剛宮の侍女長はその太上皇后のためだと主張したのかしら? 既に鬼籍に入った方に忠義を尽くしたって何の意味も無いのに。
けれどこの疑問を口にするわけにはいかなかった。ただでさえ太上皇后についての調査は皇帝の意に反しているのに、わたしや青玉宮妃の意地に黒曜宮妃を巻き込むわけにはいかない。
となればもっと太上皇后について知る必要がある、と文献とにらめっこしようと思ったら、黒曜宮妃は真剣な眼差しをこちらに向けていた。いつもののんびりとした朗らかな雰囲気は鳴りを潜めていた。
「太上皇后様を慕う方々はですね、信じているんですよぉ」
「信じる? 何を?」
「太上皇后様のような女傑……いいえ、あえて言いますか。女狐の再誕をね」
「……!?」
女狐、春華国に度々現れる存在。
皇帝を超える影響力を持ち、歴史に名を刻む皇后。
太上皇后はあくまで一番最近の女狐じゃあなかったかしら?
「太上皇后様のような凄い方は数代おきに現れるそうですよぉ。なんと最初の女狐は春華国を起こした高祖の后だったって言うんですから、歴史が古いですよねぇ」
「……そんなに昔から女狐はいたんですか?」
だから金剛宮の侍女は今際にあんな言葉を口走っていたのか。
本当に再来するかも分からない女狐のために布石を打っていた、と?
控えめに言っても正気の沙汰とは思えなかった。
「それとぉ、皆さんごっちゃにしてますけれどぉ、我慢なりませんから言わせてくださいねぇ」
黒曜宮妃はこちらへと身を乗り出してきた。机越しなのでまだ距離は遠かったけれど、それでも結構な圧迫感があった。それだけ真剣な彼女が迫力あったってことかしら。
……そんなどうでもいい感想は、次の一言で完全に消し飛んだ。
「女狐は、傾国じゃないですからねぇ」
「……は?」
わたしは一瞬、黒曜宮妃が何を言っているのか全く理解出来なかった。
「より詳しく説明すると、代々女狐って呼ばれた才女と傾国って呼ばれた美女は別人なんですぅ。太上皇后様はたまたま両方兼ね備えてましたけれどぉ、あの方が皇子妃だった頃はあの方が傾国呼ばわりされてぇ、女狐は別にいたんですぅ」
女狐と傾国が、別人?
もし魅音がわたし達の想像通り傾国の美少女だったとしても、女狐が別にいる?
そんな内心を見透かすように黒曜宮妃は微小を浮かべた。どちらかと言えば素朴な方だった彼女がとても魅力的に映った。
「もし紅玉宮妃様が太上皇后様についてお知りになりたいなら、女狐の再来を探したほうが早そうですねぇ」
「……黒曜宮妃様は既に女狐が宮廷の中にいると思われているんですか?」
「だってぇ、傾国の魅音様が来てくれたんですもの。そりゃあ次は女狐じゃないかって期待が膨らみますよぉ」
「……――」
太上皇后の狂信者共が動きを活発化させたのは魅音が表舞台に上がったせいか。
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