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第2-2章 後宮下女→皇后(新版)
「後宮よ、わたしは帰ってきました」
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後宮、皇帝と愛を育み世継ぎを生み出すべく春華国中から才女や美女が集った華の園。女性に関するあらゆる文化が花開き、また我こそ皇帝の寵愛を、我が子こそ次の皇帝に、との欲望が渦巻く、天国と地獄が同居した世界でもあった。
しかし、主を失い役目を終えた箱庭は寂しい限りだった。
既に大半の妃は後宮を去って尼寺に収容、または実家に幽閉された。これは万が一皇帝との子を成していた場合に備えて妊娠期間が過ぎるまでの措置だ。後追いの強要とか生涯未亡人とかだった昔に比べれば寛大になった、とは徳妃様談だ。
妃の世話をする下女や女官もほとんどが解雇された。ただ今回は貴妃様が望む者には推薦状をしたためたそうなので、再就職はそう難しくないでしょう。
ただし、次の皇帝が再び後宮を開くことになっても彼女達は戻ってこれない。所謂世代交代のために。
結果、後宮に残ったのは皇帝との子を成したごく少数の妃だけ。彼女達は次の皇帝が誰になるかで身の振り方が異なるため、皇位継承争いの成り行きを見守っているわけだ。不安、そして期待に胸をふくらませて。
そんな後宮にやってきたわたしは、かつての主である徳妃様に土下座していた。
「――と、言った次第ですのでしばらくの間お世話になりたく」
「いや待て待て。もうちょっと詳しく説明せい」
「んー、分かりました。まだ時間に余裕がありますから」
「まあ妾も大体の事情は察しておるのだが、紅玉宮妃の口から直に聞きたいのでな」
徳妃様のお住まいは元から少数で業務をこなしていたので人員の削減はしなかったらしく、同僚だった侍女方や女官方と多く再会出来た。皆紅玉宮妃になったわたしに恭しく頭を垂れたけれど、思わず止めてほしいと頼んでしまった。
ただ、月日が経ってるからか、徳妃様は新しく侍女を雇われていたようだ。
侍女頭が敬っていたため、やんごとなき家柄の人だろうとは察したけれど、面紗で目元が隠れていて人相が伺いしれない。口数が少ないのも相成って手を伸ばしにくい独特の雰囲気をまとっていた。
「皇子殿下や皇女殿下が、自分以外の皇位継承者候補を自分を陥れんとしておる、と疑っておるんだったな」
「はい」
「で、伝国璽は未だ行方知れずで三公が支持する相手は見事にバラバラ。事態が収束する目処が立っていない、と」
「はい」
「更に真っ先に争いに不参加を表明した紅玉宮が巻き込まれて危険な目に遭った、じゃったな?」
「その通りです」
「そこからどうして紅玉宮妃が出戻ってくることに繋がったんじゃ?」
「ではそこをもう少し詳しくご説明します」
第二皇子と第二皇女の諍いを終え、猜疑心に苛まれたわたしと暁明様はそれぞれ自分達が巻き込まれないよう各々行動に移ろうと決意を固めた。もはや座して沈静化を待っていられる立場ではなくなってしまったから。
「わたしはわたしの殿下に提案しました。一緒に逃げましょう、と」
「逃げると言ってもなあ、どこにだ?」
「とりあえずまずは実家を頼ろうかと。ご存知の通りわたしの父は北伯侯、軍事力は春華国随一だと自負しておりますので、匿ってもらってもひとまず安心かと」
「いかに紅玉宮妃が娘だからと一旦受け入れればそれが重大な意味を持つ、とは北伯侯閣下も考えるじゃろう。本当に歓迎してもらえるのか?」
「とりあえず手紙を出したので返事を待とうかと。芳しくないようでしたら……そうですね、ただの暁明と雪慧になって諸国を漫遊しますか」
「……まあ、紅玉宮妃が付いておればそれも選択肢となるわけか」
結婚までして実家を頼りたくなかったけれど、今度ばかりは仕方がない。例え離れで幽閉されてもいい。夫婦水入らずで慎ましく過ごせばいいだけの話だ。皇位継承争いに関わらないことが重要なんだから。
逆に冷遇どころか厚遇される可能性? 無いでしょう。いくらわたしが妃になったからって第五皇子の暁明様を次の皇帝に担ぎ上げようとはしない筈。何せ退けなければいけない兄皇子達が帝都のほぼ全ての支持を集めているから、分が悪いもの。
「一方なんですが、わたしの殿下はわたしに願いました。徳妃様を頼って後宮に避難してほしい、と」
「それはどの皇子妃が女狐の再来か分からぬから、陥れられる前に打たれる先手に巻き込まれないため、じゃったな」
「既に赤き親衛隊の者が紅玉宮に送り込まれた以上、二度三度同じことが起こらないとも限りません。紅玉宮を守護する近衛兵達も司令官を辿れば青玉宮殿下ですし。宮廷内はもうどこも安全じゃない、とわたしの殿下は判断したみたいです」
「じゃから妾に預ける、と。自分の手元から離してでも愛する女を守りたいと思えるほど成長したのか……」
当然初めてそう言われた時は物凄く反発した。何なら初めて暁明様と夫婦喧嘩した。本気で殴り合えば勝つのはわたしだけれど、愛する人、愛してくれると言ってくれる方に暴力なんて振るえなかった。そして暁明様はわたしの事では決して折れやしない。始めからわたしに勝ち目なんて無かったんだ。
けれど暁明様を置いてわたしだけぬくぬくと安全な場所にいるなんてわたしが耐えられない。だから暁明様の願いを聞く代わりにわたしからも彼に無茶振りをしたのだった。わたしを従わせる為に彼は妥協案を飲むしかなかった。
「で、その結果がコレが」
「どうでしょう、まだまだいけると思いませんか?」
「は、恥ずかしいよ……」
わたしの斜め後ろには暁明様がいらっしゃった。当然成人男性の仲間入りした彼が後宮に戻ってこれるわけがない。そして男性機能を不全にして宦官にするなんて例え天が許してもこのわたしが絶対、絶っ対に許さない。
と、いうわけで暁明様には女装してもらっている次第だ。まあ、後宮内が役目を終えた時期だからこそ出来る荒業でもあるし、貴妃様や淑妃様にバレたらただでは済まないに違いない。
「まだ後宮におった頃は幼く中性的じゃったから女装の完成度も高かったが……大人として成長し途中の今もわりと有りじゃな」
「そうですよね! 暁明様ったらお顔が整っていらっしゃるし、鍛えてはいますが身体の線が細いので厚着でごまかせますし!」
「あー、それが違和感の正体か。あと背も伸びたし顎の線も結構無理があるじゃろう。もう少し成熟したらもう紅玉宮を男以外には扱えまいて」
「今だからこそですよ、徳妃様」
「あのさあ、随分好き勝手言ってくれちゃってるよねえ?」
暁明様の批難は聞かないことにする。そもそも暁明様は同意したから女装してここにいるんだし、徳妃様方に色々言われるのは充分想定できたでしょうよ。まあ多少からかうことについては我慢してもらうとしよう。
「主なき紅玉宮はどうするつもりじゃ?」
「暁明様は寝床をこちらに移すだけで紅玉宮を含む宮廷での執務は続けるそうです。つきましては徳妃様にお願いが」
「あい分かった。文月を紅玉宮の護衛に付けよう。そなたもそれで良いな?」
「仰せのままに。この命に代えても殿下はお守りいたします」
徳妃様に促された文月は恭しく頭を垂れた。相変わらず凛とした物腰で、その場にいるだけで空間が引き締まる感じがした。綺麗と言うより格好いいと表現すべき魅力が彼女にはあった。
「もう一つ、傾国の美少女とか言われておる魅音はどうする?」
「これも相談になってしまいますが、可能でしたら一緒に匿っていただけませんか?」
「ううむ、致し方あるまい。紅玉宮で留守番を任せていては魔の手が伸びるかもしれぬしな。青玉宮殿下や翠玉宮殿下が皇太子殿下のように骨抜きにされるのも時間の問題だろうて」
「寛大なご決断感謝します」
それ以上にわたしが危惧していたのが、春華国の歴史上傾国の美魔女がその殆どが最後に悪として破滅している点だ。わたし達不在の間にあらぬ罪を被せられて酷い仕打ちを受けて息絶える、なんて非道な真似は許せない。
これで当面はやり過ごせる、と内心で安堵していると、「ところで」と徳妃様は続けた。浮かべた笑みは穏やかではなく、悪巧みを思いついたかのような魔性のもの。嫌な予感がしたけれど、願いを聞き届けていただいた手前、態度には出せなかった。
「紅玉宮妃は紅玉宮のためとはいえ妾を利用するんじゃよなあ?」
「……言い方はともかくそのとおりではないかと」
「であれば紅玉宮も妾に利用される覚悟は無論持っていよう?」
「まあ、はい。程度にもよりますけれど」
徳妃様はわたしの返事を聞くと、犬歯を剥き出しにして笑った。短くない期間徳妃様には仕えていたけれど、こんなに目を輝かせながら歓喜と興奮を表に出す姿は始めて見た。そして、わたしはそんな彼女を恐ろしいと密かに感じてしまった。
「そうか! であれば貴様には妾の野望のために役立ってもらおう!」
そう高らかに宣言した徳妃様だったけれど、その後は結局いつものとおりに落ち着いた。わたしは徳妃様付きの下女に偽って後宮で働き、暁明様は後宮と宮廷を往復する毎日を送った。
待っている間何事もなく平穏だった、と述べれば嘘になる。魅音を迎えた際に彼女の我儘を抑えて仮面を被らせたり、少しでも寂しい後宮を賑わせようと貴妃様が催し物を開いたり、主不在になった紅玉宮でひと悶着あったりと、色々とあった。
待ち望んだ父からの返事が届いたのは少し日数が経ってからだった。早馬を走らせたらしく、婚姻の許しを伺う時の半分ほどの早さ。だったらあの時ももっと早く送ってくれれば良かったのに、との文句は飲み込んだ。
「父様は果たしてわたし達を受け入れてくださるのか……」
「じゃあ、読もうよ」
固唾を呑み込んで封を破ったわたしは、そこに書かれていた実の父……ではなく、実の兄からの返答に目を通して、驚きの声を上げてしまった。暁明様まで手紙を二度見する始末だから、よほどの大事だとの認識で間違っていないようだ。
「兄様が父様から北伯侯の地位を継いだのはいいとして、どうしてこうなったの……」
「なんか、とんでもないことになってない?」
その内容は、手紙を読んだら直ちに北伯侯領まで避難するように、とのものだった。
何故なら、北伯侯本人が総大将となって帝都に向けて挙兵するから、だそうだ。
しかし、主を失い役目を終えた箱庭は寂しい限りだった。
既に大半の妃は後宮を去って尼寺に収容、または実家に幽閉された。これは万が一皇帝との子を成していた場合に備えて妊娠期間が過ぎるまでの措置だ。後追いの強要とか生涯未亡人とかだった昔に比べれば寛大になった、とは徳妃様談だ。
妃の世話をする下女や女官もほとんどが解雇された。ただ今回は貴妃様が望む者には推薦状をしたためたそうなので、再就職はそう難しくないでしょう。
ただし、次の皇帝が再び後宮を開くことになっても彼女達は戻ってこれない。所謂世代交代のために。
結果、後宮に残ったのは皇帝との子を成したごく少数の妃だけ。彼女達は次の皇帝が誰になるかで身の振り方が異なるため、皇位継承争いの成り行きを見守っているわけだ。不安、そして期待に胸をふくらませて。
そんな後宮にやってきたわたしは、かつての主である徳妃様に土下座していた。
「――と、言った次第ですのでしばらくの間お世話になりたく」
「いや待て待て。もうちょっと詳しく説明せい」
「んー、分かりました。まだ時間に余裕がありますから」
「まあ妾も大体の事情は察しておるのだが、紅玉宮妃の口から直に聞きたいのでな」
徳妃様のお住まいは元から少数で業務をこなしていたので人員の削減はしなかったらしく、同僚だった侍女方や女官方と多く再会出来た。皆紅玉宮妃になったわたしに恭しく頭を垂れたけれど、思わず止めてほしいと頼んでしまった。
ただ、月日が経ってるからか、徳妃様は新しく侍女を雇われていたようだ。
侍女頭が敬っていたため、やんごとなき家柄の人だろうとは察したけれど、面紗で目元が隠れていて人相が伺いしれない。口数が少ないのも相成って手を伸ばしにくい独特の雰囲気をまとっていた。
「皇子殿下や皇女殿下が、自分以外の皇位継承者候補を自分を陥れんとしておる、と疑っておるんだったな」
「はい」
「で、伝国璽は未だ行方知れずで三公が支持する相手は見事にバラバラ。事態が収束する目処が立っていない、と」
「はい」
「更に真っ先に争いに不参加を表明した紅玉宮が巻き込まれて危険な目に遭った、じゃったな?」
「その通りです」
「そこからどうして紅玉宮妃が出戻ってくることに繋がったんじゃ?」
「ではそこをもう少し詳しくご説明します」
第二皇子と第二皇女の諍いを終え、猜疑心に苛まれたわたしと暁明様はそれぞれ自分達が巻き込まれないよう各々行動に移ろうと決意を固めた。もはや座して沈静化を待っていられる立場ではなくなってしまったから。
「わたしはわたしの殿下に提案しました。一緒に逃げましょう、と」
「逃げると言ってもなあ、どこにだ?」
「とりあえずまずは実家を頼ろうかと。ご存知の通りわたしの父は北伯侯、軍事力は春華国随一だと自負しておりますので、匿ってもらってもひとまず安心かと」
「いかに紅玉宮妃が娘だからと一旦受け入れればそれが重大な意味を持つ、とは北伯侯閣下も考えるじゃろう。本当に歓迎してもらえるのか?」
「とりあえず手紙を出したので返事を待とうかと。芳しくないようでしたら……そうですね、ただの暁明と雪慧になって諸国を漫遊しますか」
「……まあ、紅玉宮妃が付いておればそれも選択肢となるわけか」
結婚までして実家を頼りたくなかったけれど、今度ばかりは仕方がない。例え離れで幽閉されてもいい。夫婦水入らずで慎ましく過ごせばいいだけの話だ。皇位継承争いに関わらないことが重要なんだから。
逆に冷遇どころか厚遇される可能性? 無いでしょう。いくらわたしが妃になったからって第五皇子の暁明様を次の皇帝に担ぎ上げようとはしない筈。何せ退けなければいけない兄皇子達が帝都のほぼ全ての支持を集めているから、分が悪いもの。
「一方なんですが、わたしの殿下はわたしに願いました。徳妃様を頼って後宮に避難してほしい、と」
「それはどの皇子妃が女狐の再来か分からぬから、陥れられる前に打たれる先手に巻き込まれないため、じゃったな」
「既に赤き親衛隊の者が紅玉宮に送り込まれた以上、二度三度同じことが起こらないとも限りません。紅玉宮を守護する近衛兵達も司令官を辿れば青玉宮殿下ですし。宮廷内はもうどこも安全じゃない、とわたしの殿下は判断したみたいです」
「じゃから妾に預ける、と。自分の手元から離してでも愛する女を守りたいと思えるほど成長したのか……」
当然初めてそう言われた時は物凄く反発した。何なら初めて暁明様と夫婦喧嘩した。本気で殴り合えば勝つのはわたしだけれど、愛する人、愛してくれると言ってくれる方に暴力なんて振るえなかった。そして暁明様はわたしの事では決して折れやしない。始めからわたしに勝ち目なんて無かったんだ。
けれど暁明様を置いてわたしだけぬくぬくと安全な場所にいるなんてわたしが耐えられない。だから暁明様の願いを聞く代わりにわたしからも彼に無茶振りをしたのだった。わたしを従わせる為に彼は妥協案を飲むしかなかった。
「で、その結果がコレが」
「どうでしょう、まだまだいけると思いませんか?」
「は、恥ずかしいよ……」
わたしの斜め後ろには暁明様がいらっしゃった。当然成人男性の仲間入りした彼が後宮に戻ってこれるわけがない。そして男性機能を不全にして宦官にするなんて例え天が許してもこのわたしが絶対、絶っ対に許さない。
と、いうわけで暁明様には女装してもらっている次第だ。まあ、後宮内が役目を終えた時期だからこそ出来る荒業でもあるし、貴妃様や淑妃様にバレたらただでは済まないに違いない。
「まだ後宮におった頃は幼く中性的じゃったから女装の完成度も高かったが……大人として成長し途中の今もわりと有りじゃな」
「そうですよね! 暁明様ったらお顔が整っていらっしゃるし、鍛えてはいますが身体の線が細いので厚着でごまかせますし!」
「あー、それが違和感の正体か。あと背も伸びたし顎の線も結構無理があるじゃろう。もう少し成熟したらもう紅玉宮を男以外には扱えまいて」
「今だからこそですよ、徳妃様」
「あのさあ、随分好き勝手言ってくれちゃってるよねえ?」
暁明様の批難は聞かないことにする。そもそも暁明様は同意したから女装してここにいるんだし、徳妃様方に色々言われるのは充分想定できたでしょうよ。まあ多少からかうことについては我慢してもらうとしよう。
「主なき紅玉宮はどうするつもりじゃ?」
「暁明様は寝床をこちらに移すだけで紅玉宮を含む宮廷での執務は続けるそうです。つきましては徳妃様にお願いが」
「あい分かった。文月を紅玉宮の護衛に付けよう。そなたもそれで良いな?」
「仰せのままに。この命に代えても殿下はお守りいたします」
徳妃様に促された文月は恭しく頭を垂れた。相変わらず凛とした物腰で、その場にいるだけで空間が引き締まる感じがした。綺麗と言うより格好いいと表現すべき魅力が彼女にはあった。
「もう一つ、傾国の美少女とか言われておる魅音はどうする?」
「これも相談になってしまいますが、可能でしたら一緒に匿っていただけませんか?」
「ううむ、致し方あるまい。紅玉宮で留守番を任せていては魔の手が伸びるかもしれぬしな。青玉宮殿下や翠玉宮殿下が皇太子殿下のように骨抜きにされるのも時間の問題だろうて」
「寛大なご決断感謝します」
それ以上にわたしが危惧していたのが、春華国の歴史上傾国の美魔女がその殆どが最後に悪として破滅している点だ。わたし達不在の間にあらぬ罪を被せられて酷い仕打ちを受けて息絶える、なんて非道な真似は許せない。
これで当面はやり過ごせる、と内心で安堵していると、「ところで」と徳妃様は続けた。浮かべた笑みは穏やかではなく、悪巧みを思いついたかのような魔性のもの。嫌な予感がしたけれど、願いを聞き届けていただいた手前、態度には出せなかった。
「紅玉宮妃は紅玉宮のためとはいえ妾を利用するんじゃよなあ?」
「……言い方はともかくそのとおりではないかと」
「であれば紅玉宮も妾に利用される覚悟は無論持っていよう?」
「まあ、はい。程度にもよりますけれど」
徳妃様はわたしの返事を聞くと、犬歯を剥き出しにして笑った。短くない期間徳妃様には仕えていたけれど、こんなに目を輝かせながら歓喜と興奮を表に出す姿は始めて見た。そして、わたしはそんな彼女を恐ろしいと密かに感じてしまった。
「そうか! であれば貴様には妾の野望のために役立ってもらおう!」
そう高らかに宣言した徳妃様だったけれど、その後は結局いつものとおりに落ち着いた。わたしは徳妃様付きの下女に偽って後宮で働き、暁明様は後宮と宮廷を往復する毎日を送った。
待っている間何事もなく平穏だった、と述べれば嘘になる。魅音を迎えた際に彼女の我儘を抑えて仮面を被らせたり、少しでも寂しい後宮を賑わせようと貴妃様が催し物を開いたり、主不在になった紅玉宮でひと悶着あったりと、色々とあった。
待ち望んだ父からの返事が届いたのは少し日数が経ってからだった。早馬を走らせたらしく、婚姻の許しを伺う時の半分ほどの早さ。だったらあの時ももっと早く送ってくれれば良かったのに、との文句は飲み込んだ。
「父様は果たしてわたし達を受け入れてくださるのか……」
「じゃあ、読もうよ」
固唾を呑み込んで封を破ったわたしは、そこに書かれていた実の父……ではなく、実の兄からの返答に目を通して、驚きの声を上げてしまった。暁明様まで手紙を二度見する始末だから、よほどの大事だとの認識で間違っていないようだ。
「兄様が父様から北伯侯の地位を継いだのはいいとして、どうしてこうなったの……」
「なんか、とんでもないことになってない?」
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