紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-2章 後宮下女→皇后(新版)

「生きていたあの方が反撃してます」

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 一体誰が貴妃様と徳妃様の登場を予測できたかしらね?
 謁見の間にいた一同は例外なく度肝を抜かれた。
 その反応に満足したのか、徳妃様はかんらからからと笑った。

「見たか貴妃様! 妾は一度でいいからこうして男衆を手球に取りたかったんじゃ」
「あらあら徳妃様。男たちをいじめちゃあ駄目でしょう。これでも真面目にお勤めしているのだから」
「はっ。ちょっと美しい娘に鼻の下を伸ばしてか? 楽なものよ」
「そうねえ。この中には既婚者も多いでしょうに。奥様が嘆き悲しんでるかも」

 言いたい放題な二人の妃は二人のお供を連れていた。その二人共深く外套を羽織っていて正体は伺いしれない。他にも皇后や妃方が侍女や女官を連れてはいるのだけれど、中には見慣れない人もいた。

 正体不明のお供の一人が貴妃様と徳妃様をたしなめるよう何か呟いたらしく、徳妃様方は改めて堂々とした出で立ちで一同を見やった。

「ご機嫌麗しゅう、黒曜宮妃様。少しの間お会いしない内にお美しくなられて」

 貴妃様は誰もが見入るほど優雅にお辞儀した。既に成人した息子がいる女性でありながらその美が陰ることはなく、傾国などと呼ばれた魅音や女狐こと黒曜宮妃にも劣らぬ存在感を放っていた。

 それが気に障ったらしく、黒曜宮妃はあからさまに不機嫌だとばかりに顔をしかめる。しかしそれもまた貴妃様や徳妃様を喜ばせるばかりで逆効果。彼女の苛立ちは募るばかりだった。

「そんな社交辞令は要りません。それよりさっきの言葉は何ですかぁ?」
「ああ、皇帝の伝国璽のありかだったか? 申したとおり、こちらが確保しておる」
「つまり今は亡き皇帝から盗み取った、と。一族もろとも処罰してもなお償いきれない罪だとは分かっていると思ってましたが」
「そうだなぁ。あいにく妾も貴妃様も競ったがついに皇后様には敵わなかったからな。妾共には持つ資格はあるまい」

 すると先程貴妃様方に声をかけた者が一歩前に歩み出た。そして懐から巾着袋を取り出すと、縛っていた紐をほどき、慎重に中からソレを取り出した。そう、天帝よりこの大地を任された証である、皇帝の伝国璽を。

 どよめく謁見の間の者達。中には恐れ多いと罵る者もいた。黒曜宮妃も何かしらを主張し始めた。けれどそんな騒がしい一同を徳妃様が「静まれ!」と一括した。あまりの迫力に誰もが黙る他無かった。

 その間に、伝国璽を手にした者が被っていた外套を掴んだ。

「黒曜宮妃。そなた、私の顔を見忘れたか?」

 そして、一気に外套を脱ぎ去った。放り投げたそれは宙を舞って床へと落ちた。
 現れた顔を目の当たりにして誰もが驚きの声を上げる他無かった。

 帝都でその方を知らない者はいまい。何故なら、誰もが敬うその人物は……、

「こ……皇后様……!?」

 そう、死んだ筈の皇后だったからだ。

 さすがに黒曜宮妃の虜になっていた者の何割かが我に返って皇后へと平伏した。まだ心奪われたままの愚か者達はまるで救いを求めるように黒曜宮妃の方を向く。
 肝心な黒曜宮妃は暫しの間驚きを隠せていなかったものの、我に返った途端動揺を振り払うようにかぶりを切った。

「に……偽者ですぅ! 貴妃と徳妃が替え玉を用意したに決まっています!」
「最愛の息子の死に嘆き悲しんで自害し、葬儀も執り行ったから、か? とてもあの全てお見通しだとばかりに恐ろしかった太上皇后様の成れの果てとは思えぬ」

 皇后は鈴の音を鳴らすように笑った。
 最後に目にした寝込んだ弱々しい彼女はもうおらず、魅音が来る前のような威厳と優雅さ、そして余裕を兼ね備えていた。可愛さや美しさでは敵わなくてもその存在感は黒曜宮妃をしのいでいた。

「では黒曜宮妃よ。逆に問うが、どうして私が死んだと思ったのだ?」
「それは、誰もがそう言ってましたしぃ、葬式の時に顔をこの目で見ましたし……」
「ほう、では人づての情報を鵜呑みにしたわけか。死ぬ間際に立ち会ったわけでもあるまいに」
「じゃあ、あたかも死んだように偽装して雲隠れしていた……!?」
「ご明察。そう思い込ませる為に工作した。そなたを謀るために」
「……っ!?」

 皇后の説明によれば経緯はこうだ。

 皇太后が太上皇后の再来を恐れたように皇后も女狐の再誕を警戒していた。
 皇太后は皇帝が傾国の美少女の虜になっていく惨状に恐怖した。
 皇后はわたしが徳妃様方と共に見舞いに行った後、本当に死のうと思っていた。
 しかしとある理由でまだ死ねないと自分を奮い立たせた。
 そして自分の死を偽装し、徳妃様に匿ってもらっていたのだった。

「女狐が傾国をハメ殺すのは毎度のこと。此度も必ずなにか一計を案じると予測して先手を打たせてもらった」
「まさか亡くなった筈の皇后様から文が送られるなんて思ってもいませんでしたよ」

 なんとわたしが知らない間に魅音は皇后と連絡を取り合っていたらしい。そして黒曜宮妃に押し付けられた皇帝の伝国璽を皇后から支給された皇后の伝国璽とすり替え、わたしと暁明様に提示したわけだ。

 謀られた、との不満はある。それでも女狐を欺くための策の全容を知る者は最小限にすべき、との納得もある。それに、皇子妃のわたしが女狐ではないか、との疑いもまだ晴れてなかったでしょうし。後で不満をぶつけてお終いにしましょう。

「さて、黒曜宮妃よ。貴様が太上皇后様を騙る詐欺師だろうが生まれ変わりだろうが、もはやそんな些事はどうでも良い」
「取るに足らない、ですって……!?」
「今肝心なのは、皇帝の伝国璽を預かる皇后の私がこの場にいることだ。それが分からぬ貴様でもあるまい」
「こ、のっ、まだ五十も生きていない小娘の分際で馬鹿にしてぇ……!」

 苛立ちを隠せない黒曜宮妃は不敵に笑う皇后を睨みつけながら、手にしていた皇后の伝国璽を見せつけた。予備、と称していたけれど、歴代の皇后が受け継いできた紛うことなき権力の証だ。

「こちらこそ貴女が本当に皇后なのか偽者なのかなんて関係ありません。既に宮廷内の有力者は全てわたし達を支持していますからねぇ」
「帝都の外周を青玉宮に奪還されて包囲状態なのによくそこまで自信を持てたものだ」
「加えてこちらは皇后の伝国璽を所持済み。もう皇帝の名代として権力を振るえる状態なのは分かっていますよねぇ?」
「そうだな。そうやって女狐は代々春華国を収めていたからな。その時の皇帝の影が薄くなるほどに、だが」
「そしてぇ、皇帝が死んだ後に皇后が伝国璽を一時的に預かっていても皇帝代理としては機能しないのもご存知ですよねぇ?」
「言われずともだ。しかしこの皇帝の伝国璽が私が今なお皇后である証であろう?」

 黒曜宮妃と皇后は自分達の状況をすり合わせるように言い争った。文官も武官もわたし達も、二人のやりとりをただ眺める他無かった。黒曜宮妃の側にいる丞相や皇后に付き従う貴妃様と徳妃様が助太刀せず沈黙したままなのが不気味だったが。

「なら話は簡単ですぅ。時代に取り残された夫人には退場願いましょう」
「ふむ。論争したところで話が平行線ならそうするのが手っ取り早いな」
「余裕ぶるのは今のうちですよ」

 黒曜宮妃が軽く手を上げると、どこからともなく赤ずくめの者達が現れた。それも謁見の間の外周に、わたし達を取り囲むように配置されて。更には近衛兵達が武器を携えて謁見の間の入り口近くにいた皇后達を取り囲んでいるじゃないの。

「皇帝を守護する者達! あの輩は畏れ多くも亡き皇后様の名を騙る不届き者です! 即刻切り捨てて奪われた伝国璽を取り返しなさい!」

 ここに来てまさかの強硬手段にこの場に緊張が走った。更には皇后を偽者と断じる大胆不敵な真似まで。けれど理に適っている。もはや皇后を抑えれば帝都……いえ、春華国を掌握したも同然だから。

 そんな状況でも皇后はおろか貴妃様も徳妃様も全く動じる気配がない。むしろ貴妃様は「盛り上がってきたわねえ」と余裕綽々だし、徳妃様は「太上皇后様はもっと強かだったんじゃがなあ」とぼやいていたし。

「命乞いをするなら今のうちですよぉ。おとなしく伝国璽を渡して隠居するなら見逃してあげます」
「そうやってその時は穏便に済ませて後で暗殺するのが常套手段でしょうが」
「いえいえ皇后様。薬を盛って廃人同然にしてしまう手も何度かありましたよ」
「光が射さぬ牢に監禁し発狂させたこともあったと記されておったな」
「そして何より!」

 皇后は黒曜宮妃を指差した。上げた声は覇気が伴っており、彼女達を包囲する近衛兵や赤き親衛隊達を怯ませるほどだった。

「初代皇后が初代貴妃にした仕打ち、忘れたとは言わせんからな!」

 初代皇后とは始まりの女狐であり現黒曜宮妃。
 初代貴妃とは始まりの傾国であり現魅音。
 高祖亡き後、初代皇后は初代貴妃に酷い仕打ちをしたことは有名だ。

 当時のことを思い出したのか、魅音が顔を白くして震え上がった。
 わたしはそんな彼女の肩を掴んで自分の方へ寄せた。これで少しでも楽になるなら、と思って。
 魅音は目を丸くしてこちらの方を見つめてくる。その庇護欲を誘われる眼差しが人を狂わせるんだな、と場違いな感想を抱いた。

 初代貴妃の名を出された黒曜宮妃は先程と同様に憎悪で顔を歪ませた。

「よって徹底抗戦あるのみ! 覚悟は良いか? 私は出来ている」
「この状況下で貴女の意に従う者はいるとでも?」
「いる。何故なら、私は皇后だから」

 伝国璽を前方に突き出した皇后は謁見の間中に響くはっきりした声でこう宣言した。

「立ち上がれ女達! 今こそ女狐めを排除する時だ!」
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