紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-2章 後宮下女→皇后(新版)

「これでお終いです、女狐」

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「仰せのままに、皇后陛下」
「畏まりました、皇后陛下」

 皇后の命令が下って真っ先に反応を示したのは貴妃様と徳妃様だった。二人の妃は皇后に向けて優雅なほどに恭しく頭を垂れた。これが皇帝の寵愛を受けた女性達か、と皆を納得させるほどに気品に満ちて魅力的だった。

 それから貴妃様と徳妃様はほぼ同時に手を上げると、彼女達に付き従っていた女官が突如として胸部や太腿を広げ、隠していた武器を手に取った。それを合図に襲いかかる近衛兵達から主を守るべく応戦し始めたのだった。

 更に思いがけない事態が生じた。なんと謁見の間を包囲していた赤き親衛隊の何名かが突如として仲間に襲いかかったのだ。奇襲攻撃で崩れ落ちていく仲間を尻目にその者たちは更に他の者へ攻撃を仕掛けていく。

「なっ……! 貴女達何をやっているの!?」
「失敗したな黒曜宮妃よ。春華国中から方術を使える選りすぐり者を親衛隊に召し抱えているが、故に特異な点もあるだろう?」
「ま、まさか……!」
「そう、女性隊員の比率が高い。皇帝陛下亡き今、皇后の命を優先するのは当然だ」

 成程。後宮の妃、宮廷の女官達の頂点は皇帝ではなく皇后。いくら黒曜宮妃が宮廷を掌握していようが大義名分が従う道理が無いって訳か。二つの伝国璽が対峙して板挟みになっている男衆とは違うのよ、と言わんばかりに。

 そこまで推測してわたしは気付いた。
 追い詰められたわたしが黒曜宮妃に跪こうとしていたのはわたしが皇子妃だから。夫の皇子が詰んでしまって成すすべがなかったから屈しかけたんだ。

「……そうね。呆けてばかりじゃいられない」

 けれど、これまでを思い返してみたらわたしはまだ徳妃様付きの下女じゃなかった? 仕える主の徳妃様が皇后にかしずいたんだから、わたしは女狐討伐の許しを得たと解釈出来るんじゃないの?

 何より、周囲を黒曜宮妃の傀儡と化した者達に取り囲まれて危うかった状況は好転した。武官や文官共は決めあぐねているようだし、黒曜宮妃を護衛する連中の数も少なくなっている。

 攻勢をかけるなら今しかない。

「黒曜宮妃様。お覚悟を!」
「ひ、ぃ!」

 剣を抜いて飛び出したわたし、追い詰められて悲鳴を上げる黒曜宮妃。
 急速に距離を縮めるわたしの前に立ちはだかったのはまだ黒曜宮妃の下僕と化した赤き親衛隊共だった。

 彼らがどんな方術を使うのか分からない以上は迂闊な飛び込みは危険。一旦足を止めるか勢いのまま突撃しようか、と悩む時間少々。速度を緩めたことでわたしの両脇を通り過ぎる人影があった。

「……」
「ここは私が引き受ける! 紅玉宮妃は早く黒曜宮妃を!」

 一人は青玉宮妃。彼女が繰り出した正面打ちは赤き親衛隊の篭手に阻まれた。そのままの勢いで青玉宮妃は体当たりし、赤き親衛隊を突き飛ばす。
 もう一人は貴妃様に付き従っていた、外套で姿を隠した正体不明の存在。彼女が手にする剣、そして剣閃には見覚えがあったけれど……有り得ない。だって彼女なら――。

 他の方士が行く手を阻もうと駆け出し、女性隊員に妨害されるのを目の端に捉えた。翠玉宮妃と第二皇女は非戦闘員だからわたしの気迫に恐れるのみ。これでわたしと黒曜宮妃の間の障害は消え去った。

「そんな汚らわしい手でわたしに触れられると思ったか!」

 そのまま黒曜宮妃を切り伏せようと間合いを詰めようとし、何かに激突した。衝撃で立ちくらみと激痛が走ったけれど何とか転倒せずに踏みとどまった。鼻が当たったのか顔から血が滴り落ちていく。

 そんなわたしの鮮血が、空中に飛び散ったまま滑り落ちていく。まるで透明な壁に塗りたくられたように。

「あっははは! まさか借衣と魅了だけがわたしの方術だとでも思ってましたかぁ? 残念、これまで渡り歩いた生娘達の力を全部宿しているんですよ!」

 黒曜宮妃は醜態を晒したわたしにご満悦なのか、高笑いした。その姿にはもはや猫を被っていた頃の彼女の面影すら無い。醜い、とここまで人を嫌悪したのはこれが初めての経験かもしれない。

「何人たりともこの盾を突破することは出来ませぇん。手をこまねいて悔しがって大人しく討伐されちゃってくださいねぇ」
「盾、と言うより壁ね。鉄壁の防御」
「何でもいいですよぉ。どうせわたしには指一本触れられませんから」
「――認めたわね? 壁だ、って」

 勝利を確信したのか黒曜宮妃の顔が固まった。
 だって、彼女がアレだけ自信満々だった壁は何の役目も果たさなかったから。
 改めて踏み込むとわたしは壁に阻まずあっさりと黒曜宮妃の一歩前まで迫れた。

「ま、まさか紅玉宮妃も……!?」
「ご名答。切り札は最後まで隠すものよ」

 わたしはためらわずに剣を振り抜いた。そのまま一刀両断するつもりだったけれど、彼女が恐怖のあまり一歩下がった挙げ句に裾を踏んで後ろに転倒したせいで、彼女の服と胴体を浅く斬るだけに終わった。

「あ、ああぁぁああっ!!」

 それでも今まで傷つけられたことがなかったのか、彼女は絶叫を上げて痛がった。呼吸が荒くなって目が虚ろ。衣服が胸を中心に段々と朱色に染まっていく。もはやどんな方術を持っていようと精神統一は出来まい。

「大人しくお縄に付きなさい。貴女が高祖と共に建てた春華国の法の下で裁かれるのがお似合いよ」
「駄目です紅玉宮妃様! そこまで追い詰めては――!」
「えっ!?」

 魅音の警告が耳に届いた直後、黒曜宮妃が直前からは考えられないぐらいの勢いでこちらに襲いかかってくる。剣の切っ先は彼女の喉元に向けていたし決して油断していなかった筈なのに、わたしは身動き一つ取れなかった。

 そうだった。魅音は前回女狐を断罪するまでに追い込んだのに失敗した。一発逆転とばかりに身体を乗っ取られたせいで。状況から借衣を成功させる何らかの手段があるのは容易に想像できたのに――!

 ごめんなさい、暁明様。
 雪慧がわたしでなくなってしまうことは決して許さないでください。
 わたしは……貴方と添い遂げられて幸せでした。

 これまでの楽しかった思い出が走馬灯のようによぎり、最愛の人へ謝罪をして、わたしは観念……しようとしたその時だった。
 なんとわたしの前に正体不明だった貴妃様の従者が躍り出て黒曜宮妃を阻んだのだ。

 黒曜宮妃と従者は激突。黒曜宮妃の身体はまるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、従者は足を大きく下げてその場に踏み留まった。その表紙に頭巾がずれ落ち、その面相を顕にして。

「やはり……!」

 彼女は既に死んだ、暁明様に射抜かれた筈の、賢妃様だったのだ。

 賢妃様はぎこちなく顔をこちらへ向けた。もし賢妃様がわたしの身代わりになって黒曜宮妃に身体を乗っ取られたんだとしたら、もはや彼女が女狐に成り果てている。だったら覚悟を決めて賢妃様を斬るしか……、

 とまで考えて違和感に気付いた。こちらに振り向いた賢妃様は確かに顔は正面だけれど、両目の焦点がわたしに定まっていない。というか瞳孔が開いているし、あんなに激しく動いたのに呼吸一つ乱れていない。

「まさか……」
「ええ。そのまさかよ、紅玉宮妃様」

 賢妃様の口から発せられた言葉は賢妃様の声。けれどその口調は明らかに彼女のものではなかった。勿論黒曜宮妃のものでもない。
 わたしが知っている中で合致する人物は、皇后とともにこの場にやって来た――、

「あたくしの方術は死体を人形のように操れる、死操。けれど発動の制約が厳しくて、生前に死後の身体を譲り渡すって合意を得なきゃ駄目だし、操れるのも一人だけなの」

 ――貴妃様のものだ。

「賢妃様は傾国に心奪われた皇帝に引導を渡すために強硬策に打って出た。けれどその過程で十中八九命を落とすだろうって予期していたの。だからあたくしに自分の身体を託したの。人形になってでも女狐を討ち果たすためにね」
「えっと、じゃあ女狐はどうなっちゃったんですか?」
「女狐の魂魄が宿ろうとこの躯は既に生命活動を停止してる。いわば肉の牢獄に閉じ込めた状態ね。あたくしが方術を切れば地獄に真っ逆さまよ」

 追い詰められた女狐が身近な者の身体に避難しようとするとは初めから予測出来ていた。その対抗策として賢妃様が貴妃様に願い出たらしい。見知った相手を傀儡にするのは気が引けたけれど、彼女の意を組んで了承したそうだ。

「けれど、死ぬ間際に女狐が何をしでかすか分かったものじゃない。操ったままこの身体ごと女狐を火葬するつもり――」
「止めろぉ! そのような蛮行は決して許されない!」

 突然だった。これまで黙って成り行きを眺めていた丞相が温厚そうな表情を崩して怒りで顔を歪ませた。更にはどっちつかずだった親衛隊から槍を奪い取ると、肥満な体型からは想像もつかないほど軽く振り回しだす。

「太上皇后様のような君主がこれからも春華国に必要なのだ! 貴様等には何故それが分からぬ!?」
「成程。太上皇后様の崇拝者を統率していたのは貴方だったか、丞相。初めから黒曜宮妃が女狐だと分かっていたか?」
「やらせはせぬ、やらせはせぬぞぉ!」
「次の時代に、貴様は不要だ!」

 とはいえ力任せで見掛け倒し。丞相は青玉宮妃にあっさりと間合いに潜り込まれ、その心臓に刃を突き立てられた。それでも呪いのように何か呟こうとしていたので、青玉宮妃は丞相の胴体を切り裂いていった。

「……皇太子妃様、かたきは討ちました。どうか安らかにお眠りください」

 倒れ伏した丞相の首に剣を突き刺し、青玉宮妃は犠牲になった皇太子妃にその結果を捧げた。その瞳からは涙がこぼれ落ちていた。

 出落ち同然で丞相が退場したのを眺めていた賢妃様は剣をこちらへ差し出してきた。

「やっぱり火葬だなんて悠長なことは言ってられないわね。あたくしに何かあったら方術は切れる。女狐は賢妃様の身体が死ぬ間際に別の身体に乗り移ればいいだけだもの」
「どこに太上皇后信者が潜んでいるか分からないから、ですか」
「そう。だから……この場で引導を渡してあげて」

 成程、つまり女狐に何も出来なくさせようってわけか。
 覚悟を決めたわたしは剣を大きく振りかぶって……、

「その役目は、僕がやるべきだ」

 ――暁明様に横取りされた。
 具体的には暁明様の放った矢が賢妃様の喉、脳天、そして胸部と腹部に複数本矢継ぎ早に突き刺さったのだ。

 床に崩れ落ちた賢妃様の身体は……それから二度と起き上がることはなかった。

「これで春華国に巣食った女狐は討ち果たした! 僕たちの勝利だ!」

 暁明様はかちどきをあげた。
 それに真っ先に呼応したのは義姉様。次に第二皇子。二人の皇族が暁明様を称えたことでにわかに謁見の間が盛り上がっていき、やがては全体に広がっていった。つい先程まで黒曜宮妃しか見えていなかったのに、現金なものだ。

 こうして宮廷を騒がせた女狐の異変は幕を下ろした。
 それはすなわち、次の治世の到来だった。
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