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2巻
2-1
しおりを挟む□当日十七時
「コンスタンサ! もはやお前の陰湿な嫌がらせの数々は見過ごせん! よってお前との婚約は破棄する!」
と、皆に聞こえるよう宣言なさっているのは、バエティカ王国の王太子であらせられるカルロス様だ。凛々しくて格好いいお顔は怒りで歪んでいて、目の前のご令嬢を鋭く睨みつけていた。
「……はて、陰湿な嫌がらせ、ですか。何のことだか心当たりがありませんわ」
そう優雅にお辞儀をしながら答えたのは、王太子殿下の婚約者であらせられるコンスタンサ様。誰もが羨む美貌に笑みを張り付け、責められている状況でも優雅さに陰りは一切見られない。
「とぼけるな! お前がこのアンヘラをいじめていたことは調べが付いている!」
カルロス様が腰に手を回して抱き寄せているのは、彼が真実の愛とやらに目覚めた相手とされる男爵令嬢のアンヘラだ。柔らかさと硬さが同居する成長途中な顔立ちと身体つきで、まだ少女らしさを残していた。
……そして、認めたくないのだけれど、この騒ぎの元凶たる男爵令嬢こそ何を隠そう、このわたし本人だったりする。
本当ならこの騒動はもっと悲惨になる予定だった。騎士団長のご子息だったり宰相閣下の嫡男だったりがカルロス様に同調し、コンスタンサ様を糾弾するはずだったけれど、彼らは今カルロス様の傍にはいない。
既に仕込みは終わっている。あとはもうなるがままにしかならない。
ここまで来たからには覚悟を決めて乙女ゲームの運命を迎え撃つまでだ。
全てはちょうど一日前に覆ってしまったから。
□前日十七時
前略、天国のお母さん。
もう少しでわたし、ざまぁされちゃいます。
「どうしてこうなったんですか……」
わたしは呆然としながらソファーにもたれかかって天井を見つめるしかなかった。
天井に施された幾何学的な模様を眺めて現実逃避することしばし、こめかみをぐりぐりと押さえてなんとか落ち着きを取り戻す。
まず、わたしの名はアンヘラ。大陸の半島に位置するバエティカ王国のしがない男爵家の娘だ。
それも血縁上は父にあたる男爵が、平民ながら可愛いと評判だったお母さんに手を付けて生まれた不義の子だったりする。
お母さんはわたしを愛してくれた。けれど、男爵に捨てられたお母さんがわたしを育てるためにとっても苦労していたのは、子供のわたしにも分かった。
そんな無理が祟って身体を壊したお母さんは、数年前に神のもとへと召されてしまった。
充分成長していたわたしは働いて一人暮らしするつもりだったけれど、男爵家に引き取られることになった。成長してお母さんに似てきたわたしは政略結婚の駒に使える、と考えた男爵の目に留まったからだ。
わたしは貴族としての生活に興味はなかったし、きらびやかな宝石とか上質な布地の衣服とかにも全く憧れなかった。ましてや子を宿したからってお母さんを捨てたくせに、今更父親面する男の思い通りになんてなりたくなかった。
「それでも……断れるわけないじゃないですか。だって貴族って、自分が正しいって当たり前みたいに思ってますし、断ったらどんな酷い仕打ちを受けてたか……」
理不尽な目に遭いたくなかったのもある。そもそも男爵がわたしに拒否権を与えていたかも怪しい。断れば最後、貧民街に住んでいた当時より劣悪な環境に追い込まれても不思議ではなかった。
だから、わたしは利用することにしたんだ。
わたし個人が幸せを掴むためなら男爵家だって踏み台にしてやる、って。
それからはとっても大変だった。
元平民の娘が礼儀作法をすぐさま会得するなんて無茶な話だ。生きるのに精一杯で教養とは無縁だったもので、男爵夫人には頻繁に怒られた。異母兄妹はおろか使用人からも愛人の娘だと陰口を叩かれるし、もう散々な目にしか遭っていない。
それでも王立学院に通い始める頃にはそれなりに男爵令嬢らしくなれたとは思う。お母さんを馬鹿にされても我慢できる程度には上辺を取り繕えるようになったし。何より知識と経験は無駄にならないし、そこは感謝しよう。
そもそも女として生まれたわたしの成功ってなんだろうか?
この国に根付いた宗教的価値観のせいで女性は家を守るべしと考えられている。女手だって欲しい平民ならまだしも、貴族の令嬢や婦人が当主になったり王宮で文官として召し抱えられたりする例はほとんどない。
貴族社会において女の成功とは、実家のために良家へ嫁ぐことを指すのだから。
「だから学院でも人気のあった男子達に近づいたんですよね、わたし」
貴族として生まれた子息息女が、社交界に加わるに相応しい知識と教養を身につける場として設立された王立学院。一応男爵家の娘になったわたしも通う破目になったから、その学び舎を最大限に利用することにした。
他のご令嬢の非難の目なんて知ったことじゃないし、婚約者がいようとお構いなしだった。あざとい振る舞いも猫被りも上等。とにかく少しでも男子の気を引こうと一生懸命になった。
そのおかげもあって、複数名の素敵な殿方から好意を寄せてもらえた。
彼らの中にはわたしとの将来を考えてくれる人もいた。わたしと添い遂げられるなら婚約者とは婚約破棄しても良い、とまで言ってくれる方まで現れた。
勿論そんな風に調子に乗るわたしが黙って見過ごされるわけもない。ほどなく他の令嬢達から陰湿な嫌がらせを受けるようになった。
金輪際やんごとなき方々に近寄るなと脅されるのは序の口。ちょっとした失態を大げさに嘲笑われたり、わざとぶつかって転ばされたり、結託して孤立させられたり。茶を頭からかけられたりもしたし、私物を壊されたりもした。
「で、わたしをいじめてくる筆頭が公爵令嬢のコンスタンサ様、と」
コンスタンサ様は王太子カルロス様の婚約者。初めのうちは至らないわたしに寛容だった彼女も、カルロス様の恋心がわたしへ向けられていくにつれてわたしへの苛立ちをつのらせ、意地悪くなっていった。
けれど彼女達は分かっているのかな? 男ってそういった女の妬み、僻みを醜いと受け取ってしまうんだ、って。婚約者にいじめられるわたしを守りたいと思うようになる、って。
そうして婚約者に愛想を尽かしたカルロス様方は、わたしを更に愛するようになっていき、ついにこの間、その想いを告白してくれた。わたしがあえて身分やら立場やらを理由にお断りしたことで、逆に彼らは恋心を白熱させていくのだった。
カルロス様方はいよいよ明日、婚約者へ婚約破棄を言い渡す予定だ。加えてわたしへのいじめに関して婚約者達を糾弾するつもりらしい。いかに自分の伴侶として相応しくないかを皆に知ってもらいたいからだそうだ。
素敵な殿方の愛に包まれて、わたしは幸せになる。
わたしはお母さんのように捨てられたりはしない。
だってわたしは可愛いし愛されている。成功しなきゃおかしいもの。
あとは今宵、カルロス様を寝室に招き入れてわたしを抱かせれば盤石だ。
既成事実さえ作れば、あの輝かしい存在をずっとわたしに繋ぎ止められる。
わたしは素敵な殿方の心を射止めた。
食べ物にも服にも困らない、輝かしい未来を掴んだんだ――!
「なんで……、どうして今日なんですかっ……!」
そんな幸せの絶頂にいたわたしは、突如として絶望のどん底に突き落とされた。
前後の出来事はどうしてだか覚えていない。確かなのは、星が散った感覚に襲われた途端に膨大な情報が目まぐるしく頭の中を駆け巡ったことだけ。それは今までのわたしの価値観、人格……存在の全てを塗りつぶされたという錯覚に陥るほどの衝撃だった。
そうして思い出したのは別人として一生を送った記憶だった。
こことは全く別の世界、もう貴族と庶民の隔たりがなくなった社会。四角い巨大な塔が幾つも連なり、祭でもないのに大勢の人が行き交って、鉄の箱が凄い速度で動き回る。わたしはそんな信じられないぐらい発展した世界で生活していた。
そこでわたしがどんな生活を送っていたかとか、交友関係はどうだったかとかはこの際どうでもいいとして、もっと深刻な事実がわたしの前に突き付けられていた。
「ここ、乙女ゲームの世界じゃないですか、やだー!」
そう、ここは通称『どきエデ2』という乙女ゲームの世界だったんだ!
「この状況はマジでまずいですよね……!」
わたしがベルを鳴らして呼びつけたのは専属の従者。名をエドガーという。
すぐにやって来た彼は、ほれぼれするぐらい礼儀正しい物腰で恭しく一礼した。
そんな彼に向けてわたしは……
「助けてくださいエドガー! このままじゃわたし、ざまぁされちゃう!」
意味不明な助けを求めたのだった。
□前日十七時半
ヒロインの従者エドガーは、どの媒体の『どきエデ2』にも登場していない。にも拘らずその端整な顔や身体つきは、王太子や公爵嫡男等が並ぶ攻略対象者達にも負けていなかった。こんなイケメンそっちのけで恋愛に興じるとか贅沢すぎる。
「は? ざまぁですか?」
そんなエドガーは、わたしの発言に端整な顔が台なしになるほど眉をひそめた。
「お嬢様がおかしいのは以前から分かっていましたが……」
「いやいやいや、わたし正気ですから」
「では夢と現実がごっちゃになりましたか? 今日は早く寝た方がよさそうですね」
「寝ぼけてもいませんって。お願いですから話聞いてください」
容赦ない言葉が胸に突き刺さる錯覚に陥りつつ、わたしは混乱する頭の整理も兼ねて彼に説明した。前世の記憶が蘇ったこと、そしてここは乙女ゲームの世界だってことを。
「『乙女ゲーム』ってなんですか? 聞き慣れない単語ですけど」
「えっと……大まかな世界観と登場人物だけは一緒で、話がそれぞれ違う章で構成されてる恋物語、って言えばいいのかな?」
「平凡な少女が素敵な男相手に恋愛、ねえ。非現実的すぎませんか?」
「空想だからいいんです。辛かったり退屈だったりする現実を忘れるぐらいに甘美な物語に没頭するって、結構贅沢な趣味だと思うんですが」
「で、その妄想が今や現実になりつつあるんでしたっけ?」
「非常にまずいことに」
『どきエデ2』は前作の『どきエデ1』が好評だったから制作された続編だ。
内容は前作と同じく平凡な女の子が素敵な殿方と恋に落ちるってありきたりなもの。恋物語に付き物の障害を攻略対象者と一緒に乗り越え、最後には幸せに結ばれるって話だ。
舞台は前作に引き続き、貴族の子息や息女が集う王立学院。前世の知識で例えるなら高校と大学を合わせた感じか。卒業すれば晴れて大人の仲間入り。そんな空間でヒロインは攻略対象者達と共に過ごすことになる。
『どきエデ2』の攻略対象者は五人。これにアペンド版とかファンディスクでの追加キャラクターを含めると総勢八人と付き合えるって記憶している。この国の王太子殿下を始めとする、普通じゃあ絶対に関わり合わない錚々たる面々だ。
「んで、男爵令嬢に過ぎないお嬢様は一体どんな役柄なんです?」
「今更それ聞きます? こう悩んでるのは、わたしがヒロインだからですって」
「ですよねえ。お嬢様の周りって男だらけですし。本来の『どきエデ2』のヒロインもお嬢様みたいな男たらしなんです?」
「違います。ヒロインには個性なんてありません。媒体によってバラバラなんです」
前作と決定的に異なるのは主人公に個性がない点だ。
前作はいい子ちゃんながら天然かつ少しミステリアスなヒロインだったけれど、なんと今作はゲーム開始前の性格診断の結果、一人称まで変わるほど個性がない徹底ぶりだった。
おかげで漫画版とかノベル版、アニメ版で全く違った主人公像になっている。容姿や名前すら不安定だったから百面相ヒロインだなんて言われていたっけ。かろうじて設定されてたのは生い立ちや境遇ぐらいか。
「じゃあ王太子殿下方がお嬢様に惚れたのはお嬢様が主人公だから、とでも? あんだけ立派だった王太子殿下方がお嬢様にころっとやられちゃったのは、今でも信じられないんですけどね」
「間違ってないけれど端折りすぎですって」
学院生活を振り返ると、これまでの展開は確かにわたしに都合が良すぎた。わたしの行く先々で王太子殿下方とお会いするし、何を言っても何をしても彼らからの好感度が上がっていくばかりだった。こんなに好かれていいんだろうか、とわたし自身が困惑するぐらいに。
困惑が恐怖へと変わったのは、わたしには何故か彼らが何を思い、何を悩んでいるかが分かる、って自覚した辺りからだ。攻略対象者達の悩みの相談に乗って、他愛のない助言をし、さり気なく寄り添う。まるでそれらの行為が彼らの心を掴むんだって知っているかのように。
「今思い返せば……わたしはカルロス様方の設定を頭の片隅で覚えてて、無意識のうちに行動していたのかもしれないです」
「本人達からすれば、お嬢様は自分のことを理解してくれる相手なんでしょうけど、実際のところお嬢様は登場人物の趣味とか嗜好とかが書かれた資料集とにらめっこしてただけ、ってわけですか」
「更に言えば、どんな言動でわたしに対する相手の好感度が上がるかも分かるんですよ。たとえ何百回やり直したってわたしはカルロス様の心を射止められます」
「そう考えると確かに恐ろしいですね……」
フラグ管理さえできていれば攻略はまず失敗しない。ヒロイン……いえ、わたしはカルロス様方の心ではなく好感度って数値しか見ていなかったんだ。
ゲームならまだしも、果たして現実世界でそれを恋愛と呼べるのかな……?
「恋愛小説だったら俺も読んだことありますけど、普通、相手の男って一人ですよね」
「普通は、ですけど。複数人と付き合ってたら話の軸がぶれちゃいますし」
「んじゃあ現状って何なんです? お嬢様が射止めた男は王太子殿下だけじゃないですよね」
「……多分、『ファンディスク』で実装された逆ハーレムルートに入ってるんじゃないですか?」
「はーれむ……? 聞き慣れない単語ですけど、何なんですか?」
「ああ、それはですね……」
更に頭が痛いのは、わたしは現在、ほとんどの攻略対象者に唾を付けた逆ハーレムルートを攻略中らしいのだ。攻略対象者達が悉くヒロインの毒牙に……もとい、恋に落ちているのがその証拠だ。
そりゃあ学院内でも人気の魅力ある人達に好かれるのはとっても嬉しい。ちやほやされるのは至福でしかない。最後に誰を選んでも、きっと他の人達とも良い交流を続けていけるに違いなかった。
でも、大勢の素敵な殿方に愛されるなんて最高、だなんてもう、とても思えない。
「ねえエドガー。はっきり言ってほしいんですけど、わたしってカルロス様と添い遂げられると思います?」
「添い遂げるだけなら可能じゃないですか? 王太子殿下は優秀ですしお嬢様も要領良いし、逆境も跳ね除けちまうでしょうね」
「……じゃあ、王太子殿下の伴侶としてわたしが王太子妃になるのは?」
「言ってほしそうだから言いますけど、無理でしょう。女王陛下がそんな王家の品格を貶める愚行を許すとは思えません」
「ですよねー。愛があればどんな困難だって乗り越えられる、って言っても限度がありますし。わたしに国母は絶対に務まりませんって」
「あのコンスタンサ様ですら幼少期から厳しい教育を受けたぐらいですしね。お嬢様だったらそんな英才教育は三秒で音を上げるんじゃないですか?」
乙女ゲームみたいに素敵な王子様と一緒になって末永く幸せに暮らしましたとさ、とはいかない。カルロス様と結ばれたら王太子妃、そして未来の王妃として政務に公務、責任や重圧と共に歩まなきゃいけない。輝かしい未来ばかりじゃないんだ。
それは騎士団長子息のヒルベルト様や、宰相閣下の嫡男マティアス様と添い遂げたって同じ。彼らを支えられる力量がわたしにあるとは思えない。愛に溺れた代償として立場に見合う苦労が付きまとうでしょうね。
「そもそもこの国を将来背負っていく人達を悉く虜にしたわたしって、かなりヤバいんじゃ……」
「ヤバいですね。俺が王様だったらそんな人たらしの魔女は真っ先に暗殺します」
大体、夢のような逆ハーレムがこれからも続くって本気で思っているの?
無理でしょう。いつか絶対に破綻するって断言する。
男爵令嬢風情が男を囲ってどうするの? 世間が許すとでも?
そもそも、彼らの愛は本当に長続きするの?
乙女ゲーム以外の情報がないんだから、この先は彼らへの理解度は減る一方。彼らは自分を分かってくれるからわたしに心惹かれたのに、その利点がなくなれば残るのは何の取り柄もない平凡な小娘だけ。そんなわたしが愛し続けられるとでも?
あり得ない。すぐ破滅するのが目に見えている。
「……と、いうわけで、今わたしは崖っぷちに立たされているんです」
エドガーは意外にも、胡散臭い説明を茶化さず真面目に聞いてくれた。途中途中でわたしが上手く説明できなかったら質問をして明確にし、メモ書きまでする。
そんな真剣さにわたしは心打たれた。
「信じてくれますか? 自分で言うのもなんですけど、こんなのとっても馬鹿げてますよね。物語の中の世界だって言ってるようなものですし」
「そりゃあ、お嬢様が王太子殿下方を魅了していなかったら良くできた作り話って思ったでしょうけどね。お嬢様の言う逆ハーレムとやらを目の当たりにしたら信じるしかないでしょう」
「ありがとう、エドガー」
「……っ」
わたしが顔をほころばせると、何故かエドガーはわたしから目をそらした。不思議に思っていたら彼はすぐに元の顔つきに戻してわたしへ向いた。
「それで、お嬢様はこれからどうしたいんですか?」
「玉の輿は諦めるしかないです。得るものに対して代償が大きすぎますから」
だから、どうか助けてほしい。
攻略対象者でもモブキャラでもない、『どきエデ2』に縛られない貴方に。
深々と頭を下げると、机についたわたしの手が優しく握られた。エドガーの手は温かくて大きくて、とても安心できた。
顔を上げて目に入ったのは、今までにないほど素敵な微笑みを浮かべる彼だった。
「分かりました。俺で良ければ力になります」
「……本当に?」
「本当です」
「本当の本当に?」
「本当の本当にです。信じてくださいよ」
「……頼りにしちゃいますね」
わたしは嬉しくなってしまった。
勿論これはほんの第一歩に過ぎない。安心なんてできやしない。
それでも今のわたしには味方がいてくれるのが頼もしくてたまらないんだ。
□前日十八時
「んで、逆ハーレムを止めるって言ってもどうするんですか? 王太子殿下方が王立学院を卒業されるのは明日ですよ」
「問題はそこなんですよ。このままだと明日の晴れ舞台でカルロス様はコンスタンサ様に婚約破棄を言い渡すはずなんです」
「婚約破棄……! 王太子殿下のご卒業だけあって国中の有力貴族はおろか、女王陛下も参加されますし、近隣諸国からの来賓もいらっしゃるんじゃなかったでしたっけ? その中でそんな馬鹿な真似、普通しますか?」
「正義は自分にある、と舞い上がったカルロス様でしたらやりかねません」
仲間になったエドガーと作戦会議を続ける。状況整理は終わったので次は現状打破の模索だ。
『どきエデ2』最大の見どころはなんと言っても断罪劇にある。これまでヒロインに好き勝手やってきた悪役令嬢が裁かれる場面は爽快感抜群。愛を誓った攻略対象者がヒロインを虐げた罪で婚約破棄を言い渡し、皆の前でヒロインとの愛を公言する展開だ。
悪役令嬢達がわたしをいじめたのはまぎれもない事実だから、実を言うと婚約破棄を阻止する気はあまりない。けれど、その先まで進められるのは困る。
「婚約破棄までならいいんですけど、カルロス様がわたしと添い遂げるって公言した瞬間、もうお終いです」
男爵令嬢でしかないわたしはやんごとなき身分の方からの求婚を絶対に断れやしない。そうなったら詰みだ。
「学院は平等を謳ってますし、嫌だって言えばいいじゃないですか。どうせ今までだってそれを逆手に取って遠慮なくベタベタしてたんですし」
「うぐっ、最悪はそうするしかないんでしょうけど。でも、いざその場面になったらわたし個人の思いが押し通せるような雰囲気じゃない気がします」
「まあ、十中八九、旦那様方は押せ押せでしょうね」
父である男爵はわたしが男爵家の娘として名家に嫁ぐことを望んでいる。カルロス様でなくても攻略対象者は皆、男爵家にとっては良縁。誰かがわたしを伴侶にすると言ったが最後、わたしの意思なんてお構いなしに賛同するに違いない。
攻略対象者のご両親が、婚約者を捨てて馬の骨を選んだ我が子の醜態を恥じて勘当を言い渡せば幸いなんだけれど、『どきエデ2』の描写からすると期待薄だ。作中だと女王陛下を始め、ご両親達の誰も非常識な婚姻を咎めないんだもの。
「ですから、そもそもそんな状況にならないようにするのが最善策だと思います」
「どうやって? ズル休みでもしますか? 明日の行事は学院の生徒全員参加だったって記憶してますけど」
「そんなの父が許すわけないですって。仮病は通用しないでしょうし、逃げたって捕まって折檻されるだけです。だから、攻略対象者方にわたしを選ぶって言わせない必要があるんです」
「無理じゃないですか? 彼ら、お嬢様にぞっこん惚れ込んでますし」
既に逆ハーレムルート攻略完了間近なだけあって、各攻略対象者のわたしへの好感度はかなり高い。嫌われるような真似を今更したからって何かあったのかと心配されるのが関の山だ。
「『断罪イベント』でしたっけ? それ自体を失敗させるのはどうですか? コンスタンサ様方に返り討ちに遭う、みたいな」
「……危険が大きすぎます。だってコンスタンサ様方から見たらわたしって王太子を誘惑した悪女ですよ。厳格な修道院行きならまだマシで、不敬だとか国家転覆を図ったとかで処刑されたっておかしくないですよね」
「王太子殿下方に明日は欠席していただく、とかは?」
「どうやって? 病気になってもらうよう祈るぐらいしか思い浮かびませんけど」
「んじゃあ王太子殿下方を説得して明日の断罪を思い留まってもらう、とかは?」
「……やっぱり誠心誠意を込めてお願いするしかないですよね」
攻略対象者方がわたしに惚れているのを利用して、婚約破棄騒動を思い留まってもらうよう説得するのが一番現実的か。それも明日の夕方から執り行われる宴までに。どう考えても相当厳しいと言わざるを得ない。
「ところで、どうしてそんな方針に
するって決めたんですか?」
悩むわたしの顔にエドガーは真剣な眼差しを送ってきた。わたしが何か粗相をしたり大それた真似をしたりした時にそんな顔をして叱ってくれたけれど、目の前の面持ちはこれまでのどんな時よりも真剣だ。
「王太子殿下方は真実の愛があればどんな苦難だって乗り越えられるって仰ってるみたいですね。それが信じられなくなったんですか?」
「だって、わたしは半分平民の血が流れてるんですよ。どう考えたって恐れ多いじゃないですか……」
「つまり博打に乗るだけの見返りが望めないから諦める、と? 王太子殿下方を愛していたんではないんですか?」
「愛……? あんなのを愛、だなんて言えませんよ……」
勿論カルロス様方は今でも好きだ。
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