残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr.

福留しゅん

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2巻

2-2

 けれど、富と家柄と名声を含めて彼らに魅力を感じる、って総合的な意味が強い。
 彼ら個人に抱く想いは憧れとか尊敬の念ぐらいで、素敵と思えても恋とは違う。
 なんと言うか……心満たされる、おぼれるような熱い愛じゃなかった。

「今更だけどわたし、酷い女ですよね」

 人格、地位、財産、容姿。それらを踏まえて打算で近づいて誘惑した。
 自分の成功のためにわたしは彼らの人生を滅茶苦茶にしたんだ。

もてあそびましたって謝るしかないです。今ならまだ間に合うって信じるしか……」
「そうですか。それは良かった」

 エドガーはどうしてか満足げに顔をほころばせた。そして混乱するわたしへ拍手を送ってきた。

「いやあ、崖っぷちでなんとか踏みとどまりましたね。このまま飛び降りたらどうしようと思ってましたから」
「エドガー、貴方、わたしがこのままカルロス様か他の方とげたら大変な目にうって思ってたんですか?」
「ええ。ですから前からいさめていたでしょう。聞かずに王太子殿下方に傾倒していったのはお嬢様の方ですって」
「うぐ、確かにそうですけれど……」

 言われて振り返ると、エドガーは事あるごとにわたしへ苦言をていしていた。婚約者のいる殿方に軽々しく近づくな、とか、王家や有力貴族を敵に回すから馬鹿な真似は控えるべきだ、とか。
 わたしは危険を承知で賭けに出ていたのでうるさいとしか思わなかったし、当のカルロス様方は言いたい奴には言わせておけばいいと彼をたしなめた。
 エドガーの忠告を聞き入れる者はいなかったんだ。
 わたしとカルロス様方の関係が深まるにつれてエドガーの忠告は少なくなっていったっけ。その時はエドガーにも分かってもらえた、もしくは諦めたかと思っていたけれど、今の言い様だとわたしに見切りをつけ始めてた、と受け止めるべきか。
 わたしとエドガーの関係も、いつの間にか崖っぷちに立たされていたのか。

「いいでしょう。王太子殿下方との関係を清算するとして、具体的には明日学院でそれぞれにお願いするんですか?」
「それだと遅いかもしれません。まだ皆さん起きてる時間帯ですし、今すぐにでも伺ってお願いしないと」
「……随分ずいぶんと大胆ですね。まあ、それぐらい行動力がないと婚約者のいる王太子殿下に近寄れないんでしょうけど」

『どきエデ2』での行動からすると、各攻略対象者は今日お屋敷に滞在しているはず。男爵令嬢風情ふぜいのわたしがどうやってお屋敷にいる彼らと接触するかはこれから考えるとして、全員にお願いするとなると日付をまたいじゃうかもしれない。
 それにしても……何か忘れているような気がする。
『どきエデ2』では、断罪イベントの前日は攻略した殿方から明日何をするかの決意を聞かされ、同時に想いを改めて告白され、ヒロインもそれに答えていたと記憶しているんだけれど……

「し、失礼します、アンヘラお嬢様!」

 記憶を辿っていたら、突然男爵家のメイドがわたしの部屋にやってきた。あまりに品を欠く有様ありさまに少し怒りが湧いたものの、どうもそんな気が回らないぐらい焦っているようだった。

「なんでしょうか?」
「その……お客様がお見えになられています」
「客人? そんな予定は入っていなかったと思うんですけど……。それで、どなたなんですか?」
「それが……」
「それが?」
「王太子殿下であらせられます……!」

 わたしは思わずエドガーと顔を見合わせた。
 いやぁエドガー、そんな責めるような眼差まなざしでわたしを見ないで。

「お嬢様……まだ婚約者がいらっしゃる王太子殿下を家に招き入れるなんて、何を約束してくれちゃってるんですか?」
「し、知りません! 本当なんです、信じてください!」
「とても信じられないんですけど? 無意識のうちに誘ったりしてないですか?」
「してません! そんなはしたない真似なんて――」

 はしたない、真似?

「あ、あぁああっ~~っ‼」

 わたしは叫んだ。思いっきり叫んでしまった。

「思い出しました! そうです、すっかり忘れちゃってましたよ!」

 なんでこんな重大なイベント忘れたんですか、わたしの馬鹿馬鹿馬鹿!
 まずい、非常にまずい。『乙女ゲーム』だとファンへのご褒美ほうびイベントだったこの展開、今のわたしにとっては破滅への片道切符に思えてならない。このイベントを消化したら最後、取り返しがつかなくなっちゃう。

「今晩、『真夜中デートイベント』と『初夜イベント』があるんでした……」

 その時、わたしはエドガーがどんな表情を浮かべていたか、怖くて見られなかった。



   □前日十八時半


『真夜中デートイベント』と『初夜イベント』は、攻略対象者からの好感度を最高値近くまで上げて初めて発生する。内容としては満天の星の下ロマンチックなデートをして、盛り上がったところで攻略対象者が手配したホテルで一夜を共にする、みたいな。
 いやいやいや、いくら愛し合っているからって攻略対象者はほとんどが婚約者持ち。心が離れていても関係はまだ切れてないんだから浮気でしょう。
 ご都合主義満載な『乙女ゲーム』内ならまだしも、現実世界でばれたら最後、社会的に死ぬ。

(そんなのは断固阻止の一択よね)

 カルロス様には丁重にお帰りいただくしかない。

「お待たせしちゃいました」
「いや、そんなに待っていない」

 客間にいたカルロス様はなんと護衛すら付けていなかった。
『どきエデ2』の描写通りだし、デート後の展開を考えてのお忍びなのを差し引いても、あまりに無謀すぎる。昨日までならお邪魔虫がいなくて幸いだとか思ってたけれど、今は国の行く末が心配になってくる。
 対するわたしは後ろにエドガーを控えさせている。カルロス様は不満そうに、直立したまま待機する彼をにらんでからわたしへと向き直った。あごでしゃくって退室を命じるよううながされたので、わたしは顔を横に振って拒絶した。

「カルロス様はまだ婚約者がいらっしゃいますよね。なのに男女が部屋で二人きりになるなんて、後日知られたらまずいと思います」
「どうせ明日にはコンスタンサの奴とは縁を切る。気にすることはない」
「これ以上、他の方から陰口をたたかれたくないんです。どうかわたしのためだと思って」
「……アンヘラがそこまで言うなら仕方がない」

 それからカルロス様はエドガーを意識の外に追いやったようで、わたしだけを見つめて他愛たあいない話、例えばこれまでの学院での生活や楽しい思い出で盛り上がった。
 屋敷のメイドがお茶と菓子を持ってくる。カルロス様を前にしてとても緊張した様子だったのでテーブルの上に置くようお願いし、わたしがカップに注ぎ入れた。王族からすれば雑草同然の安い茶葉を使っているのに、彼は美味おいしそうに口を付ける。

「とうとう学院生活も明日で終わりだ。これまでは比較的自由を謳歌おうかできていたが、これからはそうはいくまい」
「はい。カルロス様は王太子殿下として、わたしはただの男爵令嬢として。それぞれの道を歩むことになるんですね」
「冷たいことを言うな。私はコンスタンサとの婚約を破棄した後、お前との婚約を発表するつもりだ。そうすれば私達が歩んでいく道は一つになる」
「前から言ってますけど、わたしとカルロス様では住む世界が違いすぎます」


 これまでは殿方を振り向かせようと謙遜けんそん、遠慮しているように見せるだけの台詞せりふだったけれど、今度はそのままの意味だ。
 だって相応ふさわしくないとか身分が釣り合わないとか以前に面倒くさ……もとい、苦労が絶えなくなる不相応な地位は望みたくないもの。
 けれど、カルロス様はそんなわたしの様子をいつものように不安で怯えているだけと受け止めたらしく、こちらを安心させるみたいにはにかんできた。それから彼は手を伸ばして……すぐに引っ込めた。膝の上に載せていたわたしの手を握ろうとしたけれど、ちょっと距離が遠かった、のかな。

「大丈夫だ、問題ない。初めから完璧な令嬢なんて存在しない。王宮の教育係は優秀だから、きっとアンヘラは素晴らしいきさきになるさ」
「男爵家の娘が王妃を務めた例は今までなかったと記憶してますけど……」
「前例がないなら私達が作ればいい。身分にもしがらみにも囚われない、真実の愛をつらぬいた男女として歴史に名を刻もう」
「でしたら、せめてコンスタンサ様が言ってたみたいに、まずはあの方と結婚して、わたしを側室とか愛妾にでもすればいいんじゃないですか?」
「……コンスタンサめ。よくもアンヘラにこんな戯言ざれごとを刷り込んでくれたな」

 そう仕向けたわたしが言うのもなんだけれど、今のカルロス様はわたしへの恋心を最優先にしている。慣例やしきたりも二の次。いかにしてわたしをきさきに迎え入れるための正当性を作るか、に尽力している始末だ。
 まだ嫉妬しっとと憎悪に支配されていなかった頃のコンスタンサ様は、カルロス様との愛を諦めてわたしとカルロス様が結ばれても良い、ただし未来の王太子妃の座を明け渡すわけにはいかない、とおっしゃっていた。コンスタンサ様は王国へ及ぼす影響を踏まえて最大限の譲歩をしたんだと思う。
 そんな彼女にカルロス様が王太子として突き返した答えは、「冗談じゃない」だった。カルロス様からしたら王太子妃の座に執着する強欲な女にしか映らなかったんでしょうね。

「私はコンスタンサを愛していない。むしろあのような心がみにくい女の顔を見るだけで苛立いらだってくる……! 百歩譲ってアンヘラを王太子妃にできなくても、奴との関係はもう終わらせるつもりだ。それはこれまでも何度も言っているだろう」
「でも、やっぱり心配になってきて……」
「それは奴がアンヘラを脅したせいだ。大丈夫、何があっても私が守るから」
「カルロス様……」

 頼もしいカルロス様に思わず胸キュンしてしまった自分を、心の中で馬鹿馬鹿とののしった。
 愛で全てを乗り越える、だなんてあまりにも夢物語。そうやって一時の感情に流された結果、いばらの道を突き進むなんてまっぴらごめんだ。

「思いとどまってくれませんか? 今からでも遅くありません。誠心誠意話し合えばきっとコンスタンサ様も納得してくれます」
「いくらアンヘラにお願いされてもこれだけは譲れない。どうか分かってくれ」
「でも……」
「くどい! ……やはりコンスタンサはアンヘラに悪い影響しか与えないな」

 わたしが何を言ってもカルロス様の決意は揺るがなかった。なおも踏み込もうとしたらしつこいと思われてしまったようだ。そして激怒の要因すらコンスタンサ様に責任転換する始末だった。

「……分かりました。カルロス様の望むがままに」

 望み薄とは初めから考えてたけれど、説得は無理みたいだ。

「ところでカルロス様。それで、こんな遅くにどうしたんですか?」
「ふと夜空を見上げたら満天の星が美しくてね。それに月がとても綺麗だった。折角だからアンヘラと一緒に眺めたいな、と思ってね」

 これ以上は無駄だと諦めたわたしは、すでに分かっている来訪目的を聞いた。返ってきた答えもやっぱり『乙女ゲーム』通りデートの誘いだった。

「それはつまり……逢瀬おうせのお誘いですか?」
「ああ。大丈夫、誰にも見られない場所に行ってから楽しもう」

 優しい声、眩しいぐらいの笑顔で、とても魅力的だ。こんな感じで星空輝く空の下で迫られたら絶対に断れっこない。

「あの、申し訳ないんですけどこの後用事がありまして。また機会に恵まれたら、でいいですか?」
「用事……? こんな遅くにか?」

 だから断るなら今しかない、とわたしは思いっきり頭を下げて切り出した。
 視線も下げていたのでカルロス様の顔は見られないけれど、声が低くなったから機嫌を損ねたのは察せられた。

「私達はもう卒業を控えている身。授業で与えられた課題もないだろう」
「勉強じゃなくて、今までお世話になった方に挨拶あいさつへ行こうかな、って」
「それは今晩しなければいけないのか? 明日で問題ないだろう」
「今からじゃなきゃ駄目なんです。ごめんなさい、どうか分かってください」

 しばらくの間、部屋の中に静寂が満ちる。
 わたしは怖くて顔を上げられず、なのに無言の圧力が襲ってきてとても怖い。自分勝手な考えだけど、コンスタンサ様に向けられていた憎しみがわたしにも向けられないかって戦々恐々せんせんきょうきょうだ。

「まさかヒルベルト達に会いに行くわけじゃないだろうな?」
「そんなんじゃないです。カルロス様が考えてらっしゃるような真似はしません」
「……ならいい。アイツら、表では身を引くとか言っていたが、まだアンヘラのことを諦めきれていないからな。私が見ていない裏で出し抜こうとしているかもしれん」

 そう言えば逆ハーレムルート攻略中なんだっけ。王太子ルートがベースだから最終的には王太子と結ばれるんだけど、他の攻略対象者とも親密な関係を続けていくことになるんだった。こんなご都合主義がまかり通るのはさすがファンディスク実装のシナリオだけのことはある。
 ただ、攻略対象者の皆がヒロインをでる日常の裏側では自分こそがヒロインの相手に相応ふさわしいって全員が内心思っていた、なんて衝撃の真実があったりする。誰も悲しまない夢みたいなルートだったのに……そんなの知りたくなかったかも。

「信じていいんだな?」
「わたしよりもどうかご友人を信じてあげてください。これから一緒に国を支えていく、未来の側近でもあるんですよ」

 少しの間、静寂が部屋を支配する。カルロス様は真摯しんしにわたしを見つめてきて、わたしもまた真剣な眼差まなざしを返す。
 折れたのはカルロス様の方で、彼は軽くため息を漏らした。そんな何気ない仕草でも妙に色気があるのはさすが乙女ゲームの攻略対象者といったところか。

「分かった。私はアンヘラを信じよう」
「ありがとうございます」

 わたしは深々とお辞儀した。
 わたしを信じる、と言った辺り、親友だったはずの他攻略対象者を信じきれていないようだ。この問題は相当根深そうだけれど、逆ハーレムルート阻止に比べれば棚上げしていい些事さじだ。

「本当に王太子殿下の誘いを断っちゃいましたよ、このお嬢様。俺、超びっくりなんですけど」

 帰っていくカルロス様をお見送りして、彼を乗せた馬車が見えなくなった直後、エドガーがとんでもないことを言い出した。彼ったらどうしてか目を丸くしてわたしをじっと見つめてきたのだ。

「えっ? もしかして疑ってたんですか?」
「そりゃそうですよ。やんごとなき方々をたぶらかした魔性の男爵令嬢が突如心を入れ替えた、だなんて早々信じられませんって」
「酷いです。さっきは信じるって言ってくれたのに」
「でもまあ、お嬢様が本気なのはよく分かりましたよ。おかげで王太子殿下、飼い主に捨てられた家猫みたいにしょげてましたよ」
「え、そうでしたか?」

 不思議だ。エドガーとは何の気兼ねなく軽口をたたき合える。
 平民だった頃は当たり前だったのに、貴族令嬢になった今は身分に縛られて付き合わなきゃいけない。でもあるじと従者というより友達のように感じられる。
 ヒロインのそばにこんな従者がいたら、間違いなく攻略対象者になっていたでしょうに。
『どきエデ2』にもいなかった、けれど心許せる存在。
 今更だけど、わたしはエドガーが一体何者なのか、妙に気になった。



   □前日十九時


「いよいよだな! ついにわしらも王家の外戚になるのか!」
「そうね! もしかしたら爵位も上がっちゃうかも……!」
「いい女、旨い酒、よりどりみどりだろうな!」
「ねえねえ、王家の外戚になったらすっごく豪華な宝石とか買ってもらえるかな?」

 晩餐ばんさんにて、父の男爵と義母の男爵夫人は待ち受ける輝かしい未来に思いを馳せていた。そして義理の兄や妹のノエミもこれまでは無縁だった贅沢ぜいたくが叶うと好き放題言っている。
 欲望にまみれていてとっても素敵。勿論もちろん、皮肉だけど。ただここまで俗物だといっそ清々すがすがしさすら感じるんだから不思議なものだ。

「でかしたぞアンヘラ。よくぞ王太子殿下の心を掴んできた!」
「これもわたくしの教育の賜物たまものですわ。けがらわしい小娘をここまでに育て上げたんですから」
「はっ。単に母親と同じで色仕掛けが得意だっただけだろ」
「お義姉ねえさま。優しいお義姉ねえさまは勿論もちろんこのあたしをこれからも引き立ててくれるわよね?」

 男爵家でのわたしはあくまで政略結婚のこましいたげられてこそいないけれど、所詮は愛人ですらない下民との間にもうけた娘。使用人に毛の生えた程度の扱いだったのに、彼らはわたしがカルロス様に見初みそめられた途端に手のひらを返してきた。
 実の父親から満面の笑みでめられても嬉しくない。むしろ気持ち悪い。
 自画自賛する義理の母には嫌悪感が湧く。手柄を横取りされた気分だ。
 傲慢ごうまんな兄や強欲な妹は相変わらずでむしろ安心した。彼らはこうでなければ。

「はい、お父様。ありがとうございます、お義母かあ様。そんなわたしを迎え入れてくれて感謝してます、お義兄にい様。勿論もちろんですよ、ノエミ」

 そんな本心は隠し、わたしは微笑ほほえみを顔に張り付けて軽く頭を下げた。
 男爵はわたしに誰でもいいから由緒正しい家柄のご子息をたらんでこいと命令してきて、男爵夫人は虐待にも近い躾を受けたし、義兄や義妹には召使いのようにこき使われた。
 残念ながらわたしには彼らへの愛情なんてこれっぽっちもない。

「ところで先程、王太子殿下が訪ねてきたそうだな。一体どんな用事だったんだ?」

 質問を投げかけてきた男爵に目ざとい、と心の中で悪態をついた。

「いえ、明日のことでちょっとお話しただけです」
「……本当か? お迎えした時は殿下の心が躍っていたように見えたぞ」
「大げさですよ。殿下はまだ正式な婚約者がいらっしゃる身、節度はわきまえています」

 カルロス様のお誘いを断ったとバレたら最後、男爵は間違いなくわたしを責めてくる。どうしてその身体でたらまなかった、とか不敬な不満を平気で口にしたに違いない。

「心配しなくても、カルロス様のお心の中にコンスタンサ様はおりません」
「ん、まあ、そうだな。あと少しの辛抱しんぼうなのだから急ぐ必要はないか」
「手ぬるいですわ。やるなら身も心も差し出して離れないようにしなければ」

 男爵夫人の愚痴ぐちを皮切りに、男爵家の者はわたしが心を掴んだやんごとなき方々についての話題で盛り上がった。わたしは適当な相槌あいづちに終始し、何か問われたら無難に答える。
 当然、攻略対象者達はこんな人達に話題を提供するような下手を打つ方々じゃない。けれど前世を思い出してこれまでの自身の所業を振り返ると、わたしもこの人達のことは言えないじゃないか。
 ……何が恋愛だ。成り上がるために恋心を利用して惑わせただけだろう。

「ところで明日は誰を付き添いにする予定なんだ?」
「付き添い……ああ、入場の際にですか?」
「普通なら婚約者と共に、だったかな。婚約者がいなければ家族や仲が良い友人が通例となっておるだろう」

 明日のもよおしは男爵が言う通り、親しい異性と共に入場することになっている。『どきエデ2』だと攻略に成功したキャラがヒロインの相手を務める。逆ハーレムルートだと最も好感度が高いキャラになる仕様なんだけれど、大抵は好感度調整のため王太子になる。

勿論もちろん、旦那様のお相手はこのわたくしでしたわ。貴女のお相手は当然王太子殿下ですわよね?」

 ……そう言えば、その件についてさっき話すの忘れてた。
『どきエデ2』だと会場に向かう際に突然、攻略した相手に自分と共に行こうって誘われるから、今の段階ではそんなこと頭の片隅にもなかった。
 ただ、もし付き添いの件を覚えていても、ただでさえ誘いを断ってご機嫌斜めになってたカルロス様に切り出す勇気はなかった、とも思う。

「ううん。まだ誘われてませんから、他の誰かと一緒に、って考えています」
「そうか。確かに婚約を解消していない状態で他の女性と連れ立つのは体裁ていさいが悪いからな。王太子殿下の後ろ盾があるとはいえ、他の貴族を敵に回したくはない」
「なんて弱気な! 自分こそが王太子殿下の伴侶だ、と強く主張するべきでしょう! アンヘラ、明日は早いうちに自分から誘いなさい」
「待て待て待て、男爵家の立場も考えてくれ! そんな大胆な真似が許されるか!」

 それにしても、男爵はわたしを男爵家に迎え入れた時は強引にすり寄れって頻繁に言ってたくせに、今や慎重になっていた。逆に男爵夫人の方が積極的に関係を進展させろってうるさいぐらいだ。
 男爵は貧弱な男爵家の保身を。男爵夫人は社交界での見栄を。
 二人は自分のことをそれぞれ気にしているんだろう、と勝手に推察した。

「んん、それじゃあわしの出番か?」
「仕方がないなあ、義兄であるこの俺が面倒を見てやろう」
「それより宰相閣下のご嫡男様とも親しかったわよね。それとも公爵閣下のご子息がいいかしら?」
「あ、いえ、その……」

 男爵や義兄は論外。彼らに手を取られるなんて想像しただけでもおぞましい。
 カルロス様以外の攻略対象者を選べばカルロス様からの印象を悪くできるけれど、代わりにその攻略対象者からの好意が更に深まる可能性がぬぐえなかった。
 でも逆ハーレムルートを完遂するためにこの一年をついやしたせいで、攻略対象者以外の男子とはあまり接点がない。彼らにしても、王太子たるカルロス様を敵に回す懸念けねんがあっては快諾してくれないでしょうね。

「わたし、エドガーと一緒になろうって思ってます」

 だから、わたしの口からは彼の名が自然と出ていた。
 当然のことながら男爵夫妻は驚いたようだ。
 部屋の片隅で控えているエドガーは一体どんな顔をしているのかしらね?

「確か最も信頼する従者でも良かったんですよね?」
「う、うむ。確かにそうした例は少なからずあったと記憶しているが……」
「駄目に決まっていますわ! 学院卒業の晴れ舞台で選ぶ相手はとても重要ですの。従者なんて婚約者もおらず家からも冷遇されている者が取る最終手段! そんな真似をアンヘラにさせたら末代までの恥ですわ!」

 男爵夫人がいきどおるのはわたしを案じてなんかじゃなく、男爵家や自分の見栄のためだ。これまでだって、学院に通い出した頃は連日どのお方と親しくなったかを報告させられたし、カルロス様に話しかけられた日は初めて彼女からめられたものだ。

「しかし、聞けば宰相閣下のご嫡男様方も王太子殿下と同じく、まだお相手と婚約関係を結んだままだそうじゃないか。なのにアンヘラの手を取って来場したら不貞と見なされかねん」
「だからこそです! こんなにも仲睦なかむつまじいんだと誇示こじするいい機会でしょう!」
博打ばくちがすぎる! 男爵家など吹けば消し飛ぶ程度の立場なのだから、慎重に事を運ばねば……!」
「それを臆病と言うんですわ! わたくし、貴方様のそんな弱腰が前から嫌いですの」

 夫婦喧嘩が始まってしまった。とは言っても今日に限ってのことじゃない。
 わたしの扱いを巡って意見が割れているためか、このところうんざりするぐらい頻繁に衝突しているような気がする。それほど自分達にとってもわたしの行く末は重要なんでしょう。

「わたしはお父様の意見に賛成です。許される立場にならないとどこから何を言われるか分かったものじゃありません」
「そんなのとつぎ先の権力で黙らせればいいだけでしょう!」
「それが皆様に通用するんですか? 成り上がりが頭ごなしに言って皆さん大人しくしてくれる、と」
「うぐっ、そ、それは……」

 男爵夫人はわたしが述べた可能性を否定できなかった。
 表立って逆らわなくても、裏で手を回して害をなすのは貴族の常套手段じょうとうしゅだん。そしてうちは男爵家に過ぎない。

「お父様のおっしゃる通り、明日までは我慢すべきです」
「……しょうがないわね」

 男爵夫人も折れたらしく、眉間にシワを寄せながら深いため息を漏らした。

「けれど、どうして旦那様ではなくエドガーなのよ?」
「男爵家に来てからずっとわたしの世話をしてくれましたから、彼にわたしの晴れ姿を見てもらいたいんです」
「……っ」

 どうやら男爵夫人も短くない間わたしをしいたげていた自覚があるようだ。男爵家で唯一わたしの支えになってくれたのがエドガーだったと告げられても何も言い返せないでいる。
 わたしはその反応から両親を論破できたと確信した。

「ごちそうさまでした。やることがあるのでお先に下がります」
「ん? 食後の皿がまだだぞ。後で部屋に持っていかせようか?」
「いえ、大丈夫です。その分、明日贅沢ぜいたくな料理を楽しみますから」

 主食をお腹に収め終えたのでもうここに用はない。彼らから得られる情報は無価値だし、今更家族の温かな団欒だんらんとか虫が良すぎるし、こびを売られても何も嬉しくない。そして我儘わがままが許される状況になった今、遠慮なんてする必要がないもの。

「行きましょう、エドガー」
「はい、お嬢様」

 退室したわたし達は自室……じゃなく玄関へ向かっていく。すでにエドガーが外出の準備を整えてくれているので、早速行動を開始しないと。
 さあ、ここからは土下座街道だ。


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