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Interlude1 アレクサンドラのその後
公爵家侍女セナイダの青春(後)
「助かりました。ありがとうございます」
「全く、セナイダならあんな連中ぐらい軽く蹴散らせただろう。知っているんだぞ、護身術を嗜んでいるんだってな」
「あれぐらい大勢に囲まれた後だと暴力に訴えないと切り抜けられませんよ」
「壁に押し付けられてたな。怪我してないか見せろ」
セシリオは有無を言わさずセナイダの顎を掴むと自分の方へと顔を向けさせた。壁でこすったからか、セナイダの頬には若干の擦り傷が見られる。彼女を傷つけた令嬢達に殺意が湧いたセシリオを尻目に、セナイダは彼の手を払い除けた。
「過剰ですよ。この程度なら唾付ければ直りますって」
「ほう、唾ねえ。こんな風にか?」
「は? え、ちょっと……!」
セシリオはセナイダが自分の指を舐めようとしたのを止めると、彼女の傷ついた頬へと口元を近づけ、軽くなめた。わずかににじみ出た血がすくい取られ、口の中で鉄の味が広がっていく。
セナイダは恥ずかしさで耳まで真っ赤にしてセシリオを睨みつけ、初々しい反応を示したセナイダにセシリオは満足げに笑った。セナイダが舐められた頬を擦ろうとする手を掴み、傷口に口づけしてにじみ出てきた血を吸い上げる。
「こ、こ、このケダモノ……!」
「いいね。今のセナイダは実にそそる」
「わたしを弄んで楽しいの……!?」
「セナイダが俺を意識してくれるのは嬉しいね」
このようにセシリオとセナイダの関係は単なる主従関係や学友より踏み込んだ距離になっていったが、それ以上に縮まりはしなかった。それは二人が自分達はあくまで悪友の範囲の収まるべきだ、との認識で一致したからだ。
「ところで、いちいち敬称とかお坊ちゃま呼びとか鬱陶しいんだけど」
「ならどのようにお呼びすれば?」
「名前を呼び捨てればいい。二人きりの時、学園内とかもな」
「我儘ですね……。それでセシリオが満足するなら」
セナイダは自分はあくまで子爵家の令嬢であり、アレクサンドラの従者である。公爵家嫡男のセシリオとはつり合わないし、公爵夫人としての責務など重すぎる。何より、自分より遥かに彼の伴侶として相応しい素敵なご令嬢は大勢いる。
そのように自分を弁えているからこそ、セナイダは次第に彼に惹かれていく自分の心に蓋をした。学園の中だけで織りなすひと時は夢のようだけれど、夢はいつか覚めるもの。いつまでも尾を引かないよう必死に自分に言い聞かせた。
「今度の学期末試験はわたしの勝利ですね」
「げっ。アレクサンドラの我儘に振り回されてるくせに勉強する暇なんかあったのか」
「約束した勝ったご褒美、何にしてもらいましょうかね。今度豪勢な夕食でも奢ってもらいますか」
「……ああ、セナイダが望むならどこにだって連れてってやるよ」
一方のセシリオもまたいつしかセナイダが好きになっていた。公爵家の嫡男だからと媚を売ってこず、それどころか遠慮なくぶつかってくる。けれど決して無礼ではなく立場を心得ている。付かず離れず、そんな彼女が恋しくなった。
けれどセナイダを自分の伴侶として望めないのも承知している。個人的な好意と公爵家にとっての利は別の話。セナイダ個人の能力だけでは父親である公爵を説得する材料に乏しい。駆け落ちぐらいしか方法は無いが、セナイダはそれで幸せだろうか?
「終わっちゃいましたね。わたし達の学生生活」
「そうだな。これで俺は本格的に父上の後を継ぐために勉強あるのみだ」
「わたしはもう少し奉公して稼がなければいけませんね。もう少しお世話になります」
結局、二人の関係は進展しないままとなった。
それでいい、と二人は納得していた。大人になるとはそういうものだ、とも。
「セナイダ。最後だし思い出が欲しい」
「どうぞご随意に」
「抱き締めてもいいか?」
「好きになさってください」
「温かいな。それに柔らかくて良い匂いがする」
「……馬鹿言っているなら引き剥がしますよ」
「なあ、口付けしていいか?」
「んっ……! じ、事後承諾なんて卑怯ですよ……」
こうして二人の青春時代は終わった。
二人は元の在るべき姿で自分達の生活に戻ったのだった。
互いに相手に伴侶が見つかれば笑顔で祝福しよう、と心に決めて。
――そんな決心は三年後に覆ることになる。
アレクサンドラの覚醒によって。
「全く、セナイダならあんな連中ぐらい軽く蹴散らせただろう。知っているんだぞ、護身術を嗜んでいるんだってな」
「あれぐらい大勢に囲まれた後だと暴力に訴えないと切り抜けられませんよ」
「壁に押し付けられてたな。怪我してないか見せろ」
セシリオは有無を言わさずセナイダの顎を掴むと自分の方へと顔を向けさせた。壁でこすったからか、セナイダの頬には若干の擦り傷が見られる。彼女を傷つけた令嬢達に殺意が湧いたセシリオを尻目に、セナイダは彼の手を払い除けた。
「過剰ですよ。この程度なら唾付ければ直りますって」
「ほう、唾ねえ。こんな風にか?」
「は? え、ちょっと……!」
セシリオはセナイダが自分の指を舐めようとしたのを止めると、彼女の傷ついた頬へと口元を近づけ、軽くなめた。わずかににじみ出た血がすくい取られ、口の中で鉄の味が広がっていく。
セナイダは恥ずかしさで耳まで真っ赤にしてセシリオを睨みつけ、初々しい反応を示したセナイダにセシリオは満足げに笑った。セナイダが舐められた頬を擦ろうとする手を掴み、傷口に口づけしてにじみ出てきた血を吸い上げる。
「こ、こ、このケダモノ……!」
「いいね。今のセナイダは実にそそる」
「わたしを弄んで楽しいの……!?」
「セナイダが俺を意識してくれるのは嬉しいね」
このようにセシリオとセナイダの関係は単なる主従関係や学友より踏み込んだ距離になっていったが、それ以上に縮まりはしなかった。それは二人が自分達はあくまで悪友の範囲の収まるべきだ、との認識で一致したからだ。
「ところで、いちいち敬称とかお坊ちゃま呼びとか鬱陶しいんだけど」
「ならどのようにお呼びすれば?」
「名前を呼び捨てればいい。二人きりの時、学園内とかもな」
「我儘ですね……。それでセシリオが満足するなら」
セナイダは自分はあくまで子爵家の令嬢であり、アレクサンドラの従者である。公爵家嫡男のセシリオとはつり合わないし、公爵夫人としての責務など重すぎる。何より、自分より遥かに彼の伴侶として相応しい素敵なご令嬢は大勢いる。
そのように自分を弁えているからこそ、セナイダは次第に彼に惹かれていく自分の心に蓋をした。学園の中だけで織りなすひと時は夢のようだけれど、夢はいつか覚めるもの。いつまでも尾を引かないよう必死に自分に言い聞かせた。
「今度の学期末試験はわたしの勝利ですね」
「げっ。アレクサンドラの我儘に振り回されてるくせに勉強する暇なんかあったのか」
「約束した勝ったご褒美、何にしてもらいましょうかね。今度豪勢な夕食でも奢ってもらいますか」
「……ああ、セナイダが望むならどこにだって連れてってやるよ」
一方のセシリオもまたいつしかセナイダが好きになっていた。公爵家の嫡男だからと媚を売ってこず、それどころか遠慮なくぶつかってくる。けれど決して無礼ではなく立場を心得ている。付かず離れず、そんな彼女が恋しくなった。
けれどセナイダを自分の伴侶として望めないのも承知している。個人的な好意と公爵家にとっての利は別の話。セナイダ個人の能力だけでは父親である公爵を説得する材料に乏しい。駆け落ちぐらいしか方法は無いが、セナイダはそれで幸せだろうか?
「終わっちゃいましたね。わたし達の学生生活」
「そうだな。これで俺は本格的に父上の後を継ぐために勉強あるのみだ」
「わたしはもう少し奉公して稼がなければいけませんね。もう少しお世話になります」
結局、二人の関係は進展しないままとなった。
それでいい、と二人は納得していた。大人になるとはそういうものだ、とも。
「セナイダ。最後だし思い出が欲しい」
「どうぞご随意に」
「抱き締めてもいいか?」
「好きになさってください」
「温かいな。それに柔らかくて良い匂いがする」
「……馬鹿言っているなら引き剥がしますよ」
「なあ、口付けしていいか?」
「んっ……! じ、事後承諾なんて卑怯ですよ……」
こうして二人の青春時代は終わった。
二人は元の在るべき姿で自分達の生活に戻ったのだった。
互いに相手に伴侶が見つかれば笑顔で祝福しよう、と心に決めて。
――そんな決心は三年後に覆ることになる。
アレクサンドラの覚醒によって。
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