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Interlude1 アレクサンドラのその後
大商人イシドロの商談(後)
「それから、確か次回作の案も練られているとお聞きしましたが?」
「そうね。これらの設計図はあくまで赤ん坊用のもので、成長した後のものも今のうちに準備しておきたいの。完成時期から逆算したら今のうちに進めておきたいわ」
「ではそのように」
「……前から思ってたけれど、イシドロも多芸ねぇ」
「客人を満足させるために必要になった技能ですよ」
イシドロの場合、私と応対する際はほとんどの場合で彼本人が対応する。前世を思い出す前の購入用途だけに商会を使っていた時も私の希望に沿う商品を用意する知識の広さと深さは感じてたけれど、まさか漠然とした要望の設計ラフまで出来るなんてね。
私はイシドロに生後半年から数歳ぐらいの年頃に最適なおもちゃを語って聞かせた。曖昧な記憶を辿ってなので苦労したけれど、イシドロの的確な質問で何とか形になるぐらいには仕上がったと言っておく。
「このような感じでいかがでしょうか?」
「上出来よ。後は設計図に落とし込んで作ってみて頂戴」
「畏まりました。ではそのように」
イシドロはラフスケッチを筒の中にしまった。
私からの用事は一件落着なのでイシドロには退室してもらっていいのだけれど、折角長い付き合いなんだし、と少しの間雑談するのがいつものパターンだった。公爵令嬢時代はわりとぞんざいに扱ってた覚えがあるけれどね。
「そう言えば泳ぐのが得意って聞いたんだけれど、本当なの? 信じられないわ」
「ええそうですとも。今でもたまに王都から近い湖で泳いでおります」
「どうして泳げるようになったのよ?」
「商人たるもの船で移動する場合もありましてな。水難事故や海難事故にあった際に溺れないよう、幼少の頃から叩き込まれるのです。泳げれば問題無いのですが私めは趣味となりました」
当たり前だけれど前世の世界みたいに水泳は授業で学ばない。それどころか泳げる貴族はこの王国に一体何人いることやら。今の私だって泳げる気がしないもの。湖岸とか海岸で水遊びするぐらいがせいぜいね。
なお、ミランダも川に落ちて流された経験もあって泳げるようにしたんだとか。半身に大火傷跡が残ってるから、イシドロが保有する別邸近くの湖で練習したらしい。仲睦まじいことで。
「あとはそうね……奥様の話では息子さんも商会で働いているそうね」
「ええ。個人的には後を継がせたいのですが、妻は違う考えのようですね。商会を更に盛り上げていくには血縁にこだわらない優秀な経営者が担うべきだと」
「へえ、家族経営が当たり前なこのご時世だと珍しい考えね」
「それを宣告された息子達の顔色は今でも鮮明に思い出せますなぁ。おかげで自惚れる事無く業務にあたってくれているので、良い誤算ではありましたが」
ただの平社員で終わるどころか解雇を宣告される可能性まで浮上してきた以上、必死になるのは当然よね。その点息子のマリオに期待していたドミンゴの商会が情報流出で破綻しかかっているのは皮肉なものよ。
「じゃあイシドロも引退が近いんじゃないかしら?」
「いえ、経営者の座は譲るかもしれませんが、私め個人の完全引退はもっと先ですな」
「ふーん、生涯現役とかは言わないのね」
「妻が引退したいと言うまでは第一線で働き続けるかと」
ミランダ、つまり義理の伯母様であるミレイアだった夫人はお義母様、つまり王妃陛下が私に王妃の座を譲った際にはミレイアとしてお義母様に会うつもりのようね。だとしたらイシドロの引退は国王陛下の譲位後か。
「ってことは、まだまだイシドロとの腐れ縁も続きそうね」
「おや、それは今後も私共を贔屓していただける、との確約で宜しいですね?」
「さあ? それはイシドロの働き次第だと思うのだけれど?」
「成程。それならば今後も引き続き精進しなければなりませんなあ」
私が悪い笑みをこぼしてやるとイシドロもまた悪い笑みを帰してきた。これは前世での時代劇で「お主も悪よのう」「いえお代官様ほどでは」って言い合うのと同じよね。あの日の打ち合わせの時だってセナイダはそんな感じの印象を受けたそうだし。
今後とも彼には裏の仕事を頼む機会があるかもしれないし、繋がりは保っておきたいものね。余計な欲を持ち込まない商売人としての彼は信頼出来るし。まあ、それに甘えて半端な商品を提供する真似はしない、と思いたいところだけれど。
「それじゃあ、今後とも宜しく」
「ええ、よろしくお願いいたします」
私とイシドロは握手を交わし、この商談は終わった。
私達の付き合いはそれからも続いた。具体的には彼が引退するその日まで。
さすがに王妃になってからも一つの商会を贔屓し続けるわけにはいかなかったから、彼の後を継いだ息子とは健全で公平なお付き合いに留まった、とだけ記しておく。
「そうね。これらの設計図はあくまで赤ん坊用のもので、成長した後のものも今のうちに準備しておきたいの。完成時期から逆算したら今のうちに進めておきたいわ」
「ではそのように」
「……前から思ってたけれど、イシドロも多芸ねぇ」
「客人を満足させるために必要になった技能ですよ」
イシドロの場合、私と応対する際はほとんどの場合で彼本人が対応する。前世を思い出す前の購入用途だけに商会を使っていた時も私の希望に沿う商品を用意する知識の広さと深さは感じてたけれど、まさか漠然とした要望の設計ラフまで出来るなんてね。
私はイシドロに生後半年から数歳ぐらいの年頃に最適なおもちゃを語って聞かせた。曖昧な記憶を辿ってなので苦労したけれど、イシドロの的確な質問で何とか形になるぐらいには仕上がったと言っておく。
「このような感じでいかがでしょうか?」
「上出来よ。後は設計図に落とし込んで作ってみて頂戴」
「畏まりました。ではそのように」
イシドロはラフスケッチを筒の中にしまった。
私からの用事は一件落着なのでイシドロには退室してもらっていいのだけれど、折角長い付き合いなんだし、と少しの間雑談するのがいつものパターンだった。公爵令嬢時代はわりとぞんざいに扱ってた覚えがあるけれどね。
「そう言えば泳ぐのが得意って聞いたんだけれど、本当なの? 信じられないわ」
「ええそうですとも。今でもたまに王都から近い湖で泳いでおります」
「どうして泳げるようになったのよ?」
「商人たるもの船で移動する場合もありましてな。水難事故や海難事故にあった際に溺れないよう、幼少の頃から叩き込まれるのです。泳げれば問題無いのですが私めは趣味となりました」
当たり前だけれど前世の世界みたいに水泳は授業で学ばない。それどころか泳げる貴族はこの王国に一体何人いることやら。今の私だって泳げる気がしないもの。湖岸とか海岸で水遊びするぐらいがせいぜいね。
なお、ミランダも川に落ちて流された経験もあって泳げるようにしたんだとか。半身に大火傷跡が残ってるから、イシドロが保有する別邸近くの湖で練習したらしい。仲睦まじいことで。
「あとはそうね……奥様の話では息子さんも商会で働いているそうね」
「ええ。個人的には後を継がせたいのですが、妻は違う考えのようですね。商会を更に盛り上げていくには血縁にこだわらない優秀な経営者が担うべきだと」
「へえ、家族経営が当たり前なこのご時世だと珍しい考えね」
「それを宣告された息子達の顔色は今でも鮮明に思い出せますなぁ。おかげで自惚れる事無く業務にあたってくれているので、良い誤算ではありましたが」
ただの平社員で終わるどころか解雇を宣告される可能性まで浮上してきた以上、必死になるのは当然よね。その点息子のマリオに期待していたドミンゴの商会が情報流出で破綻しかかっているのは皮肉なものよ。
「じゃあイシドロも引退が近いんじゃないかしら?」
「いえ、経営者の座は譲るかもしれませんが、私め個人の完全引退はもっと先ですな」
「ふーん、生涯現役とかは言わないのね」
「妻が引退したいと言うまでは第一線で働き続けるかと」
ミランダ、つまり義理の伯母様であるミレイアだった夫人はお義母様、つまり王妃陛下が私に王妃の座を譲った際にはミレイアとしてお義母様に会うつもりのようね。だとしたらイシドロの引退は国王陛下の譲位後か。
「ってことは、まだまだイシドロとの腐れ縁も続きそうね」
「おや、それは今後も私共を贔屓していただける、との確約で宜しいですね?」
「さあ? それはイシドロの働き次第だと思うのだけれど?」
「成程。それならば今後も引き続き精進しなければなりませんなあ」
私が悪い笑みをこぼしてやるとイシドロもまた悪い笑みを帰してきた。これは前世での時代劇で「お主も悪よのう」「いえお代官様ほどでは」って言い合うのと同じよね。あの日の打ち合わせの時だってセナイダはそんな感じの印象を受けたそうだし。
今後とも彼には裏の仕事を頼む機会があるかもしれないし、繋がりは保っておきたいものね。余計な欲を持ち込まない商売人としての彼は信頼出来るし。まあ、それに甘えて半端な商品を提供する真似はしない、と思いたいところだけれど。
「それじゃあ、今後とも宜しく」
「ええ、よろしくお願いいたします」
私とイシドロは握手を交わし、この商談は終わった。
私達の付き合いはそれからも続いた。具体的には彼が引退するその日まで。
さすがに王妃になってからも一つの商会を贔屓し続けるわけにはいかなかったから、彼の後を継いだ息子とは健全で公平なお付き合いに留まった、とだけ記しておく。
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