文字の大きさ
大
中
小
70 / 88
Interlude1 アレクサンドラのその後
大商人イシドロの商談(後)
「それから、確か次回作の案も練られているとお聞きしましたが?」
「そうね。これらの設計図はあくまで赤ん坊用のもので、成長した後のものも今のうちに準備しておきたいの。完成時期から逆算したら今のうちに進めておきたいわ」
「ではそのように」
「……前から思ってたけれど、イシドロも多芸ねぇ」
「客人を満足させるために必要になった技能ですよ」
イシドロの場合、私と応対する際はほとんどの場合で彼本人が対応する。前世を思い出す前の購入用途だけに商会を使っていた時も私の希望に沿う商品を用意する知識の広さと深さは感じてたけれど、まさか漠然とした要望の設計ラフまで出来るなんてね。
私はイシドロに生後半年から数歳ぐらいの年頃に最適なおもちゃを語って聞かせた。曖昧な記憶を辿ってなので苦労したけれど、イシドロの的確な質問で何とか形になるぐらいには仕上がったと言っておく。
「このような感じでいかがでしょうか?」
「上出来よ。後は設計図に落とし込んで作ってみて頂戴」
「畏まりました。ではそのように」
イシドロはラフスケッチを筒の中にしまった。
私からの用事は一件落着なのでイシドロには退室してもらっていいのだけれど、折角長い付き合いなんだし、と少しの間雑談するのがいつものパターンだった。公爵令嬢時代はわりとぞんざいに扱ってた覚えがあるけれどね。
「そう言えば泳ぐのが得意って聞いたんだけれど、本当なの? 信じられないわ」
「ええそうですとも。今でもたまに王都から近い湖で泳いでおります」
「どうして泳げるようになったのよ?」
「商人たるもの船で移動する場合もありましてな。水難事故や海難事故にあった際に溺れないよう、幼少の頃から叩き込まれるのです。泳げれば問題無いのですが私めは趣味となりました」
当たり前だけれど前世の世界みたいに水泳は授業で学ばない。それどころか泳げる貴族はこの王国に一体何人いることやら。今の私だって泳げる気がしないもの。湖岸とか海岸で水遊びするぐらいがせいぜいね。
なお、ミランダも川に落ちて流された経験もあって泳げるようにしたんだとか。半身に大火傷跡が残ってるから、イシドロが保有する別邸近くの湖で練習したらしい。仲睦まじいことで。
「あとはそうね……奥様の話では息子さんも商会で働いているそうね」
「ええ。個人的には後を継がせたいのですが、妻は違う考えのようですね。商会を更に盛り上げていくには血縁にこだわらない優秀な経営者が担うべきだと」
「へえ、家族経営が当たり前なこのご時世だと珍しい考えね」
「それを宣告された息子達の顔色は今でも鮮明に思い出せますなぁ。おかげで自惚れる事無く業務にあたってくれているので、良い誤算ではありましたが」
ただの平社員で終わるどころか解雇を宣告される可能性まで浮上してきた以上、必死になるのは当然よね。その点息子のマリオに期待していたドミンゴの商会が情報流出で破綻しかかっているのは皮肉なものよ。
「じゃあイシドロも引退が近いんじゃないかしら?」
「いえ、経営者の座は譲るかもしれませんが、私め個人の完全引退はもっと先ですな」
「ふーん、生涯現役とかは言わないのね」
「妻が引退したいと言うまでは第一線で働き続けるかと」
ミランダ、つまり義理の伯母様であるミレイアだった夫人はお義母様、つまり王妃陛下が私に王妃の座を譲った際にはミレイアとしてお義母様に会うつもりのようね。だとしたらイシドロの引退は国王陛下の譲位後か。
「ってことは、まだまだイシドロとの腐れ縁も続きそうね」
「おや、それは今後も私共を贔屓していただける、との確約で宜しいですね?」
「さあ? それはイシドロの働き次第だと思うのだけれど?」
「成程。それならば今後も引き続き精進しなければなりませんなあ」
私が悪い笑みをこぼしてやるとイシドロもまた悪い笑みを帰してきた。これは前世での時代劇で「お主も悪よのう」「いえお代官様ほどでは」って言い合うのと同じよね。あの日の打ち合わせの時だってセナイダはそんな感じの印象を受けたそうだし。
今後とも彼には裏の仕事を頼む機会があるかもしれないし、繋がりは保っておきたいものね。余計な欲を持ち込まない商売人としての彼は信頼出来るし。まあ、それに甘えて半端な商品を提供する真似はしない、と思いたいところだけれど。
「それじゃあ、今後とも宜しく」
「ええ、よろしくお願いいたします」
私とイシドロは握手を交わし、この商談は終わった。
私達の付き合いはそれからも続いた。具体的には彼が引退するその日まで。
さすがに王妃になってからも一つの商会を贔屓し続けるわけにはいかなかったから、彼の後を継いだ息子とは健全で公平なお付き合いに留まった、とだけ記しておく。
「そうね。これらの設計図はあくまで赤ん坊用のもので、成長した後のものも今のうちに準備しておきたいの。完成時期から逆算したら今のうちに進めておきたいわ」
「ではそのように」
「……前から思ってたけれど、イシドロも多芸ねぇ」
「客人を満足させるために必要になった技能ですよ」
イシドロの場合、私と応対する際はほとんどの場合で彼本人が対応する。前世を思い出す前の購入用途だけに商会を使っていた時も私の希望に沿う商品を用意する知識の広さと深さは感じてたけれど、まさか漠然とした要望の設計ラフまで出来るなんてね。
私はイシドロに生後半年から数歳ぐらいの年頃に最適なおもちゃを語って聞かせた。曖昧な記憶を辿ってなので苦労したけれど、イシドロの的確な質問で何とか形になるぐらいには仕上がったと言っておく。
「このような感じでいかがでしょうか?」
「上出来よ。後は設計図に落とし込んで作ってみて頂戴」
「畏まりました。ではそのように」
イシドロはラフスケッチを筒の中にしまった。
私からの用事は一件落着なのでイシドロには退室してもらっていいのだけれど、折角長い付き合いなんだし、と少しの間雑談するのがいつものパターンだった。公爵令嬢時代はわりとぞんざいに扱ってた覚えがあるけれどね。
「そう言えば泳ぐのが得意って聞いたんだけれど、本当なの? 信じられないわ」
「ええそうですとも。今でもたまに王都から近い湖で泳いでおります」
「どうして泳げるようになったのよ?」
「商人たるもの船で移動する場合もありましてな。水難事故や海難事故にあった際に溺れないよう、幼少の頃から叩き込まれるのです。泳げれば問題無いのですが私めは趣味となりました」
当たり前だけれど前世の世界みたいに水泳は授業で学ばない。それどころか泳げる貴族はこの王国に一体何人いることやら。今の私だって泳げる気がしないもの。湖岸とか海岸で水遊びするぐらいがせいぜいね。
なお、ミランダも川に落ちて流された経験もあって泳げるようにしたんだとか。半身に大火傷跡が残ってるから、イシドロが保有する別邸近くの湖で練習したらしい。仲睦まじいことで。
「あとはそうね……奥様の話では息子さんも商会で働いているそうね」
「ええ。個人的には後を継がせたいのですが、妻は違う考えのようですね。商会を更に盛り上げていくには血縁にこだわらない優秀な経営者が担うべきだと」
「へえ、家族経営が当たり前なこのご時世だと珍しい考えね」
「それを宣告された息子達の顔色は今でも鮮明に思い出せますなぁ。おかげで自惚れる事無く業務にあたってくれているので、良い誤算ではありましたが」
ただの平社員で終わるどころか解雇を宣告される可能性まで浮上してきた以上、必死になるのは当然よね。その点息子のマリオに期待していたドミンゴの商会が情報流出で破綻しかかっているのは皮肉なものよ。
「じゃあイシドロも引退が近いんじゃないかしら?」
「いえ、経営者の座は譲るかもしれませんが、私め個人の完全引退はもっと先ですな」
「ふーん、生涯現役とかは言わないのね」
「妻が引退したいと言うまでは第一線で働き続けるかと」
ミランダ、つまり義理の伯母様であるミレイアだった夫人はお義母様、つまり王妃陛下が私に王妃の座を譲った際にはミレイアとしてお義母様に会うつもりのようね。だとしたらイシドロの引退は国王陛下の譲位後か。
「ってことは、まだまだイシドロとの腐れ縁も続きそうね」
「おや、それは今後も私共を贔屓していただける、との確約で宜しいですね?」
「さあ? それはイシドロの働き次第だと思うのだけれど?」
「成程。それならば今後も引き続き精進しなければなりませんなあ」
私が悪い笑みをこぼしてやるとイシドロもまた悪い笑みを帰してきた。これは前世での時代劇で「お主も悪よのう」「いえお代官様ほどでは」って言い合うのと同じよね。あの日の打ち合わせの時だってセナイダはそんな感じの印象を受けたそうだし。
今後とも彼には裏の仕事を頼む機会があるかもしれないし、繋がりは保っておきたいものね。余計な欲を持ち込まない商売人としての彼は信頼出来るし。まあ、それに甘えて半端な商品を提供する真似はしない、と思いたいところだけれど。
「それじゃあ、今後とも宜しく」
「ええ、よろしくお願いいたします」
私とイシドロは握手を交わし、この商談は終わった。
私達の付き合いはそれからも続いた。具体的には彼が引退するその日まで。
さすがに王妃になってからも一つの商会を贔屓し続けるわけにはいかなかったから、彼の後を継いだ息子とは健全で公平なお付き合いに留まった、とだけ記しておく。
感想 249
あなたにおすすめの小説
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
由香【全一話完結】
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
由香【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「役立たず」と離婚された侯爵夫人ですが、実家が世界一のお金持ちでした
由香「役立たず」と言われ、愛人のために離婚を突きつけられた侯爵夫人エレノア。
だが、夫は知らなかった。
彼女の実家が、王国どころか世界一の財閥だったことを。
離婚と同時に援助は打ち切られ、侯爵家はあっという間に崩壊。
破産寸前となった元夫は土下座で復縁を懇願するが…。
「申し訳ありません。そのお願いは、お断りします。」
これは、支える側だった令嬢が本当の幸せを手に入れる、痛快ざまぁストーリー。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
王太子殿下、最初の一曲は私ではないのですね 〜我慢をやめた公爵令嬢は、婚約指輪をお返しいたします〜
ゆぷしろん 王太子カーティスの婚約者フローラは、彼に何度も「君なら分かってくれる」と我慢を強いられてきた。王宮の茶会や演奏会、誕生日の晩餐までも、殿下は王弟の落胤であるサビーナを優先し、フローラの傷を見ようとしない。ついに生誕舞踏会の最初の一曲まで奪われた彼女は、周囲の視線にさらされながらも笑顔の裏で限界を迎え、婚約解消を決意する。
翌日、王妃の前でこれまでの扱いを訴えると、サビーナもまた殿下の都合のよい言葉に利用されていたと判明。カーティスは自分の甘えと無責任さを認めきれず、国王は婚約解消と王太子活動の停止を命じる。
フローラは誰かの都合に合わせ続ける人生をやめ、自分の心を優先する穏やかな日々を取り戻す。そして、彼女を一人の人として尊重するルシアンの手を取り、初めて自ら望んだ新たな未来へ歩み出していく。