わたしたちはまだ、会っていない。

ゆらぎ

文字の大きさ
3 / 10

第3章「スクリーン越しに触れる声」

しおりを挟む
第3章「スクリーン越しに触れる声」
📘 Scene 3-1|あの声に、既視感(デジャヴ)

夜の部屋に、時計の秒針だけが響いている。
澄乃は、スマホを手にしたまま、ベッドの上に座っていた。

DM欄を、もう何度目かもわからないほどに読み返す。
“yomino_hito_243”──
名前のない相手からの言葉は、今日も一通だけ。

風の音が強い夜って、
ひとりでも大丈夫なふりがしやすくて、好きです。

ふと、心に引っかかるリズムがあった。

──この感じ、どこかで。

語尾の緩さ、文体の温度、間のとり方。
言葉の“間”が、まるで“息遣い”のように感じられる。

思い出したのは、通学路ですれ違った“あの人”──伏見駿。
口を開かず、視線も合わなかったけれど、
教室の外で見たとき、彼が誰かと短く言葉を交わす場面がふとよみがえる。

その声のリズムが、DMの文体と重なった。

「……なんで、そんなふうに思ったんだろう」

口に出して呟いた自分の声が、空気を震わせる。
音になった途端、確信は遠ざかっていく。
だって、駿と話したことなんて、ないのだから。

でも、確かに“そこにいた”ような気がした。
目に見えない繋がりが、いま、感覚のどこかを叩いた。

澄乃は、スマホの画面をそっと閉じた。
そのリズムは、まだ胸の奥で跳ねていた。

📘 Scene 3-2|声はスクリーンの向こうにある

机の上にスマホを置いたまま、澄乃は静かに目を閉じた。
画面には、さっきまで読んでいたDMの文章がまだ残っている。

風の音が強い夜って、
ひとりでも大丈夫なふりがしやすくて、好きです。

その言葉を、口の中で何度も繰り返す。
声に出さず、でも確かに喉の奥でなぞるように。

──この声って、どんな声なんだろう。

イメージが、言葉のリズムから立ち上がる。
低すぎず、高すぎず、どこか遠くで響くような、でも真っすぐであたたかい声。

想像して──そっと、声に出して読んでみる。

「風の音が強い夜って……ひとりでも、大丈夫なふりがしやすくて……好きです」

自分の声が、言葉を通して誰かの声に変わっていく感覚。
少し震えた。
まるで、その声がすぐ隣にあるような錯覚。

でも、部屋は静かだった。
スマホの画面だけが、淡く光を放っている。

想像の声は、スクリーンの向こうにしか存在しない。
触れようとした瞬間、どこかへ逃げていく。

それでも、澄乃はもう一度だけ、同じ言葉を口にした。
ほんのわずかに、自分の鼓動が速くなった気がした。

📘 Scene 3-3|視線が触れた、その一瞬だけ

下校時の校門前。
夕陽が校舎の窓を反射し、地面にオレンジの影を落としていた。

澄乃は、無意識のうちに歩みを緩めた。
ちょうどそのとき、前方から伏見駿が歩いてくるのが見えた。

今日もフードを被って、イヤホンをしている。
視線は下に落ちていて、誰とも交わらない。

でも──その一瞬。

彼の顔が上がり、澄乃と視線が合った。

本当に、一瞬だけ。

互いに何も言わず、表情も変えず、ただ目が合った。
そしてすぐに、そのまますれ違った。

でもその刹那、胸の奥に、何かが焼きついた。

その夜。
いつものようにDMを開くと、そこには一通のメッセージが届いていた。

今日、空の色がきれいでしたね。
通りすがりの影が、ちょっとだけ、風に溶けて見えました。

──まるで、今日の自分たちを見ていたような文章だった。

澄乃は思わず、スマホを持つ手に力を入れた。

“まさか”
“でも”
“いや、まさか”

心が叫びそうになって、口をつぐむ。
胸が苦しくなる。

仮想と現実が、たった今、重なった気がした。

📘 Scene 3-4|伏見駿、という沈黙

放課後、誰もいなくなった教室で、伏見駿は静かに椅子に座っていた。
窓の外では部活の声が響いていたが、その音さえも遠く感じる。

彼の手にはスマホ。
ロック画面を指でなぞり、何度も開いては閉じる。

タイムラインには、誰かの「最高の放課後」や「#今日の推し」
笑顔と絵文字、盛れた写真とタグの海。

駿は、それらを一切スクロールせず、ただDM欄だけを開いた。

@hikari_no_ura_sumi_ からの最新の詩。

目立たない短文。
でも、そこには“言おうとして、言わなかった”ものが詰まっている気がした。

彼は、DMの返信画面を開いた。
でも、指は動かない。

「誰でもいい」は、ほんとうに「誰でも」だったらどうする?
「読んでくれてる誰か」じゃなく、「おまえ」が読んでるって知ったら──

全部、壊れる。

だから駿は、名前を出さない。
自分の存在を、声にしない。

彼にとって、言葉は「誰にもならない」ことを許す装置だった。
だからこそ、そこでだけ呼吸ができた。

──返信を打つ。

空の色、今日きれいでしたね。
通りすがりの影が、ちょっとだけ、風に溶けて見えました。

送信。
スマホを伏せる。
胸が少しだけ痛む。

“知ってほしい”と“知られたくない”が、心の中で静かに揺れていた。

📘 Scene 3-5|“たぶん、気づいてる”という直感

ベッドの上で、澄乃はスマホの画面をじっと見つめていた。
夕方に届いたDM。その文面が、まだ画面に残っている。

通りすがりの影が、ちょっとだけ、風に溶けて見えました。

──“通りすがり”。
それは、さっきの放課後に交わした視線のことじゃないのか。

心のどこかが、ぞくりと震えた。
偶然にしては、言葉の選び方が“あまりに重なる”。

澄乃はDMの返信画面を開いた。
一度、こう打ちかける。

「もしかして、今日すれ違った人……ですか?」

指が止まる。
心臓が、どくんと大きく鳴った。

──もし違ったら?
──もし、これで壊れてしまったら?

「言葉がつながるだけでいい」と思っていた。
だけど今は、“その奥にある人”を知りたくなってしまっている自分がいる。

それが怖かった。
まだ“名前のないやりとり”でいたいという願いも、同時にあった。

澄乃は、打ちかけた文章をすべて消した。
何も送らず、画面を閉じる。

直感は叫んでいた。
“きっと、あなたでしょ?”と。

でも、言葉にはしない。
まだ、その距離を壊したくない。

スマホの通知が鳴った。

また、詩を楽しみにしてます。

画面に浮かぶその一文が、胸の奥をやさしく撫でた。
“たぶん、気づいてる”──でも、まだ知らないふりをしていたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...