復讐を誓う少年と蒼き魔族の女将軍 ~人類を裏切った俺が、異界の救世主になるまで~

M_mao

文字の大きさ
37 / 48
グランディ帝国編-第二章

第十一話 「枯れぬ花冠の誓い」

しおりを挟む
戦後の喧騒は、権力の移行と共に歴史の塵に覆われようとしていた。

数名のグランディ親衛隊員の案内の下、セリーヌはとある二階建ての石造りの建物の前で足を止めた。ここが、キャロラインの生前の住居だった。

高い塀もなければ、衛兵もいない。その質素な佇まいは、まるでその主人のように、沈黙し、正直で、それでいてどこか周囲に馴染まない孤寂を漂わせている。

セリーヌはしばし扉の前に佇んだ。やがて手を上げ、まるで巡礼にでも来たかのような敬虔な力で、扉をゆっくりと押し開いた。

キィ……——

まるで眠れる主を起こすまいとするかのような、微かなか細い呻き。古書の匂いと微かな香草の香りが混じり合った、清らかで、どこか冷たい空気が流れ込んでくる。

屋内の空間は一望できた。暖かい陽の光が窓格子を抜け、床に長い影を落とす。ここには絢爛豪華な装飾はなく、ただ歳月に磨かれて温もりを帯びた、木々の光沢があるだけだった。
セリーヌの視線が、整然と並べられた品々を撫でる。まるで、持ち主が寸分の狂いもなくそれらを元の場所へ戻す、あの厳格な姿が目に浮かぶかのようだ。

光は、やがて居間で最も目を引く壁の上へと収束した。そこに掲げられているのは巨大な油絵ではなく、ただ数個の帝国勲章が、質素な額縁の中で丁寧に飾られているだけだった。

(これがあの“戦乙女”の戦歴か……)

セリーヌは内心で呟いた。磨き上げられた勲章は、静かに最後の光を反射していた。
勲章の傍らには、壁一面の書架があり、その分厚い蔵書は棚板を撓ませるほどだ。擦り切れた背表紙たちは無言で物語る——
その主が、数え切れぬ夜を、知識の海にこそ注ぎ込んできたことを。

セリーヌは、キャロラインだけに属する、死者の気配に満ちた私的な世界へと、ゆっくりと足を踏み入れた。寝室の扉の前に立つと、空気は一層、静寂を増したかのようだった。

寝室の設えは、さらに簡素だった。暖かい陽光が淡いピンク色のカーテンを透かし、金色の薄布のように部屋全体を優しく包み込む。ここが、キャロラインが全ての鎧を脱ぎ捨てた、唯一の避難港だったのだ。

セリーヌがそっと洋箪笥を開けると、中はほとんど一色の帝国制服で埋め尽くされていた。
氷のように冷たく、硬質なそれは、まるで沈黙した兵士の列のようだ。そして、その鉄血と規律の象徴である制服の一番下に、数着の質素なドレスと、縁が少し黄ばんだ白い帽子が、静かに横たわっていた。
(あなたにも……少女だった頃があったのね)

机の上は、極限まで簡素だった。一束の便箋、一本の万年筆、それ以外には何もない。その完璧すぎるほどの清潔さが、むしろ、永遠に帰ることのない主の不在を、雄弁に物語っていた。

そして、その極限の簡素さの中にあって、唯一、色彩と温もりを宿しているのが、机の隅に置かれた、一枚の写真だった。
それは魔法によって時を止められた、過ぎ去りし日の幻影。二人の少女の、純真無垢な時が刻まれていた。写真の中、白い帽子を被った金髪の少女が、真夏の太陽のように笑い、傍らのもう一人の子供――幼き日のベレーラを、親密に抱きしめていた。

純真と親愛を凝固させたその写真は、極めて精巧な金細工の額縁に収められていた。それはおそらく、この部屋全体で、いや、キャロラインの全生涯において、唯一「華美」と呼べる私物だったのだろう。その爛たる金色は、陽光の下でかくも眩しく、そして、かくも目を刺す。

セリー-ヌは視線を移し、机の下の戸棚をそっと開けた。案の定、宝飾品はなく、ただその最奥に、「ヴィレール草」で丁寧に編まれた花冠が、静かに横たわっていた。

魔力の作用により、花冠は今なお咲き初めの鮮やかな色と形を保ち、ほのかに花の香りを漂わせている。

そして、その永遠に枯れぬ花冠の下に、一冊の、青い革装の日記帳が敷かれていた。


日記帳……

セリーヌの指先が、微かに震えた。

それは、死者の最も深い場所に触れることへの、畏敬。

そして、その魂の秘密を、解き明かしたいと願ってしまった、己の心に対する、抗いがたい誘惑だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

処理中です...