V3

チャッピー&せんせ

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第八章

自分探し

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「なんだか、元気のないクラスだね」
 日本史の西山先生だった。授業を始める前、真弓のいるクラス全体を眺めまわして深いため息をついた。若いのかベテランなのか、所在のつかめないキャラクターだった。
 ベテランの教員はその存在だけで、生徒たちは威圧される。若い教員も多いが、イメージは『冷血』だった。まさにティーチング・マシーンに徹していた。その中でもこの西山先生だけは、『先生』と呼びたくなる温かい存在だった。
 大袈裟だが、真弓にとっては、この学校で唯一、人の血を感じることのできる人物だった。
「みんな悩んでるんだよな」
 西山先生はクラスを見渡した。
「なんで、こんなに勉強しなくちゃいけないんだろうってね」
 西山先生は黒板に一本の長めの直線を引いた。その上に八十の数字を書いた。
「今、平均寿命が八十になろうとしてんだよね。それでね、今君たちがいるのはこの辺」
 そう言って、五分の一位のところに赤チョークで○を書いた。
「まだ、先は長いぞ。死ぬまで。先生でも、まだこの辺だ。まだ半分もある」
 真ん中辺りに今度は×を書いた。
「今、君たちは大学に行くことが、一体どんな意味があるのかって迷いだしているんじゃないかな。勿論、君たちの中に大学へ行きたくない者はいないと思うよ。本当は、みんな行きたいはずなんだ、でも、なぜ行くのか分かっていないんだ。そのジレンマの中にいるんだよ。なぜレベルの高い大学を目指さなければいけないのか分かってないんだよな」
 西山先生は一息つき、教室中を見渡した。
「今、君たちは大学へ行ったって、行かなくたって、結局、将来はみんな同じ顔して電車に乗るんだよなって思っている毎日じゃないか?」
 真弓は背筋に電気が走ったようだった。まさに今朝、駅でそんなことを考えて学校へ行くのを躊躇したところだった。
「でもね、ちょっと違うと思うんだ。よく見てみなよ。その中にも顔に艶のある生き生きした人たちもいるはずなんだよ。ところが気持ちがネガティブだと、同じようにネガティブな表情の人ばかりが、目に付くんだよ。だって類友だから……類は類を呼ぶって言うだろ?」
 真弓はじっと聞き入った。真弓だけではなかった。クラスのほとんどの者が聞き入った。中には西山先生の話しを無視して内職学習をしている天の邪鬼もいたが、この一種の清涼剤のような時間を噛みしめていた。
「じゃあ、どうしてこんなに勉強して立派な大学に行ったのに、無感動な人生を送っている人が多いんだろうね……」
 毎朝の通勤電車の風景が思い起こされる。無表情にスマホや携帯をいじっている者。吊り革にぶら下がり、無機質な物体になってしまったかのような者。冷たい廊下を同じ方向に向かって歩く学生たち。そんな情景を思い出すと、無感動という言葉が反芻された。
「それはね、ちょっと自分探しに失敗しちゃった人たちだと思うんだ。先生が思うに、大学に行くっていうのは、自分探しだと思うんだよね。その自分探しを、勘違いして、自分に合わない職業選んじゃったり、自分の器ではない職場を選んじゃったりしちゃったんだよね。就職もブランド志向で、自分に合っていないところに、ブランド先行で就職しちゃって失敗するんだよ。やっぱり残り六十年の人生を悔いなく過ごすには、自分探しをしっかりしなきゃね。そのために、大学へ行って、ゆっくりと自分探しをして欲しいんだ」
 真弓は「自分探し」と言う言葉がとても新鮮に感じられた。両親からは、何度も「将来のため」と言われ、習字、スイミング、ピアノ、英会話……と、ありとあらゆることをやらされた。受験も将来のためにと……。しかし、自分探しのためという言葉は一度も聞いたことがなかった。自分探しは、おけいこごとの中にはないのだ。大人としての理性を持ったときに、初めて自己責任のもと、自分の意識で行えるものなのだ。
「今の時代、自分の人生に失敗感、負け犬感を持った人が多いよね。だから、若い人たちも、年老いた人たちも、自分の人生を《V3》とかいう、もう一つの人生に託しちゃうんじゃないかな? この中にも《V3》にはまっている人いるんじゃないの? 先生たちの中でさえも、はまっている人いるからね。そんなことやるってことは、自分は人生失敗しましたって、わざわざ宣言しているようなものでしょ。そんなら先生を辞めればいいんだよ。そして、本当に自分に合った職業を見つければいいんだよ」
 真弓は心が透かされているようで、恐ろしかった。
「先生も、結局、大学へ行って欲しいことには違いないんだ。だって、今この歳で就職しちゃったら、自分探しの時間はもうなくなるんだよ。幸せになるために、大学でたっぷり悩んで欲しいんだ。いいかい? だから、合格の妨げになるものは、捨てよう! 今こそ、きっぱり切るものは切るんだよ。志望校に合格して、自分探しをしようよ。アバターは所詮アバターなんだよ。君たちがせっせとアバターを幸せにしてあげても、アバターが、君たちを幸せにしてくれることはできないんだよ」
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