55 / 73
第八章
雪を降らせる
しおりを挟む
「うそ! バカじゃないの? あなたたち! 小さいときの記憶だってちゃんとあるし、家族も友達も実際にいるのよ! 存在しないとか、家がないとか、もう少し納得すること言いなさいよ!」
ランは、馬鹿にされていると思い……いや、正確には思いたかった。そして、二人が言っていることを否定するために、大声を張り上げた。ここ数日間の異常な体験で感じたストレスを発散するかのように久しぶりに怒鳴った。
「何、これ! 大がかりなドッキリか、なんかなの? ロンハーもびっくりするくらい、手の込んだドッキリでしょ?」
ルークもジョン・タイターも口を挟まないで、ランが落ち着くのを真剣な表情で待っていた。
「ランさん、あなたの気持ちはよく分かります。こんなバカげたこと、認めたくないでしょうが、もう少しだけ、わたしの話しを聞いて下さい」
ジョン・タイターはベンチから立ちあがって、ランの前に立った。
「今、あなたのデータを読ませてもらいました。あなたは七年ほど前に創られた初期型《V3》のアバターなのです」
「七年って! 私、もっと小さいころの記憶だってあるわよ。『ゾウ公園』なんて、毎日遊んでいたんだから!」
「それは、あなたの記憶ではありません。あなたのオーナーの記憶なのですよ。あなたのオーナーが幼かったころの記憶を、あなたのデータに入力しているのです。その証拠に小さい頃の、ご両親の顔を思い出すことはできないはずです」
ランは息を口を大きく開け、荒く呼吸した。
「我々を創った現実界の人間をオーナーというのですが、ここでの我々アバターは放置自己育成型のAI知能を搭載しています。だから、設定さえすれば、我々を創ったオーナーと同じ時間軸で成長していくのです。そして、各アバターが存在する世界をフィールドといいます。そのフィールド一つ一つの主役がマスターです。あなたが今まで生活していた空間は、あなたがマスターだったのです」
ランは顔をしかめた。今まで生きていた場所は、自分が主役の架空の世界……?
ジョン・タイターの話しは続く。
「フィールドはオーナーの好みで自由に創れます。平凡な女子高生が主役のフィールドも、それこそ、若者だけのフェスティバルのようなフィールド、桃源郷やSF映画の世界も可能です」
ジョン・タイターは両手を広げて見せた。
「ただし、あくまでも現実を模したバーチャルな世界だから、バグもあったりもします。まだ、まだ百パーセント完全に現実と同じというわけにはいかないのです」
ジョン・タイターは、今度は両肩をすぼめてみせた。
「どういうことよ?」
聞きたくないと思いながらも、ランはジョン・タイターの粗を探したかった。
「例えば……机から落ちた消しゴムが跳ねることなく、床で落ちたまま動かなかったりね……」
「あっ!」背中に電流が走り、鳥肌が立った。
ランは数日前に、そして、あのおかしな古典の授業のとき、二度そんな光景を見たことを思い出した。その瞬間は、ほんの一瞬だけ違和感を覚えたのだが、その違和感の正体が分からないままだったのだ。二回ともなにがおかしいのか分からなかった。消しゴムが机から落ちても跳ねることのない光景。そうだ! よくよく考えてみれば、確かにおかしい。消しゴムが床に落ちた瞬間、その場で止まったのだ。
ランは両手で顔を覆った。「認めたくない、認めたくない……ウソだ……実際は跳ねたけど、そう見えただけだ……」……そのときの光景を思い出したランは、心の中で呟き続けた。息がますます荒くなっていく。
ジョン・タイターは間を空けた。ランは過呼吸気味の症状を示していた。
「いいですか? 続けますよ」
ランは肯定も否定もしなかった。
「本来は、オーナーも、我々マスターとなるアバターも、自分たちのフィールドを共同で一緒になって創り上げて行くのです。二人三脚なのです。気になる他人のフィールドがあれば、勝手にそこに行くことも可能です。今こうやってルークのフィールドに僕や君がいるようにね。ここのフィールドのマスターはルークなのです」
ランはまだ認めたくなかったが、首を横に振るしかできない。
「でも、わたしはこんなところに来たいなんて思っていないわ」
その言葉を聞いて、ルークは肩をすぼめた。
「君はかなり初期段階に創られているのですが、ちゃんとバージョン・アップもされているようです。アバターとしては完璧なのです。だから、オーナーとの双方向でのコミュニケーションも可能なはずなのですが……」
「どういうこと?」
「双方向コミュニケーションというのは、君たちのように初期型は、まさに今の君のように自分をアバターと認識できずに、実在の人間だと誤解している者が多くて、悲劇を生むことが多かったのです。それを避けるため、オーナーとマスターとのコミュニケーションを可能にしたシステムなのです」
「これで信じられるかな?」
ルークは立ち上がって、空に向かって叫んだ。
「ちょとさ、雪降らせてよ。多めにね!」
ランはルークと同じように顔を空に向けた。雲一つない。相変わらずエンタープライズ号だけが浮いている空。雪が降る要素などは全くない。そう思っていると、ものの数秒で、空中から雪が降りだした。雪はどんどん降ってくる。ルークは自慢げに両手を広げて見せた。ランは開いた口が塞がらなかった。
ランは次々降ってくる雪を手に載せて、じっくりと見た。冷たくて、手の体温ですぐに溶けだしてしまう。あっという間に手は濡れてしまった。
「チャルマンの酒場の連中もびっくりしてるよ。雪なんて見たことないはずだからね!」
街にいる不思議な、ロボットや異星人たちも、驚いて空を見上げている。中には喜んではしゃぐ者、初めての雪に怯える者など、その反応は様々だった。
「ありがとう! もうイイよ」
すると雪はピタリと止んだ。
「これが双方向コミュニケーションさ」
ランはやはり、開いた口がふさがらなかった。
ランは、馬鹿にされていると思い……いや、正確には思いたかった。そして、二人が言っていることを否定するために、大声を張り上げた。ここ数日間の異常な体験で感じたストレスを発散するかのように久しぶりに怒鳴った。
「何、これ! 大がかりなドッキリか、なんかなの? ロンハーもびっくりするくらい、手の込んだドッキリでしょ?」
ルークもジョン・タイターも口を挟まないで、ランが落ち着くのを真剣な表情で待っていた。
「ランさん、あなたの気持ちはよく分かります。こんなバカげたこと、認めたくないでしょうが、もう少しだけ、わたしの話しを聞いて下さい」
ジョン・タイターはベンチから立ちあがって、ランの前に立った。
「今、あなたのデータを読ませてもらいました。あなたは七年ほど前に創られた初期型《V3》のアバターなのです」
「七年って! 私、もっと小さいころの記憶だってあるわよ。『ゾウ公園』なんて、毎日遊んでいたんだから!」
「それは、あなたの記憶ではありません。あなたのオーナーの記憶なのですよ。あなたのオーナーが幼かったころの記憶を、あなたのデータに入力しているのです。その証拠に小さい頃の、ご両親の顔を思い出すことはできないはずです」
ランは息を口を大きく開け、荒く呼吸した。
「我々を創った現実界の人間をオーナーというのですが、ここでの我々アバターは放置自己育成型のAI知能を搭載しています。だから、設定さえすれば、我々を創ったオーナーと同じ時間軸で成長していくのです。そして、各アバターが存在する世界をフィールドといいます。そのフィールド一つ一つの主役がマスターです。あなたが今まで生活していた空間は、あなたがマスターだったのです」
ランは顔をしかめた。今まで生きていた場所は、自分が主役の架空の世界……?
ジョン・タイターの話しは続く。
「フィールドはオーナーの好みで自由に創れます。平凡な女子高生が主役のフィールドも、それこそ、若者だけのフェスティバルのようなフィールド、桃源郷やSF映画の世界も可能です」
ジョン・タイターは両手を広げて見せた。
「ただし、あくまでも現実を模したバーチャルな世界だから、バグもあったりもします。まだ、まだ百パーセント完全に現実と同じというわけにはいかないのです」
ジョン・タイターは、今度は両肩をすぼめてみせた。
「どういうことよ?」
聞きたくないと思いながらも、ランはジョン・タイターの粗を探したかった。
「例えば……机から落ちた消しゴムが跳ねることなく、床で落ちたまま動かなかったりね……」
「あっ!」背中に電流が走り、鳥肌が立った。
ランは数日前に、そして、あのおかしな古典の授業のとき、二度そんな光景を見たことを思い出した。その瞬間は、ほんの一瞬だけ違和感を覚えたのだが、その違和感の正体が分からないままだったのだ。二回ともなにがおかしいのか分からなかった。消しゴムが机から落ちても跳ねることのない光景。そうだ! よくよく考えてみれば、確かにおかしい。消しゴムが床に落ちた瞬間、その場で止まったのだ。
ランは両手で顔を覆った。「認めたくない、認めたくない……ウソだ……実際は跳ねたけど、そう見えただけだ……」……そのときの光景を思い出したランは、心の中で呟き続けた。息がますます荒くなっていく。
ジョン・タイターは間を空けた。ランは過呼吸気味の症状を示していた。
「いいですか? 続けますよ」
ランは肯定も否定もしなかった。
「本来は、オーナーも、我々マスターとなるアバターも、自分たちのフィールドを共同で一緒になって創り上げて行くのです。二人三脚なのです。気になる他人のフィールドがあれば、勝手にそこに行くことも可能です。今こうやってルークのフィールドに僕や君がいるようにね。ここのフィールドのマスターはルークなのです」
ランはまだ認めたくなかったが、首を横に振るしかできない。
「でも、わたしはこんなところに来たいなんて思っていないわ」
その言葉を聞いて、ルークは肩をすぼめた。
「君はかなり初期段階に創られているのですが、ちゃんとバージョン・アップもされているようです。アバターとしては完璧なのです。だから、オーナーとの双方向でのコミュニケーションも可能なはずなのですが……」
「どういうこと?」
「双方向コミュニケーションというのは、君たちのように初期型は、まさに今の君のように自分をアバターと認識できずに、実在の人間だと誤解している者が多くて、悲劇を生むことが多かったのです。それを避けるため、オーナーとマスターとのコミュニケーションを可能にしたシステムなのです」
「これで信じられるかな?」
ルークは立ち上がって、空に向かって叫んだ。
「ちょとさ、雪降らせてよ。多めにね!」
ランはルークと同じように顔を空に向けた。雲一つない。相変わらずエンタープライズ号だけが浮いている空。雪が降る要素などは全くない。そう思っていると、ものの数秒で、空中から雪が降りだした。雪はどんどん降ってくる。ルークは自慢げに両手を広げて見せた。ランは開いた口が塞がらなかった。
ランは次々降ってくる雪を手に載せて、じっくりと見た。冷たくて、手の体温ですぐに溶けだしてしまう。あっという間に手は濡れてしまった。
「チャルマンの酒場の連中もびっくりしてるよ。雪なんて見たことないはずだからね!」
街にいる不思議な、ロボットや異星人たちも、驚いて空を見上げている。中には喜んではしゃぐ者、初めての雪に怯える者など、その反応は様々だった。
「ありがとう! もうイイよ」
すると雪はピタリと止んだ。
「これが双方向コミュニケーションさ」
ランはやはり、開いた口がふさがらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる