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31話 斜陽の王国3

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 街の事件は衛兵が担当する。近衛が担当する事はない。が、正しくは基本的にはないのであって何事にも例外はある。それは事件の関係者に近衛の者が絡んでいた場合だ。リンの聞いた『近衛の俺達に逆らってただですむと思ってるのか』からだと、この『近衛』の使い方で立場がいかようにも変わる。不審者やならず者に対して警告を発している場合や、力の弱い者に権力を振りかざしている場合などだ。

 ただ残念な事に、プレミアム・デイの自由な時間に衛兵の管轄区域でわざわざ近衛の名まで出し、街の治安維持に積極的に貢献するような、職務に熱心な近衛騎士団の者にリンは心当たりがなかった。

「どちらにせよ問題行動な訳だけど」

 リンとライミーネが現場に到着した時、地面には三人の男がうずくまっていた。周囲には抜き身の剣が転がっている。呻いている男達を見下ろしているのは女。その状況から男達はその女に叩きのめされたのは明白だった。年の頃、背格好はリンと同じような感じか。健康的な焼けた肌に、黒髪のポニーテールがよく似合う女性だった。背中には幅広の剣を背負っているが抜いた形跡はない。

「あちゃあ」

 現場を見て声をあげたのはライミーネだ。リンもすぐにその意味を悟る。男達の中に知っている顔があったからだ。キトウ。リンの上官、キドウの息子だ。ライミーネの情報によれば実子ではなく、養子との事らしいが。それだけでリン達は全てを把握した。他の二人の男はキトウの取り巻きで近衛ではない。女好きのキトウがこの女性に目をつけちょっかいをかけるも無視され激昂。強引な方法に出て返り討ちにあったのだ。 
 
 キトウの悪行は街中でも有名で、騒ぎが起きているのに野次馬がいないのはキトウに目をつけられるのが嫌だったから皆逃げたのだろう。

「ハンッ! 近衛だなんだと大口叩いて大の男が三人も、一人の女にこのザマかい。近衛の質も随分と落ちたもんだね。さっきまでの威勢の良さはどこにいっちまったのか。何なら次は近衛らしい命乞いでもしてみるか?」
「「「ひいっ!」」」

 男達は怯えている。全員目を腫らしたり鼻血をだしたりしているところから、剣を抜いて斬りかかり素手で撃退された事が伺える。キトウに関しては取り巻きに任せ、旗色が不利になりオロオロしている所を容赦なく攻撃されたのだろう。 

「近衛騎士団武芸指南役のオーシンと言えば、アタシのいた辺境の村まで噂が聞こえて来ることもあったが、所詮は噂だったかい。実際は女の口説き方しか教えてないようで、しかもそれすら権力を振りかざすやり方とはね」

 女は更に悪態をつくが、その矛先を知らぬとは言えオーシンに向けてしまった。

「あちゃあ」

 再び声をあげるライミーネ。今の女の台詞がライミーネに聞こえたのだからリンが聞こえていないはずがない。リンはオーシンを崇拝していると言っても過言ではないレベルなのに、その女はリンの目の前でオーシンの尊厳を貶める発言をしてしまった。ライミーネはおそるおそる隣のリンを見る。

「ひいっ!」

 そこには氷の微笑のまま、冷たいオーラを放つ女性がいたという。

「あっ! リ、リン殿ではありませんか! ど、どうかお助けください。この狼藉者に絡まれて」

 キトウがリンに気付き地獄に仏と言わんばかりに鼻血を流しながら駆け寄ってくる。それを見た取り巻き二人もリンに近付いてきたが、その顔は青い。現・近衛騎士団武芸指南役と魔導教官ライミーネに現場を見られたのだから無理もない。やましい部分があるならなおさらだ。リンはキトウ達を庇う気は全くなかったが、このままでは巻き込まれた女が面倒な事になりそうなので、仕方なく取り巻きに近付いて言う。

「お前達。......よくも近衛の名に泥を塗ってくれたな。顔は覚えた。処罰は後にしてやるからキトウ殿を連れてさっさと消えろ」
「「は、はいぃっ!」」

 取り巻きの男二人はリンの気迫にあてられて、両側からキトウの腕を掴み一目散に離れていった。キトウのよろしければ今度一緒に食事でもー、という台詞が遠ざかっていき、女三人が現場に残される。

「近衛の者が迷惑をおかけしました。この通り謝罪します」

 リンはまず謝罪から入った。ライミーネにはリンが頑張っているのがよくわかった。心の中で精一杯のエールを送る。

「アンタがあのゴミクズ達の保護者かい? 出来ればゴミクズはゴミ箱から出さないでおいてくれるとありがたいんだけどねぇ」
「それには私も完全同意です」
「ハハッ、言うね。アンタは話がわかりそうじゃないか」
「まぁ......(バカ親子の相手で)それなりに苦労してますので」

 和やかな空気になりそうになった事でライミーネはほっと胸を撫で下ろす。

「まぁ、所詮噂だけだった近衛騎士団じゃ苦労しかなさそうではあるよね。しつこく突っかかってくるから正直もっと手応えがあるかと思ったけど、あれじゃ故郷にある枯れ木の方が手強いよ。武芸指南役殿も蓋を開ければ枯れ木以下って事か。あっははは」
「あちゃあ」

 ライミーネは額に手をやり、空気を読みなさいよと心の中で突っ込んだ。

「近衛騎士団は......オーシン指南役はそんなにダメですかね?」
「ダメも何も下があんなんじゃ話にすらなんないだろ。これじゃアタシが何もせずに王国最強みたいなもんだよ」
「へえ......相当腕に自信がお有りのようですね」
「リ、リンちゃ......」
「宜しければ私に一手ご教授お願いできませんか?」
「リ、リンちゃーん」

 リンにはライミーネの言葉は聞こえていない。氷の微笑を顔にはりつけたまま背中の棍を外して構えようとしていた。

「もし怖ければ背中の剣を抜いて頂いて結構ですからね。では!」
「おいおい、アタシに剣を抜かせる相手なんて滅多に......な!? っつ!?」

 リンの鋭い踏み込みと同時に連続の突きが女を襲う! 女は一瞬驚愕の表情を見せたが反応し、二撃目までは回避したが、続く三撃目は回避できずに鳩尾付近に攻撃を受け派手に吹っ飛んで地面に大の字に倒れた。

「あーっ! あーっ! リンちゃん本気出しすぎよ! 気絶しちゃったじゃないの! 回復してあげないと!」

 ライミーネは慌てて回復魔法をかけようと近寄ろうとしてリンにとめられる。

「ちょっ! なんで止めるの! 早く回復してあげないと......」
「ふぅ、いつまでそうやって寝ているつもりですか? ダメージなど受けてないでしょうに」
「え!?」

 ライミーネは驚いて倒れた女を凝視する。ライミーネにはまともに攻撃を受けて地面に倒れたようにしか見えなかった。女はピクリともしていない......のだが。

「......くっくっく。これを初見で見破るかぁ。大抵の奴は勝った気になって油断してるんだけどねぇ」
「え? え?」

 突然軽快に跳ね起きたその姿は、リンが指摘したようにまるでダメージを感じさせない。顔こそ笑っているものの、その眼光の鋭さは肉食獣が獲物をみつけた時のそれだった。

「攻撃の速度、威力。踏み込みの鋭さ、タイミングの妙。それに小細工を見破る眼力もある、か。正直驚いたよ。こんな所でとんだ逸材に出逢えたもんだ」
「ありがとうございます。怖かったら背中の剣を抜いても構いませんよ」
「! 度胸もある......ふっ。......ああ、そうさせてもらうよ。下手な言い訳はしたくないからねぇ。ついでに、良ければ名前を教えちゃくれないかい?」

 女は背中の剣に手をかけ一気に引き抜いた。刃部分が光を反射し、輝く。
 
「......元近衛騎士団槍棒師範、リン」
「な、なに?」
「現近衛騎士団武芸指南役、リン」
「......くっくっく。そうかい。そういう事だったのかい。悪かったね、色々言っちまってさ。だけどもう少し付き合ってくれるんだろ? アタシをその気にさせてくれたんだからさぁ」
「ええ、つまらない偽物の近衛を見せたお詫びに、オーシン先生の『本物の近衛』をお見せします」
「全く。......嬉しいねぇ。遠く王都まで来た甲斐があったよ。アタシはカソー村のエイメイ。『黒豹』のエイメイだ! いくよ!」

 リンもライミーネも剣難の相の事などすっかり忘れ去っていた。
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