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翌日、シレンツィオ派のお茶会を開くことをクラスの令嬢達にも知らせて、ジュリ様はプリムラ様に放課後招待状のリストを一緒に作ろうと話していた。俺は選曲とコンスタンツェ嬢との練習、演奏を任せられたのでそちらはお任せすることになった。
ジュリ様は少し迷っていたようだがとりあえずカリーナ様には手伝いを頼まなかった。数日前にアルフレド様の連続お見合いが終了したのでまたシルシオン嬢が突撃してくるようになり、それを見るとカリーナ様はそそくさと退散してしまうので放課後に引き留めるのは気が引けたらしい。出来ればシルシオン嬢が来る前に隙を見てアルフレド様とお話をしてもらいたいというのもあるし。

そして放課後、すかさずシルシオン嬢とお友達が教室に来た。授業ちゃんと最後まで受けてんのかと思う程素早い。またかと顔を顰めたハイライン様、無表情ながら威嚇のオーラが出てるペルーシュ様、こころなしか眉を下げたアルフレド様。そしていつも通りカリーナ様は避けていってしまうかと――思いきや。
カリーナ様は神妙な顔をしてジュリ様を見た。
「……いつの間にか忘れてしまっていましたわ。入学前は、ジュリ様の素顔を直視出来るくらい強くなりたいと思っていたのに……。わたくし、決闘に挑むジュリ様に教えていただきました」
「え……?」
きょとんとしたジュリ様に、ぐっと拳を握って言う。
「乙女にも、勇敢であるべき時があるということをです。――――プリムラもよ!」
「えっ?」
プリムラ様は目を丸くしていたが、構わずにカリーナ様はずんずんとアルフレド様の前に来た。
「――――アルフレド様! 内密にお話したいことがあるのですがっ、よ、よろしくて?」
「! ……はい。私も、カリーナ様に聞いていただきたいことがあるのです」
眉をきゅっと吊り上げたカリーナ様と、口元を綻ばせたアルフレド様が見つめ合った。
視界の端でフォルトナ嬢達が(キタ――(゚∀゚) (゚∀゚) (゚∀゚)――!!)という顔をしている。盛り上がってんな。
「っ、わ、わたくしもご一緒させていただいても……?」
引き攣った笑みで果敢にシルシオン嬢がそう言う。カリーナ様は真剣な顔で向き合い、きっぱりと言う。
「ごめんなさいシルシオン様。今日は遠慮して頂戴」
「……、はい。失礼致しました」
ダメ元だったのだろう、すぐに引き下がった。シルシオン嬢とお友達は緊迫した空気を纏う。浮かれた雰囲気のクラスの令嬢達とは真逆の、重たい空気。
「アマデウス、同行してほしい」
「ジュリ様、御一緒していただいてもよろしくて?」
二人からそれぞれご指名いただいた俺とジュリ様は、ぱちりと一回目を合わせ、微笑み合った。

※※※

四人で中庭に移動する。少し離れたところで何も知らずにこっちに来そうになる生徒達をハイライン様とペルーシュ様が ただいま取り込み中! 迂回して! という感じでブロックしていた。交通整備員さん助かる。

付き添いに俺が指名されてハイライン様は不満じゃなかったかなと思ったが、後でペルーシュ様に訊いたら彼もそう考えていたらしく、同じことを訊いたらしい。しかしハイライン様は「まあ、臣下の前では気恥ずかしいこともあるだろうからな……」と少し不満げにしながらも理解を示していたそうだ。
ペルーシュ様は護衛騎士で内定、ハイライン様は側近としてほぼ内定しているので将来アルフレド様とは上司部下でずっと同じ職場にいる予定だ。だが俺は違う職場だしいずれ身分的にも並ぶ。求愛を見られるのはそういう相手の方が恥ずかしくない場合もあるだろうと。
――――いつの間にそんなに聞き分けの良い子になったんだハイライン様…… なんてちょっと失礼な感想を抱いてしまったのは秘密だ。人間は成長する生き物である。

二人が向かい合っている場から少し離れて審判みたいに俺とジュリ様が控えた。カリーナ様がさっきは上がっていた眉を八の字に下げて遠慮がちに言う。
「……何を自惚れている、と笑われやしないかと思うばかりに……つい逃げ回ってしまって、ごめんなさい。アルフレド様がわたくしに何か伝えたそうにしていることはわかっていましたのに」
アルフレド様の求愛チャレンジがなかなか上手くいかなかったのは、シルシオン嬢のアタックや間の悪さもあれど、一番はカリーナ様が逃げていたからだ。話を聞く気が無い人を捕まえるのは何気に難しい。
「いいえ、私の方こそ……カリーナ様に妙な噂が立った時もお力になれず、申し訳ない」
「そんなこと。あれに関する謝罪は不要ですわ。……それでですね! あ、あの……」
「カリーナ様、私に先に話をさせていただけませんか」
カリーナ様の方から告白されそうな雰囲気だったが、アルフレド様は遮った。期待する気持ちはあれど自分から言いたかったのだろう。

「……昔から、尊敬していたのです。まだあまり表に出ていらっしゃらなかったジュリエッタ様に、いつも進んでお声をかけていらっしゃって……他にも、場に不慣れな令嬢には積極的に声をかけていらっしゃった。親から言われて義務的に、ではないように見えましたし、学院で関わるうちに本当に親切なのだとわかりました。私は社交に関しては自分から動くことが不得手で……近寄ってくる者は身分の高い者に取り入ろうとしているのだと訝しんでばかりで、親しい者は多くありません。沢山の人と友情で繋がれる貴方を素晴らしいと思っていましたし、羨ましくもありました」
「こ、公爵家の御嫡男でいらっしゃいますもの、お付き合いする相手を選別するのは必要なご判断と思いますわ」
カリーナ様はストレートに褒められて動揺しつつも口をもにょもにょさせて嬉しそうにした。アルフレド様は至って真面目な顔で続ける。
「王女殿下の……事件の時に。泣きながらイリス嬢と殿下をお叱りになったでしょう」
「それは忘れてくださいませ……」
取り乱したのが恥ずかしいのか気まずそうに目を伏せた。つられて俺も股間テントを見られたことや童貞カミングアウトを思い出して恥ずかしくなった。切実に忘れてくれと願う。
「忘れられません。貴方の真心が露わになった瞬間でした。あの時、貴方が殿下を心配していたことに、自分達がこの後どう動くべきかということしか考えていなかった私は本当に驚いたのです。そして、その直前に手を振り払われたことに自分が殊の外傷付いていたことに気付きました」
「あ、ああー、あれは、大変失礼を……」
「いえ、良かったのです。はっきりしましたから。他の女性ならこんなに傷付かなかったと。……私は、見目は良くとも中身は大したことのない男ですが……貴方が幸福に暮らせるように、努力を惜しまないと誓います。貴方が隣にいてくだされば、私はきっと大事なことを見落とさずに生きていけると思うのです」
アルフレド様は徐に跪き、カリーナ様に手を差し出した。
「!? あ、アルフレド様……」
「カリーナ様。私の妻になっていただけませんか」

彼がそう言った後、計ったようなタイミングで風が強く吹いて葉と花弁が空に舞った。
二人の前髪が乱れて、祈るような少年の金色の眼と涙を浮かべて驚いている少女の黒い眼がはっきり見えた。
――――物語の一場面のような景色に見惚れてしまう。


「……大したことが無いなんて、思ったことはありませんわ。アルフレド様が出来得る限り正しくあろうと努めていらっしゃること、皆ちゃんとわかってますのよ」
目元の水滴を手で軽く拭ってから、彼女は笑って彼の手に手を重ねた。
「わたくしでよろしければ、宜しくお願い致しますっ!」



俺はほっと息を吐いて胸を撫で下ろした。ジュリ様も胸元でぎゅっと握っていた手を緩めたようだ。
朱を一滴落としたように頬を染めたアルフレド様が重ねた手を握ってゆっくり立ち上がる。
「……今日、帰宅したらすぐに婚約の申し込みをさせていただきます。それで……カリーナ様のお話というのは」
「え!? えっと……」
カリーナ様はもじもじして口ごもったが真っ直ぐな視線に根負けしたように口を開いた。
「……単純だと笑われても仕方ないのですが。アルフレド様が、わたくしを見て『黒が好き』と仰ってくださったのが、本当に嬉しくて……忘れられずに……期待せずにはおれず……こんな恋慕を抱えて他の方とお見合いするのは良くないと思い、アルフレド様が私との婚約をお考えならばそうと、違うならば違うとハッキリ言っていただこうと思ったのです……」
「お見合い? ……縁談があったのですか?」
「ええまあ、お見合いと言っても卒業までに決まらなければどうだろうか、という打診で、お相手も随分と年上だったのですが……おほほ」
「……」
侯爵が娘に話を通すくらいだからおそらくちゃんと資産のある相手ではあるんだろうけど、若い娘にとっては良い話とは言い難いやつだ。
カリーナ様は誤魔化すように笑ったがアルフレド様はスッと表情が冷えた。そしてカリーナ様をじっと見つめたと思うと握った手を持ち上げて、目を閉じて彼女の手の甲に唇を当てた。
ビビッと電撃を受けたように震えたカリーナ様と対照的に、顔を上げたアルフレド様はふわりと笑む。

「……先に貴方を捕まえることが出来て良かった。この手を振り払わずにいてくださって、感謝しています」
「ヒェ……ひゃい……」

愛おしそうな目を向けられて、カリーナ様は熟れた林檎のような顔で固まった。無理もない。マリアがこんなことしたらロールベル様なら失神してるぞ。
アルフレド様って結構天然でロマンチストかもしれん。破壊力がすごいのでカリーナ様の血管が切れやしないか真面目に心配になった。


――――そうだ。新譜の一枚はエルガーの『愛の挨拶』にしよう。
エルガーが後の妻となる婚約者に献呈した、ロマンチックな旋律と愛に溢れた一曲だ。


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