同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス

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第4話 触れた温もりが離れない夜

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その夜、部屋に戻った翔太は、ドアを閉めたあともしばらくその場から動けなかった。

背中に残る感触。
腕の中にあった体温。
紗夜の髪の香りが、まだすぐ近くにあるような錯覚。

ゆっくりと靴を脱ぎ、部屋に上がる。
静まり返ったワンルームの空気が、やけに現実的で、さっきまでの時間が夢みたいに感じられた。

ベッドに腰を下ろし、両手で顔を覆う。

「……やばいだろ、これ……」

胸の奥が、ずっとざわざわしている。
落ち着こうとしても、抱きしめた瞬間の感触が思い出されてしまう。

あの柔らかさ。
包み込むような温もり。
自分より少しだけ低い位置にあった、安心する重み。

ただのハグ。
それだけのはずなのに、体の奥がじんわりと熱を持っている。

(もっと……近づきたいって思ってる)

気づいてしまった自分の気持ちに、少しだけ戸惑う。
でも、それは嫌な感情じゃなかった。

好きな人に触れたいと思うこと。
もっと一緒にいたいと思うこと。
それはきっと、自然なことだ。

でも同時に、紗夜の優しい笑顔が浮かぶ。

あの人は、ただの“年上の女性”じゃない。
大切にしたい人だ。

軽い気持ちで踏み込んでいい相手じゃない。

だからこそ――

「ちゃんと誘わないとな……」

スマホを手に取る。
何度も画面を開いては閉じる。

紗夜の名前を見つめるだけで、心臓がうるさくなる。

(どう誘う……どう誘えばいい……)

食事?映画?
どれも悪くないけど、何か違う気がする。

紗夜が笑ってくれる場所。
並んで歩ける場所。
ゆっくり話せる場所。

頭の中で思い浮かんだのは、水族館だった。

暗い館内、静かな水の音、ゆっくり泳ぐ魚。
自然と距離が近くなるような空間。

(よし……これだ)

震える指でメッセージを打つ。

『こんばんは。今日は本当にありがとうございました
もしよかったら今度、一緒に水族館行きませんか?』

送信ボタンの前で指が止まる。

(断られたらどうする……?)

でも、それ以上に――

(会いたい)

思い切って、送信した。

画面に「送信済み」の表示が出た瞬間、
全身の血が一気に巡るような感覚がした。

ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

「……もう後戻りできないな」

でも、不思議と怖さよりも、胸の高鳴りのほうが大きかった。

その頃、水無瀬紗夜は、自室のソファに静かに座っていた。

部屋着のまま、背もたれに体を預け、ぼんやりと天井を見つめる。

リビングの灯りは落としてあって、部屋は柔らかな間接照明だけに包まれていた。
娘の部屋からは、かすかに物音がする。

それでも、紗夜の胸の中は妙に騒がしかった。

「……困ったわね……」

小さく呟く。

今日一日のことが、何度も頭の中で繰り返される。

カフェで向かい合って座ったときの、翔太の緊張した顔。
まっすぐで、隠しきれていない想い。
帰り道、腕の中でぎこちなく抱きしめてくれた温もり。

あのとき、自分は確かに――“女性”として抱きしめられていた。

「若すぎるのよ……あの子」

四十歳の自分と、大学生の彼。

釣り合わない。
常識的に考えれば、そうだ。

でも。

「……でも、あんなふうに見つめられたら……」

胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。

長い間、母親として生きてきた。
妻としての時間も、もう過去になった。

女として見られることなんて、ほとんどなかった。

それなのに今日、翔太の目は、まっすぐ自分を“女性”として見ていた。

その視線を思い出すだけで、胸の奥が静かに疼く。

ソファの上で少しだけ体を丸める。

(だめよ……相手は大学生……)

理性がそう言う。

でも、体は正直だった。
鼓動が、少しだけ速い。

亡くなった夫のことが、ふと頭をよぎる。

優しかった人。
安心できる腕。
でも、その記憶はもう、どこか遠い。

今、心に浮かぶのは翔太の顔。

「……私、どうしちゃったのかしら」

自分の胸元にそっと手を当てる。

そこにあるのは、後ろめたさよりも――
久しぶりに感じる、恋の熱。

そのとき、スマホが震えた。

画面に表示された名前を見た瞬間、
胸の奥が大きく跳ねる。

メッセージを開く。

『水族館行きませんか?』

思わず、小さく笑ってしまう。

大人ぶった誘いじゃない。
背伸びもしていない。
でも優しくて、まっすぐで、翔太らしい。

胸の奥の熱が、少しだけやわらぐ。

「……ほんと、ずるい子」

迷いは、消えたわけじゃない。
年齢差も、立場も、現実もある。

それでも。

会いたいと思ってしまう自分を、もう否定できなかった。

ゆっくりと指を動かす。

『こんばんは。こちらこそありがとう
水族館、素敵ね。ぜひ一緒に行きましょう』

送信してから、スマホを胸に抱きしめる。

そこには、不安よりも強い、
確かな期待の熱が残っていた。

「……もう、戻れないわね」

小さく呟きながら、紗夜はそっと目を閉じた。

翔太と並んで歩く未来を思い浮かべながら。
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