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第二部
ビビアンside⑯
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♢♢♢♢♢♢
二、三日で帰ってくるだろうとのお父様の言葉に安心して気楽に考えていた。
間違いだったとしても外聞が悪いので、邸の使用人達にも緘口令を敷き外部に漏れないように配慮している。
学園にも通い帰宅後、習慣化したお母様とのお茶会。そこで美容法や夫人の心得、社交術など様々な教示を受けていたのだけれど、三日を過ぎると話のトーンも落ちてくる。今までは適当に相槌を打っていたけれど、正直鬱陶しくて聞くのもイヤになっていたのよ。
わたくしよりも張り切って結婚準備に勤しんでいたのに、今は滞っている状態。ドレスの仮縫い待ちという理由で。やることは他にもあるのに。ただでさえ、招待客も多くて結婚式まで時間がないのに間に合うのかしら。心配になってしまったわ。決して結婚を望んでいるわけではないのに。
不思議なもので、いつもの日常が崩れると煩わしかったことがだんだん恋しくなってくる。
お母様の笑顔が減った。特に婚約してからは上機嫌で、笑顔を絶やさなかったのに。それでも、エマは帰ってくると確信していたからまだ耐えられた。
五日が過ぎた。邸の雰囲気が徐々に暗くなってきているような気がする。使用人達はいつものように働いているし、一見、活気がありそうで、どこかどんよりとしている。努めて明るく振る舞うようにしているけれど、みんな不安に感じているのかもしれない。
お父様に一度聞いてみたところ、守秘義務があるから捜査の進捗状況もわからないと当たり前の答え。わかってはいても、情報が入ってこないと悪い方へと考えが傾いてしまう。
もしも、共犯者だったら? どうなるの?
日が経つにつれて、ジリジリとした焦りが広がっていく。
あの時、浮かんだ想像がまた頭をもたげて心の中をよぎった。
大丈夫よ。あれは、夢物語よ。鵜呑みになんて、していないわよね……あれが、原因なんてあるはずないわ。エマがそんな愚かなことをするはずはないもの。
エマ。早く帰ってきて。
♢♢♢♢♢♢
十日経った頃。
「先程、呼び出しがあってね。お父様は登城しているわ」
学園から帰ってくるとお母様が玄関で待っていて、開口一番にわたくしに告げた。
今日はお父様はお休みだったのに呼び出されたのね。きっと、エマの件よね。
「もう少ししたら、エマを連れて帰ってくるわね。よかったわ」
久しぶりに見たお母様のにこやかな笑顔。
「ええ。わたくしも嬉しいですわ」
二人で微笑み合うと紅茶を飲んだ。美味しいと感じたのは久しぶり。一緒に出されたケーキが美味しそうに輝いて見える。ケーキに手を伸ばして頂くとこれまた美味しい。ケーキって甘かったのね。味覚を取り戻したわたくしはぺろりとケーキを平らげてしまった。
そんなわたくしを見てお母様が「子供みたいね」ってコロコロと笑っていた。
淑女らしからぬふるまいではあったけれど、叱られることはなかったわ。それよりも喜びが勝っていたから。
やっと、やっと。待って、待って、待っていたわ。あと少しで、エマに会えるのね。
サロンでお茶を飲みながら喜びで胸がいっぱいになった。
エマが帰ってくる。それだけしか頭になかった。信じて疑わなかった。それはお母様も同じだった。
これから、いつもの日常が始まるのよ。
わたくしも前向きに結婚について考えることを誓うわ。自分の結婚のことをお母様だけに任せては申し訳ないもの。それにこれからは教示もよく聞いて結婚後の参考にしなくてはいけないわね。
雲間から日が差したように目の前がパアと開けると、積極的に行動しようと意欲も湧いてくるわ。
今まで不幸だと嘆いていたことも幸せに思えて、お母様と談笑しているとお父様の帰宅を知らせる報が届いた。
「奥様、旦那様がお帰りになりました」
「ええ。すぐに行くわ」
席を立ったお母様と同時にわたくしもはやる気持ちを抑えきれずに席を立った。お母様と一緒にお父様とエマを迎えたいわ。
「お嬢様はあとでお呼びいたしますので、自室にてお待ちください」
ヨハンの冷静な声に冷や水を浴びたように固まった。わたくしはあとって、どうして?
「わたくしも行きたいわ。エマも帰ってきているんでしょう? わたくしのメイドよ。早く、会いたいわ」
お願いしてみたけれど、ヨハンは首を横に振って
「旦那様からは奥様だけだと伺っております。旦那様からお呼びがかかるまでお待ちください」
無情な返事が返ってきた。
「ビビアン、エマにはすぐに会えるわよ。楽しみは後に取っておくのも良いものよ」
お母様は気遣うようにわたくしに軽くハグするとヨハンとサロンを出て行った。
残されたわたくしは萎んだ気持ちを抱えて部屋に戻ると、ひたすら呼ばれるのを待った。
二、三日で帰ってくるだろうとのお父様の言葉に安心して気楽に考えていた。
間違いだったとしても外聞が悪いので、邸の使用人達にも緘口令を敷き外部に漏れないように配慮している。
学園にも通い帰宅後、習慣化したお母様とのお茶会。そこで美容法や夫人の心得、社交術など様々な教示を受けていたのだけれど、三日を過ぎると話のトーンも落ちてくる。今までは適当に相槌を打っていたけれど、正直鬱陶しくて聞くのもイヤになっていたのよ。
わたくしよりも張り切って結婚準備に勤しんでいたのに、今は滞っている状態。ドレスの仮縫い待ちという理由で。やることは他にもあるのに。ただでさえ、招待客も多くて結婚式まで時間がないのに間に合うのかしら。心配になってしまったわ。決して結婚を望んでいるわけではないのに。
不思議なもので、いつもの日常が崩れると煩わしかったことがだんだん恋しくなってくる。
お母様の笑顔が減った。特に婚約してからは上機嫌で、笑顔を絶やさなかったのに。それでも、エマは帰ってくると確信していたからまだ耐えられた。
五日が過ぎた。邸の雰囲気が徐々に暗くなってきているような気がする。使用人達はいつものように働いているし、一見、活気がありそうで、どこかどんよりとしている。努めて明るく振る舞うようにしているけれど、みんな不安に感じているのかもしれない。
お父様に一度聞いてみたところ、守秘義務があるから捜査の進捗状況もわからないと当たり前の答え。わかってはいても、情報が入ってこないと悪い方へと考えが傾いてしまう。
もしも、共犯者だったら? どうなるの?
日が経つにつれて、ジリジリとした焦りが広がっていく。
あの時、浮かんだ想像がまた頭をもたげて心の中をよぎった。
大丈夫よ。あれは、夢物語よ。鵜呑みになんて、していないわよね……あれが、原因なんてあるはずないわ。エマがそんな愚かなことをするはずはないもの。
エマ。早く帰ってきて。
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十日経った頃。
「先程、呼び出しがあってね。お父様は登城しているわ」
学園から帰ってくるとお母様が玄関で待っていて、開口一番にわたくしに告げた。
今日はお父様はお休みだったのに呼び出されたのね。きっと、エマの件よね。
「もう少ししたら、エマを連れて帰ってくるわね。よかったわ」
久しぶりに見たお母様のにこやかな笑顔。
「ええ。わたくしも嬉しいですわ」
二人で微笑み合うと紅茶を飲んだ。美味しいと感じたのは久しぶり。一緒に出されたケーキが美味しそうに輝いて見える。ケーキに手を伸ばして頂くとこれまた美味しい。ケーキって甘かったのね。味覚を取り戻したわたくしはぺろりとケーキを平らげてしまった。
そんなわたくしを見てお母様が「子供みたいね」ってコロコロと笑っていた。
淑女らしからぬふるまいではあったけれど、叱られることはなかったわ。それよりも喜びが勝っていたから。
やっと、やっと。待って、待って、待っていたわ。あと少しで、エマに会えるのね。
サロンでお茶を飲みながら喜びで胸がいっぱいになった。
エマが帰ってくる。それだけしか頭になかった。信じて疑わなかった。それはお母様も同じだった。
これから、いつもの日常が始まるのよ。
わたくしも前向きに結婚について考えることを誓うわ。自分の結婚のことをお母様だけに任せては申し訳ないもの。それにこれからは教示もよく聞いて結婚後の参考にしなくてはいけないわね。
雲間から日が差したように目の前がパアと開けると、積極的に行動しようと意欲も湧いてくるわ。
今まで不幸だと嘆いていたことも幸せに思えて、お母様と談笑しているとお父様の帰宅を知らせる報が届いた。
「奥様、旦那様がお帰りになりました」
「ええ。すぐに行くわ」
席を立ったお母様と同時にわたくしもはやる気持ちを抑えきれずに席を立った。お母様と一緒にお父様とエマを迎えたいわ。
「お嬢様はあとでお呼びいたしますので、自室にてお待ちください」
ヨハンの冷静な声に冷や水を浴びたように固まった。わたくしはあとって、どうして?
「わたくしも行きたいわ。エマも帰ってきているんでしょう? わたくしのメイドよ。早く、会いたいわ」
お願いしてみたけれど、ヨハンは首を横に振って
「旦那様からは奥様だけだと伺っております。旦那様からお呼びがかかるまでお待ちください」
無情な返事が返ってきた。
「ビビアン、エマにはすぐに会えるわよ。楽しみは後に取っておくのも良いものよ」
お母様は気遣うようにわたくしに軽くハグするとヨハンとサロンを出て行った。
残されたわたくしは萎んだ気持ちを抱えて部屋に戻ると、ひたすら呼ばれるのを待った。
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