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第二部
ビビアンside⑲
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「はい」
背中を丸めて小さく返事を返した。
気持ちが高揚していたとはいえ、よくこんな嘘がつけたものだと自分でも感心してしまう。少しでも現実から目を逸らしたくて、妄想の世界に入り込んでしまった。
「わしもな、エマの供述を聞き、レイニー殿下から、一つ一つ否定の言葉が出るたびに、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。我が娘がこれほどまで嘘をついていたことがな。それを何の疑いもなくメイドが信じる構図が空恐ろしくなったよ」
「……」
「ガーデンパーティーや西の宮での件もお相手はフローラ嬢だったと聞いた。結婚の件はようやくフローラ嬢に承諾してもらえたのだと殿下は嬉しそうに話して下さった。それと指輪の件は身に覚えのないことだとね。よくもまあ、恥知らずなことが言えたものだな。ありもしない嘘で塗り固めて、そなたは何もかも自分にすり替えてエマを信じ込ませていたのだな」
「信じ込ませるって、そんなつもりはありませんでしたわ。ただ、夢の世界に浸っていただけで、そうでもしなければわたくしの心が壊れそうだったのです。それに、エマには口外しないように言っておりました」
「だから、自分は悪くないと言い訳をするのか?」
「そういうわけでは……」
何をどういえば理解してくれるの?
「夢の世界に浸るか、物は言いようだな。そんなものは自分の勝手だが、他人を巻き込むときに真実を教えなかったのはどうしてなんだ。そなたが嘘だと自分が作り出した世界だと何故教えなかった」
「それは、だって、わたくしとエマの秘密だったからですわ。レイニー殿下の事は諦めていましたし、わたくしの結婚が決まった時点で終わったのです。彼女だってそれをわかっていたはずですわ」
必死に訴えるけれど、お父様の目は冷たくなってゆくばかり。
「それから、フローラ嬢にいじめられていたそうだな。教科書を破られたり突き飛ばされたり、権力を使って殿下との仲も邪魔されていたとも聞いた。これも初耳だったが、事実であれば由々しき事態。ブルーバーグ侯爵家に事実確認を行い場合によっては抗議と慰謝料も請求するが、いいのだな?」
さらに突きつけられる架空の事件。顔面蒼白になった。わたくしのついたいくつかの嘘が巡り巡って己に帰ってくる。こんなはずではなかったわ。結婚が決まるまでの間、ささやかな夢を見ていたかっただけなのに。
「い、いや……」
左右に首を振るだけで言葉にならない。お父様の容赦のなさと鋭い眼光にじりじりと崖っぷちに追いつめられていく感覚に手の平の脂汗で扇子がぬめっていった。お母様は沈黙を保ったまま、助けてくれない。
「心配しなくてもいい。そんなことはしない。いじめたのはビビアン、そなただとわかっている。証人がいるからな」
「いじめって?」
それこそ身に覚えがないわ。誰がそんなことを言ったの?
「心当たりはないのか? 随分と酷い言葉でフローラ嬢を詰っていたそうではないか。誹謗中傷を何度も繰り返してフローラ嬢をいじめていたと証言があるのだがな」
「誹謗中傷って、少し言葉は過ぎたかもしれませんけれど、間違ったことは言っていませんし、忠告めいたことは言ったかもしれませんが」
あれが誹謗中傷って、ちょっとした嫌味くらいではないの? 社交界だって嫌味や当てこすり、悪口なんて日常茶飯事でしょうに、わたくしだけが悪者になるのはおかしいわ。
「睨みつけたり脅したり、聞くに堪えない言葉を投げつける。それはいじめではないのか? 日頃からフローラ嬢を敵視していたそうだな」
「うっ……ううっ……」
同情のかけらもない冷ややかにたたみかける厳しい言葉にどうすることも出来ずに、涙がこぼれてしまった。お父様はわたくしの味方ではない。
「それにしても、レイニー殿下とフローラ嬢の事はいつから知っていたのだ?」
「……ユージーン殿下の祝賀会で……ぐ、偶然、お見掛けしてしまったのです」
レイニー殿下からのプロポーズを夢見て追いかけて行ったとは、とてもではないけれど言えない。
「そうか、そういうことか。わしも婚約の話が出るまで知らなかったのでな、不思議に思っていたのだ。やっと腑に落ちた。殿下と恋仲だと知ったそなたはずっとフローラ嬢に嫉妬していたんだな?」
嫉妬。そうよ、だって、レイニー殿下に愛されるフローラが羨ましくて妬ましくて、彼女に感情をぶつけることで憂さ晴らししていた。
そのことを思い出すと更に涙が溢れてきた。レイニー殿下に相応しくあろうと努力していた日々が無駄になってしまった口惜しさとともに。
背中を丸めて小さく返事を返した。
気持ちが高揚していたとはいえ、よくこんな嘘がつけたものだと自分でも感心してしまう。少しでも現実から目を逸らしたくて、妄想の世界に入り込んでしまった。
「わしもな、エマの供述を聞き、レイニー殿下から、一つ一つ否定の言葉が出るたびに、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。我が娘がこれほどまで嘘をついていたことがな。それを何の疑いもなくメイドが信じる構図が空恐ろしくなったよ」
「……」
「ガーデンパーティーや西の宮での件もお相手はフローラ嬢だったと聞いた。結婚の件はようやくフローラ嬢に承諾してもらえたのだと殿下は嬉しそうに話して下さった。それと指輪の件は身に覚えのないことだとね。よくもまあ、恥知らずなことが言えたものだな。ありもしない嘘で塗り固めて、そなたは何もかも自分にすり替えてエマを信じ込ませていたのだな」
「信じ込ませるって、そんなつもりはありませんでしたわ。ただ、夢の世界に浸っていただけで、そうでもしなければわたくしの心が壊れそうだったのです。それに、エマには口外しないように言っておりました」
「だから、自分は悪くないと言い訳をするのか?」
「そういうわけでは……」
何をどういえば理解してくれるの?
「夢の世界に浸るか、物は言いようだな。そんなものは自分の勝手だが、他人を巻き込むときに真実を教えなかったのはどうしてなんだ。そなたが嘘だと自分が作り出した世界だと何故教えなかった」
「それは、だって、わたくしとエマの秘密だったからですわ。レイニー殿下の事は諦めていましたし、わたくしの結婚が決まった時点で終わったのです。彼女だってそれをわかっていたはずですわ」
必死に訴えるけれど、お父様の目は冷たくなってゆくばかり。
「それから、フローラ嬢にいじめられていたそうだな。教科書を破られたり突き飛ばされたり、権力を使って殿下との仲も邪魔されていたとも聞いた。これも初耳だったが、事実であれば由々しき事態。ブルーバーグ侯爵家に事実確認を行い場合によっては抗議と慰謝料も請求するが、いいのだな?」
さらに突きつけられる架空の事件。顔面蒼白になった。わたくしのついたいくつかの嘘が巡り巡って己に帰ってくる。こんなはずではなかったわ。結婚が決まるまでの間、ささやかな夢を見ていたかっただけなのに。
「い、いや……」
左右に首を振るだけで言葉にならない。お父様の容赦のなさと鋭い眼光にじりじりと崖っぷちに追いつめられていく感覚に手の平の脂汗で扇子がぬめっていった。お母様は沈黙を保ったまま、助けてくれない。
「心配しなくてもいい。そんなことはしない。いじめたのはビビアン、そなただとわかっている。証人がいるからな」
「いじめって?」
それこそ身に覚えがないわ。誰がそんなことを言ったの?
「心当たりはないのか? 随分と酷い言葉でフローラ嬢を詰っていたそうではないか。誹謗中傷を何度も繰り返してフローラ嬢をいじめていたと証言があるのだがな」
「誹謗中傷って、少し言葉は過ぎたかもしれませんけれど、間違ったことは言っていませんし、忠告めいたことは言ったかもしれませんが」
あれが誹謗中傷って、ちょっとした嫌味くらいではないの? 社交界だって嫌味や当てこすり、悪口なんて日常茶飯事でしょうに、わたくしだけが悪者になるのはおかしいわ。
「睨みつけたり脅したり、聞くに堪えない言葉を投げつける。それはいじめではないのか? 日頃からフローラ嬢を敵視していたそうだな」
「うっ……ううっ……」
同情のかけらもない冷ややかにたたみかける厳しい言葉にどうすることも出来ずに、涙がこぼれてしまった。お父様はわたくしの味方ではない。
「それにしても、レイニー殿下とフローラ嬢の事はいつから知っていたのだ?」
「……ユージーン殿下の祝賀会で……ぐ、偶然、お見掛けしてしまったのです」
レイニー殿下からのプロポーズを夢見て追いかけて行ったとは、とてもではないけれど言えない。
「そうか、そういうことか。わしも婚約の話が出るまで知らなかったのでな、不思議に思っていたのだ。やっと腑に落ちた。殿下と恋仲だと知ったそなたはずっとフローラ嬢に嫉妬していたんだな?」
嫉妬。そうよ、だって、レイニー殿下に愛されるフローラが羨ましくて妬ましくて、彼女に感情をぶつけることで憂さ晴らししていた。
そのことを思い出すと更に涙が溢れてきた。レイニー殿下に相応しくあろうと努力していた日々が無駄になってしまった口惜しさとともに。
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