果実は甘露な香気を纏う

きさらぎ

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近しき訪問者 1

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「相変わらず、でかいな」

 大通りから外れ、レンガ造りの塀が続く細い道を振り返り、感心を通り越してあきれたような声で綴木泰雅つづきたいがは呟いた。
 切れ長の瞳と高い鼻梁、弧を描いた薄めの唇、整ってはいるが、どこかクールな印象を受ける顔立ちをしていた。

 やっと、門が見えた。
 赤茶色の前髪を掻き上げて、ホッと息をつく。
 消炭色けしずみいろの鉄の門は、来るものを拒むかのように高くそびえ立っていた。
 百八十センチ近い長身の泰雅だが、背伸びをしても、ジャンプをしても、高い塀と重厚な扉に閉ざされた屋敷の中を覗き見ることは出来ない。

 門の取っ手に手をかけて力を入れる。すると、ガラッガラァと重そうな鈍い音を立てて扉が開いた。中へ入り扉を閉める。
 ここのあるじは、ぱなしを嫌う。後閉めをしてこないと怒るのだ。
 門は電動式で家の中でも操作できるのだが、勝手に入ってくる罰だといって何度か走らされた。屋敷に着くまでも距離があるから往復したくない。

 勝手に入ってくるなといっても、門が開いてしまうのだから仕方ないと思うのだが……
 本来なら、主に連絡を取らなければ屋敷に入れないが、彼にとってはこれが当たり前になっている。

 幾種類もの樹木が立ち並ぶアプローチを抜けると、平屋の日本家屋が見えてきた。広大な敷地にはそぐわないこじんまりとした造り。
 以前の屋敷も本邸も知っている泰雅には小さく見える。 
 それでも一般の家屋から比べればかなりの広さで、使用している材質も最高級品だ。新築されてまだ十年にも満たない。まだ新しい色を保っている白木の引き戸を開ける。
 ここには本家の嫡男が住んでいた。

「羽琉矢。いるかー」

 気さくな調子で声をかけると、主を待たずにズカズカと家の中に入っていく。
 勝手知ったる体で真っ先にキッチンへと向かう。

「あれ? 鈴木すずきさんはいないのか」

 誰もいないキッチンを見渡しながら、通いの家政婦の名を口にする。時々訪れる泰雅は、すっかり顔なじみになっていた。

 キッチンに入ると、いつものようにコーヒーの準備をする。
 手動式のミルを取り出して豆を挽く。手間暇はかかるが、これだけは誰にも譲れない。泰雅の趣味でもあり、楽しみの一つでもあった。自分好みの豆も置いている。

 ガリガリと豆を挽いて、お湯を沸かし、粉になった豆をドリップする。
 コーヒーの薫香が燻らせた煙のように、部屋の中をたゆたう。湯気が立ち上りコポコポと緩やかな音を立てて、コーヒーがサーバーへと落ちていく。
 その様子を泰雅はゆったりと眺めていた。セピア色のまったりとした至福の時間が流れていく。この瞬間が好きだった。

 カップにつぎわける頃に、ガチャリとドアが開いた。
 ここの主、綴木羽琉矢つづきはるやが顔を出したのだ。
 いつもながらの絶妙なタイミング。
 泰雅は心の中でヒューと口笛を吹く。まるで時間を図っていたかのようだ。これは毎回のことで、早くても遅くてもこのタイミングは外さない。

 二人は従兄弟同士で年も近く、性質が似てるせいか仲が良かった。
 といっても、泰雅が一方的に押しかけているようなものだが、拒絶されたことは一度もないから、受け入れてもらっているのだろう。

 キッチンはダイニング兼用になっている。
 六人掛けのテーブルの所定の位置に和服姿の羽琉矢が座った。小さい頃から着慣れているせいか、その姿が落ち着くらしい。
 泰雅には着物は窮屈この上ない。長袖のTシャツの上に厚手のシャツ、ジーンズ姿だ。

 羽琉矢にコーヒーを差し出すと、泰雅も座った。
 まずは香りを楽しんで、それからコーヒーを一口飲んだ。今日もなかなかの出来、美味しい仕上がりだ。自分で満足するとカップを置いて、真向かいに座っている羽琉矢に目を向けた。

 アーモンド形の大きな瞳とすっとした鼻筋、赤みを少し付け足したような唇。卵形の曲線が優美な顔立ちを引き立てていた。
 二十四歳の成人男性であるが、顔はまだ十七、八歳、よくて二十歳そこそこにしか見えない。いわゆる童顔。
 泰雅は今年大学四年生。三歳年下だが、横に並ぶと泰雅の方が年上に見えた。

「この前、垣下かきしたさんに会ったけど、羽琉矢が来ないって心配していたぞ。今年に入ってから一度も顔を見ていないって、たまには行ってやれよ」

 コーヒーを飲んで一息ついた後、泰雅が非難めいた声で言った。
 本家の嫡男であっても、幼馴染みの気安さから言葉遣いはぞんざいだった。一族の中には彼の態度に眉を顰める者もいるが、当の羽琉矢は気にする様子もない。

 綴木財閥グループ。
 銀行をはじめ金融関連会社を中心に、多角的にいくつもの事業を傘下におさめる日本でも有数の企業体だ。

 綴木羽琉矢はその頂点に君臨する次期後継者だった。
 御曹司として本邸で使用人たちに傅かれ、会社でも後継者として敏腕をふるい、世界を飛び回っていてもおかしくはないはずなのだが、実際は別邸であるこの屋敷で一人、仕事をしていた。

「垣下に会ったの?」

 羽琉矢の言葉は丁寧だ。
 外見通りの優しげな語り口はずっと変わらない。事と次第によっては豹変することもあるが、それは滅多にあるものではない。

 社会に出ると童顔であることは不利になることも多い。子供だと侮って見られることもあるからだ。しかし、それも逆手にとれば武器となる。
 顔も言葉遣いも見るもの次第では、魅力的に映ることも充分にわかっていた。それを利用することも。外に出ればの話だが。

「ああ、近くを通ったから寄ったんだよ」

 泰雅は時々自社ビルに顔を出す。羽琉矢の元で仕事をすることは決まっているため、顔つなぎという意味合いもあった。

「ふーん。大袈裟だね。毎日のように声を聞かせているのに」

 羽琉矢の態度は素っ気ない。特に気にする風でもなく、コーヒーを口に運ぶ。
 その姿は、優雅そのものだった。

 

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