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誘いの果実Ⅳ
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驚いたように見開いた瞳が羽琉矢を見つめる。
屋敷に来るとしたら泰雅。家の者や会社関係の者でさえ、よほどのことでない限りこの家を訪れることはないというのに、突然の訪問者は見ず知らずの女性。
髪を無造作に後ろでまとめ、クリーム色のロングセーターにジーンズ、足元はスニーカー。とてもラフなスタイル。化粧っ気のない顔は、十代のようなあどけなさがある。女性というよりは少女といった方がふさわしい、素朴で純真な雰囲気を持っている結愛に見惚れた。
人がいる。男の人。
長いアプローチの石畳を歩いてくる間、誰にも会わなかったし、誰の気配もなかったから、まさか誰かいるなんて思わなかった。周りを木々に囲まれていたから山道でも歩いているような気になって、人が住んでいるということなどすっかり忘れていた。
香りの正体を知りたいがために、大胆にもどんどんと奥へと進んでいった先で、突然開けた視界の中に飛び込んできたのは男性だった。
さらさらと流れる水の音が聞こえる。水の流れを遠くに聞きながら、見つけたのは和服姿の男性だった。
着物? 年配の男性なら見かけたこともあるが、若い男性の着物姿は初めて見た。浅緑の着物に濃藍の帯、半襟はごく薄い青茅色。白い足袋に雪駄。
年齢は自分と同じくらいか、一つ、二つ上かもしれない。若いが着なれている風な堂にいった立ち姿。すらりとした体型に凛とした気品のある整った顔立ちに黒髪。似合う。新鮮な姿に結愛は見惚れていた。
「君は誰? どこから入ったの?」
先に我に返った羽琉矢が結愛に問う。
この広い敷地と林の中にでもいるような鬱蒼とした木立を見れば、普通の者なら二の足を踏む。まずは入ってこられない。それに用事もないのに他人の家に勝手に入る者はいないだろう。まさか泥棒でもあるまいし。
羽琉矢は結愛のそばまで来ると、顔を覗き込んだ。驚きのあまり硬直しているのをいいことに羽琉矢は結愛をじっと観察する。
黒目がちのまあるい目、緩やかなカーブを描いた眉、桃の花びらのようにふっくらとした唇。かわいい顔してる。割と好みかも。
すっぴんみたいだね。口紅はつけているみたいだけど。薄いピンク色の艶めいた唇に目がいった。自分を見つめる瞳には濁りがなくてその奥には輝きがあった。
大人になればいつかは失ってしまうかもしれない純粋な瞳が心の中に入り込んでくる。
顏から首筋へと視線を移した。しっとりとしているような瑞々しい綺麗な肌だ。小柄な体はすっぽりと腕の中におさまりそうだ。抱き心地も良さそう。
羽琉矢の目と思考はすでに、品定めをする補食者そのものだった。
「答えられないなら、不法侵入で警察を呼ぶよ」
いつまでも黙ったままの結愛に焦れて冗談のつもりで言ったのだが。
警察?!
羽琉矢の言葉に結愛は背筋が凍った。みるみるうちに顔が青ざめていく。人の家に勝手に入ってしまったのは結愛だ。香りに惹かれてなんて理由にはならないだろう。
「ごめんなさい。すぐに出ていきますから、警察は呼ばないでください。お願いします。お願いします」
頭を深々と下げると、必死に謝った。
昨日引っ越してきたばかりなのに、警察に引き渡されたらどうしよう。悪いことをしてるつもりなんてなかったのに、両親に心配をかける。どうしよう。警察には行きたくない、どうしたらいいの。頭の中をぐるぐると色んな思いが駆け巡る。
「すいません。許してください、絶対に二度と来ませんから。すぐに出ていきますから」
一気に早口で言うと結愛は身を翻して立ち去ろうとした。
「待って」
帰られたら困る。楽しみはこれからなのに。羽琉矢は慌てて引き留める。
「きゃっ」
結愛は走り出そうとした腕を掴まれた反動で、体のバランスが崩れて倒れそうになった。
転ぶことを覚悟した結愛はぎゅっと目を瞑った。が、体を地面に打ち付けることはなく背中を受けとめられた。羽琉矢が倒れてきた体をとっさに自身の胸に引き寄せたからだ。ふうっと結愛の耳元で息を吐く音が聞こえる。腰に腕を回されて、背中から抱きしめられている格好だった。
「ありがとうございます」
あのまま転んでいたら、背中を打ち付けていただろう。下は石畳み無事ではすまない。それを思うとぞっとするが、助けてもらえてよかった。
「あの、離してもらえませんか?」
転ぶ心配はなくなったから、すぐに開放してもらえると思っていたのだが、羽琉矢の腕は腰に回ったまま、さらに抱き寄せられて体が密着してしまった。背中に羽琉矢の温もりを感じる。
背中から抱きしめられるなんて初めてのことで、どうしていいのか分からない。ドキドキと鼓動が早まり、結愛の頬が赤く染まる。心臓が壊れそうだ。
「だめだよ。離したら逃げちゃうでしょ? せっかく捕まえたんだから。離さないよ」
その言葉に結愛の体が竦んだ。赤くなっていた顔が瞬時に青ざめる。
その様子を背後から感じた羽琉矢はくすっと笑った。警察に通報する気なんてさらさらない。反応を見たくてからかっただけだ。
突然飛び込んできた可愛い獲物。
どうやって捕獲しようか。
屋敷に来るとしたら泰雅。家の者や会社関係の者でさえ、よほどのことでない限りこの家を訪れることはないというのに、突然の訪問者は見ず知らずの女性。
髪を無造作に後ろでまとめ、クリーム色のロングセーターにジーンズ、足元はスニーカー。とてもラフなスタイル。化粧っ気のない顔は、十代のようなあどけなさがある。女性というよりは少女といった方がふさわしい、素朴で純真な雰囲気を持っている結愛に見惚れた。
人がいる。男の人。
長いアプローチの石畳を歩いてくる間、誰にも会わなかったし、誰の気配もなかったから、まさか誰かいるなんて思わなかった。周りを木々に囲まれていたから山道でも歩いているような気になって、人が住んでいるということなどすっかり忘れていた。
香りの正体を知りたいがために、大胆にもどんどんと奥へと進んでいった先で、突然開けた視界の中に飛び込んできたのは男性だった。
さらさらと流れる水の音が聞こえる。水の流れを遠くに聞きながら、見つけたのは和服姿の男性だった。
着物? 年配の男性なら見かけたこともあるが、若い男性の着物姿は初めて見た。浅緑の着物に濃藍の帯、半襟はごく薄い青茅色。白い足袋に雪駄。
年齢は自分と同じくらいか、一つ、二つ上かもしれない。若いが着なれている風な堂にいった立ち姿。すらりとした体型に凛とした気品のある整った顔立ちに黒髪。似合う。新鮮な姿に結愛は見惚れていた。
「君は誰? どこから入ったの?」
先に我に返った羽琉矢が結愛に問う。
この広い敷地と林の中にでもいるような鬱蒼とした木立を見れば、普通の者なら二の足を踏む。まずは入ってこられない。それに用事もないのに他人の家に勝手に入る者はいないだろう。まさか泥棒でもあるまいし。
羽琉矢は結愛のそばまで来ると、顔を覗き込んだ。驚きのあまり硬直しているのをいいことに羽琉矢は結愛をじっと観察する。
黒目がちのまあるい目、緩やかなカーブを描いた眉、桃の花びらのようにふっくらとした唇。かわいい顔してる。割と好みかも。
すっぴんみたいだね。口紅はつけているみたいだけど。薄いピンク色の艶めいた唇に目がいった。自分を見つめる瞳には濁りがなくてその奥には輝きがあった。
大人になればいつかは失ってしまうかもしれない純粋な瞳が心の中に入り込んでくる。
顏から首筋へと視線を移した。しっとりとしているような瑞々しい綺麗な肌だ。小柄な体はすっぽりと腕の中におさまりそうだ。抱き心地も良さそう。
羽琉矢の目と思考はすでに、品定めをする補食者そのものだった。
「答えられないなら、不法侵入で警察を呼ぶよ」
いつまでも黙ったままの結愛に焦れて冗談のつもりで言ったのだが。
警察?!
羽琉矢の言葉に結愛は背筋が凍った。みるみるうちに顔が青ざめていく。人の家に勝手に入ってしまったのは結愛だ。香りに惹かれてなんて理由にはならないだろう。
「ごめんなさい。すぐに出ていきますから、警察は呼ばないでください。お願いします。お願いします」
頭を深々と下げると、必死に謝った。
昨日引っ越してきたばかりなのに、警察に引き渡されたらどうしよう。悪いことをしてるつもりなんてなかったのに、両親に心配をかける。どうしよう。警察には行きたくない、どうしたらいいの。頭の中をぐるぐると色んな思いが駆け巡る。
「すいません。許してください、絶対に二度と来ませんから。すぐに出ていきますから」
一気に早口で言うと結愛は身を翻して立ち去ろうとした。
「待って」
帰られたら困る。楽しみはこれからなのに。羽琉矢は慌てて引き留める。
「きゃっ」
結愛は走り出そうとした腕を掴まれた反動で、体のバランスが崩れて倒れそうになった。
転ぶことを覚悟した結愛はぎゅっと目を瞑った。が、体を地面に打ち付けることはなく背中を受けとめられた。羽琉矢が倒れてきた体をとっさに自身の胸に引き寄せたからだ。ふうっと結愛の耳元で息を吐く音が聞こえる。腰に腕を回されて、背中から抱きしめられている格好だった。
「ありがとうございます」
あのまま転んでいたら、背中を打ち付けていただろう。下は石畳み無事ではすまない。それを思うとぞっとするが、助けてもらえてよかった。
「あの、離してもらえませんか?」
転ぶ心配はなくなったから、すぐに開放してもらえると思っていたのだが、羽琉矢の腕は腰に回ったまま、さらに抱き寄せられて体が密着してしまった。背中に羽琉矢の温もりを感じる。
背中から抱きしめられるなんて初めてのことで、どうしていいのか分からない。ドキドキと鼓動が早まり、結愛の頬が赤く染まる。心臓が壊れそうだ。
「だめだよ。離したら逃げちゃうでしょ? せっかく捕まえたんだから。離さないよ」
その言葉に結愛の体が竦んだ。赤くなっていた顔が瞬時に青ざめる。
その様子を背後から感じた羽琉矢はくすっと笑った。警察に通報する気なんてさらさらない。反応を見たくてからかっただけだ。
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