赤い湖

リューイチ

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2日目 眠れない夜に

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例の一件から数日、混乱も落ち着き、邸内は日常を取り戻していた。

「ふぅ...この書類はこれで完成だな」
時刻は夜の8時。専属執事としての業務を終えたカトレアは自室で大量のデスクワークに勤しんでいた。コーヒーを片手にタイプライターをカタカタ打ちながら、作業を進めていた。

「あ、あの!カトレア様!お嬢様が探しておりましたよ」
邸内のメイドであった。実はカトレアは邸内の執事・メイド内の立ち位置ではトップに当たる人間であり、それ故にお嬢様専属の執事をやっているのだが、今日のようにデスクワークに追われることも多々ある。

「あぁ、ありがとう。キリがついたらお嬢様の所に行くよ。お嬢様は今はどこにいるんだい?」
(何ィ!?探してるだとぉ!?今すぐ行きたい!!)
頭の中ではいつも通りの実力を発揮しつつ、アリエルスの場所を確認する。

「今は自室で遊んでおられます」

「わざわざありがとう。もう下がっていいよ」
ニコニコと笑顔を浮かべて部下に退室を命じた。メイドは一礼すると、足早に部屋を出た。

バタン。
扉を閉めてメイドが仕事に戻ろうとした時、そこにはもう1人のメイドがいた。

「あなたさっきカトレア様とお話したんでしょ!いいなぁ!羨ましいわぁ!」

...どうやらカトレアが様付けで呼ばれるのは立場的な問題ではなく、別にあるようだ。

「あぁ、今日も女性なのに男性用の燕尾服がとても似合っているし、仕事は何でもこなす!女性として憧れるわ~!」

カトレアはその美形と相まって男装がとても似合っている。そうした理由もあり、本人が知らずのうちに邸内の女性から圧倒的支持を得ていた。

「でもカトレア様はお嬢様に夢中。私たちとは仕事上での関係でしか無いのよねぇ...」

カトレアがアリエルスをそういう目で見ているのは周りには筒抜けであり、それに気づいていないのは本人とお嬢様、それにその両親のみであった。

「そうは言ってもあの2人死ぬほどお似合いなのよねぇ...お嬢様はカトレアを見つけ次第そっちに走って行っちゃうし...」

「はぁ...お嬢様が羨ましいわぁ...」

このメイドもまさか10歳足らずの少女に嫉妬する日が来るとは思ってもいなかっただろう。

「ぐぬぬぬぬ...」

一方カトレアは早くお嬢様を迎えるために、必死になって働いていた。

「クッソ~!!早く会いに行ってお嬢様と一緒に遊びたい!!」
嘆きながらも早く仕事を片付けるべく、黙々と手を動かしていた。しかし数分後、突然の来客があった。

コンコンコン。

「ん...こんな時間に誰だろう?」

そうしてドアの方に歩いていく。そうするとそこには珍しい人物がいた。

「ここがカトレアの部屋でよかったわよね?カトレア!私よ!アリエルスよ!」

とうとうカトレアを待ちきれなかったのか、お嬢様が降臨した。まだ職務中だが、カトレアがアリエルスの訪問を受け入れない理由などなかった。

「お嬢様でしたか。どうぞお入りください。鍵は開いております」

(まずい!訪問は嬉しいけど仕事が!仕事が進まんよアリエルス君!来てくれて嬉しいけど進まんよ!)

お嬢様が部屋にいるという幸福感と、構ってあげられない罪悪感に耐えられず仕事が進まなくなるのは確定している。しかしカトレアは頭で理解していたものの、それよりも早く手足がアリエルスを招き入れるために動いていた。

「やった!カトレア!入るわよー」
アリエルスは自分より何倍もある大きさの
ドアを開き、自分の専属の執事の部屋に入っていった。

「いらっしゃいませ。お嬢様。お部屋に迎えに行く事が出来ず申し訳ございません...いつの間にか日は落ちてしまっていたようです」

カトレアはお嬢様の入室を確認すると、アリエルスの後ろをついていき、自室に迎え入れた。

「仕方ないわ。あなた今日は忙しかったのでしょう?他のメイドに色々聞いたわ。でも今日は外が雨で退屈だったの。夜遅くの突然の訪問を許して頂戴」
部屋を進みながらカトレアに対して詫びを入れた。

(この子供とは思えない落ち着きっぷりが最っ高...うーん、100点中1億点!)

アリエルスを見た途端急に頭が弱くなるという悪い癖が抜けないカトレア。

「お嬢様が謝る事なんてないですよ。寧ろ退屈させてしまったのは自分です。せめておくつろぎ下さい」

そうは言っても実は部屋に人を招くことはほとんど無く、少し戸惑っている。

「そうですね...あまり楽しめる物は置いてないのですが......書斎にでも行きましょう。沢山の本が置いてありますので、気になるものも見つかるかと思いますよ」

相手がアリエルスという事もあり、何をしていいのか分からないため、とりあえず趣味である本が沢山ある書斎に向かう事にした。

「わぁ!とても大きいわね!これ全部あなたのものなの?」

そうして向かった先にてアリエルスを迎えたのは天井まで伸びる本棚。個室に置くには少し大き過ぎる気がする書斎に、ただただ驚くアリエルス。

「さぁお嬢様。気になる本を探してくださいね。私は先程の机で待っておりますので」

書斎はフルオープンで机から全域が見渡せる。お嬢様を見失うことも無い。お茶でも用意して机に戻ろうとした。しかしその瞬間にギュッと手を強く握られた。アリエルスによるものだった。傷が痛まないように、傷とは反対の手をしっかり握っていた。

「お、お嬢様...どうなさいましたか?」
(うわわわわわわわわ!?!?!?!?)

突然のアクションにカトレアは困惑を隠せなかった。

「あ...あなたのオススメは無いのかしら?カトレア」

「お、オススメですか...ちょっと待って下さいね」

(お、お、お嬢様のおてて柔けぇえええ!って!そうじゃない!よく考えろ!)

オススメ、と言われても5年のうちにアリエルスが本を読んでいる所はさほど見たところがないカトレアは正直困惑していた。

「お嬢様。では一緒に探しましょう。ここに横にスライドする階段がございます。気をつけて登ってくださいね」

アリエルスに注意を促すと、本を一緒に探すことにした。

(お嬢様って何を読むんだろうか...絵本とかか?いや、年齢的にもう読まないのか?あるっちゃあるんだが...)

カトレアは読むのも好きだが何よりも本を集めるのが大好きだったため、ジャンルを問わず買い集めていた。そのため書斎はまるで図書館のようになっていた。

「あら?カトレア!ストップ!あれは何かしら?」

アリエルスが指さす先には他の本より少し厚みのある白い表紙の本であった。

「これですね。タイトルは...んなっ!」

白百合の花園。つい最近発売されたばかりの本書は、今話題の作家達が集まり制作された、今で言うアンソロジーものであった。内容は...タイトルからお察し頂きたい。

(こんな過激な物お嬢様に読ませられるか!?よりによって何故これをチョイスしたんですかお嬢様!!!)

「どうしたのかしら?カトレア。私はそれが気になっているのだけれど」

勿論意味は分かっていない。純粋に気になっただけであった。

「あ、あぁ~お嬢様、これはあまり面白くないというか...楽しむには少し厳しい本ですよ」
なんとかはぐらかすように言うが好奇心旺盛なアリエルスには、逆効果であった。

「そう言われると逆に気になってくるわ。それにしましょう」

あぁ、ご主人様。このカトレアをどうかお許し下さい。神に許しを懇願する瞬間であった。

「そうですか...では机に向かいましょう」

「あ、カトレア。私は1人で読めるから貴方は仕事を進めてていいわよ」

私は隣で読んでいるから。と言わんばかりに椅子を用意して、カトレアに言った。

「わ、分かりました。本を変えたい時にはまたお申し付け下さいね」

(お嬢様の隣で仕事出来るのは素直に死ぬほど嬉しいけど、本の内容がどうしても不安だなぁ...)

紅茶をお嬢様のいる机に置いて、仕事を始めようとした。

カトレアは買った本には1度は目を通しているため、内容はある程度覚えている。白百合の花園は結構ハードな内容なものが多く、お嬢様によからぬ事を吹き込んでいるみたいで、罪悪感がとても大きかった。

───30分後───

「まぁ!これはすごい本ね!」

驚くのも無理はない。本の中では女性同士が昼夜問わず戦闘(意味深)に勤しんでいるのだ。アリエルスはしっかりしているもののまだ子供。やはり止めるべきだったのか。

「お嬢様、やはりその本は...」

そう言い出して、本を変えようとすると、アリエルスが止めに入る。

「違うのカトレア!中の女性達はとても幸せそうよ!私は参考にしようと思って...あっ...」

突然顔を赤らめてカトレアとは反対の方向に顔を向けた。

「お、お嬢様...今、何と...」

(参考にしようって言ったのか今!?本当だとしたらとんでもなくとんでもない事だぞ!?)

アリエルスの爆弾発言に対して顔を赤く染めて、困惑を隠せないカトレア。両者数秒固まった後、アリエルスが切り出した。

「とても面白い本だったわ...もう自分の部屋に戻るわね。」

赤い顔をそのままに、部屋に走って戻ろうとするアリエルス。

「お、お嬢様!お待ちください」

カトレアはアリエルスを何故か引き止めてしまった。アリエルスは振り向かず止まった。

「また、いらしてください。いつでもお待ちしております。おやすみなさい」

「...えぇ。おやすみ、カトレア」

二人はこうして1日の幕を閉じた。
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