聖女は復讐の為なら何でもします!

茜色 一凛

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プロローグ 勇者の断罪

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 ピンクダイヤは天井から吊るされたシャンデリアの光に照らされより輝いて見えた。そして盗人勇者は、はにかみながら私の顔を覗き込む。

「私と結婚していただけませんか?」

 有り得ない……。

 もし勇者様が何も知らない村娘にこんなシチュエーションで告白されたら、感極まりいとも容易く恋に落ちてしまうことだろう。

 最低な勇者の粗暴を知らぬ国王をはじめとする騎士や公爵は手を合わせ祝福しようとしていたのだ。

 ――残念ながらこの勇者はおとぎ話に出てくるような品行方正で慕われるような人では無い。詐欺師である。

 実は私は何年も前からこの日が来ることを首を長くして待っていた。詐欺の件だけで私が怒っている訳ではない。

 ふと頭に灰色の腕が過ぎる。

 実際その時がくると心臓はキューっと締め付けられる。胸に手を押し当てると、心臓の鼓動がドクンと激しく脈打ち気持ちが悪くなってくる。怖気付いたの? なにやってんのよ。

 しっかりしなさいメアリ!

 唾をごくりと飲み込むと拳を握りしめて思い切って口を開く。

「結婚なんてありえません!」

 風景が静止画になったかのように時が止まる。

 目を点にした勇者は、私の顔をマジマジと見てくる。どうやら何を言われているのか、さっぱり理解できていないようなので、さらに私は続けた。

「5年前私と出会った記憶はありますか? 故意にあなたは私の大切な猫をはねたんです。私は足の骨が折れた泥と血まみれの猫を抱えてあなたに助けてとお願いした時のことを覚えていらっしゃいますか?」

「幼い私に暴力を振るい『村娘と野良猫なんて俺にはカンケーない。世界平和の勇者様である俺は忙しいからな!』と痰を私に向かって吐き、その場から早々に立ち去ったのです。馬車には僧侶の方も見えましたが、その方は勇者とイチャつき、私達は無惨にも無視され置き去りにされました」

 私の発言に、彼は持っていた指輪をポトリと落とす。

「は!? 聖女様……何を仰られているのです?」

「それだけではありません。勇者は魔王討伐の道中、私だけでなく国民にも数々の非道をしたのです! このようなことが許されましょうか」

 私は前に一歩踏み出すと、力一杯勇者の頬にビンタをおみまいした。

 静まり返った謁見の間に乾いたビンタの音だけが甲高く響く。

 勇者の頬に紅葉マークが痛々しく浮かびあがり、彼は咄嗟に手で押さえる。そしてキョトンとしていたが、事の重大さを理解したのか頭を抱えその場に崩れ落ちた。

 恨めしそうに私を見てきた。自信満々の顔が一瞬にして戸惑いの表情へと変わっていく様。この姿。楽しみにしてたのに、何故か全く浮かばれない。

「そ、そんな……いや……私ではありません」

 国王をはじめ家臣たちは呆気に取られこの一部始終を見ていた。みんなから尊敬される勇者の醜態を聞かされ「ああ……」と口元を押さえる人もいる。

「ワシはいったい何をしてたのだ。勇者は魔王を倒したとはいえ旅の道中そのような事をしておったのか? わしの恩人でもある聖女様にも手を挙げたとは。それは真実なのか?」

 国王は椅子から立ち上がると、険しい顔になる。

 私はさらに問い詰める。

「この人は魔王を成敗した勇者ではありません。国民の手前、勇者パーティが倒したことにしてましたが魔王を討伐したのは私とその仲間です。それと、あちらに勇者の被害に遭われた方々も呼びました」

 そう、私にはやることがあった。着替えだけに時間を取られたのではなく、昨日騎士が報告に入ったあと、被害に遭われた方に城に来るようにと連絡を入れておいたのだ……。その辺は師匠に協力してもらい城下町で直ぐに集まったらしい。

 私が指す方。この部屋のドア付近には10名ほどの被害者がイキリ立っていた。

「あいつだ。私に偽物の薬を売りつけた詐欺勇者。ノコノコあらわれやがって、お前のおかげで嫁が腹を下して10日間も寝込むことになったんだぞ。どうしてくれるんだ」

「あの人、変態勇者です。干してた下着が盗まれて。しかも私のおばあちゃんのパンツなのに! 変態っ、あの人は変態です」

「酒場でお金をカツアゲされました。みんなを無料で守る勇者なんだから潔くサッサと出せと凄まれて……断れば勇者の剣で切りつけると言われました」

「見つけたわ。結婚詐欺師。将来幸せにするから宿屋に泊まろうと言われて、事が済むとそそくさとお金も払わずに逃げたの!」

 そして最後に、

「うちの家宝を盗んだ不届き者め! 返されたピンクダイヤは偽物だ」

 ハーデス公爵が、手に持つピンクダイヤを床のカーペットに投げつけた。

 みな一斉に声を上げて勇者を罵っている。鬱憤が爆発し今にも掴みかかってもおかしくないような状況となっていた。

 そんな様子を見ていた国王はついに堪忍袋の緒が切れた。

「この薄汚いドブネズミがっ! 勇者の悪い噂はこの王宮まで届いておったわ。全て噂だと自分自身に言い聞かせておったが、それはどうやらワシの見当違いだったようじゃな。一度、事情聴取を行い、法の裁きを受けてもらわねばならぬ!」

 眉間に深い縦皺を寄せた陛下は、騎士隊長に向けて右手をビュンと振り下ろす。このサインは死刑もしくは相当の罰が与えられるサインだ。それと同時に数名の騎士が、勇者を取り囲み押さえつけ紐で縛っていく。

「は? 俺が何をした。何かの間違いだろおおおお。離せ、離してくれえええええええ」

 勇者は騎士の手を振りほどこうとするが、もうどうすることも出来ない。私に振られ国民に罵られ意気消沈している所を、屈強な騎士たちに縄であっという間に縛りあげられてしまったからだ。そして足掻きながらもどこかへと連れていかれてしまった。

 私はその様子をただぼんやりと眺めていた。勇者の叫び声が聞こえなくなると、静かに瞼を閉じた。心臓の高鳴りが止まることはない。

 長かった。やっと終わったわ……。でも……何も戻ってこない。頬を涙だけが伝って床に落ちた。
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