聖女は復讐の為なら何でもします!

茜色 一凛

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プロローグ

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 ガタガタと揺れる馬車の中で、私は、石化した右手を握りしめていた。もう何も考えたくないのに涙が、頬を伝って流れる。

 時間がかかりすぎた。祖国のアップル王国を壊滅さた魔王を討伐するのに五年もかかってしまった。

 魔王城から馬車で、アップル王国へと帰還する道中。

 仲間の一人が、「お酒でも飲んで気持ちを紛らわせた方がいい」と言う。

 立ち寄った街で、強引に酒場に連れていかれた。

「間に合わなかったのは、私のせいなの」

「いや、違うだろ。まさか石化解除に制限時間があるなんて知らなかったんだから仕方ねえじゃねーか!」

 飲みすぎて目覚ると宿屋の天井が見えた。

 ふとテーブルに視線を移すと、石化した手と手紙がある。立ち上がってそれを両手で抱え込みその場で膝まづく。お酒がまだ残っているせいか、頭がフラフラする。何もかもが嫌になる。床の上に崩れ落ちるように、再び寝落ちした。

 起きたのは、窓からの日差しが強くなってたから昼過ぎ、宿屋の主人が心配になって起こしに来たので、そうでなければ夜中まで熟睡していたのかもしれない。仲間はお代を払ってくれたようで、私の荷物はテーブルの上に残してあった。書置きがあり、目を通す。

 ――メアリ、あなたのそんな顔を見るのが辛いの。この街で一度解散することにみんなで決めました。悪く思わないで。あなたにとっては、時だけが解決する術なのかもしれない。石化で砕けた人間を元通りにするのは不可能


 不可能の文字がぼやけている。泣きながら書いたのかな。勝手に、こんなとこに置いてくなんてとか思ったけど家まではここから馬車で1時間ぐらい。荷物を見るとお金も四等分された金額が袋に入っていた。

 見捨てられた? 違う。気遣ってくれたのだろう。

 馬車で一時間かけて故郷のトンカチ村へと向かう。

 田舎の馬車なのか、ボロボロの木製の車輪がぐらつく。

 実家に戻ると、かびとホコリの混じった匂いがした。五年も家を開ければこうなるのか。ドアと窓を開けて箒をかける。空も晴れていたので、洗濯物も干すことにした。

 嫌なことがあっても家に帰ればルーティーンのように身体が勝手に動いてくれるのは、いいことなのかもしれない。

 掃除が終わると外のベンチに腰かけ涼しい風にあたる。ぼんやりとしてたら。車輪の音が聞こえてきて、私は顔を上げる。

 目の前にライオンの装飾が施された荷台を運ぶ馬車が急停車し、杖をした老婆が軽やかに降りてきた。

「メアリ! 魔王討伐おめでとさんっ! どうせ、酒場で飲んでたんだろ。目が真っ赤じゃないか。どうしたんだよ! お酒弱いのによお。あんたにオレンジ持ってきたから、食べな!」

 師匠は、懐から自前の果物ナイフを取り出すとあっという間に剥き、私の口へとなげこむ。そして微笑みながら、こちらを見ている。

「何で……」

 さっきまで青空が広がっていたのに、雨がポツリと目の前に落ちると、雨雲が広がり暗くなってきた。

 何このタイミングの悪さ。

「師匠! 家に入ってください」

 洗濯物を慌てて取り込みにいく。

 大粒の雨が地面に落ちる音がした。私は、慌ててピンクの紐パンを掴む。これだけは、師匠に見られたくない。

 家の前方に広がるハイジ山からラッパの音と馬の蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。

 目が覚めるような深紅の鎧に身を包む騎士が、私にお辞儀をし、馬から降りてきた。

 そして大雨の中、鼓膜が破れるくらいの大声を出したのだ。

「聖女さまあああああ! 国王陛下の伝令がございますっ!」

 ――はっ! 頭イタッ! この騎士はいったい何なのよ!

「うっ……」

 オレンジを反射的に飲み込んでしまったので、喉につっかえそうになってしまった。気管支に入って一瞬涙ぐんだが、私はアップル王国のただ一人の聖女なのだから、見苦しい真似は出来ない。

 さっさと追い返したいけど国王陛下の伝令であれば無下にできない。

「こほっ、こほっ、騎士様。いったいこんな天気の悪い日に何事です」

「聖女様。誠に申し訳ありません。五年ぶりに勇者があの憎き魔王を討伐致したと報告がありまして。つきましては、聖女様には明日の十時までに、お城の謁見の間までお越し願えませんでしょうか。もちろん私がお迎えの馬車をご用意させていただきます」

 風が吹き、ピンクの紐パンをヒラヒラと揺らし回転させてしまう。こんなの履いてると知られたくない。咄嗟にそれを後ろ手にして隠した。

 雨はおさまりそうもない。もう洗濯物は諦めよう。騎士様。どうしてこんな緊急事態にやってくるの! もうっ、また明日洗濯するしかないじゃないの。全てが台無しになってしまった。

 そもそも魔王を撃破したのは私達、聖女パーティであった。でも、それでは王国の体裁が悪いから、私たちが倒したことは伏せ、この国の英雄、勇者パーティが倒したということにしておいた。 

 はあ、何やってんだろう。人に名誉を譲るとか。ふっと頭の中に灰色の右手が浮かぶと、同時に胸の中がつっかえ重いドス黒いものがぐるぐると胃のあたりを侵食する。

「こんな田舎町までご苦労様です。明日、お城に向かいますので、陛下によろしくお伝えくださいませ」
 
 国王陛下の使者は、私のピンクの紐パンが気になるのか視線が定まらない様子だった。

 騎士は、緩んだ顔を真顔に戻すと、私の前に跪き顔を上げる。

「明日、出立は朝の八時で宜しいでしょうか?」

「はい。お天気の良くない中、わざわざ申し訳ありません。お勤めご苦労様です」

 その言葉に騎士はパッと目を輝かせると、馬に再びまたがり、来た道を引き返していく。

 王様の開く儀式。いよいよね。私にはやるべきことがまだあるの。やり遂げないと。





 石化した冷たい手を抱きしめて眠りにつく。

 外から玄関のドアを叩く音で目が覚めた。

 お迎えの騎士には「聖女様どうされたのです? 勇者様に失礼では?」なんて嫌味を言われてしまった。

 ふう。あの勇者は魔王の手前、ずっとすくみあがり何も出来なかった。はぁ。

「ごめんなさい。私も勇者様が魔王討伐のお勤めを終えるのを心待ちにしてましたので、準備に手間取ってしまいました」

 と答えると、騎士はイライラも収まったようで、「いえ、私も楽しみで、気持ちが昂りすぎて申し訳ありません」と答え、黄色い豪華な装飾の施された馬車に乗せられてお城へと向かうこととなった。

 それから馬車に揺られてお城へと到着する。

 私はスカートの裾を上げて階段をバタバタと駆け上った。謁見の間へ飛び込むと、既に臣下や参列者が赤い絨毯の両側に並び、陛下は奥の玉座に悠然と腰かけていた。

「失礼します……」

 小声を出して、奥に座る国王陛下の傍。列の前方に席が用意されていたので、そこに座った。

 パイプオルガンの厳かな音色が部屋に響く。謁見の間にふさわしい音楽が奏でられていたが私の心は浮かばれない。

 席に着こうと皆の前を通り過ぎるが、貴族や騎士達の視線が痛いほど私に集中してくる。

「おお! 聖女様っ……。なんとお美しい!」

「こんな素敵な女性は、80年生きてきてお目にかかったことがございません。噂では仲間と旅をしながら、無料で国民を治療して回っていたとも聞きます。慈悲深い方だ」

「手をかざし、陛下の不治の病も治したらしいし、きっと女神様のご加護のある方に違いない」

 などと皆思い思いそれぞれ褒め言葉を口にしてくれる。

 この状況は、私が絶世の美女だから、チヤホヤされるわけでは無い。実は、『チャーム』という香水を洋服に振り撒いたせいだ。この香水は自分の魅力を何倍にも高める媚薬の効果がある。

 師匠が香水を振り過ぎたのだ。後悔している。陛下の御前、静粛にしなければいけないのに、彼らの褒め言葉が尽きない。ちょっとみんな静かにして頂戴……。

 さらに、衣装も派手すぎた。自分でなかなか服を選べなかったので、師匠が、太陽が山へ沈む中、わざわざ街へ行って服を買ってきてくれたのだ。

 ――それは、何の変哲もないワンピースのような透明ドレス。明るいところだとピンクの下着がうっすらと見えてしまう。これって国王陛下の前で大丈夫な衣装なの? 師匠は朝、ぐったりした私に無理やり着させて満足気な顔をしていたけど納得いかない。

 彼女は『国民を喜ばせること、神秘的な演出こそが、聖女には大切なことなのっ! 私が若い頃はお城へ行く時は、もっと肌を露出させたんだから』と、豊満な胸を揺らしながら、はしたない話を堂々とする。

 チャームの香水の効果で高貴に見せて誤魔化していたんだけど、騎士の中には、私を見てヨダレを垂らすものもいるのだから、正直気持ち悪くて寒気ボロが腕に出てくる。

 そんなことを考えていたら、緊張でガチガチの勇者が国王陛下の前で敬礼した。

「国王陛下! 報告いたします。魔王を殲滅し、無事帰還致しました!」

 いやに光沢のある白い鎧を身に纏う勇者が、陛下の前で膝まづく。そして横目でチラリと私を見て頬を仄かに染めた。

「勇者よ。大義じゃ! 国民が、魔王軍から身を隠しながら怯えて暮らしてきたが、これでようやく平和が訪れる。これもそなたのおかげだ。そこでだ、是非とも褒美を取らせたいと思うておる。遠慮せず何なりと申してみよ!」

 国王の言葉に、勇者は耳まで赤くして感極まり涙ぐんでいるように見えた。しばし沈黙が流れたが、勇者は思い切って口を開いた。

「陛下! 恐れながら。私にとって世界で一番大切なある方にお伝えしたいことがございますが、それでもよろしいでしょうか?」

 と、興奮しながら陛下に伝えた。

 その場に集まる皆は勇者の大切な人はいったい誰なのかとキョロキョロと探し始めている。

 ――でも、私は分かっていた。その女性は誰なのかを。

 国王は思わず胸に手を当てると、「おお……」と感極まった声を漏らし、それをお許しになった。

 そして勇者は赤いカーペットの上を歩くと、躊躇うことなく国王の側に並ぶ私の前まで来た。

 ――やっときたわ!
 
 勇者の柔らかい瞳が私を見つめる。私もそれに合わせてローブの裾を両手で少し持ち上げて微笑み返す。
 
 この日をどれほど待ち望んだことでしょう。本当に長かった。手が震えてくる。これが武者震い? あなたには最高のプロポーズになるのかもしれないわね。でもね、わかってるかしら。

 勇者はゴソゴソと胸の内ポケットから、リングケースを取り出すと中を開ける。そして大きなハート型のピンクダイヤの埋められた指輪を掴んだ。

 こいつ……ほんとなにやってんの。ハッキリ覚えている……。これはハーデス公爵家に代々継承される唯一無二のピンクダイヤモンド。私たちが領主の命を魔物から救った時に見せてもらった代物だ。

 私は勇者とは別に聖女パーティーを作り魔王討伐をしてた道中、したかなく勇者パーティーとも協力したことがあるのだ。

 あの時、勇者は『公爵家に代々受け継がれる貴重な家宝は頂く訳にはまいりません』と答えて受け取らなかったはずなのに、何でここにそのダイヤモンドがあるのよ……。

 まさか、勇者は偽物とすり替えた? ピンクダイヤは価値が高くて、えっ、リングにハーデス公爵のイニシャルのHが彫られている。
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