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プロローグ
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もはや手遅れなのかもしれない。私、メアリ キャミは、祖国であるアップル王国を壊滅に追いやった魔王を仲間と共に討ち滅ぼすのに五年もかかってしまった。
肩を落としながら王国の城下町に戻り、酒場で吐くまで飲んだあと仲間に介抱されながら、宿屋のベッドに転がるようにして眠りについた。そして名残惜しみながらも仲間とお別れをした。
そんな中、魔王討伐の噂を聞きつけた師匠が、私の家にお祝いを持って駆けつけてくれた。二日酔の頭に氷袋を擦り付けながら、眠たい目を擦り、オレンジを頬張っていると、ふと顔を上げて見た窓の外に小雨がぽつぽつと降っていた。
「嘘でしょ!」
まだ身体がフラフラするものの、慌てて洗濯物を取り込もうと外に飛び出した。
空は黒く、雨足は次第に早まる。私は匂いに敏感なので服が半乾きで臭くなるのが耐えられないから、足がもつれても関係なく急いだ。
すぐに一番のお気に入りのピンクの紐パンを掴むと、玄関を出てすぐ見えるハイジ山から馬の蹄の音が近づいてくる。
蹄の音はどんどん大きくなり、それは丁度、私の目の前で止まると、深紅の鎧に身を包む騎士が颯爽と馬から飛び降りた。
そして若い騎士が、私を一目見るなり大きく口を開いた。
「聖女さまあああああ! 国王陛下からの伝令です!」
――頭イタッ! この騎士は何がしたいの!
「うっ……」
イラッとして、声を出そうと咄嗟にオレンジを飲み込んだので、喉につっかえそうになる。気管支に入って涙ぐんだけど、私はアップル王国の名誉あるただ一人の聖女なのだから、情けない姿は見せたくないなんて変にプライドが邪魔して、なんでもないかのように見せてしまう。
何やってんだろ。
本当なら、この騎士が邪魔すぎるから呪文で記憶を消して追い返したい。もしくは喋れないように口封じの粉を打って静かにさせたいとこだけど、それはやめときましょう。
「こほっ、こほっ、騎士様。いったいこんな天気の悪い日に何事でしょう?」
「聖女様。誠に申し訳ありません。五年ぶりに王国にとって素晴らしい知らせがあり、興奮してしまったのです。あの憎き魔王が討伐されたのです。勇者様によって。つきましては、明日の十時までに、お忙しいとは存じますが、お城の謁見の間までお越し願えませんでしょうか。お迎えの馬車は私が責任をもってご用意させていただきます」
真面目な話の最中私の左手に持つ白いレースのピンクの紐パンは風に揺られ、ヒラヒラと回転していた。顔に血流が集まるのを感じ、咄嗟にそれを後ろ手にして隠す。
雨はどんどん強くなり、洗濯物は濡れてしまう。騎士様。どうしてこんな緊急事態にやってくるの! 早くしまいたいのに。もうっ、また明日洗濯するしかないじゃない。洗濯板で今朝吐きながら洗ってたのに。全て台無しになってしまった。
だいたい師匠以外の国中の誰も知らないけど、魔王を倒したのは私達、聖女パーティ。でも、分け合って私たちが倒したことは伏せて、勇者パーティが倒したことにしてある。
だいたい聖女は回復役のイメージが強くてよもや魔王を倒すなんて誰も思わないでしょ。それよりも国王陛下から選ばれし勇者パーティが倒した方が国民が納得するのは目に見えているからその方がいい。
はあ、私何やってんの。人に名誉を譲ったけど、胸の中で何か黒いものが渦巻いてしまう。
「こんな田舎町までご苦労様です。明日、お城に向かいますので、陛下によろしくお伝えくださいませ」
私はまたもやスマートに答えたつもり。その言葉に国王陛下の使者は、私のピンクの紐パンが気になるのか視線が定まっていない。
そんなに私の紐パンが気になるの? 王国の騎士と言えどもやはり男の子だもんね。と、思っていたけど、すぐに彼は真顔に戻った。
騎士は、ほっと胸を撫で下ろすと、私の前に跪き顔を上げる。
「明日、馬車でこちらまでお迎えにあがります。出立は朝の八時で宜しいでしょうか?」
「はい。お天気の良くない中、わざわざ申し訳ありません。お勤めご苦労様です」
騎士はパッと目を輝かせると、馬にまたがると来た道を引き返していく
勇者の報告の後は、パーティが開催されるはず。なぜなら、陛下はおめでたいことがあると、すぐにパーティを開催し、自分だけでなく周りの貴族をも楽しませるからだ。
――あ、ヤバっ。あれほど用意だけはしたのに。
お迎えの騎士には「聖女様、今日がどれほどこの国にとって大切な日なのかお分かりですか?」なんて嫌味を言われてしまったけれど、そんな些細なことは気にしていない。
思い出すとあの勇者は魔王の手前、ずっとすくみあがって、何も出来なかったじゃないの。はぁ、真実を大きな声でつたえたい。でもそんなことをしてしまったら。
「ごめんなさい。私も勇者様が魔王討伐のお勤めを終えるのを長いこと心待ちにしてましたので、準備に手間取ってしまいました」
と答えると、騎士はみるみるイライラも収まり、「いえ、私も楽しみで、気持ちが昂りすぎてしまい熱くなり申し訳ありません」と答え、白い豪華な装飾の施された馬車に乗せられてお城へと向かうこととなった。
スカートの裾を持って階段をバタバタと駆け上がる。急いで謁見の間へ入ると、既に臣下や参列者が赤い絨毯の両側に並び、陛下は奥の玉座に悠然と腰かけていた。
「あ、ヤバっ……」
つい小声が漏れる。私は聖女なので、緊張しつつ奥に座る国王陛下の傍。列の前の方に席が用意されていたので、そこに座った。
神聖で厳かなパイプオルガンの音色が響く。謁見の間にふさわしい音楽が奏でられていた。
席に着こうと皆の前を通り過ぎるが、貴族や騎士達の視線が痛いほど私に集中してくる。
「おお! 聖女様っ……。なんとお美しい方なのかっ」
「こんな素敵な女性は、80年生きてきてお目にかかったことがございません。噂では仲間と旅をしながら、無料で国民を治療して回っていたとも聞きます。慈悲深い方を一目見れてこれほど幸せなことはござらぬ」
「手をかざし、陛下の不治の病も治したらしいし、きっと女神様のご加護のある方なのだろう」
などと皆思い思いそれぞれ褒め言葉を口にしてくれるのがなんともこそばゆくて恥ずかしい。
残念ながらそれは私が絶世の美女だから、こんなチヤホヤされるような状況になっているわけでは無い。実は、『チャーム』という香水を洋服に振り撒いたせいだ。この香水は自分の魅力を何倍にも高める効果がある。
香水を振り過ぎたと後悔している。陛下の御前、静粛にしなければいけないのに、彼らの褒め言葉が尽きることがない。ちょっとみんな静かにして頂戴……違う私がやりすぎたんだ。
さらに、衣装も派手すぎた。自分でなかなか服を選べなかったので、師匠が、太陽が山へ沈む中、わざわざ今日のために街へ行って服を買ってきてくれたのだ。けれどもその服に問題があり、着るかどうかで今朝まで迷っていた。
――それは、何の変哲もないワンピースのような透明ローブ。明るいところだとピンクの下着がうっすらと見えてしまうことだった。これって国王陛下の前で大丈夫なものなの? 師匠は満足気な顔をしてるけどなんか納得いかない。
彼女は『国民を喜ばせること、神秘的な演出こそが、聖女には大切なことなのっ! 私が若い頃はお城へ行く時は、もっと肌を露出させていたわ!』と、自信満々にはしたない話を堂々とした態度で語られて思わず私は目を丸くしてしまう。
申し訳ないけど、謁見の間には陛下を初め騎士や公爵など高貴な家柄の男性が多くて、目のやり場に困るんじゃないの?
なので、チャームの香水の効果で高貴に見せて誤魔化していたんだけど、騎士の中には、私を見てヨダレを垂らすものもいるのだから、やっぱり間違っていたと後悔し始めている。
そんなことを考えていたら、緊張でガチガチの勇者が国王陛下の前で敬礼している。
「国王陛下! 報告いたします。魔王を殲滅し、無事帰還致しました!」
真新しい白い鎧を身に纏う勇者が、陛下の前ですっと、片膝を曲げて膝まづく。そして横目で国中から聖女と崇められる私をチラリと見て頬を仄かに染めた。
「勇者よ。よくやってくれた。長きに渡り国民が、魔王から身を隠しながら怯えて暮らしてきたが、これでようやく平和が訪れることになる。そこでだ、是非とも褒美を取らせたい。もし望みがあるのならば、遠慮せずともよい。何なりと申せ!」
国王の言葉に、勇者は感極まり涙ぐんでいる。しばし沈黙が流れたが、勇者は思い切って口を開いた。
「陛下! 褒美など恐れ多いことでございます。もしお許し頂けるのならば、私にとって世界で一番大切なある方にお伝えたいことがございますが、それでもよろしいでしょうか?」
と、興奮しながら陛下に伝えた。
その場に集まる皆は勇者の大切な人はいったい誰なのかと探し始めている。
――でも、私は知っていた。その女性はだれなのか。
そして、思わず胸に手を当てた国王は、「おお……」と感極まった声を漏らすと、笑顔でそれをお許しになった。
勇者は赤いカーペットの上を歩くと、躊躇うことなく国王の側に並ぶ私の前まで来た。
――いよいよだわ!
勇者は穏やかな目で私の瞳をじっと見つめる。私もそれに合わせてローブの裾を両手で少し持ち上げると微笑み返す。
この日をどれほど待ち望んだことでしょう。本当に長かった。手が震えて止まらない。私にとって最高のプロポーズ。それがまさか王宮で祝福されることになるなんて夢にも思わなかったけど。
勇者は胸の内ポケットから、リングケースを出すと開き、手に取ると大きなハート型のピンクダイヤの指輪が眩しい光を放っていた。
ハッキリ覚えている……。ハーデス公爵家に代々継承される唯一無二のピンクダイヤモンド。私たちが領主の命を魔物から救った時に見せてもらったのだ。
私たちと言ったのは、もちろん勇者とも面識がある。私も聖女パーティーを作り魔王討伐の道中、したかなく勇者パーティーとも協力したことがある。あの時、勇者は『こんな身内で代々受け継がれるような貴重な家宝は頂く訳にはまいりません』と言って公爵から受け取らなかったはずなのに、何でここにそのダイヤモンドがあるのよ……。
まさか、勇者は偽物とすり替えたんじゃないの? ピンクダイヤは価値が高くて、えっ、リングにハーデス公爵のイニシャルのHが彫られている! さては勇者、盗ったな……そんなもので告白しないでよ!
肩を落としながら王国の城下町に戻り、酒場で吐くまで飲んだあと仲間に介抱されながら、宿屋のベッドに転がるようにして眠りについた。そして名残惜しみながらも仲間とお別れをした。
そんな中、魔王討伐の噂を聞きつけた師匠が、私の家にお祝いを持って駆けつけてくれた。二日酔の頭に氷袋を擦り付けながら、眠たい目を擦り、オレンジを頬張っていると、ふと顔を上げて見た窓の外に小雨がぽつぽつと降っていた。
「嘘でしょ!」
まだ身体がフラフラするものの、慌てて洗濯物を取り込もうと外に飛び出した。
空は黒く、雨足は次第に早まる。私は匂いに敏感なので服が半乾きで臭くなるのが耐えられないから、足がもつれても関係なく急いだ。
すぐに一番のお気に入りのピンクの紐パンを掴むと、玄関を出てすぐ見えるハイジ山から馬の蹄の音が近づいてくる。
蹄の音はどんどん大きくなり、それは丁度、私の目の前で止まると、深紅の鎧に身を包む騎士が颯爽と馬から飛び降りた。
そして若い騎士が、私を一目見るなり大きく口を開いた。
「聖女さまあああああ! 国王陛下からの伝令です!」
――頭イタッ! この騎士は何がしたいの!
「うっ……」
イラッとして、声を出そうと咄嗟にオレンジを飲み込んだので、喉につっかえそうになる。気管支に入って涙ぐんだけど、私はアップル王国の名誉あるただ一人の聖女なのだから、情けない姿は見せたくないなんて変にプライドが邪魔して、なんでもないかのように見せてしまう。
何やってんだろ。
本当なら、この騎士が邪魔すぎるから呪文で記憶を消して追い返したい。もしくは喋れないように口封じの粉を打って静かにさせたいとこだけど、それはやめときましょう。
「こほっ、こほっ、騎士様。いったいこんな天気の悪い日に何事でしょう?」
「聖女様。誠に申し訳ありません。五年ぶりに王国にとって素晴らしい知らせがあり、興奮してしまったのです。あの憎き魔王が討伐されたのです。勇者様によって。つきましては、明日の十時までに、お忙しいとは存じますが、お城の謁見の間までお越し願えませんでしょうか。お迎えの馬車は私が責任をもってご用意させていただきます」
真面目な話の最中私の左手に持つ白いレースのピンクの紐パンは風に揺られ、ヒラヒラと回転していた。顔に血流が集まるのを感じ、咄嗟にそれを後ろ手にして隠す。
雨はどんどん強くなり、洗濯物は濡れてしまう。騎士様。どうしてこんな緊急事態にやってくるの! 早くしまいたいのに。もうっ、また明日洗濯するしかないじゃない。洗濯板で今朝吐きながら洗ってたのに。全て台無しになってしまった。
だいたい師匠以外の国中の誰も知らないけど、魔王を倒したのは私達、聖女パーティ。でも、分け合って私たちが倒したことは伏せて、勇者パーティが倒したことにしてある。
だいたい聖女は回復役のイメージが強くてよもや魔王を倒すなんて誰も思わないでしょ。それよりも国王陛下から選ばれし勇者パーティが倒した方が国民が納得するのは目に見えているからその方がいい。
はあ、私何やってんの。人に名誉を譲ったけど、胸の中で何か黒いものが渦巻いてしまう。
「こんな田舎町までご苦労様です。明日、お城に向かいますので、陛下によろしくお伝えくださいませ」
私はまたもやスマートに答えたつもり。その言葉に国王陛下の使者は、私のピンクの紐パンが気になるのか視線が定まっていない。
そんなに私の紐パンが気になるの? 王国の騎士と言えどもやはり男の子だもんね。と、思っていたけど、すぐに彼は真顔に戻った。
騎士は、ほっと胸を撫で下ろすと、私の前に跪き顔を上げる。
「明日、馬車でこちらまでお迎えにあがります。出立は朝の八時で宜しいでしょうか?」
「はい。お天気の良くない中、わざわざ申し訳ありません。お勤めご苦労様です」
騎士はパッと目を輝かせると、馬にまたがると来た道を引き返していく
勇者の報告の後は、パーティが開催されるはず。なぜなら、陛下はおめでたいことがあると、すぐにパーティを開催し、自分だけでなく周りの貴族をも楽しませるからだ。
――あ、ヤバっ。あれほど用意だけはしたのに。
お迎えの騎士には「聖女様、今日がどれほどこの国にとって大切な日なのかお分かりですか?」なんて嫌味を言われてしまったけれど、そんな些細なことは気にしていない。
思い出すとあの勇者は魔王の手前、ずっとすくみあがって、何も出来なかったじゃないの。はぁ、真実を大きな声でつたえたい。でもそんなことをしてしまったら。
「ごめんなさい。私も勇者様が魔王討伐のお勤めを終えるのを長いこと心待ちにしてましたので、準備に手間取ってしまいました」
と答えると、騎士はみるみるイライラも収まり、「いえ、私も楽しみで、気持ちが昂りすぎてしまい熱くなり申し訳ありません」と答え、白い豪華な装飾の施された馬車に乗せられてお城へと向かうこととなった。
スカートの裾を持って階段をバタバタと駆け上がる。急いで謁見の間へ入ると、既に臣下や参列者が赤い絨毯の両側に並び、陛下は奥の玉座に悠然と腰かけていた。
「あ、ヤバっ……」
つい小声が漏れる。私は聖女なので、緊張しつつ奥に座る国王陛下の傍。列の前の方に席が用意されていたので、そこに座った。
神聖で厳かなパイプオルガンの音色が響く。謁見の間にふさわしい音楽が奏でられていた。
席に着こうと皆の前を通り過ぎるが、貴族や騎士達の視線が痛いほど私に集中してくる。
「おお! 聖女様っ……。なんとお美しい方なのかっ」
「こんな素敵な女性は、80年生きてきてお目にかかったことがございません。噂では仲間と旅をしながら、無料で国民を治療して回っていたとも聞きます。慈悲深い方を一目見れてこれほど幸せなことはござらぬ」
「手をかざし、陛下の不治の病も治したらしいし、きっと女神様のご加護のある方なのだろう」
などと皆思い思いそれぞれ褒め言葉を口にしてくれるのがなんともこそばゆくて恥ずかしい。
残念ながらそれは私が絶世の美女だから、こんなチヤホヤされるような状況になっているわけでは無い。実は、『チャーム』という香水を洋服に振り撒いたせいだ。この香水は自分の魅力を何倍にも高める効果がある。
香水を振り過ぎたと後悔している。陛下の御前、静粛にしなければいけないのに、彼らの褒め言葉が尽きることがない。ちょっとみんな静かにして頂戴……違う私がやりすぎたんだ。
さらに、衣装も派手すぎた。自分でなかなか服を選べなかったので、師匠が、太陽が山へ沈む中、わざわざ今日のために街へ行って服を買ってきてくれたのだ。けれどもその服に問題があり、着るかどうかで今朝まで迷っていた。
――それは、何の変哲もないワンピースのような透明ローブ。明るいところだとピンクの下着がうっすらと見えてしまうことだった。これって国王陛下の前で大丈夫なものなの? 師匠は満足気な顔をしてるけどなんか納得いかない。
彼女は『国民を喜ばせること、神秘的な演出こそが、聖女には大切なことなのっ! 私が若い頃はお城へ行く時は、もっと肌を露出させていたわ!』と、自信満々にはしたない話を堂々とした態度で語られて思わず私は目を丸くしてしまう。
申し訳ないけど、謁見の間には陛下を初め騎士や公爵など高貴な家柄の男性が多くて、目のやり場に困るんじゃないの?
なので、チャームの香水の効果で高貴に見せて誤魔化していたんだけど、騎士の中には、私を見てヨダレを垂らすものもいるのだから、やっぱり間違っていたと後悔し始めている。
そんなことを考えていたら、緊張でガチガチの勇者が国王陛下の前で敬礼している。
「国王陛下! 報告いたします。魔王を殲滅し、無事帰還致しました!」
真新しい白い鎧を身に纏う勇者が、陛下の前ですっと、片膝を曲げて膝まづく。そして横目で国中から聖女と崇められる私をチラリと見て頬を仄かに染めた。
「勇者よ。よくやってくれた。長きに渡り国民が、魔王から身を隠しながら怯えて暮らしてきたが、これでようやく平和が訪れることになる。そこでだ、是非とも褒美を取らせたい。もし望みがあるのならば、遠慮せずともよい。何なりと申せ!」
国王の言葉に、勇者は感極まり涙ぐんでいる。しばし沈黙が流れたが、勇者は思い切って口を開いた。
「陛下! 褒美など恐れ多いことでございます。もしお許し頂けるのならば、私にとって世界で一番大切なある方にお伝えたいことがございますが、それでもよろしいでしょうか?」
と、興奮しながら陛下に伝えた。
その場に集まる皆は勇者の大切な人はいったい誰なのかと探し始めている。
――でも、私は知っていた。その女性はだれなのか。
そして、思わず胸に手を当てた国王は、「おお……」と感極まった声を漏らすと、笑顔でそれをお許しになった。
勇者は赤いカーペットの上を歩くと、躊躇うことなく国王の側に並ぶ私の前まで来た。
――いよいよだわ!
勇者は穏やかな目で私の瞳をじっと見つめる。私もそれに合わせてローブの裾を両手で少し持ち上げると微笑み返す。
この日をどれほど待ち望んだことでしょう。本当に長かった。手が震えて止まらない。私にとって最高のプロポーズ。それがまさか王宮で祝福されることになるなんて夢にも思わなかったけど。
勇者は胸の内ポケットから、リングケースを出すと開き、手に取ると大きなハート型のピンクダイヤの指輪が眩しい光を放っていた。
ハッキリ覚えている……。ハーデス公爵家に代々継承される唯一無二のピンクダイヤモンド。私たちが領主の命を魔物から救った時に見せてもらったのだ。
私たちと言ったのは、もちろん勇者とも面識がある。私も聖女パーティーを作り魔王討伐の道中、したかなく勇者パーティーとも協力したことがある。あの時、勇者は『こんな身内で代々受け継がれるような貴重な家宝は頂く訳にはまいりません』と言って公爵から受け取らなかったはずなのに、何でここにそのダイヤモンドがあるのよ……。
まさか、勇者は偽物とすり替えたんじゃないの? ピンクダイヤは価値が高くて、えっ、リングにハーデス公爵のイニシャルのHが彫られている! さては勇者、盗ったな……そんなもので告白しないでよ!
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