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一話

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――騎士隊長の視点――

「陛下っ! 早くお逃げ下さい! 魔王軍の攻撃が激しく今にも城が陥落しそうです。城内の騎士も僅かしか残されておりません」

 魔物に腕を刺された俺、騎士隊長レオンが、王に向かって進言する。

「国民を置いて逃げることなどできるか!」

 陛下はその言葉を聞き入れようとはしなかった。さすがこの国の王だ。俺は感銘を受けた。

 そんな中、王妃が息を切らし、ドレスの裾を掴みながらこちらに向かってくる。こんな時なのに王妃の容姿が可愛くて私は頬を赤くしてしまう。いかんいかん。

「あなたっ、早く逃げてください! あなたにもしものことがあれば、私はどうしたらいいのでしょう? 旦那のいない未亡人が、この荒れ果てた地で生きていけますか? もうっ、この薬を飲んで落ち着いてください」

 陛下は王妃の心配そうな顔を見て逆に落ち着きを取り戻したようだった。

「王妃。そなたこそ落ち着きなさい。まあ、せっかく用意してくれたのだから飲むとしよう」

 銀のカップを受け取ると、王妃の言葉に従い、口をつけた。

「ふう……白湯か。ワシは胃が弱いから落ち着く……。なにやら少し眠気が……ぐぅ」

「ふふっ、睡眠薬が効いたみたいね。隊長、あとは分かってる? こうでもしないと城に残って最後は魔物に殺されかねないの。陛下を隣国へ逃がしてさしあげて、その間に、私は城に残り逃げる時間を稼ぐわ!」

 俺は、頭が真っ白になった。自分の頭を拳骨で叩くと。

「シャルロット王妃……。私はあなた様を死なせたくありません。あなたが残ると言うのなら私も最後まで残ってこの剣を振りましょう」

「バ、バカっ。何言ってんの! 私がなんのためにあの一癖も二癖もある頑固者と結婚したと? それは、あなたを隊長の地位に就かせるためでしょ。レオンが死んだら私の今までの努力は水の泡になってしまうじゃないの。私はあなたのために……。しかもあの人、何人もの愛人と浮気をして隠し子まで作っていたのよ……」

 王妃は言葉を詰まらせ、小刻みに身体が震えている。俺はそんな王妃の肩を抱いた。そして、頭を抱き寄せそっと撫でた。ヒドイっ! なんということだろう。私がもう少ししっかりしていればこんな惨めな思いをさせずにすんだものを。

 この謁見の間には、グッスリと睡眠薬で寝ている王と、王妃、私の三人だけで、他の騎士はこの部屋の外で魔物と戦闘中であり、邪魔は入ることも無い。

 もしこんなことを誰かに聞かれていたとしたら、王妃や私はタダでは済まされないだろう。

「シャルロットっ、一緒に逃げないか? 私がこの歳まで誰とも結婚しないのはそなたが心の中にずっと居たからなんだ。生き残れるか分からないから伝えたい。俺は君を幼い頃からずっと愛している」

 王妃は頬を赤く染めて少女のような表情になる。まるで子供の頃に一緒に遊んでいたあの時の顔と重なって見えた。俺はあの頃からずっとシャルロットだけを幸せにしたかったんだ。そうこの笑顔さえあれば、地位も名誉もお金さえ何も要らなかった。

「分かったわ。あなたさえいてくれたら何もいらない。それに緊急時なのだから、何が起こってもおかしくないわ。でも一国の王妃として最後の仕事だけはさせて。国民に一刻も早く逃げるように政令を出します」

 こうして俺は王妃の命で、王を隣国へ逃がした。その後、王妃と共に隣国の外れにある小さな村で二人で暮らすことにした。

 原因は色々ある。俺がしっかりしてなかったこと、シャルロットは公爵家のお嬢様で、舞踏会で陛下に見染められた。でも、陛下と王妃には子供がいなく、侍女との間に陛下の子供が何人も産まれている。そのため子供のいない王妃は城内の自分の部屋で一人何年も引きこもっていたらしい。

 その時に魔王軍の襲来。俺にとってはチャンスでもある。胸に熱いものを感じながら陛下を抱き抱え王妃を守りながら城を後にした。 

 ☆

 私、メアリはいつものように学校へ行く準備をしていた。下の階から何やら揉めるような怒鳴り声が聞こえる。それと共に家がドゴーンと大きな音を立てて揺れている。地震?

「メアリの事を頼んだ! 俺がコイツだけはやっつけるから」

「あなたっ、無理よ!! 逃げた方がいいわ」

 何事なの? 窓から外を覗くと、大きな棍棒を振り回す身長2mぐらいの一つ目の魔物が家を叩いていた。

 噂には聞いてたけど、いよいよこんな田舎の村にまで魔物がきたんだ……。お父さんが剣を片手に飛び出して戦っている。

「メアリっ! 逃げるわよ」

 ドアの前には凄い形相をしたお母さんが立って私の手を掴む。

「お父さんは?」

 涙声で問うも、お母さんは何も言ってくれない。子供心に勝てるわけないと思った。

 私とお母さんは魔物の横を駆け抜けて、山菜を秋に取りに行く森へと進んでいく。

「いい? 今日はここに泊まるの」

 山をくり抜いた洞穴が開けられていた。

 お父さんは大丈夫なの? 嫌な予感しかしない。入口のドアには草が植えられていて外から見れば同化して山の1部にしか見えないようになっている。人工的に作られた避難場所なんだわ。

 お母さんはランプに明かりを灯すと壁に取り付けた。

「いい? よく聞いて。魔王軍がアップル王国に侵略したの。その道中にある私たちの村が襲われて当分ここで暮らすことになるから覚悟しなさい」

「明日の学校はどうなるの?」

 これ以上口に出したら本当にいなくなりそうでお父さんの事は聞けないような雰囲気になってた。

「みんな、親の作った洞窟に避難してるわ。ほとぼりが収まるまで隠れるしかないの。中には、食料と寝床もあるから心配しないで」

 もうそれ以上聞けずに、私たちは洞窟の中で一夜を明かした。

 次の日、ドアを開ける音がしてお父さんが帰ってきたのだ。身体中、打ち身で紫になり腫れ上がっていた。多分サイクロプスに叩かれたせいなのだ。

「何とか逃げてきたけど、死ぬかと思ったわ。お前らを残して死ねるわけないから、安心しろ」

「あなたっ……」

 二人は私の前で抱擁し、笑ってた。私も同じようにお父さんに抱きついて微笑んだ。本当に良かったわ……。でもお父さんの後頭部が膨らんでいるのが凄く気にはなってた。

 次の日の朝。「きゃあああー」という叫び声で目を覚ました。

 ワナワナしたお母さんが指さす先には、ピクリとも動かない者が横たわっていた。肌が白くなり無意識に知らない人だと思いたかった。

 こんなに悔しいのに涙が出ない。号泣するお母さんの横にいるのも辛くて外に飛び出した。

 なんでこうなった……。サイクロプスが憎い。魔王軍が憎い。憎くても何も出来ない自分がもっと憎い。

 それからお父さんのお墓を作り、一ヶ月ほど細々と洞窟で暮らし、噂でお城が陥落され魔物が住処に戻ったと話を聞いて元の村へ戻ることにした。

「聖女様がいたら、お父さんは助かったのに……」

 耳にタコが出来ほど聞かされた。そうじゃない。私たちに力がないから、こうなったのよだからといって村娘の私ではどうすることも出来ない。
 
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