聖女は復讐の為なら何でもします!

茜色 一凛

文字の大きさ
4 / 23

二話 悪魔に轢かれた

しおりを挟む
――その頃、アップル王国のトンカチ村では――


「メアリやっと帰ってきたのね。この子ったらどこほっつき歩いてんだか」

「またお手伝いなの? 学校から帰ってきたばかりでお腹ペコペコだよ」

 家に帰ると毎日のようにお母さんのパン屋を手伝わされている。家が自営業というのも辛い。 

「王都から歩いて1時間もかかる田舎の村にお客さんなんて来ないでしょ。一度でいいから都会に住みたい!」

「メアリっ、なに馬鹿なこと言ってんの! もうあなた15歳なのよ。しっかりなさい! 村のみんなが来てくれるおかげで私たちが毎日ご飯を食べられるのよ。文句なんて言わずにさっさと皿洗いしなさい」

 テーブルに虹色に光る宝石が目に入った。虹色のジュエルは1万ジュエルだと聞いたことがある。

「えっ、この宝石はどうしたの?」

「ふふっ、聞いて驚かないでね。」

 パンの値段は一個100ジュエルから500ジュエルほど、こんなところに1万ジュエルのお金があるなんてどう考えてもおかしい。お母さん。 私が居ないとこで何かしたの?

 ジュエルはアップル王国の通貨でこれは魔物を倒すことで手に入れることができる。

 三ヶ月前、この国の国王陛下が他国に亡命し、最近再び王が城へ戻ってきて騎士や冒険者を募り、魔王殲滅するために動き出している。魔王軍の配下はその大部分が魔王城へと帰還したが、まだ残された魔物を狩るために通貨をジュエルにした経緯がある。

「聖女様が来てね! こんな素敵なパン食べたことがないって仰ってくれて細かいのがないからとポンっとテーブルに置いていかれたのよ!」

 凄っ! 聖女様とはこの国で一番の回復魔法の使い手で陛下に任命されて各地を巡り庶民を手助けしている。私も一目お会いしたかった……。 

 猫を抱き抱えて頬ずりする。この猫はカティ。私の一番の友達だ。城下町に遊びに行った時、足を怪我した野良猫を拾って育てて、三年経つ。

 私に懐いてくれて可愛い。いつも学校から帰ると玄関先で待ってて、食事も、寝る時も一緒で休日はよく二人で公園に出かけることが多かった。




次の日、学校が休みなので私はカティとひなたぼっこしにアップル公園に来ていた。

 突如、猛スピードで公園を横切る豪華絢爛な馬車がカティを跳ね飛ばした。一瞬何が起こったか分からず、スローモーションのようにカティが空に投げ出された。

 駆け寄ると、赤い鮮血が地面に流れ、倒れたカティは骨が毛皮を突き破っていた。

「カティー!」

 地面に横たわるぐったりとしたカティを持ち上げると弱々しい鳴き声を出す。

「ニャア……」

 そしてその馬車は公園の出入口辺りで止まった。

 どうしてこんなことに。私がしっかり見てないから。

 白のブラウスに紺の修道服を羽織った女性がゆっくりとした足取りで馬車から降りてくるのが見えた。

「何か轢いたみたいですけど、いったいなんだったのかしら?」

 キョロキョロと探す修道女。

「……」

 その修道女は一瞬目を細めて、滑稽だと言わんばかりに笑い出す。

「アハハッ! ネコ? 野良猫? 良かったわ。人じゃなくて良かったわ。なに? なに? 睨みつけないでよ。まさかあなたは私に弁償して欲しいって言うの? 汚らわしい。あんたボロボロの服を着てるってことはお金が欲しいのよね? 故意じゃないし。だいたいそんなとこにいたのが悪いんじゃない。勇者さまーっ。大丈夫。人じゃなかったわー」

 修道女は馬車に向かって声を出す。

 傷つけておいて、なんで謝らないの? お金なんて一言も要求してないし。

 女の声に、勇者と呼ばれた男が馬車の窓を開けて顔を出し呑気にこちらに手を振ってきた。

「おー。そうか。人轢いたら後味悪いもんな。ヨシっ。早く戻ってきてくれ。さっさと気を取り直して魔王討伐に向かおうぜ!」

 その女性は振り返ると何事も無かったかのように馬車に乗り込もうとする。

 ふざけないで! 

 私は修道女の後を追う。カティを助けてもらわないといけない。勇者のパーティーには回復役がいるはず。恐らくこの修道女だろう。なんとしてでも治して貰わないといけない。

「助けてください! 私の友達なんです」

 頭が切れそうになりながらも必死に冷静になり口に出す。勇者パーティは国の英雄だ。粗相してはいけないと分かってるのに……。

 懸命に馬車のドアをバシバシ叩いていると、切れ長の青い瞳をした勇者がドアを開けるやいなや勇者の足が飛んできて、私は地面へと叩きつけられた。

 立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。手に抱えたかティは虫の息になっている。

 勇者は国王が冒険者の中から直々に任命した。もちろん品行方正な実力者であるはずなのに、私の目の前にいるのは本当に勇者なんだろうか。

「邪魔だ。バカヤロー! どけええええー! 急いでいるんだ。こんなやつに構っている暇はねえ! 俺たちは勇者パーティーなんだ! 汚い村娘と野良猫の相手なんてしてる場合じゃない。さっさといこうぜ」

 さらに降りてきた勇者に私は蹴られ公園の外まで飛ばされて、水たまりにザブンと頭から突っ込んだ。

「……」

 コイツ、悪魔か。お腹を蹴られて痛いし、泥が口に入った。地面に手を付き、ペッと唾を吐くと赤い血と泥の混ざったものが出てきた。

「……」

 汚れた手で顔を擦り、目を開けると、馬車はすでに公園を通り抜け、私の視界から消えて森の奥へと遠ざかっていく。

「カティ……カティは」

 這うようにして、公園に入り、毛皮の塊のようになったボロボロのカティーを抱きながら泣くしかなかった。

 私の頭の中の血が逆流する。何も悪いことなんてしてないのにどうしてこんな仕打ちを受けないの行けないの。

 身体が痛くて立ち上がれない。どれだけ地面に横たわってカティーを抱いていたことか。

 こんなことしてる場合じゃない。早く診療所に連れていかないと。フラつきながら、足を前に出して進む。

 ここから1番近いのは、子供の頃、私の腕がかぶれた時にお母さんと訪れたことのある薬屋。

 ――ここなら助けてくれるかもしれない。

 一抹の希望を胸に私は足を引きずりながら、神聖な十字架が目印の薬屋のドアを開けた。

「カ……カティが……死にそうなんです。だずげてくださいっ」

 私は嗚咽混じりの声を出す。

「ちょ、ちょっとまてまて、君、泥だらけじゃないか。全くもー、床が汚れるだろ。それと君だけ? 親は? 薬は高いんだよ。そもそもお金はあるのかよ?」

 それなのに、カウンターにいたメガネをかけたおじさんは汚い身なりの私をジロジロ見ると、怪訝な顔をするばかりだった。

「お、お願いします。この子、勇者の馬車に轢かれて死にかけているんです。お金は後で何とかしますから助けてください」

「そんなことしたら商売にならないだろ。あー、もうっ、邪魔だから早く帰れ」

 汚いものを見るような下げずんだ目でメガネの男は手でシッシッとやってくる。もう私は傷だらけのネコをギュッと抱えて店の外に出るしか無かった。

 どうして……どうして。何で助けてくれないの?

 太陽は地平線に沈みかけ、空は茜色に染まる。視界がなんだかぼやけて前が見えない。

 私は汚れたボロボロのツギハギだらけの黒いコートを脱いで傷だらけのカティを包み込んであげた。

「寒くない? 大丈夫?」

「……にゃあ」

 コートから顔をぴょこっと出して弱々しい返事をするカティを見ながら、トボトボと家路に向かう。もうダメかもしれない。カティ痛いよね。私はどうすることも出来ない。ごめんなさい。

 ――カティ助けられないかもしれない。

 街灯がポツリポツリと灯り始める路地をトボトボと歩いていく。歩くとお腹が痛いし、咳が出る。

 しかも、こんな時に限って雨が降ってきた。

「カティが死んじゃうなら、私も一緒に……」

 路地の端は10メートルぐらいの崖になってて、下を覗き込むと渓谷の川が流れている。吸い込まれそうになる。

 何を考えているのだろう。私がしっかりしないといけないのに。冬の冷たい風が吹き、凍えた手を擦りながら歩く、けれども、この辺りには助けてくれるところなんてもうない……。城下町の教会までは歩くと1時間はかかるし、今からだと教会は空いてない。

「カティごめんね……。助けられなくて」

 私も胸の辺りが痛くて、何度も道端で吐いてしまう。もう脚に力が入らない。寒いし、家にも帰れそうにないよ……。お母さん助けて……。神様っお願いします。私はどうでもいいから、カティだけでも助けてください……。

 そう願うと、力が抜けてその場に倒れてしまった。

 頭上で雷の落ちる音がして、意識が朦朧とする中、カッ、カッと杖を地面に打ち付ける高い音が後ろの方から聞こえてきた。その音は私たちの方へだんだん近づいてくる。

 私は最後の力を振り絞って瞼を開けると、そこには白衣に身を包んだピンクの髪のお姉さんが見えた。

 大きなリュックを背負ってる。しかもカバンからはメスシリンダーが飛び出している。

 ――あ……もうっ。意識が遠くなり、地面に吸い込まれる。私はその場でカティを抱え完全に意識を失った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

社畜聖女

碧井 汐桜香
ファンタジー
この国の聖女ルリーは、元孤児だ。 そんなルリーに他の聖女たちが仕事を押し付けている、という噂が流れて。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

処理中です...