聖女は復讐の為なら何でもします！

三話 憧れの調合師のお姉さん

　薔薇の甘い香りがした。心做しか柔らかいものの上に寝ているような気がした。私が目を開けると、そこにはピンクの髪の女性の顔があり、膝枕をされていた。

「あなた、どうしたの？」

「ここは……？　カティは？……」

「近くに小屋が見えたので、あなた達を運んだの。あなたの猫もそこにいるわよ」

　なんだか暖かい。暖炉の火が優しく燃えている

「悪魔に殺されそうになったんです。薬屋にも相手にされずに……」

「大変だったわね」

　きっとこの女の人も私を追っ払うのかもしれない。しかも国中で尊敬の対象となる勇者が村人にそんな酷いことするなんて誰が信じるというの……。勇者にやられたとは言えない。

「診察するわね」

　私の胸の前で彼女は手をかざすと、掌がぼんやりと光を帯びてくる。身体がほんのりと温かいく、カティにも同じ仕草をする。

「猫ちゃんは肋骨と脚の骨が折れて内蔵に刺さってるし、あなたは、魔物にでも蹴られたような酷い怪我ね。お腹の内蔵が潰れてる。こんな状態でよく歩けたわね。このまま数時間ほっといたらあなたたち死ぬところだったのよ」

　そう言って涙ぐむ女性は、カバンを開けると、粉を取り出した。

　え？　回復薬と書かれた袋？

「内臓破裂と骨折ならこの薬が効くわ。なんてったって私が調合したんだから。水は、あー、どこよー、どこいったのー」

　慌ててごそごそと満帆のカバンを探り取り出していく。ビーカー、袋、薬草、花、シリンダー、竹の入れ物を手にすると私を床に寝るように指示した。

「私は大丈夫だから、カティを先にお願いします」

「私はそういう子好き！　すぐ終わるからじっとしてなさい」

　擦り鉢に粉を入れて竹の入れ物を傾けると水を入れる。そしてすり鉢ですりだす。お姉さんは私の服をめくると、その薬をお腹に塗りこんだ。

　塗られた箇所が淡い光を放ち、痛みがすーっと引いていく。紫になった膨らんだ胸の下が元の状態に戻った。

　カティには、水を入れて薄めてスポイトでゆっくりと飲ませてくれた。

　しばらくすると私の時のように、カティの体全体がぼんやりと光を放ち、飛び出た骨が体内へと吸い込まれ、傷口が徐々に塞がってきた。これは何なの？　私には魔法のように思える。

　現実感がなくて、夢を見ているようでぼんやりとしてしまった。お腹をさするけどさっきまでの痛みが嘘のように無くなっていた。

「お姉さん」

　私は力一杯カティに頬擦りをすると、カティも嬉しそうな顔をしてくれた。

「にゃあー」

「あ……あの……これは……。あなたは誰なんですか？　こ……こんなこと……」

　私は彼女の印象的なピンクのロングヘアーを見ながら話す。このアップル王国の人は、皆、黒髪だから色つきの髪色は珍しい。

「私みたいなピンクの髪になりたいの？　駄目よ。あなたはまだ子供なんだから、染めるのはまだまだ早いわ！」

「違うんです！　どうしてこんなに凄い薬を持っているんですか……」

「私は調合師よ。この世界でナンバーワンの調合師だと自負してるわ。私にかかればこの程度の怪我なんてちょちょいのちょいよ！」

　ピンクのセミロングの髪のお姉さんは私の頭を撫でながら微笑んだ。こんな凄い薬なのだから診察料はいくらになるのか…。つかの間の天国だった。

「あのっ…治療費はいくらです？」

「ふふっ。何よ。治療費？」

　こんな効果のある薬は見たこともない。値段もとてつもない金額なのだろう。

　私は身構えた。でもこのお姉さんがいなかったら今頃カティは生きてはいない。私も死んでただろうし。家のパン屋で何年もアルバイトしてでも、返さないといけない。そう思っていたら……。

「そんなのどうでもいいわ。お代はあなた達が二人とも助かった。そして、あなたの笑顔でいいのよ。あなた達は運がいいわ。気まぐれな私が、たまたま通り掛かり、好きでやったことなの。子供が大人に気を使う必要なんてないわよ」

　目頭が熱くなる。なんなのよ。この人。変だよ。頭おかしいんじゃないの。

　この人があの時いてくれたら。魔王軍の手下が私の家を襲った時、お父さんは私とお母さんを庇って大怪我をした。それが元でその後、亡くなってしまった。もし私がこの人みたいになれたら家族みんなで今でも過ごせていたのかな…。

　私はボロボロのワンピースの裾を弄りながらお姉さんの綺麗な瞳を見つめると、彼女はえくぼを凹ませながら、優しく微笑んでくれた。

　――思い切って聞いてみた。

「どうしたらお姉さんみたいになれますか」