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十話

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 倉庫の扉を慎重に開けた。部屋の中に入ると思わず目を疑う光景が待ち構えていた。

 部屋の真ん中にグレーの銅像が突っ立っているだけだった。ジャックの顔は恐怖で歪んでいて、それを見るだけで息が詰まり呼吸が苦しくなる。

 銅像に触れると氷のように冷たい。肌がグレーになり、まるで石にでもなったかのように固まっていた。これって生きてるの……?

 呆然とする。時間がどれくらい過ぎたのか。マーガレットの足音でハッとして我に返った。

 マーガレットは私の背中を擦り、銅像に触れると、頭を左右に振る。

「これは、石化の呪いなのかもしれません」

「そんなこと言われても、分かんないから。分かんないよ。ジャックなんて連れてこなければ良かった。全部私のせい。私のせいでとんでもない事になった……」

 頭を抱えて泣き崩れるしかなかった。そんな私を落ち着かせようとマーガレットは私の手を握ってくる。

「校長先生なら何とかしてくれるかもしれませんわ。明日聞きに行きましょう。まずはこの銅像を何とかしなければいけませんわ」

「でも……、どこに? そもそもこれを動かして大丈夫なの? 壊れたりしないの?」

 もうどうしたらいいのか分からなくなっていた。そして、マーガレットの気遣う冷静な態度すら腹が立ってくる。

 勇敢に立ち向かってくれたジャックは素敵だけど、こんな結末になるぐらいなら一緒に逃げるべきだったと、後悔が止まらない。 

「朝、みんなに見せる訳にはいきません。使わない部屋があるからそこに運びましょう」

 マーガレットはそう言うと、どこからか台車を持ってきてくれた。二人で台車の上に銅像を乗せると校庭の端にある普段使わない小屋へと運ぶことにした。

 ――ほっとしたのも束の間、ジャックの親にはなんて言えばいいの? 

 お宅のお子さんが石になりましたなんて、そんなこと言えない。

「アキラの親には連絡した方がいいよね?」

「メアリの幼なじみですから、あなたが行くしかありませんけど。もう夜の九時過ぎだし、今から向かうのはよくありません」

「一人で抱えきれないよ……」

 私は銅像のジャックを見て酷いショックを受けた。さらにこのことをどう説明したらいいのかさっぱり分からない。

「明日、先生に相談して、それから考えても遅くありませんことよ。校長の薬で治せるかもしれませんし」

 親友のマーガレットはこんな状況でも冷静に前向きに考えてくれている。私も頷き、今日のところは帰ることにした。

 次の日、全く眠れない私は、朝一番に校長室へと向かった。校門には既にマーガレットが目の下にクマを作って待ってくれてたのには驚いた。二人で校長室のドアをノックする。

 コン、コンッ

「どうぞー! 入っていいわよ」

 部屋の中からとびっきり明るい返事がした。

「失礼します。あ、あのっ、先生っ……」

「おはようございます! 生徒でこんなに早く登校するなんてなんて素晴らしい日なんでしょうか。勉強熱心なのはいい事よ! 憧れの伝説の調合師である私に何か質問したいことでもあるのかしら?」

 校長はニコニコして嬉しそうに私を見るが、私とマーガレットの顔色が良くないことに気づいたみたいで心配そうに話しかけてきた。

「何か問題が起こったのかな? こないだの薬草の件かしら? まさかっ……犯人はメアリなの?」

「いえ、そうじゃないんです。そんなことよりももっと大変なことがおきたのです」

 駄目だ。校長先生、肝心な時に頼りにならないのかもしれない。

 私が言い出せないでいると、マーガレットが、私の前に割って入り昨夜のことを説明してくれた。

「先生、石化した生徒を元に戻す方法ってありませんか?」

「石化? 魔物の中には人間を石化させる能力をもつものもいますけど、まさか誰かが石に変えられた?」

 校長は青ざめて、目が泳いでしまう。もしかしたら、かなりまずい状況なのかもしれない。私の額に嫌な汗が吹き出し、それを手で拭った。

「昨夜、犯人をとっちめようと倉庫を見張っていたら、魔物が現れて友達が石になってしまったんです」

 私は思い切って話すことにした。もう隠しててもしょうがない怒られるとかどうでも良くなってきた。

「どうして真夜中に学校に来たの! そんな時間に生徒が外をふらついていいと思ってるの? それより、まずい。まずいわっ。石化はその魔物を倒さないと解けないことが多いの。薬で解けるのかしら。その生徒は今どこなの?」

 校舎の外にある以前は鶏小屋だった場所へと校長を案内した。

「ここは使われてませんから、他の人からイタズラされないと思いここに運ぶことにしたんです」

 校長は銅像をコンコンと軽く叩くと、金属音のような乾いた音がした。

「素晴らしい判断だわ! それにしてもここまで石化が完全なものだとしたら、魔王の幹部クラスよ。ここだと安全とは言えないわ。校長室に運びましょう。あと私から親御さんにも連絡しときます。怖かったでしょう。よく話してくれたわ」

 校長はしゃがみ、私とマーガレットの頭を交互に撫でてくれた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて思いませんでした」

 私たちはもう泣くしかなかった。校長に許してもらってもジャックが元通りになるかは分からない。しかもその魔物は昨夜奇声を発して地面に落ちたような気もする。

「そうね。……あらっ、あそこに何か黒い翼の人が倒れてない?」

 昨日の魔物だ……。トラウマ級で見たくない。

「もしかしたらジャックを石化した魔物かもしれません」

 マーガレットが頭を抱えながら答える。

「そんな……」

 校長は絶望的だとでも言いたげな、顔で私達の顔を交互に見てため息をついた。

「とにかく見に行くわよ」

 校長に手を引っ張られ、恐怖で顔をゆがませながら私たちは魔物の元へと連れられていく。

 勘弁してよ……見たくない……。
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