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34話
しおりを挟む 中学卒業までの数ヶ月間。
それは、俺たちにとって単なる待機期間ではなかった。
来るべき高校生活――そこでの覇権争いに備え、俺はミナとアイリの『改造』を最終段階へと進めていた。
放課後の教室でもなく、人目のつく公園でもない。
両親のいない自宅のリビング。家具を端に寄せたその空間が、彼女たちの修練場だった。
「いいか。喧嘩において一番強いのは、筋肉がある奴でも、格闘技を習っている奴でもない」
俺は腕を組み、目の前に立つ二人の少女を見据えた。
「『躊躇(ためら)い』がない奴だ」
ミナとアイリは、真剣な眼差しで俺の言葉を咀嚼している。
「たかが高校生の不良なんて、所詮はガキだ。いくらイキがっていても、人を殺すことや、大怪我をさせて人生を棒に振ることにはビビる。無意識にパンチの威力を緩めたり、急所を外したりする」
俺は冷ややかに笑った。
「だが、お前たちは違う。お前たちの頭のネジは、もう俺が抜いて捨てた」
そう。彼女たちは壊れている。
俺の命令であれば、俺のためであれば、善悪の判断などとうに消え失せている。
その『ブレーキのなさ』こそが、彼女たちの最大の武器だ。
「相手の目を躊躇なく指で突き、喉仏を砕き、金的を蹴り上げる。相手が死んでも構わないというつもりで、全力を叩き込む。……それができれば、ガタイのいい男相手でも勝てる」
俺は床に、二本のゴム製の棒(警棒のダミー)を投げ捨てた。
「拾え。それはナイフであり、鉄パイプだと思え」
二人が素早くそれを拾い上げる。
「今回は練習だ。顔に傷をつけるわけにはいかないから、武器は使うな。あくまで『素手(平手)』でやれ。だが、意識は殺し合いだ」
俺は懐中時計を取り出し、二人の前にぶら下げた。
「ルールは簡単だ。互いに本気で殺すつもりで掛かれ。先に重い一撃を入れた方が勝ちだ」
そして、俺は甘い毒のような報酬を提示する。
「勝った方には……今夜、1時間だけ『ご褒美』をやる。」
ビクンッ!!
その言葉が耳に入った瞬間、ミナとアイリの瞳孔がカッと見開かれた。
ご褒美。ご奉仕する権利。
透くんを独り占めして、愛を注げる1時間。
それは、今の彼女たちにとって、1億円を積まれるよりも価値のある至上の快楽。
「……透くん」
「……絶対」
二人が互いに向き合う。
そこに、かつての親友としての情けなど微塵もない。
あるのは、餌を前にした飢えた獣の殺気だけだ。
「始めッ!」
俺の合図と共に、空気が弾けた。
「シッ!!」
「ハァッ!!」
二つの影が交錯する。
躊躇がない。本当にない。
爪を立てた掌が、相手の眼球を狙って突き出される。
それを紙一重で躱し、カウンターで喉元へ手刀を叩き込もうとする。
バチンッ! ドゴッ!
肉と肉がぶつかり合う鈍い音が響く。
平手打ちが空を切る音が、鞭のように鋭い。
髪を振り乱し、涎を垂らしながら、二人は目を血走らせて腕を振るう。
(いいぞ……その目だ)
俺はゾクゾクするような高揚感を覚えた。
これだ。この狂気だ。
一般人が見れば悲鳴を上げて逃げ出すような、常軌を逸した殺し合い。
だが、俺には分かる。彼女たちは、いざ本番で武器を持たせれば、今のこの動きのまま、相手の頭蓋骨を平然と叩き割るだろう。
数分後。
決着は一瞬だった。
アイリの突き出した手をミナが強引に払い除け、がら空きになった胴体へ、全体重を乗せた掌底(しょうてい)を突き刺したのだ。
ドォォォン!!
「がッ……は……ッ!?」
アイリの体くの字に折れ、肺の中の空気が強制的に吐き出される。
そのまま彼女は床に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。
苦痛に顔を歪めるアイリ。だが、それ以上に『負けた』ことへの絶望で、目から涙が溢れ出している。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
ミナは肩で息をしながら、勝者の権利を確信して、恍惚とした表情で俺を見上げた。
髪はボサボサ、服も乱れているが、その瞳は爛々と輝いている。
「そこまで」
俺は静かに宣言した。
「勝者、ミナ」
「やった……! 透くん、透くんっ……!」
ミナがへなへなと座り込み、歓喜の声を上げる。
俺はゆっくりとミナに歩み寄り、その汗ばんだ額を指で拭った。
そして、顔を近づけ、誰にも聞こえないように耳元で囁く。
「……よくやった。いい『殺意』だったぞ」
俺の吐息が、ミナの鼓膜を震わせる。
「約束だ。夜、風呂に入って身を清めてから……俺の部屋に来い。1時間だけ、たっぷり可愛がってやる」
ゾクゾクゾクッ!!
ミナの背筋に電流が走り、腰が砕けそうになる。
「は、はい……ッ! 行きます、絶対行きます……!」
ミナは涙を流しながら、何度も何度も頷いた。
その横で、アイリが悔しさと羨望で唇を噛み切り、床を拳で叩いている。
「アイリ。お前も悪くなかった。次は勝てるかもしれないな」
俺は敗者にも飴(希望)を残し、冷酷に微笑んだ。
この『躊躇のなさ』があれば、高校生など敵ではない。
俺の懐刀は、十分に研ぎ澄まされた。
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