花の簪

ビター

文字の大きさ
24 / 28

砂塵 3

しおりを挟む
 西の姫がオアシスへと逃げ帰ってきたその日から、住人たちは争いから逃れるために荷物をまとめ始めた。王族でさえ逃げ出そうとした事実と、痛ましい犠牲者が出たこと。誰だって、不安になる。
 王宮では目立った動きはない。わたしたちが知ることのない場で、王がいる前線とのやりとりはあるのだろうけれど。
「こんなんじゃ、商売あがったりだ」
 がらんとした店の真ん中で、親父が言った。すでにお運びの少年も調理を手伝っている者もいない。
 あれから数日で酒場でも客足が一気に引いた。わたしは特別頼まれたわけではないけれど、重苦しい雰囲気の王宮にいるより、街なかへ出ているほうが少しでも気が晴れる。
「もう危ないんだろう。引き際だな。他所でやり直す金もじゅうぶんにある」
 親父は椅子に座って天井をながめ、ぼそりとつぶやいた。店をたたんでオアシスを後にする腹積もりをしているのだろうか。
 東の軍勢が西側にいたという予想外のことに、今までただ勝利を確信していた者たちは足元をすくわれた形になったのだ。誰もが口にしないだけで、王の戦況を見通す甘さや傭兵や他のオアシスとの寄せ集めの軍のふがいなさを噂する。
 どうやら東は、腕の立つ者たちばかり集めた精鋭隊で砂漠を移動したらしい。率いる将軍は、以前一の妃が話していた切れ者の将軍ではないかとささやかれた。
 身分の低い母親から生まれたが、いくつもの言葉を操る東の軍きっての智将だと。

 王族は、みなに知らせるべきだったのだ。王は不在であっても、代わりに一の妃が塔から呼びかけるべきだったのだ。
 心配はいらない、王は必ず勝てる、と。
 けれど王宮は沈黙を続けた。一の妃にしても、娘王女と孫王子をまっさきに逃がしたのだ。西の姫をとがめることは出来かねたのだろう。

 こぼれ落ちる砂のように、オアシスからはじりじりと人が居なくなり始めた。人であふれていた通りは、いつしかさびしくなった。最初に去ったのは、他所から仕事の口を求めてやって来た者たち、それから城下に住む者たちや数組の家族。
 押しとどめようとしても、オアシスを後にする者たちが門へと押し寄せるようになった。それは日に日に増していく。
 しかし、逃げ出した者たちのうち多くが、物言わぬ身となって翌朝外に整然と並べられていたのだ。
 まるで門から出ることを禁じるように。

 城壁の内側で、みなは、思い知らされた。幼女ですら手にかけるような者たちだ。
 東の兵士には躊躇も慈悲もない。
 立ち尽くす我らは、やがて四方を敵に囲まれた王が、オアシスへと舞い戻ってきたのを目の当たりにするのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

処理中です...