狩りの時間

ビター

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闇を巡る 1※

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 冷たい手。
 どんなに体が熱くなっても、呼吸を荒くしてルキノを抱こうとも、ガンダロフォの手は、青灰色の瞳は冷たい。


 ルキノは歯を食いしばったが、悲鳴のような叫び声は押さえられなかった。
「ほんとに、イクのがうまくなったな」
 ガンダロフォはルキノに浅く腰を動かしながら、なんども達するようすを見ている。
「射精しなくてもイクって、どれだけメスになってんだ?」
 うすら笑いを浮かべたガンダロフォはルキノを責め続けた。
 イクたびに、とてつもない快感が押し寄せ、頭のなかがハレーションを起こす。喉をふるわせ、獣のような叫び声をあげる自分自身が信じられない。


 裸で部屋に駆け戻った、あの日の夕方。
 人形の用意を終えたルキノは、不意に劣情にさらされた。なにがきっかけかは分からない。ただ、狂おしいほどの欲望がわきあがり、固くなった自身に耐えきれず、膝を折った。
 急激に熱くなる体を床に横たえてもがいていると、作業室の扉を開けて侵入してきた者がいた。
「な、言ったとおりだろ」
 ガンダロフォがルキノを見下ろしていた。
「抱いてやろうか?」
 ルキノは首を横に振った。
「苦しいんだろう?」
 あざけるような視線を向けたまま、ガンダロフォはルキノの固くなった股間を靴先で小突いた。
「うっ」
 そんな小さな刺激でも達してしまうかと思えるほどルキノは昂っていた。
 ガンダロフォは内ポケットから取り出した小瓶をルキノの鼻をつまむと、口に押し込み、中身を無理矢理流し込んだ。
 前夜に飲まされた、あの生臭いどろりとした液体だった。
 とたんに、火に油が注がれるように、ルキノの欲情はいや増した。喉元を押さえてもだえるルキノの服をガンダロフォは遠慮なく脱がせた。
「楽にしてやる」
 体はガンダロフォを拒めなかった。
 人形たちが見つめるなかで、ルキノはガンダロフォに犯され続けた。


 しばらく気を失っていたのかもしれない。目を覚ますと、となりにガンダロフォの姿はなく、半分だけ開かれた扉から暗い部屋に光がさしていた。
「ミケーレからルキノくんの、ここ最近の食事の量が気にかかると言われたんだが」
「そんなことで、施設長がわざわざ俺の部屋までお出ましですか?」
 ぼやけた焦点が合ってくると、バスタオルを腰に巻いたガンダロフォが戸口に立っているのが見えた。
 施設長ギルと話しているらしい。
「人形の管理が雑だと苦情がきている。ルキノくんは元気なんだろうね」
「元気ですよ、あたりまえじゃないですか」
 半分、笑いながらガンダロフォは答える。
「悲鳴が聞こえるとも……。暴力的なことはしていないだろうね、前のようなことは……」
 奇妙な沈黙が流れた。扉にかけたガンダロフォの指がいらいらと動いているのが見えた。
「恋人どうしのことですよ、施設長が口出しすることじゃないことぐらい、わかるでしょう。少なくともあんたクラスがおれに言うことじゃない」
 最後は、ばっさりと切るようにガンダロフォは施設長のギルに向かって言った。
「食事はこんどからおれが運びますよ。今が大切なときなんだ。あんたはいつものように、黙って見ていればいい」
 ガンダロフォは扉を閉めて、ルキノのもとへと戻ってくると顎をつかみ、左右に強くゆすぶった。
「困るな、ルキノくん。仕事と食事はちゃんとしてくれないと」
「うっ……」
 ルキノはうめくことしかできなかった。
 ガンダロフォはブランケットをはがし、ライトを点けた。まばゆい光にルキノは目がくらんだ。だらしがなく足を開いたままのルキノをガンダロフォは穴があくほど見つめた。喉から胸、腹へと手のひらをゆっくり滑らせていく。
 その冷たさにルキノの背中はぞくりとする。
「あ」
 腹に手をのせて、ガンダロフォはことさら真剣な眼差しを注いでいる。
「セントラルの女を知らないだろう」
 叫び疲れたルキノの体は冷えていく。それを気遣うわけでもなく、ガンダロフォは話し続けた。
「ギルのクラスで抱けるのは、意識のない女どもだけだ。まともな会話もできやしない。ただ足を開いて寝たままの、できそこない」
「?」
「まともな知能のある女はごく一握りさ。たまにニュースにでるだろう。あいつらくらいだ」
 全銀河でな、とガンダロフォは付け加えた。
「おまえが女になったほうが、よほど見栄えがするさ」
 ルキノに例の液体をふりかけると、ガンダロフォは再びみなぎらせたものをルキノに挿れようとした。
「っ、いやだ、もう終わりに……」
「自分だけ気持ちよくなって終わりだと? 満足させろよ、おれを。おまえの仕事だろ、ルキノ」
 言い終わらないうちに、ガンダロフォはルキノに押し入り、体を揺らし始めた。さっきとは違って、背後から奥深くまで打ち込まれる。
「あっ、あっ」
「またイってみせろ、腰をふれ、売女!」
 ルキノは悔しさに涙をにじませた。
 体と心は離れすぎて……。
「は、最高だ。ほんと愛してるぜ、ルキノ」
 とってつけたようなガンダロフォの言葉が寒々しく、ルキノはアレッシオの最期の言葉を思い出していた。
 ……あいってなに。


 人形の準備が終わる頃に、ガンダロフォが夕食を運んできた。
「あまり残すな。それから、今夜は迎えに来るのが遅くなると思う」
 ごく事務的に話すと、ルキノにトレーを渡してガンダロフォは出ていった。
 トレーには、魚のマリネやパセリを散らしたバターライス、グリーンサラダなどが彩りも華やかに盛りつけられてあった。
 けれどルキノは食欲が感じられず、何も食べずに作業台のうえに置くと、ソファに倒れてブランケットを頭からかぶった。
 ギルとガンダロフォが会話してから、ルキノは作業場とガンダロフォの部屋を往復する生活サイクルになった。恒例の金曜の夕食へも出ず、ロベルトからの要請リクエストも体調を理由にすべて拒否キャンセルしていた。
 エーレからは連絡が途絶え、ルキノは皆から切り離されて瓶の中にでも閉じこめられているような気がした。
 ガンダロフォはルキノを傍から離さない。それは独占欲というよりは支配という言葉が似つかわしい。
 ガンダロフォの命じるままに体を開き、夜毎に彼を受け入れる。そそぎ込まれた精液はもうどれほどになったか。終わっても体から出すことは許されなかった。
 そのせいでよけいに体調が優れないのかもしれない。それほどまでに酷くされてもルキノの体はガンダロフォを欲しがった。
 体という器の中の心はとうに壊れてしまったのか……ガンダロフォが持っている液体を飲まされると、ただ体が飢えたように快楽を求める。あれは媚薬の類なのだろうか。いったいどこから入手しているのだろう。

 深く眠っていたルキノに、来室を知らせる音が聞こえた。室内は暗く、人形たちは出ていったあとだった。
 迎えに来たガンダロフォだろうかとドアを開けたとたんに、両肩を掴まれた。
「どうしていつも拒否なんだよ」
 逆光で誰なのかすぐには分からなかったが、ルキノは目をしかめて焦点を合わせた。
 そこには目のしたに隈をつくり無精ひげを生やしたロベルトがいた。
「ロベ……」
 名前を言い終わらないうちに、ルキノの膝から力が抜けた。崩れ落ちそうになった体をロベルトがとっさに支えた。
「……そんなに悪いのか」
 体調が優れないことは知らせていた。それは虚実半々だがロベルトはルキノのようすを見て信じたようだ。
「すみません」
 ロベルトはルキノの返事を聞かずに、肩を貸し作業室の中に入るとソファに寝かせてくれた。
「すまなかった。きゅうに押しかけたりして。てっきり仮病かと」
「いえ……」
 ロベルトはルキノの頬にそっとふれた。
「痩せたんじゃないか」
「さあ」
 すでにルキノは自分の体を手放していた。ルキノの体はガンダロフォが支配している。
「ここ最近、お相手できずに申しわけありません」
 ロベルトはため息をついた。
「仕方ないさ。こんな体なら」
 優しい眼差しだ。ロベルトの武骨な指が、ルキノのひたいにかかった髪をゆっくりと鋤いた。
 口もとにかすかに笑みをたたえ、慈しむような表情を浮かべている。
 ルキノは不意に胸を衝かれた。ロベルトの顔にかつてのエーレを見いだしたのだ。
 エーレもこんな表情をしていた。彼を見つめているときに。すでに視力が低下し、ゴーグルなしでは何も見ることはできなくなっていたが、たしかに恋人の姿をみつけ、遠くから手をふった。
 愛しい人を慈しみ大切に想う人に向ける、特別なほほえみ。そして彼もまた同じようにエーレに手をふり返す……。
 見えないけれど、たしかにあたたかいもので結ばれている二人をルキノは羨ましく思った。
 自分は生きているあいだに、そういったものを手に入れることは絶対にないのだろうと。
「どうした、泣き出して」
 言われてルキノは両目から涙が流れていることに気づいた。
「具合が悪くなったのか? 誰か呼ばないと……」
 おろおろと、うろたえるロベルトの手をルキノは握った。
 あたたかい。ロベルトの手はあたたかだった。そのまま手の甲に口づけた。
「ルキノ……?」
 起きあがろうとするルキノをロベルトは助けた。半身を起こすのがやっとだったがルキノはロベルトの腕をたぐりよせ、唇を重ねた。
 貪るような浅ましいことはせず、ただロベルトのぬくもりが欲しかった。
「いや、無理だろ……おれはそんなつもりじゃ……ない」
 ルキノはソファの横にひざまずいているロベルトの足の間に手を伸ばした。
 ふれた場所はすでに熱を持っていた。
「……そばにいて。行かないで……」
 涙はまだ止まらなかった。
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