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闇を巡る 3
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首につけられた拘束具は冷たく重かった。
前夜から一晩閉じこめられたルキノの元へ、ガンダロフォは朝食と一緒に器具を持って現れたのだ。
拘束、といっても鎖がついているわけではない。
首に手を当てる。五センチほどの幅の金属の拘束具の作動確認のランプは赤く光った。まるで蛇の目のように。
ルキノはガンダロフォの一瞬の隙をついて作業室の扉へ駆けより外へ出ようとした。
が、部屋から通路にわずか半歩で体がくずおれた。頭頂からつま先まで、全身にしびれを伴う痛みが走り、息が止まった。
「むちゃなことをする」
ガンダロフォはルキノの肘を掴むと、部屋へと引きずり戻した。
そのとたんに痛みから解放された。ルキノはまだわずかに痛む頭に手をやりガンダロフォを怒鳴りつけようとした。
「……!」
耳を疑った。それからとっさに喉に両手を当てた。
「ああ、うるさいから声も出ないようにした」
ルキノは陸にあげられた魚のように口を動かしているだけだ。一言も話せない。
こんなものを、ガンダロフォがそれをどこて手に入れたのかルキノには分からなかった。
「作業室からは出られないよう設定した。それから昨夜のようなことが起きても困るから外から鍵をかける。人形の仕事も当面は休止とコロニー内に通達ずみだ」
ルキノは落ちくぼんだ目でガンダロフォを睨みつけた。
「まだそんな気力が残っているのか。もっとも、あまり衰弱されても困るが。あと数日だ、おとなしくしていろ」
喉の奥で笑いながら、ガンダロフォはルキノの頬をつかんだ。
「やっぱり静かになっていい。よけいな話しをするやつはぶち殺したくなるからな」
ルキノの頬は緊張感にぴくりとふるえたが、歯を食いしばってガンダロフォを見た。
「ん? ロベルトか? あいつは今日は作業を休んだ。大したことなかった。なんせ頑丈なだけが取り柄のブルーカラーだからな」
そんなはずはない。かなりな重傷を負ったはずだ。骨折はしてなかっただろうか。ルキノが頼ったばかりにロベルトに怪我をさせてしまったことをルキノは悔やんだ。
「食事はしろ。準備が整ったら迎えに来てやる」
ガンダロフォはそう言いおくと、裸体のラブドールたちが見送るなかを作業室から出ていった。
ドアに手をかけ確かめた。びくともしない。内側からの操作が利かなくはなった。完全に閉じこめられたのだ。ルキノは腹の奥からこみ上げるものを感じて、作業台の端にある流しに両手をかけて吐いた。ろくに食事をしていない胃は空っぽで、今回も胃液を戻しただけだったが、喉が焼けるように不快にあつくなり、臭いに目をしかめた。
昨夜から吐き気におそわれるたびに、ルキノはアレッシオと同じくあの緑色のものが口から溢れるのではないかと慄いた。
あれはいったい何だったのか、ルキノには未だに見当がつかなかった。
ーー小腸と十二指腸が壊死している。
医師の言葉を思いだし、思わず自分の腹をさする。アレッシオのように腫れてはいない。胸の張りもいつしか消えて、体にはあばらが浮いているばかり。
ーーおまえらにも女が支給される。
ガンダロフォはあたかも「女」を作り出せるような口ぶりだった。
女になりたいと願っていたアレッシオ。ガンダロフォは何らかの手段を見いだしたのだろうか。
そして、ルキノ自身も何かの実験に。
エーレと連絡が取りたかった。けれど、通信そのものがなぜか遮断されていた。ガンダロフォが施設長のギルをさしおいてコロニー全体を仕切っているのか。
誰とも連絡がとれない。
ルキノは泥のように重たい体を引きずり人形たちのメンテナンスに当たった。今は使われなくても、人形たちには大切な役割があるから。
ジュリオもこんな状況で人形の世話をしていたのだろうか。
ルキノが赴任したとき、作業室は整理整頓され人形も完璧に管理されていた。ジュリオはガンダロフォとの『恋』に浮かれていたわけではなさそうだ。
ルキノは窓辺によると、外を見た。今は夕刻だけれど、激しい吹雪にすでに外は暗く、霜魚が泳ぐ姿がわずかに見えただけだった。
翌日の晩、ルキノは浅い眠りの中にいた。
無意味な夢をランダムに見続けるなかで、モニターが明るく光った気がした。
「ルキノ!!」
懐かしいエーレの声が聞こえた。ルキノは起きあがり、慌ただしくモニターの前に行った。
「ああ、ルキノ。よかった、ずっと通信ができなくて心配していたんだよ」
ルキノはエーレに話しかけようとしたが、声が出るはずもない。動機が激しく、キーボードを叩く指がふるえた。
「どうしたの? 体調が悪い?」
ルキノはエンターを押して通信文を送った。
「……監禁されてるって、どうして! ああ、だから連絡が取れなかったのか。ルキノ、ジュリオはこちらの療養所にはいない。直接行って確かめた。ジュリオは入院していないんだ」
ルキノはうなずいた。すべてはガンダロフォの企みだろう。
ルキノはガンダロフォの父親が自分の最初の相手であることを伝えた。
エーレの眉が曇った。なにか不審な点でもあったのだろうか。
ルキノも何かがずっと引っかかっていた。ガンダロフォの暴力にさらされたあの晩、熱に浮かされたようになっていたが、何かの不協和音を聞いた気がした。
ーー母親を捨てーー
違和感は、「母親」だ。
ルキノの胸が一度大きく鳴った。つり戸棚から、例の開かない箱を取り出す。暗証番号を打ち込む液晶にはカーソルが点滅している。
いぜん、ジュリオのIDナンバーで試したが箱は開かなかった。これの持ち主は別人ではないだろうか。ルキノはガンダロフォのナンバーを検索して打ち込んだ。期待に反して、鍵は開けられなかった。
エーレもガンダロフォのプロフィールを検索したらしい。とたんに難しい顔をした。
「ルキノ、あの競りに参加できるのは、それ相応のクラスの人たちです。ガンダロフォはホワイトとなっています。でも、彼はもしかして」
そう、『母親』を持てるのは、特別な一握りの人々だけだ。
ルキノはあることに思い当たった。
クラスチェンジしたIDの末尾には、普段は省略されてはいるが元のクラスの表記がつく。
ルキノはガンダロフォのIDを入力し、末尾にBrとつけた。
Brihtの頭文字を二字追加すると、かすかに鍵が開く振動が手に伝わった。
「ガンダロフォはブライトからのクラスチェンジでは」
ふたりは同じ答えにたどり着いた。ルキノは箱のふたをあけた。
銀色の金属の箱の中にあったのは何かのサンプル、密閉容器の標本と数枚のフォトプリントだった。
「それはなに? ルキノ」
標本らしき瓶の中には、鶏卵より二周りほど小さい半透明なものが漂っていた。
ルキノはそれを凝視した。
「!」
背中まで伸びた白い毛髪。小さな小さな指が四本、腕状のものの先に。足はなく、体をくるりと半周するような尾は魚によく似ている。眼球があるべきところには何もなく、口元からは鋭利な歯がのぞいている。
霜魚の卵!?
「ルキノ、見せて。ウエブカメラの前にそれを」
ルキノはエーレによく見えるように、標本をカメラの前に置いた。
「これは?」
ルキノは問いに答えようとした。が、足下に落ちたフォトプリントに目が釘づけになった。
最初は何かよく分からなかった。それは構図がとても不自然だったからと気づくのに少し時間がかかった。
おそらくは、腕を伸ばしてうえからのアングルで撮影されたのだ。
写っていたのは、大きく足を広げて、男を受け入れている人物だった。
フォトを撮った本人は、蜂蜜色の髪が肩にかかり、わずかに赤い紅を刷いた唇が見える。それ以外は顔のほとんど画面から切れていた。
黒のレースの長手袋をした腕が、たくましい足を外側に開かせ、お揃いの膝上の靴下だけをつけた淫媚な白い足が誰かの体の内側にある。
無骨な体を快楽によじらせ、歪める顔がわずかに写り込んでいた。
……ガンダロフォ!!
ルキノは何度も見返して、残りのフォトも確かめた。
体位を変えても、役割は変わっていなかった。女装した華奢な男に犯されているのは、ガンダロフォだった。
「ルキノ?」
ルキノははじかれたように、顔をあげた。文字を打つのももどかしく、ルキノはフォトをエーレに見せようとした。
「おっと、そこまでだ」
集中して気づかなかった。いつの間にか、背後にはガンダロフォが酷薄そうに目を細めて立っていた。
「初めまして、うるわしのエーレ」
ガンダロフォはルキノの手からフォトを奪い、体を押しのけ、カメラの前に自ら進み出た。
「ルキノを、ルキノをどうする気ですか!! 監禁だなんて、狂気の沙汰だ」
「大切にしてますよ。なんといっても、あなたさまの弟君ですから」
すました顔をしてガンダロフォは答えた。モニターの向こうで、エーレが椅子から立ち、身を乗り出している。
「ルキノに手を出したら……」
「出したら? 議長に告げ口でもしますか、愛人ですものね?」
エーレがわずかに怯んだ。ガンダロフォはにやりと笑った。
「代用品め」
エーレの唇がわなないた。
「セントラルに戻ったら、女になりそこなったヴァイオレットなど、全員駆逐してやる。すべてはお前のせいだ、エーレ。おれの人生を狂わせたのは。議長と評議委員連中に言っておけ。おれを罵り追放したことを悔やむがいい。再生だ。再生の狼煙をあげてやる」
ガンダロフォはエーレが呆然と立ちすくむようすを嘲るように笑うと、通信を切った。
「探していたんだよ、サンプルとこれをな。ジュリオのやつが持ち逃げして隠しやがって。おおかた、おれを脅してここから脱出する気でいたんだろ。まあ逃げるより先に嫉妬に狂った誰かさんが手をくだしたわけだが」
ガンダロフォの指がキーボードのうえで踊った。外部へ通信文を打っているらしい。
「ちくしょう、計画は変更だ。早くだ、早くだよ!! 最速の宇宙船を準備しろよな!」
いらいらとキーを叩くガンダロフォには、かすかに焦りのようなものが見える。
「セントラルで暮らすには金がいる。うちの親父はろくに働かず、ふつうの受け答えすら危うい女には働く場所などない。そうしたら、おれで稼ぐしかないとクソ親父は考えたわけだ」
椅子に乱暴に腰かけるとガンダロフォは部屋の隅で体を固くするルキノのほうへ、ぐるりと顔をむけた。
「子どもの売春にはことかかない場所だ、セントラルは」
ガンダロフォは唐突に哄笑した。
「ひどい目にあうのはヴァイオレットだけだと思ったか? セントラルのブライトにだっているのさ、人肌に飢えた男の餌食になる子どもはな!!」
ガンダロフォの瞳には狂気が宿っているように見えた。
「なあ、これは刷り込みか? おまえだって男とヤルのは楽しいんだろ? 欲しくてたまらなくなるんだろ!?」
それはガンダロフォ自身のことなのだろうか。まるで自分を弁護するようにガンダロフォは饒舌だ。
「たまに欲しくなりやがる。親父のせいだ、こんな体にされて。ジュリオめ、いつのまに……」
ジュリオは逃げるつもりだったのだ、ガンダロフォから。不意にガンダロフォは黙った。
長く続くかと思った沈黙はすぐに終わりを告げた。
「さあ、行くか」
ガンダロフォはがたんと立ちあがった。
ルキノの体にゆらりとガンダロフォの影が落ちる。
「連れて行ってやるよ。狩りに」
逆光のガンダロフォの顔は底なしの闇のようだった。
前夜から一晩閉じこめられたルキノの元へ、ガンダロフォは朝食と一緒に器具を持って現れたのだ。
拘束、といっても鎖がついているわけではない。
首に手を当てる。五センチほどの幅の金属の拘束具の作動確認のランプは赤く光った。まるで蛇の目のように。
ルキノはガンダロフォの一瞬の隙をついて作業室の扉へ駆けより外へ出ようとした。
が、部屋から通路にわずか半歩で体がくずおれた。頭頂からつま先まで、全身にしびれを伴う痛みが走り、息が止まった。
「むちゃなことをする」
ガンダロフォはルキノの肘を掴むと、部屋へと引きずり戻した。
そのとたんに痛みから解放された。ルキノはまだわずかに痛む頭に手をやりガンダロフォを怒鳴りつけようとした。
「……!」
耳を疑った。それからとっさに喉に両手を当てた。
「ああ、うるさいから声も出ないようにした」
ルキノは陸にあげられた魚のように口を動かしているだけだ。一言も話せない。
こんなものを、ガンダロフォがそれをどこて手に入れたのかルキノには分からなかった。
「作業室からは出られないよう設定した。それから昨夜のようなことが起きても困るから外から鍵をかける。人形の仕事も当面は休止とコロニー内に通達ずみだ」
ルキノは落ちくぼんだ目でガンダロフォを睨みつけた。
「まだそんな気力が残っているのか。もっとも、あまり衰弱されても困るが。あと数日だ、おとなしくしていろ」
喉の奥で笑いながら、ガンダロフォはルキノの頬をつかんだ。
「やっぱり静かになっていい。よけいな話しをするやつはぶち殺したくなるからな」
ルキノの頬は緊張感にぴくりとふるえたが、歯を食いしばってガンダロフォを見た。
「ん? ロベルトか? あいつは今日は作業を休んだ。大したことなかった。なんせ頑丈なだけが取り柄のブルーカラーだからな」
そんなはずはない。かなりな重傷を負ったはずだ。骨折はしてなかっただろうか。ルキノが頼ったばかりにロベルトに怪我をさせてしまったことをルキノは悔やんだ。
「食事はしろ。準備が整ったら迎えに来てやる」
ガンダロフォはそう言いおくと、裸体のラブドールたちが見送るなかを作業室から出ていった。
ドアに手をかけ確かめた。びくともしない。内側からの操作が利かなくはなった。完全に閉じこめられたのだ。ルキノは腹の奥からこみ上げるものを感じて、作業台の端にある流しに両手をかけて吐いた。ろくに食事をしていない胃は空っぽで、今回も胃液を戻しただけだったが、喉が焼けるように不快にあつくなり、臭いに目をしかめた。
昨夜から吐き気におそわれるたびに、ルキノはアレッシオと同じくあの緑色のものが口から溢れるのではないかと慄いた。
あれはいったい何だったのか、ルキノには未だに見当がつかなかった。
ーー小腸と十二指腸が壊死している。
医師の言葉を思いだし、思わず自分の腹をさする。アレッシオのように腫れてはいない。胸の張りもいつしか消えて、体にはあばらが浮いているばかり。
ーーおまえらにも女が支給される。
ガンダロフォはあたかも「女」を作り出せるような口ぶりだった。
女になりたいと願っていたアレッシオ。ガンダロフォは何らかの手段を見いだしたのだろうか。
そして、ルキノ自身も何かの実験に。
エーレと連絡が取りたかった。けれど、通信そのものがなぜか遮断されていた。ガンダロフォが施設長のギルをさしおいてコロニー全体を仕切っているのか。
誰とも連絡がとれない。
ルキノは泥のように重たい体を引きずり人形たちのメンテナンスに当たった。今は使われなくても、人形たちには大切な役割があるから。
ジュリオもこんな状況で人形の世話をしていたのだろうか。
ルキノが赴任したとき、作業室は整理整頓され人形も完璧に管理されていた。ジュリオはガンダロフォとの『恋』に浮かれていたわけではなさそうだ。
ルキノは窓辺によると、外を見た。今は夕刻だけれど、激しい吹雪にすでに外は暗く、霜魚が泳ぐ姿がわずかに見えただけだった。
翌日の晩、ルキノは浅い眠りの中にいた。
無意味な夢をランダムに見続けるなかで、モニターが明るく光った気がした。
「ルキノ!!」
懐かしいエーレの声が聞こえた。ルキノは起きあがり、慌ただしくモニターの前に行った。
「ああ、ルキノ。よかった、ずっと通信ができなくて心配していたんだよ」
ルキノはエーレに話しかけようとしたが、声が出るはずもない。動機が激しく、キーボードを叩く指がふるえた。
「どうしたの? 体調が悪い?」
ルキノはエンターを押して通信文を送った。
「……監禁されてるって、どうして! ああ、だから連絡が取れなかったのか。ルキノ、ジュリオはこちらの療養所にはいない。直接行って確かめた。ジュリオは入院していないんだ」
ルキノはうなずいた。すべてはガンダロフォの企みだろう。
ルキノはガンダロフォの父親が自分の最初の相手であることを伝えた。
エーレの眉が曇った。なにか不審な点でもあったのだろうか。
ルキノも何かがずっと引っかかっていた。ガンダロフォの暴力にさらされたあの晩、熱に浮かされたようになっていたが、何かの不協和音を聞いた気がした。
ーー母親を捨てーー
違和感は、「母親」だ。
ルキノの胸が一度大きく鳴った。つり戸棚から、例の開かない箱を取り出す。暗証番号を打ち込む液晶にはカーソルが点滅している。
いぜん、ジュリオのIDナンバーで試したが箱は開かなかった。これの持ち主は別人ではないだろうか。ルキノはガンダロフォのナンバーを検索して打ち込んだ。期待に反して、鍵は開けられなかった。
エーレもガンダロフォのプロフィールを検索したらしい。とたんに難しい顔をした。
「ルキノ、あの競りに参加できるのは、それ相応のクラスの人たちです。ガンダロフォはホワイトとなっています。でも、彼はもしかして」
そう、『母親』を持てるのは、特別な一握りの人々だけだ。
ルキノはあることに思い当たった。
クラスチェンジしたIDの末尾には、普段は省略されてはいるが元のクラスの表記がつく。
ルキノはガンダロフォのIDを入力し、末尾にBrとつけた。
Brihtの頭文字を二字追加すると、かすかに鍵が開く振動が手に伝わった。
「ガンダロフォはブライトからのクラスチェンジでは」
ふたりは同じ答えにたどり着いた。ルキノは箱のふたをあけた。
銀色の金属の箱の中にあったのは何かのサンプル、密閉容器の標本と数枚のフォトプリントだった。
「それはなに? ルキノ」
標本らしき瓶の中には、鶏卵より二周りほど小さい半透明なものが漂っていた。
ルキノはそれを凝視した。
「!」
背中まで伸びた白い毛髪。小さな小さな指が四本、腕状のものの先に。足はなく、体をくるりと半周するような尾は魚によく似ている。眼球があるべきところには何もなく、口元からは鋭利な歯がのぞいている。
霜魚の卵!?
「ルキノ、見せて。ウエブカメラの前にそれを」
ルキノはエーレによく見えるように、標本をカメラの前に置いた。
「これは?」
ルキノは問いに答えようとした。が、足下に落ちたフォトプリントに目が釘づけになった。
最初は何かよく分からなかった。それは構図がとても不自然だったからと気づくのに少し時間がかかった。
おそらくは、腕を伸ばしてうえからのアングルで撮影されたのだ。
写っていたのは、大きく足を広げて、男を受け入れている人物だった。
フォトを撮った本人は、蜂蜜色の髪が肩にかかり、わずかに赤い紅を刷いた唇が見える。それ以外は顔のほとんど画面から切れていた。
黒のレースの長手袋をした腕が、たくましい足を外側に開かせ、お揃いの膝上の靴下だけをつけた淫媚な白い足が誰かの体の内側にある。
無骨な体を快楽によじらせ、歪める顔がわずかに写り込んでいた。
……ガンダロフォ!!
ルキノは何度も見返して、残りのフォトも確かめた。
体位を変えても、役割は変わっていなかった。女装した華奢な男に犯されているのは、ガンダロフォだった。
「ルキノ?」
ルキノははじかれたように、顔をあげた。文字を打つのももどかしく、ルキノはフォトをエーレに見せようとした。
「おっと、そこまでだ」
集中して気づかなかった。いつの間にか、背後にはガンダロフォが酷薄そうに目を細めて立っていた。
「初めまして、うるわしのエーレ」
ガンダロフォはルキノの手からフォトを奪い、体を押しのけ、カメラの前に自ら進み出た。
「ルキノを、ルキノをどうする気ですか!! 監禁だなんて、狂気の沙汰だ」
「大切にしてますよ。なんといっても、あなたさまの弟君ですから」
すました顔をしてガンダロフォは答えた。モニターの向こうで、エーレが椅子から立ち、身を乗り出している。
「ルキノに手を出したら……」
「出したら? 議長に告げ口でもしますか、愛人ですものね?」
エーレがわずかに怯んだ。ガンダロフォはにやりと笑った。
「代用品め」
エーレの唇がわなないた。
「セントラルに戻ったら、女になりそこなったヴァイオレットなど、全員駆逐してやる。すべてはお前のせいだ、エーレ。おれの人生を狂わせたのは。議長と評議委員連中に言っておけ。おれを罵り追放したことを悔やむがいい。再生だ。再生の狼煙をあげてやる」
ガンダロフォはエーレが呆然と立ちすくむようすを嘲るように笑うと、通信を切った。
「探していたんだよ、サンプルとこれをな。ジュリオのやつが持ち逃げして隠しやがって。おおかた、おれを脅してここから脱出する気でいたんだろ。まあ逃げるより先に嫉妬に狂った誰かさんが手をくだしたわけだが」
ガンダロフォの指がキーボードのうえで踊った。外部へ通信文を打っているらしい。
「ちくしょう、計画は変更だ。早くだ、早くだよ!! 最速の宇宙船を準備しろよな!」
いらいらとキーを叩くガンダロフォには、かすかに焦りのようなものが見える。
「セントラルで暮らすには金がいる。うちの親父はろくに働かず、ふつうの受け答えすら危うい女には働く場所などない。そうしたら、おれで稼ぐしかないとクソ親父は考えたわけだ」
椅子に乱暴に腰かけるとガンダロフォは部屋の隅で体を固くするルキノのほうへ、ぐるりと顔をむけた。
「子どもの売春にはことかかない場所だ、セントラルは」
ガンダロフォは唐突に哄笑した。
「ひどい目にあうのはヴァイオレットだけだと思ったか? セントラルのブライトにだっているのさ、人肌に飢えた男の餌食になる子どもはな!!」
ガンダロフォの瞳には狂気が宿っているように見えた。
「なあ、これは刷り込みか? おまえだって男とヤルのは楽しいんだろ? 欲しくてたまらなくなるんだろ!?」
それはガンダロフォ自身のことなのだろうか。まるで自分を弁護するようにガンダロフォは饒舌だ。
「たまに欲しくなりやがる。親父のせいだ、こんな体にされて。ジュリオめ、いつのまに……」
ジュリオは逃げるつもりだったのだ、ガンダロフォから。不意にガンダロフォは黙った。
長く続くかと思った沈黙はすぐに終わりを告げた。
「さあ、行くか」
ガンダロフォはがたんと立ちあがった。
ルキノの体にゆらりとガンダロフォの影が落ちる。
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逆光のガンダロフォの顔は底なしの闇のようだった。
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