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再びの春
桜とふきのとうの天ぷら 3
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十二時過ぎに始まった食事会は和やかだった。
「作ってるあいだ、食べるの我慢してた」
茉莉花が、タケノコご飯のいなり寿司を口にほおばる。
「おもったとおり、おいしい。お揚げが甘じょっぱい、タケノコが柔らかい」
「そうだな。タケノコご飯は久しぶりだよ」
おじいも半分の大きさのいなり寿司を口に運ぶ。
「春はうまい物ばかりだな。ふきのとうの天ぷら、こればっかりは春にしか食べられない」
竜幸が小ぶりな天ぷらに、塩を少しだけつけて口に放る。
「うん、からっと揚がっている。ほろ苦さがいい。春の味だ」
ふきのとうの天ぷらに箸をつけた大人たちを見る茉莉花は、眉を寄せてしかめっ面をした。
「えー、ちょっと苦手。苦いもん」
「大人になれば、わかるよ」
母親の美枝子に言われて、そうかなあ、と茉莉花は最後の鳥の唐揚げを口にほおって首を傾げた。
「鰻、食べたかったんだよ。錦糸卵との彩りがいい」
おじいが小さな鉢に盛られた鰻を一口食べて、嬉しそうに笑む。ふだんよりも食が進んでいるのを見て、風はほっとした。
料理を何品も作るのは楽ではないけれど、おじいの笑顔が見られてよかったと風は思った。
ばっけみその田楽を一人分の割り当て二本をすでに食べてしまった風の母の夏樹が隣に座る風を見た。
「風、これ」
「分かってる、また作るから」
夏樹はうなずくと、まだ半分眠っているような隣の凪の皿から、田楽を遠慮なく失敬していく。
「父さん、いいかげん起きなよ」
凪は体をぐらつかせながら座っていたが、大きなあくびをしてようやく目を開けた。
「うわっ、すごいご馳走だ。風が一人で作ったのか」
テーブルいっぱいの料理を見て、凪が声を上げる。
「茉莉花ちゃんに手伝ってもらったし、竜幸さんもこごみのクルミを摺ったよ」
「いやいや、風。錦糸卵も切ったじゃないか、俺は」
わらびの煮つけのお代わりを小皿に盛りながら、竜幸ががんばりましたアピールをする。
「はいはい。前より使えるようになりましたよ、竜幸さんは」
「ほめてねえし」
二人のやり取りに、他の皆が笑った。おじいの表情も柔らかい。ほんの半年前、受け入れがたいほどの冷戦状態だった竜幸だったが、おじいの中では和解が成立したらしい。
「春のものはいい。なんだか体の細胞が清らかなエネルギーに満ちるような気がする」
風はふと、万葉集の一首を思い出した。ーー石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかもーー
「デザートはね、わたしが作って来たからね」
茉莉花が自信満々と言った面持ちで宣言すると、おじいは小さく拍手をした。
こんな機会があと何回あるのだろう。にぎやかで暖かな場にいて、風の胸は冷たくて泣きそうになった。けれど、そんな気持ちは今は忘れることにした。
「ご飯がすんだら写真も撮ろうね。わたしの最新のスマホで。出張で欠席のパパにも見せたいから」
今日は桜が満開だ。きっといい写真が撮れるだろうと風は思った。
夕方、風はコンビニにいた。コンビニの複合機で、今日撮った写真がプリントされて、取り出し口に溜まっていく。
「まだかかるのか」
タツユキが数点のお菓子を手に持って風のところまできた。
「あとちょっと」
「茉莉花ちゃん、すごい勢いで撮っていたからな」
「全部はプリントしませんよ。ある程度選んでいるし」
「俺と一緒のは、プリントするんだよな」
「しません」
えー、ひどいな、とタツユキは抗議したが、風は無視した。
食事が終わったあと、満開の桜のもとで風たちはお互いに写真を撮りあった。
おじいを中心にして集合写真を撮ったのをかわきりに、凪の両親や茉莉花母子も二人ずつファインダーに収まった。
そして、最初の孫である竜幸と、最後の孫・風がおじいの両側に立ったものも。
撮影会のあと、おのおのが撮った写真をスマホに送りあったため、とんでもない数になった。
その中から、厳選したもの十枚くらいをプリントしている。全部印刷したなら代金がばかにならない。
「ちょっと、竜幸さん、ゼリー買うんですか? お昼に茉莉花のゼリー、予備の分も食べたくせに」
「いいだろ、何回食べたって。おいしかったんだよ、ゼリーにはまるくらい」
風はあきれたが、いたしかたなしと思える点もあった。茉莉花が作ったゼリーは、本当においしかったのだ。
透明なブラスチックの器に入ったゼリーは二色に分かれていた。下の層は桜色のミルクゼリー、上の層は透明で中に桜花の塩漬けが入っていた。優しい甘さで、桜の塩漬けがいいアクセントになっていた。
「茉莉花ちゃん、料理の腕を上げたよなあ。将来カフェを開いても……」
竜幸が夢みたいなことを口にする。
「そういうことは、本人の耳には入れないでくださいね」
「どうして? なんなら、二人でカフェをしてみたらいいじゃないか」
「あのね、茉莉花は普通に勤め人になって、普通に結婚するのが……」
途中まで話した風を竜幸は、顔を少し横に向けてふーんと言い数秒、間を開けた。
「なんですか、人を馬鹿にしたみたいに」
「いや、風はさ。普通から外れた自分の生き方をダメだって思っているのかなって」
言われて風は顔が熱くなって、一瞬息が止まった。
「どう生きるか、マリカちゃんに任せるしかないけど。可能性の一つとして、そういうのもアリだと思っている」
俺はね、と言いおいて竜幸はレジへ向かっていった。取り出し口から写真を取る風の手が少しふるえた。
「風、帰りは俺が運転する」
複合機の前で立ち止まったままの風に竜幸は声をかけた。
「作ってるあいだ、食べるの我慢してた」
茉莉花が、タケノコご飯のいなり寿司を口にほおばる。
「おもったとおり、おいしい。お揚げが甘じょっぱい、タケノコが柔らかい」
「そうだな。タケノコご飯は久しぶりだよ」
おじいも半分の大きさのいなり寿司を口に運ぶ。
「春はうまい物ばかりだな。ふきのとうの天ぷら、こればっかりは春にしか食べられない」
竜幸が小ぶりな天ぷらに、塩を少しだけつけて口に放る。
「うん、からっと揚がっている。ほろ苦さがいい。春の味だ」
ふきのとうの天ぷらに箸をつけた大人たちを見る茉莉花は、眉を寄せてしかめっ面をした。
「えー、ちょっと苦手。苦いもん」
「大人になれば、わかるよ」
母親の美枝子に言われて、そうかなあ、と茉莉花は最後の鳥の唐揚げを口にほおって首を傾げた。
「鰻、食べたかったんだよ。錦糸卵との彩りがいい」
おじいが小さな鉢に盛られた鰻を一口食べて、嬉しそうに笑む。ふだんよりも食が進んでいるのを見て、風はほっとした。
料理を何品も作るのは楽ではないけれど、おじいの笑顔が見られてよかったと風は思った。
ばっけみその田楽を一人分の割り当て二本をすでに食べてしまった風の母の夏樹が隣に座る風を見た。
「風、これ」
「分かってる、また作るから」
夏樹はうなずくと、まだ半分眠っているような隣の凪の皿から、田楽を遠慮なく失敬していく。
「父さん、いいかげん起きなよ」
凪は体をぐらつかせながら座っていたが、大きなあくびをしてようやく目を開けた。
「うわっ、すごいご馳走だ。風が一人で作ったのか」
テーブルいっぱいの料理を見て、凪が声を上げる。
「茉莉花ちゃんに手伝ってもらったし、竜幸さんもこごみのクルミを摺ったよ」
「いやいや、風。錦糸卵も切ったじゃないか、俺は」
わらびの煮つけのお代わりを小皿に盛りながら、竜幸ががんばりましたアピールをする。
「はいはい。前より使えるようになりましたよ、竜幸さんは」
「ほめてねえし」
二人のやり取りに、他の皆が笑った。おじいの表情も柔らかい。ほんの半年前、受け入れがたいほどの冷戦状態だった竜幸だったが、おじいの中では和解が成立したらしい。
「春のものはいい。なんだか体の細胞が清らかなエネルギーに満ちるような気がする」
風はふと、万葉集の一首を思い出した。ーー石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかもーー
「デザートはね、わたしが作って来たからね」
茉莉花が自信満々と言った面持ちで宣言すると、おじいは小さく拍手をした。
こんな機会があと何回あるのだろう。にぎやかで暖かな場にいて、風の胸は冷たくて泣きそうになった。けれど、そんな気持ちは今は忘れることにした。
「ご飯がすんだら写真も撮ろうね。わたしの最新のスマホで。出張で欠席のパパにも見せたいから」
今日は桜が満開だ。きっといい写真が撮れるだろうと風は思った。
夕方、風はコンビニにいた。コンビニの複合機で、今日撮った写真がプリントされて、取り出し口に溜まっていく。
「まだかかるのか」
タツユキが数点のお菓子を手に持って風のところまできた。
「あとちょっと」
「茉莉花ちゃん、すごい勢いで撮っていたからな」
「全部はプリントしませんよ。ある程度選んでいるし」
「俺と一緒のは、プリントするんだよな」
「しません」
えー、ひどいな、とタツユキは抗議したが、風は無視した。
食事が終わったあと、満開の桜のもとで風たちはお互いに写真を撮りあった。
おじいを中心にして集合写真を撮ったのをかわきりに、凪の両親や茉莉花母子も二人ずつファインダーに収まった。
そして、最初の孫である竜幸と、最後の孫・風がおじいの両側に立ったものも。
撮影会のあと、おのおのが撮った写真をスマホに送りあったため、とんでもない数になった。
その中から、厳選したもの十枚くらいをプリントしている。全部印刷したなら代金がばかにならない。
「ちょっと、竜幸さん、ゼリー買うんですか? お昼に茉莉花のゼリー、予備の分も食べたくせに」
「いいだろ、何回食べたって。おいしかったんだよ、ゼリーにはまるくらい」
風はあきれたが、いたしかたなしと思える点もあった。茉莉花が作ったゼリーは、本当においしかったのだ。
透明なブラスチックの器に入ったゼリーは二色に分かれていた。下の層は桜色のミルクゼリー、上の層は透明で中に桜花の塩漬けが入っていた。優しい甘さで、桜の塩漬けがいいアクセントになっていた。
「茉莉花ちゃん、料理の腕を上げたよなあ。将来カフェを開いても……」
竜幸が夢みたいなことを口にする。
「そういうことは、本人の耳には入れないでくださいね」
「どうして? なんなら、二人でカフェをしてみたらいいじゃないか」
「あのね、茉莉花は普通に勤め人になって、普通に結婚するのが……」
途中まで話した風を竜幸は、顔を少し横に向けてふーんと言い数秒、間を開けた。
「なんですか、人を馬鹿にしたみたいに」
「いや、風はさ。普通から外れた自分の生き方をダメだって思っているのかなって」
言われて風は顔が熱くなって、一瞬息が止まった。
「どう生きるか、マリカちゃんに任せるしかないけど。可能性の一つとして、そういうのもアリだと思っている」
俺はね、と言いおいて竜幸はレジへ向かっていった。取り出し口から写真を取る風の手が少しふるえた。
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