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迎える夏
夏のゼリー
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風は、午後からの雨に洗濯物を取り込み、窓を閉めてエアコンをつけた。
おじいの葬儀からすでに二ヶ月以上がたち、相続や家の中の片づけがようやく終わった。
一人分のコーヒーを淹れて、一息つくと呼び鈴が鳴った。
「風、いる?」
「竜幸さん、昼間から珍しいですね」
「用事がなきゃ、来ちゃ行けないのか」
そうではないけれど、と風は小さくつぶやく。
「これ、新作のゼリーが出ていたから」
竜幸が市内でも評判の菓子店から買ってきたゼリーを風に渡した。
「コーヒー、アイスで」
「カフェじゃないですよ」
そう言いつつも、風は竜幸のためにアイスコーヒーを作った。
「なんだか静かだな。雨の音ばかり聞こえる。茉莉花ちゃん、もう顔を見せないのか」
「葬儀が終わってから一回かな。美枝子さんと一緒に。もう勉強を教えてあげられる人もいないし」
茉莉花は駅前の学習塾へ通うようになった。茉莉花は六月の地区予選で敗退し、部活を引退した。来春は高校受験が控えている。いくら親戚とはいえ、若い男性が一人暮らしの家に、中学生の女の子を自習目的であっても通わせるわけにはいかないだろう。
アイスコーヒーの氷が、グラスの中でカランと音を立てる。お土産のゼリーは、メロンと苺が盛られていて目にも鮮やかだった。
「最近、風が作ってくれないからな」
「よく言いますよ、週に三回もご飯食べにくるくせに」
「そりゃ、おまえが寂しいかなって思うから気を効かせてだな」
「いらぬ気づかいですよ。竜幸さん、ぼく来週出かけてきます」
珍しいな、と言って竜幸はゼリーのメロンを一口で食べた。風はうなずいて、苺を口にした。
「愛媛県の今治まで」
「そりゃまた遠いな。どうした、傷心旅行か」
「ぼくがリモートで働かせてもらっている会社の本社がそこにあって」
風は本社まで足を運ぶ理由を竜幸に、ぽつぽつと話した。
つい二日ほど前のことだ。
「このたびは、ご愁傷さまでした」
いつもどおり、伊東のカメラだけオフの状態でリモート会議が始まった。
「こちらこそ、御香典ばかりかフラワースタンドまで、ありがとうございました」
風は皆に向かって深く一礼した。六分割された画面の皆もそれぞれ頭を下げた。
「それで、祖父の介護が終わりましたので、フルタイムで働ける仕事に転職しようかと」
風かそういったとたん、何かが派手に倒れる音がした。前回と同じ、と風が思う間に野間が慌てふためいて立ち上がり、画面から消えた。
なにやら小さな押し問答が低く聞こえた。他の面々も不安な、というかなんだかソワソワとしている。
すると六面すべてに人物が映った。左上の伊東の位置にも人影が……風がよく見ようとしたとき、突然名前を呼ばれて発言者の顔が大きく映し出された。
「かつらラぎ、さん」
あ、噛んだと思うと、そこには黒縁眼鏡の女性がいた。栗色のショートボブで見た目が――。
新入社員?
「はじめまして、伊東です。今まで顔を見せなくてすみません」
勢いよく頭を下げた伊東は、ひたいをテーブルにぶつけて、また派手な音を響かせた。
「わ、わたし、ほんとに室長かとか、すごく誤解を受けやすくて、だかっだから今まで……すみません!」
ぶつけたひたいを手で押さえ、涙目で伊東は釈明した。
「葛城さんのお仕事は丁寧ですし、別業界からこちらに来るために大変な努力を厭わなかった方です。ぜひ、続けて欲しいです」
様々に驚いたが、つまりは引き留めだった。風が答えあぐねていると、顔を真っ赤にして伊東が続けた。
「それで! 葛城さんさえよければ、いちど本社へ来て、き、い、らっしゃいませ!」
伊東は身をのりだし、風に訴えた。訴えたとしか言いようのない切羽詰まり方だった。
伊東の迫力に気圧され、固まった風が見たモニターには、なぜか伊東以外の五人の社員が皆手を合わせ眉間にシワを寄せ、必死に拝んでいる姿が並んでいた。
拝んでいる? 自分を?
風が思わず自分を指差すと、五人が一斉にうなずいた。
「わ、わかりました」
風が承諾すると、伊東は卒倒し画面から消えた。再び野間が走り、残り四人が万歳をした。
「なんじゃ、そりゃ。怪しい会社じゃないだろうな」
竜幸はあきれ気味に笑うと、アイスコーヒーを飲み干した。
「なんだか、愉快なとこみたいなので、見てきます」
「いいんじゃない? 遠出なんて、久しぶりだろう」
風はうなずくと、ゼリーの残りを食べた。
「それで? 伊東さんて室長さんは可愛いのか?」
「セクハラには断固抗議します」
風はぷいと横を向くと、コーヒーを飲んだ。ホットコーヒーのせいか、風の頬は少し熱くなっていた。
おじいの葬儀からすでに二ヶ月以上がたち、相続や家の中の片づけがようやく終わった。
一人分のコーヒーを淹れて、一息つくと呼び鈴が鳴った。
「風、いる?」
「竜幸さん、昼間から珍しいですね」
「用事がなきゃ、来ちゃ行けないのか」
そうではないけれど、と風は小さくつぶやく。
「これ、新作のゼリーが出ていたから」
竜幸が市内でも評判の菓子店から買ってきたゼリーを風に渡した。
「コーヒー、アイスで」
「カフェじゃないですよ」
そう言いつつも、風は竜幸のためにアイスコーヒーを作った。
「なんだか静かだな。雨の音ばかり聞こえる。茉莉花ちゃん、もう顔を見せないのか」
「葬儀が終わってから一回かな。美枝子さんと一緒に。もう勉強を教えてあげられる人もいないし」
茉莉花は駅前の学習塾へ通うようになった。茉莉花は六月の地区予選で敗退し、部活を引退した。来春は高校受験が控えている。いくら親戚とはいえ、若い男性が一人暮らしの家に、中学生の女の子を自習目的であっても通わせるわけにはいかないだろう。
アイスコーヒーの氷が、グラスの中でカランと音を立てる。お土産のゼリーは、メロンと苺が盛られていて目にも鮮やかだった。
「最近、風が作ってくれないからな」
「よく言いますよ、週に三回もご飯食べにくるくせに」
「そりゃ、おまえが寂しいかなって思うから気を効かせてだな」
「いらぬ気づかいですよ。竜幸さん、ぼく来週出かけてきます」
珍しいな、と言って竜幸はゼリーのメロンを一口で食べた。風はうなずいて、苺を口にした。
「愛媛県の今治まで」
「そりゃまた遠いな。どうした、傷心旅行か」
「ぼくがリモートで働かせてもらっている会社の本社がそこにあって」
風は本社まで足を運ぶ理由を竜幸に、ぽつぽつと話した。
つい二日ほど前のことだ。
「このたびは、ご愁傷さまでした」
いつもどおり、伊東のカメラだけオフの状態でリモート会議が始まった。
「こちらこそ、御香典ばかりかフラワースタンドまで、ありがとうございました」
風は皆に向かって深く一礼した。六分割された画面の皆もそれぞれ頭を下げた。
「それで、祖父の介護が終わりましたので、フルタイムで働ける仕事に転職しようかと」
風かそういったとたん、何かが派手に倒れる音がした。前回と同じ、と風が思う間に野間が慌てふためいて立ち上がり、画面から消えた。
なにやら小さな押し問答が低く聞こえた。他の面々も不安な、というかなんだかソワソワとしている。
すると六面すべてに人物が映った。左上の伊東の位置にも人影が……風がよく見ようとしたとき、突然名前を呼ばれて発言者の顔が大きく映し出された。
「かつらラぎ、さん」
あ、噛んだと思うと、そこには黒縁眼鏡の女性がいた。栗色のショートボブで見た目が――。
新入社員?
「はじめまして、伊東です。今まで顔を見せなくてすみません」
勢いよく頭を下げた伊東は、ひたいをテーブルにぶつけて、また派手な音を響かせた。
「わ、わたし、ほんとに室長かとか、すごく誤解を受けやすくて、だかっだから今まで……すみません!」
ぶつけたひたいを手で押さえ、涙目で伊東は釈明した。
「葛城さんのお仕事は丁寧ですし、別業界からこちらに来るために大変な努力を厭わなかった方です。ぜひ、続けて欲しいです」
様々に驚いたが、つまりは引き留めだった。風が答えあぐねていると、顔を真っ赤にして伊東が続けた。
「それで! 葛城さんさえよければ、いちど本社へ来て、き、い、らっしゃいませ!」
伊東は身をのりだし、風に訴えた。訴えたとしか言いようのない切羽詰まり方だった。
伊東の迫力に気圧され、固まった風が見たモニターには、なぜか伊東以外の五人の社員が皆手を合わせ眉間にシワを寄せ、必死に拝んでいる姿が並んでいた。
拝んでいる? 自分を?
風が思わず自分を指差すと、五人が一斉にうなずいた。
「わ、わかりました」
風が承諾すると、伊東は卒倒し画面から消えた。再び野間が走り、残り四人が万歳をした。
「なんじゃ、そりゃ。怪しい会社じゃないだろうな」
竜幸はあきれ気味に笑うと、アイスコーヒーを飲み干した。
「なんだか、愉快なとこみたいなので、見てきます」
「いいんじゃない? 遠出なんて、久しぶりだろう」
風はうなずくと、ゼリーの残りを食べた。
「それで? 伊東さんて室長さんは可愛いのか?」
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