天秤の絆 ~ベル・オブ・ウォッキング魔法学園~

LEKI

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番外編

番外編ー3

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 明確にナギトがユヅキの言動の異質さに気付いたのは、五歳になる前後。
 指定災害変異超獣ハンターである両親から、本格的に魔法の使い方や戦い方を教えてもらうきっかけとなり、二歳の子供、と言うよりも幼児が、闇の統括大精霊であるセラータや、稀少な魔剣の精霊であるヴェルメリオと契約するきっかけとなったあの大事件の、三ヵ月前の出来事だった。

    ◇   ◆   ◇

 ナギト:四歳、ユヅキ:一歳。

 四歳の子供からしてみれば、一歳の子供とは全く理解の及ばない未知の生き物だ。しかもそれが血の繋がった兄妹ではなく、親の知り合い夫婦の子供となれば、なおさら。
 まあ、その夫婦にはナギトはもっと小さい頃からお世話になっていて、ある意味もう一組の親みたいな存在だけれど。仲良くしてねと言われても、実際どう仲良くすれば良いのかわからない、と言うのは幼いナギトの心の声。とりあえず傍に居て、いつも両親や知り合い夫婦に言われたりしてもらったりした通り、様子を見て、危ない事は止めれば良いだろうかと考えるくらいには、ナギトは同年齢の子供よりだいぶ大人びていた。

「ゆづ、なにみてるの?」
「ああにゃ!らるるーらふにゅる!」
「……わかんないよ」

 ハイチェアに座るユヅキの、斜め左前。丁度テーブルの角を挟む形で、絵本を読み聞かせていたナギトはこてんと首を傾げた。ユヅキの言葉の意味が、読み取れなくて。
 赤ん坊は、早ければ九か月から、遅くとも一歳半には喋り出すと言う。けれどユヅキは喋ると言うには程遠い状態だった。
 パパやママとも言わず、言葉と言うには程遠い音の羅列と言っても過言ではない。
 誰に教えられたんだその言葉、なんて。ナギトだけではなく、ユヅキの両親、ナギトの両親も首を傾げていて。日中傍に居る時間が長いのはナギトだからと訊かれる事が多いが、正直わかるわけがない。

 ただ言えるのは、幼いナギトでも何かが変わっているとわかるくらいに、ユヅキは不思議だった。
 人聞きが悪い言い方をすれば、異常だった。
 そして、喋っていると言うよりも、ナギトからしてみればユヅキはように思えてならなかった。

「きゃっきゃ」
「んー……?」

 なかなか話せず、歌っているように聞こえる事もだが、ナギトにはもう一つ、ユヅキの事で気になる点があった。
 急に笑い出したユヅキが、どこかを見上げている。それは確かなのに、視線を辿ってナギトが顔を上げても、そこには見慣れた天井や家具の上部分が見えるだけ。特に変わったものは見えないが、当のユヅキ本人は楽しそうに笑っていて。謎は深まるばかり。
 しかも、ただ一点を見つめているわけではなく、くりくりとしたウルトラマリンブルー色のユヅキの目があっちこっちへと動き回っているところから見ても、何かを追い駆けているのは確か、なのに――。

 やっぱりナギトの目には、何も映らなくて。

「……ゆ」
「にゃーと!」
「う、うん?……いまのは、ぼくのなまえ、かな」
「にゃーあ!」
「……ちがうか」

 変な期待をした。
 理由としては、変な方向を向かずに真っ直ぐ自分を見ていた事と、ナギトに近い発音をユヅキがしていたから。だが、次にユヅキが上げた声は、また少し違っていて。ちょっと残念だと肩を落とすナギト。
 もしナギトと名前を呼んでいたとしたら、ユヅキの良心を差し置いて一番に名前を呼ばれた事になるわけで、それはそれで喜んで良いのかどうか悩みどころ。
 あの両親だ、恨まれる事はないだろうが、ナギトの気持ちの問題だ。

「ゆーづ」
「きゃい!」
「えっと……こわいのじゃない?て、きいてわかる……?」
「うー?」

 ユヅキが見ていた天井辺りを指差し問いかけるも、全く意味が伝わっておらず、こてんと首を傾げられてしまう。予想はしていたものの、やっぱりダメかとナギトが肩を落としてしまうのは、仕方なく。
 もう一度天井を見上げ、眉を顰めるばかり。
 両親に訊いてみようとは思うが、史上最速、たった二人のパーティで指定災害変異超獣ネームドハンターになった二人はただいま大忙し。今は確か、チェルシェニー大陸からお呼びがかかったとかなんとか聞いた覚えがある。
 純粋な依頼ならまだしも、大陸王族や貴族等が物珍しさに呼び付けているんじゃないかと話していたのは、ユヅキの両親やその同僚達。
 もしその憶測が正しければ、今頃ナギトの母親、ヴィーダはところかまわず魔法銃を乱射している可能性すらある。
 とまあ、そんな思考は数秒で投げ捨て、すぐにナギトは意識を目の前のユヅキへと戻す。

「おじちゃんたちきいてわかるかな」
「うーらるにゃにゃうる!」
「あ、ゆづだめだよ。こっぷおちちゃう」

 ちょっと考えている間に、楽しそうなユヅキが持っていたストローマグを放り投げそうになって、慌てて止めるナギト。
 子供って怖い。小さい子供って怖い。そんな気持ちがナギトの胸に浮かび、心臓がドキドキと早まる。簡単に壊れないような素材を使っているとは言え、投げるのは危ないから。とりあえず、少し考えた結果ユヅキの手からナギトはストローマグを取り上げる。不機嫌にならないかと心配したが、ひとまず大丈夫そうだ。
 安堵の吐息と共に、胸を撫で下ろす。

「……おばちゃん、はやくもどってきてー」

 同僚に呼ばれて部屋を出て行ったユヅキの母親の帰りを、今か今かとナギトは待っていた。

    ◇   ◆   ◇

 ナギト:四歳、ユヅキ:二歳。

 紆余曲折を経て、この世界には精霊と呼ばれるものが存在しているが、その姿を見る事も、言葉を交わす事も、存在を察知する事も出来ない事をナギトが知ったのは、五歳になる少し前。
 精霊はごく一部の素質のある人間と契約する事が可能で、契約すると普通の人間でも姿を見る事が出来るし、会話も出来ると、幼児でもわかりやすく説明してくれたのは、大おばあちゃんと両親が語る人から話を聞いた。
 それでも、あくまでも当時のナギトは知識としてそれを覚えただけであり、理解するのは少し後。

 明確にナギトが精霊の存在を理解したのは、ユヅキの実家の庭の一角に作られた砂場で遊んでいる時だった。

 知識として、歌のように聞こえるのは精霊と会話している時、精霊と会話する力を持たない者にはそう聞こえるのだと知った。知ってはいたが、砂場遊びをしている時、突然目の前に精巧な砂の城が出来上がれば、誰だって驚くだろう。
 しかもそれが、馬車で最低でも四日はかかるところにある王都にある王城ともなれば、言葉を失うのは必然。
 当時はナギトですら王都に行った事もなく、見る事すら叶わないのに。ユヅキが王城を知る筈もなく。ではどうしてそんな王城が出来たのかと訊かれれば、精霊がやったからとしか説明出来ないわけで。
 数年後、その時の出来事を語った時、あの時の王城を創り出したのは自分だと、グラナディールは楽しそうに笑って教えてくれた。

「……ゆづ?これ、せーれーさんがつくったの?」
「あいっ!」
「そ、か……すごいね?」
「あいっ!」

 ちゃんと自分の言葉を理解して返事しているのだろうか。そんな心配をしてしまうのは、やっぱりナギトが同年代の子供よりだいぶ大人びでいるから。
 突然目の前で出来上がった砂の城を見ながら、うーんと唸って首を傾げるナギト。
 色々気になる事があって、訊きたい事が沢山あるのに、上手く吐き出せずに持て余してしまうのは、まだまだナギトが幼く、自分の中の疑問を言語化するのが難しいから。両手をうろうろ動かしてああでもないこうでもないと考えるが、結局諦めてしまう。
 手に持ったスコップで何度も砂を掘り返す事で、胸の中のもやもやをなんとか誤魔化しておいた。

 成長してから思えば、この頃からナギトはある意味研究者としての片鱗があったのかもしれない。
 気になる事を探求したい、知りたいと思う気持ちが、人一倍強かった。
 ただしそれは、自分のすぐ傍に居るユヅキに対して発揮されるものだったけれど。きっと傍に居るのがユヅキでなければ、ユヅキが精霊術師でなければ、今のナギトとは全く違うナギトに成長していた筈だ。絶対、きっと。

    ◇   ◆   ◇

 ナギト:五歳、ユヅキ:二歳。

 痛いとか、怖いとか、その程度の子供が知る言葉では表現出来ない程の、死の恐怖。
 何気ない、本当に何気ない、ピクニックだった。
 近所の子供や、ユヅキの両親の同僚達やその子供達、年齢的には下はユヅキの二歳から、上は十四歳くらいまでと、年齢の幅は広かった。そんな彼等が、揃って街のすぐ近くの平原に遊びに行った時の話。特にモンスターが出て来る筈もなく、冒険者見習いがクエストの練習をする為に使われるような安全な場所――の、筈だったのに。

 幸運な点をいくつか挙げるなら、ナギトの両親がピクニックに同行していた事が大きい。
 そして何よりも――精霊術師の中でも、とりわけ、全ての精霊に愛される特殊な精霊術師であるユヅキが居た事こそが、全員生存の道に繋がったのだと思う。
 多少の重軽傷者は出たものの、死者が一人も出なかった事は奇跡的だったと断言出来る。

 ピクニック自体は特に問題なく、平和に時間が過ぎていた。
 咲いている花を摘んだり、物語の勇者ごっこをしたり、大人に本の読み聞かせをしてもらったり、中には魔法の練習を見てもらう子供達も居た。本当に平和に、皆思い思いにピクニックを楽しんでいたのに。

 は、何の前触れもなく、指定災害変異超獣ネームドハンターの警戒すら掻い潜って、平和な時間を切り裂いた。

 最初の悲鳴を上げたのが誰だったのか、子供だったのか大人だったのか、女だったのか男だったのか、それすらも覚えていない。
 たった一つ、が出現する直前の出来事でナギトが覚えているのは、それまで楽しそうに笑っていたユヅキが、急に不安そうな泣きそうな顔をしてしがみ付いて来た事だ。

「にゃぁとっ」
「どーしたの、ゆづ」
「にゃぁとやーぁっ!やー!!」

 突然自分の腕にしがみ付いてやだやだと頭を振るユヅキに、何事かとナギトが首を傾げた、直後。
 響き渡った絶叫は、ユヅキの体を震わせ、ナギトに恐怖を与えるには、十分過ぎて。
 反射的に腕にしがみ付くユヅキを抱えながら、きょろきょろと周囲を見回せたのは、今考えれば幼いナギトにしては上出来だったのではなかろうか。
 ナギトがに気付けたのは、険しい顔をした両親が、自分達の脇を駆け抜けて行ったのを見たから。父親のルニはツヴァイハンダーを手に、母親のウィーダはステアーSSGを手にして、ナギトの前では絶対に見せた事がない、真剣で緊迫した表情から、かなり危ない事が起きているのだと読み取れて。
 何が起こったのかと理解したのは、両親の走って行った方を見た後。

 全身を一瞬で駆け抜けた寒気は、成長した今ならそれが怖気なのだとわかる。
 だが、成長した今でもの姿を思い出す度に怖気が走るのだから、ある種のトラウマ。と同時に、今の自分でも勝てないだろうし、追い払う事も出来るかわからないと、ナギトは思うのだった。

 見えたのは、後ろ足で立ち上がり二足歩行をするワーウルフ。数は十。
 ワーウルフ自体はよく見かけるモンスターではあるが、一頭だけ、決定的に他のワーウルフと違うところがあった。大きさだ。
 一般的なワーウルフは二メートルから二メートル五十センチくらい。だが、今ナギトの目に映るワーウルフは、ルニの使うツヴァイハンダーを縦に二振り並べたくらい。一般的なワーウルフの三倍の巨体を誇る。
 眼光は鋭く、瞳は本来の赤ではなく金。毛色も本来は黒紫なのに、赤黒くなっていた。
 普通のワーウルフとは違う、ワーウルフ。後にそれが、指定災害変異超獣ネームド:マーナガルムと呼ばれる特殊個体だとナギトは知った。
 そのマーナガルムは他のワーウルフ九頭を従えているらしく、遠吠えで指示を出しているのが見えた。

 どこから現れたのか、全くわからなかったと、後にルニとウィーダは語る。
 周囲への警戒を怠っていたつもりはないが、少なくとも、周囲数十メートル以内にマーナガルムの巨躯と九頭ものワーウルフが姿を隠せる物はなかった、のに。
 ナギト達から見て十メートルは離れた距離に、マーナガルムとワーウルフ九頭は確かに存在していた。

「ナギト!ユヅキと一緒に隠れときんさい!!ユヅキを守るんよ!!ええね?!」
「何か遭ったら、大声で父さんたちを呼んでね!!呼べなかったら叫ぶだけでもいいよ!!何が聞こえても、絶対顔を出しちゃダメだよ!こっちに来てもダメだからね!いい!?わかった?!」
「はっ、はいっ!!ゆづ、コッチ!」

 恐怖に縛り付けられて動かなかった体が、急に軽くなる。
 抱えていたユヅキの体を抱え上げ、周囲をまたきょろきょろ。何が起こったのか確認する為ではなく、今回は、隠れる場所を探す為に。
 とは言え、ここは平原。大人の目が届くようにと、大きな岩や木々もあまり生えていない平原だ。ともすれば、隠れる場所なんて早々見付からなくて。それでも何とか見付けた岩は、マーナガルム達から更に五メートルは離れた位置にあり、小さなナギトとユヅキの体を隠すには十分。
 今にも泣き出しそうなユヅキの耳を自分の両手で塞がせ、そして岩と自分で挟むようにしてナギトはユヅキの体を抱える。

 それは、例え襲われたとしても、ナギトが動かなければユヅキを守れる、そんな体勢。
 自分を犠牲にしてでもユヅキを守る状態だ。

「っ、にゃぁと……っ、にゃぁと」
「うん、こわいね。なぎともこわいよ。でも、だいじょーぶ。パパとママがいる。パパとママはつよいから、こわいのいなくなるよ」

 泣きながら自分の名を呼ぶユヅキに、必死に言い聞かせるナギト。
 無理に大丈夫と言い聞かせるのではなく、自分も怖いと認めてから、大丈夫な理由を言い聞かせる。きっと、ユヅキの為ではなく、自分の為に。
 ぎゅっ、強くユヅキの体を抱き締める。
 その間も聞こえる悲鳴や怒号。子供達の泣き声。マーナガルムの咆哮。鋭い剣戟音。銃声。指示を飛ばすルニの声。苛立つウィーダの声。耳に届く情報だけでも、ナギトの恐怖を煽るには十分。怖い。怖い。恐怖に震える体を、ユヅキを抱き締める事でナギトは押さえ込む。本当に押さえ込めているかどうかは、わからないけれど。
 でも、何度も言い聞かせる。

「なぎともこわいよ、ゆづ。すっごくこわい。でも、パパとママがいるから、だいじょーぶ。ね?ナギトのパパとママは、つよいでしょ?」

 どれくらい、何回、同じセリフを繰り返したかわからない。なんとか必死に、恐怖に負けそうになる自分を、小さなユヅキを抱える事で耐えようとしていた。

 それでも時として現実は、冷酷なまでに非情になる。

 最悪だったのは、ユヅキを守る為に周囲に背中を向けていた事だろうか。
 だからこそ、深手を負い、これ以上は危険だと判断したマーナガルムが逃走を判断。追い駆けるルニ達を振り切ろうと、ナギト達が隠れている岩を飛び越えた事に気付かなかった。そして、逃走する途中で、離れたところでじっとしている子供を、ナギトの背中を、見付けた。

 深手を負った。
 今まででは考えられない程の深手だ。
 手下のワーウルフも九頭全員が殺された。
 まだ一匹も殺していない。無力で弱いのに、食べると美味しい獲物なのに。

 実際には人間は、ワーウルフに対抗する力も武器も持っているのだけれど、それはマーナガルムが不運にも、ワーウルフを倒せるだけの力を持った冒険者や騎士団に遭遇しなかっただけなのだが。当のマーナガルム本人、もとい本モンスターが知る筈もなく。
 そもそもワーウルフ自体、一体ずつなら危険度Dとそこまで高くないが、群れを形成して攻撃してくるからこそ、危険度Aに一気に跳ね上がる。
 だからこそマーナガルムは、今まで命の危険を覚える程の負傷を追う事がなかった。だからこそ戸惑い、逃走を図ったが、その途中で見付けた獲物が、自分を攻撃して来た獲物の一匹とよく似ていた。
 腹も満たせる上に、いい腹いせになると思ったのだろう。マーナガルムは、次の狙いをナギトに定めた。
 けれど、背中を向けたままのナギトは気付かない。
 ナギトの腕の中に居たユヅキの方が、数瞬早く、ナギトの背後に降り立ったマーナガルムと目が――合った。

「っ!!」
「ゆづ?どう、じっ?!」

 どうしたのと訊こうとしたところで、背中に走った、衝撃。痛みよりも先に、衝撃。そして熱さに、数秒ナギトは呼吸を忘れた。
 マーナガルムの爪で引っかかれたのだと理解出来る筈もなく。にもかかわらずナギトは、けしてユヅキを離さなかった。背中をひっかかれた事で、今まで以上に強い力でユヅキを抱き締めていただけだったかもしれないが。

「ぐ……っ!あっ!」
「やあああああああああああっ!!にゃーと!にゃーと!!」
「っ!ユヅキ!ナギト!こんの!!」
「うちの子達に、何してくれちゃってるのかなぁ?!」

 怒号一発。否、二発か。
 自分達のボスであるマーナガルムを逃がす為に、決死の攻撃を仕掛けて来たワーウルフ九頭と戦っていたルニ、ウィーダが上げる怒号。
 ワーウルフ九頭を他の戦う力を持った大人達に任せ、瞬間的に爆破するように膨れ上がる魔力は、二人の魔法がほぼ同時に発動した事を何よりも饒舌に語っていた。

 だが不運にも、ナギトがユヅキを守る為に選んだ岩が遮蔽物となり、ルニやウィーダの視界からナギト達を隠してしまう。
 ヘタに魔法を撃てば、二人に当たる可能性がある。

 そう判断した瞬間、チクショウと叫んだのは、クソッと毒づいたのは、ルニとウィーダのどちらだったのか。
 即座に攻撃魔法を身体強化の補助魔法に変えて魔力を練り直し、突貫したのはルニ。対するウィーダは、少しでもナギト達に魔法の弾丸が被弾する可能性を減らす為、広範囲に弾丸が飛び散るジスパロ散弾ではなく、貫通力に特化したムニション・ペルフォランテ徹甲弾へと変更するべく意識を集中。
 立ったままステアーSGGを構え、レティクルを覗き込む。

 狙うのは――肩。
 目はダメだ。目を潰された事でうろたえたマーナガルムが腕を振り回して暴れる可能性が高い。そうなると、一番被害を受けるのは、マーナガルムに一番近いところに居るナギトとユヅキ。
 それだけはダメだ。守ろうとして傷付けたなんて、絶対にあってはならない事だ。

 魔力を練って、練って、練り上げて。風属性の魔法で貫通力を上げて、着弾時にその巨躯を燃え上がらせる為に火属性の魔法を使って。二つの属性の魔法を同時に練り上げ、一つの魔法の弾丸に。

メズクラ・マヒア混合魔法ムニション・ペルフォランテ徹甲弾!」

 ウィーダの右手人差し指がトリガーを引く――直前。一頭のワーウルフが横合いから飛び出し、ウィーダに体当たり。
 結果的にウィーダの狙いはマーナガルムから大きく逸れて、明後日の方向へと弾丸を放つだけになってしまった。

 数十メートル離れたところに生える木が燃え上がったのは、ウィーダの魔法の弾丸がそこまで飛ぶ威力があったから。

「こんのクソッ!!ルニ!!すまん、邪魔入った!!」
「っ!!」

 自分に体当たりをして来たワーウルフを蹴り飛ばし、叫ぶウィーダ。
 周囲への警戒を怠ったなんて彼女らしくもないミスだが、この状況下では仕方ない。他の保護者達のように、パニックに陥っていないだけずっとマシか。当の本人は、十数年経った今でもこの時の事を悔いていて、思い出しては自分自身に腹が立つと語っている。
 起き上がろうとするワーウルフに、懐からコルトパイソン357マグナムを取り出し、追撃。魔法属性を考える余裕はなく、ただ魔力を編み上げたマヒア・バラ魔力弾だったけれど。
 怒りが瞬間的に魔力を編む強さを後押ししたのか、ワーウルフの体には直径十センチほどの穴が開き、更にその下の地面を数十センチにわたって抉れていた。
 絶命したかどうか、確認はしない。出来ない。それだけの余裕が、今のウィーダにはないから。

「ルニ!!」

 悲鳴にも似たウィーダの声が響く。その声を背に受けながら、ルニもわかってると内心吐き出す。
 けれど、遅い。
 ルニがナギト達の元に到着するよりも、マーナガルムの爪が振り下ろされる方が早い。ずっと、ずっと。

「ナギト!ユヅキ!」
「……ゆ、づ……にげっ」
「ゃあああああああああああああっ!!」

 苛立ったルニの声。痛みに顔を歪めながら、逃げろとユヅキに語るナギトの声。そんな彼等の声を掻き消すくらいに響く、ユヅキの大音声。
 誰もが、ナギト達が死ぬと思った、まさにその瞬間。

 紅い閃光が、平原一帯を赤く染め上げた。

「まだ生きてるな?よく守った、偉いぞチビ助」

 倒れ伏すナギトと、泣きじゃくるユヅキを背中に庇う形で現れたのは、真っ赤な髪と瞳を持つ男――後に、稀少な魔剣だとわかる人型の姿をしたヴェルメリオと、人型の姿をした闇の統括大精霊、セラータだった。

 精霊を見る力のないナギトの目には、魔剣の精霊であるヴェルメリオしか映っていなかったけれど。
 少なくともナギトにとっては、その時初めて、精霊と言う存在を目にした瞬間だった。

 まあ、ヴェルメリオが魔剣の精霊だとか、一緒に助けに来てくれた精霊が闇の統括大精霊だったとか、その話をナギト達が知るのは、数日後になるのだけれど。
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みんなの感想(1件)

青ノ
2024.03.20 青ノ

序章すべて読みました!!
アンバランスにも見える三人でしたが、この後どうチームになってくのか、またミナギがどう成長してくか、これからの展開も楽しみにしてます。

2024.03.20 LEKI

序章読んで頂きありがとうございます!
まだまだ出逢ったばかりの三人ですが、これから先を、またミナギがどう成長していくのか、楽しみにして頂ければと思います。
これからよろしくお願いいたします。

解除

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