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番外編
番外編ー2
しおりを挟む・時間軸は、本編ー8に入る直前あたり
◇ ◆ ◇
昼と太陽を司ると言われている光の統括大精霊、アルバ。夜と月を司ると言われている闇の統括大精霊、セラータ。
見た目はただの白い鷹と黒い猫のコンビが、実はただの光と闇の精霊ではなく、それぞれ統括大精霊だとミナギが知ったのは、つい最近。精霊は人の姿をしているものだと思っていた為、動物の姿をしているのと、その理由を知った時は驚いたものだ。
だが、実は統括大精霊だと知った今も、まだ精霊だと信じられずに居るなんて言ったら、失礼だろうか。
ギリギリ信じられるのは、人の言葉を話して会話が可能なアルバくらい。
今だってほら、セラータは東屋のベンチの上で大きな口を開けて欠伸をした後、口をもごもごと動かしたかと思えば、前足に顎を乗せて寝始める。その動きは本当にただの猫でしかなく、大半の人は精霊だと思って居ない可能性すらある。
「……ねえアルバ、セラータって寝てる事多いけど、猫の姿してるから?」
「違うわよぉ?」
パーティの集合場所として決められている、東屋。
ナギトはいつも通り沢山の本に囲まれていて、ユヅキは手紙らしき物を読んでいて、ミナギは宿題――だったのだが、ちょっと集中力が切れてしまった。
集中している二人の邪魔をする訳にもいかず、ぼんやりしているところでミナギの口から出来たのが、さっきの質問。しかしミナギに返されたのは、否定で。どうやら猫の姿である事とその生態がイコールで繋がる事はないらしい。
では寝ている事が多い理由はと訊けば、単純明快ながら、更に疑問の浮かぶ答えが返って来た。
「だぁってぇ、セラータは闇の精霊だものぉ。光の多い昼間はぁ、調子が出ないのよぉ。わたしもぉ、夜は調子でないからぁ、それと同じよぉ?」
「えぇ……?」
それはちょっと、にわかには信じられない。
夜、陽が落ちてからのる場の様子を見た事がないのもあるが、信じられない理由としてあげられるのは、つい最近のネグロ・トルエノ・ティグレとの戦いだ。
ミナギを助けに来たユヅキの影から飛び出して来たセラータは、体長四メートルはある大きな黒豹の姿をしていたのに。ネグロ・トルエノ・ティグレの黒い雷を封殺していたのは、間違いなく闇の精霊としての力。にも関わらず、昼間は調子が出ないと言うのは、やっぱり信じられない。
しかし、ここで話に横槍を入れて来るのは、ナギトだった。目は本の文面に向けられたまま、ミナギに向かって声を投げて来る。
本に集中しているように見えて、聞き耳は立てていたらしい。
「事実だよ。それこそ夜なら黒豹だろうが黒獅子だろうが、どんな姿にでもなれるけどな。昼間は出来るだけ小さい姿で居て、必要な時にだけ力を使うようにしてんだ」
「アルバも、夜はじっとしてたり寝てたりする事多いんだよ」
「そうなの?」
「そうよぉ?代わりにぃ、セラータは元気になるからぁ、夜の間はずーっと起きてる事も出来るのよぉ」
それこそ、ベル・オブ・ウォッキング魔法学園に入学する前、ナギトの両親のクエストに同行していた頃なんて、野宿をする時は夜の見張りを任されていたらしいのだから、相当か。野宿なのに見張りの心配をせずに朝までぐっすりなんて、他の冒険者が聞けばきっと羨ましがるに違いない。
まだ野宿をするようなクエストを経験していない為、実際にはどんな感じなのかわからず、あくまでも想像するくらいしか出来ないけれど。
夜の闇の中、どこから狙って来るかもわからないモンスターから、寝ている仲間を守る為の見張りは、かなり神経を使う筈だ。
「……まだそんな移動に時間かかるクエスト受けた事ないけど……もし受ける事あったら、夜の見張り、頼んでもいいかな、セラータ」
少し遠慮がちに、ベンチの上で眠るセラータに向けて手を伸ばし、声を掛けるミナギ。そっと背中に手を置き、毛並みに沿って撫でる。猫特有の温かみや毛並みの質感はそこにはなく、ただ空気の塊を撫でるだけの、妙な感覚だったけれど、それも精霊相手だから当然だ。
寝ていたセラータが、顔を上げる。
自分を見下ろすミナギを、星空を思わせる瞳で見上げ、すっと目を細める。それからゆっくりと瞬き。
相変わらずと言えば相変わらずの無言の反応ではあるが、ミナギにはそれが、任せなさいと訴えているように思えて。勘違いだったり、思い込みだったりする可能性も、ないとは言いきれないけれど、任せろと言われた気がして。
「うん、よろしく。……いつか、セラータとアルバの人間……っていうのかな、人の姿?見られるかな」
「そうねぇ。別に秘密にしてるわけじゃないからぁ、そのうち見られるわよぉ」
「秘密じゃないけど、今見せる気はないんだ?」
こくり、と。ミナギの言葉にアルバとセラータは同時に頷く。
秘密にされれば気になるのが人間の性。粘ってみせて欲しいと訴えても、精霊コンビの答えは変わらない。
意地悪だと眉を顰めても、だからと言って二人が、じゃあ見せてあげると手の平を返してくれる筈もなくて。仕方なく揚げる白旗。いつか見せてくれれば良いが、仮に見せる時はネグロ・トルエノ・ティグレと戦う時以上の危険が迫っている時、のような気がして――正直、複雑な心境。
しかもナギトからはダメ押しとばかりに。
「大人の姿した精霊は大体美人だとか綺麗なタイプが多いから、楽しみにしとけー。セラータはともかく、アルバは絶対お前の想像越えて来るから」
「えぇ……?セラータじゃなくてアルバなの……?なんか怖いんだけど」
「怖くないよー、ダイジョブダイジョブ」
安心させるように笑顔でユヅキはそう言うが、むしろ余計に不安を煽る。
当のアルバはと言えば、「失礼ねぇ」なんて言ってナギトに向かって文句を言っているが、暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。完全無視状態。
まだ何か言い募っているアルバを右手で軽く振り払い、ミナギに目を向けるナギト。
「あえて言うなら、精霊に性別はないって事だな。お前の側にいるチビ達見ればわかるだろ。男っぽく見える、女っぽく見えるってのはあっても、明確な性別はナシ」
「あー……。それは、そうかも」
ナギトの言葉に、納得。実際ナギトの言う通り、五人の小さな精霊達は勿論、これまでミナギが見て来た精霊達には、性別を見極める身体的特徴はなかった。
男っぽく見えたり、女っぽく見えたりはしても、だ。
ちなみに、ミナギの傍に居る五人の精霊達は、風の精霊コンビは男っ子っぽいのと女の子っぽいの一人ずつ。光と水の精霊は男の子っぽく、地の精霊が女の子っぽい組み合わせ。とは言っても、それぞれ手の平サイズの小さな精霊の為、強いて言うなら、の注釈は入るけれど。
ネグロ・トルエノ・ティグレに襲われた時助けてくれた、泉に住む水の精霊は、女性っぽく見えた。
では、これをアルバやセラータに当てはめると、どうなるのか。
アルバは、声や口調から考えると女性っぽい。
セラータは――全くの謎。
外見から人の姿を想像出来る筈もなく、アルバのように声や口調から想像しようにも、普段猫の鳴き声しか出していないセラータだ、想像なんて出来ない。
せめてアルバみたいに喋ってくれればと思うのだが、当の本人――もとい本精霊は無口だそうで。それを考えれば、まだ猫の鳴き声を出して返事をするだけマシ、と言うのはナギト談。
「夜元気になるなら、夜なら喋ってくれるとかないの?」
「ナイナイ」
「ないよー」
「ないわよぉ?」
三者三様。それぞれの言い方で否定され、ああそうとミナギは肩を落とした。別に期待していたわけではないが、一度気になると落ち着かない。
まあ、あれだけ言われるアルバの人の姿も、気になると言えば気になるけれど。
一度で良いからセラータの声を聞いてみたい、なんて。そう思うのは、悪い事ではないだろう。好奇心は猫をも殺すとは言うけれど、今回に限っては問題ない筈だ。しかし、これ以上粘っても成果は得られそうにない為、大人しく我慢。
いつになるかもわからないその時を楽しみにするしかないと、ため息を吐くミナギ。
しかし、そのいつになるかもわからないその時は、後に本当にやってくるのだが――この時のミナギが知る筈もない。
「セラータもさぁ、もうちょい俺の研究に付き合ってくれてもイイんじゃねぇの?」
そう言ってナギトが、左手で持っていた万年筆の背で、また寝ようとしていたセラータの頬辺りをぐりぐりと押して意地悪をしてみたところで、効果なし。
うっとうしそうに眉を顰めたセラータが顔を上げ、後ろ足で器用にナギトの左手を押さえるまで、そのやり取りは続いた。なーう、なんて。低いセラータの声が不満を訴えていたように聞こえたのはきっと、ナギト達の気のせいではない。
面倒臭がりではない。気分屋でもない。ただただ無口なだけで、性格的には自分から前に行くタイプではないが、でも静かに傍に居てくれるタイプ、と語るのはアルバやユヅキ。
まあ静かに傍に居てくれるタイプと言うのは、パーティ勧誘の時に在ってから今日に至るまでの経験で、ミナギもわかっているけれど、十分。
それこそ、授業中にふと視線を感じて横を向いたら、なぜかそこにセラータが居た、なんて経験は、一度や二度ではない。
五人の小さな精霊達のように、何かを教えてくれる事は少なく、参考になる本や資料のある場所を教えてくれることも少ない。
本当に、ただそこに居るだけなのだが――不思議と、それが心地良くて。だからだろうか、傍に居ないと、見えるところに居てくれないと、落ち着かない事すらある。不思議な話だ、今までそんな事、一度もなかったのに。
セラータだけじゃない。何かと感覚がズレまくっているナギトやユヅキ、アルバに振り回されて大変な事もあるし、疲れる事も多いけれど。それを楽しいと思っている自分に――ミナギはまだ気付かない。
もしかしたら、気付いていて、気付いてない振りをしているだけかもしれないけれど。
「あー、そうだ。全員揃ってるなら、ついでに次に受けるクエストの相談してイイ?」
「いいよー。ミナギくんは」
「オレもいいけど、どんなの?」
「今回は採取……じゃないな、採掘だなー」
新しく受けるクエストの依頼書を広げるナギトの手元を、ユヅキとミナギは覗き込んだ。
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