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本編
本編ー2
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採取した薬草の提出は、学内クエストを受ける為の総合職員室の中にあるクエストカウンターではなく、医務室の中の薬局カウンターだった。
クエストカウンターでもクエスト完了報告は出来るのだが、あくまでも完了報告だけで、薬草は直接薬局カウンターに届け、その後に再度クエストカウンターに向かい、報酬を得る形になる為、二度手間を面倒臭がったナギトがそのまま直接薬局カウンターに直行した結果、今に至る。
医務室とは言っても中はかなり広く、医療用ベッドは四十を越え、プロの治癒魔法士や看護師、薬師も常に十人ほどは勤務。
有事の際には、一般にも開放され、必要に応じて人員を増やす準備も整っているらしく、もはや医務室と言うよりも、小規模な魔法病院に近いかもしれない。
薬局カウンターも、受付窓口は三つ。カウンターの奥では三方の壁全てにポーションや材料らしき素材が所狭しと並べられていて、こちらもまたポーション屋だとか薬屋だと評してもおかしくない状態だ。
この学園、歴史が長いせいか、もはや学園と呼べるレベルを越えている気がする。絶対。
「えーっと……あ、どのクエストでも、報酬は総合職員室のクエストカウンターでもらうんだ」
「そーそー。それなら、先に薬局カウンター行っても問題ナイナイ。実際、その仕組み知ってるヤツは、先に素材提出してる」
「討伐クエストの時は?」
「クエストカウンターで、討伐証明提出。大体は討伐モンスターの体の一部だな。素材にもなるから、欲しいもんある時は先に言っとけー?」
ミナギは学内クエストや学園に関するあれこれが書かれた学生手帳を開きながら、ユヅキは隣に立つナギトを見上げながら、それぞれ口を開く。
新入生である二人はまだまだ不慣れな事が多いが、そこは一年生四回目のナギト。大抵の事は理解しているらしい。教えてもらう内容の中には、学園のどこなら人通りが少ないか、授業をサボるのに最適なスポットだとか、教師や職員に見付かり難いルートだとか、ちょっと悪い情報もあって。
パーティに勧誘して来た時、「俺等は子どもで、まだ学生なんだ。ベンキョーが一番」なんて言っていたのは、はて、誰だったか。
否まあ、それを言っていた張本人は、四年前に入学してから一度も授業に参加した事がないとも語っているのだから、それはそれ、これはこれ、と言うものだろうか。多分、きっと、絶対、違う気がする。
「すみませーん!薬草採取クエストの報告に来ましたー!」
「え……っ?あ、あっ!ありがとうございます……っ!」
小走りに薬局カウンターに向かったユヅキを出迎えたのは、一人の女子生徒だった。
身長は一六〇センチ半ば、髪の色はパールホワイト、瞳の色はアイスグリーン。髪は胸の辺りまで伸びていて、ヘアバンドのように伸びた髪をリボンで纏め、左耳の辺りで小さく結んでいる。制服の裾や襟、学科章のカラーは緑。補助魔法士学科の生徒だ。薬局カウンターに居る事から考えて、薬師見習いか何かで手伝いをしている可能性が高い。
作業をしていた手を止め、キョロキョロと周りを確認。自分以外の白衣を着たスタッフや手伝いの生徒達は何かしら対応していたり、手が離せない作業をしている事を見ると、カウンターを挟んでユヅキと向かい合う。
小さく目を見開きビクッと肩を震わせていたのはきっと、ユヅキの肩の上のアルバに驚いたからだろう。気持ちはわかる、驚くよな、と言うのはミナギの心の声。
自分の首周りにもセラータが居る為、ユヅキの事をとやかく言えないのだが、それはそれ、これはこれである。
一度胸に手を当て、深呼吸。一回、二回。やっとの思いで顔を上げ、ユヅキへと目を向ける、補助魔法士学科の女子生徒。
「あ……ありがとうございます。クエストの内容と、採取した薬草を、こっ、ここに!提出してください…っ!」
採取した薬草を入れる持ち手付きの卵型バスケットをカウンター下から取り出し用意する彼女の声は、緊張しているのか、少し震えているようにも聞こえた。ユヅキにとっては。
本人が内気な性格なのもあるかもしれないが、もしかしたらナギトが怖いからかも、なんて。ナギトに聞かれたら叱られそうな感想は、心の中で零す。見た目に反して優しいナギトだって、怒る時は怒るし、ユヅキを叱る事だってあるのだから。わかっているのは、付き合いの長さ故に。
うっかり言わないように気を付けよう。そう思いつつ、差し出された卵型バスケットを受け取り、ユヅキはいったんナギト達の元に戻る。
それぞれのアイテムバッグから今回採取した薬草を出して、卵型バスケットの中へ。
休憩が終わった後も、採り過ぎない程度に薬草を採取したせいか、ユヅキが両手で抱えるくらい大きな卵型バスケットは、七割から八割近くまで埋まっていた。
薬局カウンターに小走りに届けに行くユヅキの後を、ナギトとミナギが付いて歩く。
「わ……!こんなに沢山、ありがとうございますっ!」
提出された薬草を前に、パァッと女子生徒は目を輝かせた。
葉っぱや草の何枚かを手に取ると、直ぐに何かに気付いたらしく、あ、と小さく声を上げ、卵型バスケットをもう一つ、カウンターの下から取り出す。そうして、手早く薬草を確認して何枚かを纏めて、新しい卵型バスケットの中へ。
せっせと仕分ける姿を前に、揃って首を傾げるのはナギト、ユヅキ、ミナギの三人。アルバはユヅキの肩の上で、セラータはミナギの首に巻き付くようにしてリラックス中だ。
補助魔法士学科の生徒の行動に、精霊コンビは興味がないらしい。
「えっと……?」
「……はっ!あ、すっ、すみませんっ!つい夢中になってしまって……!でも、凄いです…!こんな、栽培されているものじゃなくて、野生化で育ったものなのに、品質が良いものが多くて……ビックリしました」
「え、そんなん見ただけでわかるの?」
「ココに居るって事は、薬師見習いだろ。だから品質が良いもんと悪いもん見分けられるんだろ、多分。よく知らんが」
怪訝なユヅキの声に、ハッと我に返る女子生徒。かぁっと顔を赤らめ、あわあわと慌てながら、事情説明。
薬草を見ただけで判断出来る事実に驚くミナギの横では、確証はないけどと語るナギトが居る。
しかし、実際のところ彼女は薬師見習いで、丁度手伝いとして薬局カウンターに居たとの事なので、ナギトの推測は正しかった。
「この時期は特にポーションの消費が多くて、薬草を、多めに欲しいのですが……。その、あまり人気がないクエストで……受けてくれる方が、少ないらしくて……」
「まー、学園から近いとこでも採取出来るから、他のクエストに比べて報酬も少ないからなー。パーティ内に治癒魔法士居たら、そっち頼みになる事も多いし」
「え、でも戦闘中はポーション使う場合もあるって言ってたじゃん、ナギトさん」
「言ったけどー……。そこの生徒が言ってたろ、『この時期は特に』って」
うん、それは言っていた。と言う事は、戦闘中にポーションを使うのとは、また別の理由で消費が激しいのか。
勿論備蓄はしているだろうが、それでも薬草を多めに集めて欲しい理由とは、なんだろう。
ミナギが、目をナギトから女子生徒へと向ける。目が合った瞬間、僅かにビクッと肩が震えたところから見て、内気なタイプなのだろうか。ただ目が合っただけなのに、ちょっとそのリアクションはどうなのだろうと気になったものの、寸前でミナギは文句を呑み込む。だってそこは、人それぞれだから。
ただあえて言うなら、目付きの悪いナギトと目が合うよりはマシだと思う、と言う事か。若干ナギトに対して失礼な物言いなのは、それだけミナギがナギトに慣れたから。
「この時期特にポーションの消費が激しいっての、アレだろ。魔法銃士学科の新入生が使いまくるからだろ」
「「魔法銃士学科?」」
ナギトの言葉に、ユヅキ、ミナギが異口同音。そのまま顔を見合わせ、確認するように無言で見るのは、薬局カウンターに立つ女子生徒。
ほぼ同時に見つめられ、驚きに跳ねる女子生徒の肩。驚かせてごめんね。
本当か、と。二人の瞳は語っている気がして。曖昧に笑う事で返す女子生徒。自分達で勝手に判断するしかないが、なんとなくこの反応は、ナギトの言う通り魔法銃士学科が関わっている気がする。
なぜ魔法銃士学科の新入生がポーションを多く消費するのか、簡単には理由はわからないけれど、流石に。
すぐには理由が思い付かないユヅキとミナギを見て、ナギトが出すヒント。
「魔法銃士学科の新入生が、まず最初にする事はなんだと思う?」
「最初に?……なんだろ」
「うーん…………?」
二人揃って首を傾げるのを見ながら、取り敢えず受付の女子生徒に薬草の鑑定をしてくれるように頼むナギト。品質チェックをしてもらい、クエスト完了の書類をもらわなければ、いつまで経ってもクエストカウンターに報告が出来ないから。
慌てて薬草の品質チェックに入るが、量が量の為、待機を頼まれてしまった。まあ仕方ない。
普通に採取するよりも、精霊術師のユヅキと、小さな精霊達と仲の良いミナギが居るのだ、品質が良いものが多くあっても当然と言える。
時間がかかる事を申し訳なさそうに言っていたが、その間に魔法銃士学科の新入生がポーションを多く使う理由を説明すれば良いだけだ。時間の上手い使い方だろう。
品質チェックの為に薬局カウンターの奥に向かった女子生徒を見送り、ナギトが見るのはユヅキとミナギの二人。どうやら答えに行きついたらしく、二人でもしかして、と言っていた。丁度良いタイミングだ。
「自分と相性のいい魔法銃探し?」
「魔法学園入るまでは、魔法銃士志望でも、魔法銃触らせてもらえないはずだもんね?」
「ん、セーカイ。魔法銃は、ミナギが言った通り、『相性のいい魔法銃』見付けるまでが大変だからな」
成る程納得。確かに、そう言う理由なら、魔法銃士学科の新入生がポーションを大量に消費する理由になるのも頷ける。
魔法銃士が自分と相性の良い魔法銃を見付けるまでの苦労話は、身内に魔法銃士が居なくても、大抵の人は知っているくらいに有名な話。家族から冷遇され、存在しないものとして扱われていたミナギですら知っているのが、その証拠。
【魔法銃士】
近年新しく出来た、魔力を弾丸として撃ち出す職業の魔法銃士。
銃を使い、魔力を弾丸にして運用する使い方は斬新で、矢の本数に左右される弓使いとは違い、魔力さえあれば何発でも撃てる事と、弓矢と比べると圧倒的な攻撃力と、更に見た目の格好良さから、嬉々として魔法銃士を志す者は多かった。
だが、理想と現実は別物。いざ魔法銃士になるべく魔法銃を手に取っても、難題が大きな壁となって魔法銃士を志す者の前に立ち塞がる。
魔法銃士には無くてはならない、魔法銃だ。
「なんだっけ、魔法銃と使う本人の相性が悪いとダメなんだっけ?ヘタしたら爆発するって聞いた事あるけど……あれホントなの?流石にじょうだ――」
「「するよ」」
「――んじゃないの?!マジで!?爆発!?ホントに?!」
うん、と。驚きに声を荒げるミナギに対し、同時に頷くナギトとユヅキ。よくよく見れば、アルバもユヅキの肩で頷いている。セラータはと言えば、わざとらしくミナギの目の前で尻尾をゆらゆらとゆらめかせてアピール。
彼等の反応から見て、魔法銃士が自分と相性の悪い魔法銃を使った場合、魔法銃が爆発するのは事実らしい。
これには、大袈裟に人が話しているだけだと思っていたミナギも、絶句。
【魔法銃】
魔法銃士の誕生を後押しした、使い手の魔力を弾丸として撃ち出す特殊な銃。
素材自体が魔力を持つ物で作られており、各パーツに使う素材同士の相性を見極めて組み立てられ、小型のものは拳銃サイズから、大型のものは対物ライフルまで、種類は多種様々。
しかし、現状、アサルトライフルやスナイパーライフルクラスの銃身が長いものに多く使用されている。銃身が長い分、魔力を安定的に弾丸に出来るらしいが、勿論それ以上に長い銃身を持つ魔法銃を愛用している者も多い。
反面、銃身の短いものとなれば、使用する素材の少なさから魔力を安定させる事が難しいのか、クレティア全土を見ても、ごく僅かばかり。両手の指の数でも多過ぎると言われる程。
自分と相性の良い魔法銃を見付けるまでに時間がかかり、相性が悪い魔法銃を撃とうとすれば、その瞬間魔法銃が爆発する、なんて事も珍しくないらしい。そうして何度も爆発させ、時には怪我を負いながらも、自分と相性の良い魔法銃を探す。
苦労してやっと見付けた魔法銃だからそ、魔法銃士も自分の魔法銃に対して愛着を持ち、メンテナンスを欠かさず、改良を重ねていく。
「ちなみに、魔法銃士が自分と相性の良い魔法銃見付けるまでの試し撃ち現場に、魔法銃の魔研技師来るぞ」
「え、じゃあ何?魔法銃作る魔研技師って、目の前で自分が苦労して作った魔法銃がぶっ壊れるとこわざわざ見に来るの?変態か?」
「まあ、魔法銃の魔研技師やってるって言った時点で『ドMか』って言われるレベルだからな」
「あ、でも!ちゃーんと試し撃ちする前に、その生徒がどのくらいの魔力持ってて、どの魔法属性かって確認してから、相性が良さそうな魔法銃渡すんだよ?……まあ、それでも、パーツに使われてる素材によっては、ヒドイと爆発するけど……」
結局どう転んでも、最悪魔法銃は爆発するらしい。どんな気持ちなのだろう、自分が苦労して作った魔法銃が、目の前で爆発するのを見るのは。
最悪爆発と言ってはいるが、良くても銃身だったり、各パーツに亀裂が入ったり破損したりと、大なり小なり損傷するそうだ。まあその程度であれば、後は相性の良さそうな素材で再度破損したパーツを作り直して調整すれば終わりらしいけれど。苦労する事には変わりなし。
話を聞く限り、かなり面倒だ、魔法銃士も、魔法銃も。
しかし、そんな苦労をしてやっと自分だけの魔法銃を手に入れるのが魔法銃士なのに、相性の良い魔法銃をなかなか見付けられない場合、銃なしと揶揄され鼻で笑われるらしいのだから、嫌な話だ。
「……今度から魔法銃士学科の生徒見る目変わりそう……」
「でしょうねぇ。わたし達もぉ、その話を聞いてからぁ、魔法銃士の人達を見る目が変わったものぉ」
「自分の銃が見付かるまで大変だし、見付かった後もメンテとか改良とかするのに、どうして魔法銃士がいいんだろ。それなら別の職業でも良さそうなのに」
「魔法剣士だって攻撃魔法士だって、武器のメンテはするから、その苦労は同じだけどな」
話し合うユヅキ、ミナギ、アルバを見ながら、苦労は同じだとナギトは語る。
確かに、それはそうかもしれない。一口に魔法剣士だ攻撃魔法士だと言っても、自分が使いやすくする為に改良はするし、メンテナンスはする。その点だけ考えれば、同じかもしれない。同じかもしれないけれど、やはり相性の良い魔法銃を見付けるまでの苦労は別物だ。
ここで浮かぶ疑問。どうしてそこまでして、魔法銃士になるのだろう。そんなユヅキとミナギの中に浮かぶ疑問は、ある意味至極当然の疑問。
説明するしかないか、とナギトがため息を吐く。が、それよりも先に、薬草品質チェックが終了したと、女子生徒から声を掛けられた。ちょっとタイミングが悪かった。まあ仕方ない。
「品質も良くて、量も多かったので、多めに報酬を受け取れるよう、書類に書き添えておきました……!」
「マジで?……あ、マジだ。依頼書に書かれてた分より七割多いわ」
「え、多過ぎない?」
「こんなに多くもらっていいのかな」
手渡されたクエスト報告書をナギトが受け取り、その内容に軽く驚いた声を上げれば、見せて見せてと右から左から書類を覗き込むユヅキとミナギの姿。
二人の肩の上に居たアルバとセラータも、揃って書類を覗き込むが、人間の文字が読めないのか、しきりに首を傾げている。精霊術師と契約して、普通に人間の言葉で会話が出来るようになるものの、流石に文字まで読めるようにはならないらしい。
ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達にも、ユヅキが書類に書かれている文言を通訳。
すると、五人の小さな精霊達は、ぱぁっと目を輝かせてミナギを見上げた。見上げて、何かを訴えているが――やはりミナギにはわからない。
精霊の言葉がわかるユヅキは、楽しそうにクスクスと笑っているけれど。
「何?どしたの」
「うん?『ぼくたち、ミナギの役に立てたっ?』だって」
「あー……そっか。ミンナのお陰で、品質いい薬草見付けられたんだもんね」
ユヅキの言葉を受け、五人の小さな精霊達を見ながら、こくっと大きく、わかりやすくミナギが頷けば、更に彼等の目は輝く。ついにはわーいと諸手を挙げて喜び、ハイタッチまで。なんとも可愛らしい。
褒めて褒めてとミナギに向けて両手を伸ばす小さな精霊達に、どうやって返すべきか悩む。とりあえず、頭でも撫でておこうか。
精霊達が小さ過ぎて、撫でると言うよりも指先で頭をこする形になったのはご愛敬。
そんな十五歳組を横目に、再度ナギトは女子生徒に報酬の確認。流石に、ちょっと多過ぎる気がする。しかし返されるのは、報酬に間違いはない、との言葉。品質の良さと、全体的な量、更には綺麗な採取の仕方等を加味して総合した結果らしい。
ちゃんと薬局カウンターの責任者に薬草を確認してもらって、その上で決まった報酬の量だそうで。
報酬を増やす事はあっても減らす事は絶対ない。最初に見せた緊張した面持ちや、内気な印象を持たせる態度とは違って、その時だけははっきりと、ナギトの目を見て語っていた。
まあ、言い終わった後、直ぐに目は逸らされたけれど。
「……あ、あのっ!もし、良かったら……クエストの合間で、良いので……またこうして、薬草を採取してもらえないでしょうか……っ?もっ、もちろん報酬はお出しするので…っ!」
「まあ、別にいいけど……。何、今年はそんなにポーションの消費激しいわけ?」
「そう言うわけでは、ないのですが……。その、規定数のポーションを作って余った薬草は、自分達で上級ポーションを作る練習や、まだ自分で作ったことのないポーションを作る為に使用しても良いと、言われていて……。自分で採りに行くのが一番なのですが、その……わたし、補助魔法士、で……」
尻すぼみに消えて行く女子生徒の声に、成る程納得。そう言う理由なら、薬草の採取を依頼して来ても至極当然か。補助魔法士だからこそ、自分で薬草採取に出るのも難しいのだろう。襲撃されてしまえば、反撃する能力がない。こればっかりは適正の問題。
無理に自分で採取に行くくらいなら、こうして薬草採取クエストを受けてくれた生徒に頼むと言うのも、一つの方法としてはありだ。
この場合は、学内クエストではなく、個人クエスト扱いになるが。
「じゃ、学園外に出て、余裕があったら薬草採取。んで、採取した分はお前に渡す。それでいいな?」
「はっ、はいっ!ありがとうございます!」
「名前!名前教えてっ?そうじゃないと、お姉さんが居ない時に薬局カウンターに預けらんなくなるから」
ナギトの横からぴょこっと顔を出して言うユヅキに、そう言えば、とナギトと女子生徒は揃ってハッとしていた。
確かに、名前を知らなければ薬草を預けておく事も出来ない。名前は大切な情報だ。
名乗らず失礼しました。そう言って頭を下げた女子生徒は、顔を上げる。パールホワイトの髪が、彼女の頭の動きに合わせて揺れ、光を浴びてキラキラと光る。
「ほ、補助魔法士学科二年の、ルカ・ナナラフェルです…!よっ、よろしくお願いします……っ!!」
「ん。魔法剣士学科一年、ナギト・アクオーツ」
「はいっ!精霊術師学科一年、ユヅキ・ホズミですっ!」
「……オレも?結界術師学科一年、の……ミナギ」
始まった自己紹介に、若干嫌そうな顔を見せるのはミナギだった。家名を言わず、名前だけで終わるのは、家名だけ聞けばあの一族だと知っている人は直ぐに気付くくらいには、セニオル家が有名だから。
どうせどこかでバレてしまうのだろうが、出来るだけ名乗りたくないと思うのは、家族に対して良い思い出がなさ過ぎるから。
稀少な結界術師で、なおかつベル・オブ・ウォッキング魔法学園から招待状が届いた。
この事実は、それまでのミナギの生活を一新するには十分過ぎたから。
親世代からは手の平を変えて良い扱いを受け、何か欲しいものはないか、等と擦り寄られる事が多くなった。自分と同じ子供世代からは、調子に乗るなと今まで以上に辛く当たられるようになった。そんな態度を親世代が見て、改めるようにときつく叱られるようになったのも、彼等を怒らせる原因の一つになっているのは、明白なのに。
だからこそ、あまり家名を言いたくないミナギの気持ちを知ってか知らずか、特に補助魔法士学科の女子生徒は――ルカは、追及してくる事はなかった。正直、ありがたかった。
ナギトとユヅキはセニオル家の事を気にしていないのか、知らないのか。特に家族の事を話題にして訊いて来る事はなくて。身構えていた分、拍子抜けした部分はある。とは言え、学内ランクも気にせず、パーティランクが下がる事も気にしないあの二人だ、家名がどうのこうのなんて、どうでも良いの一言で済ませてしまいそうな気はする。
「クエストカウンター通さなくてもいいんだ、こう言うの」
「ん。他のクエ受けてる時の『ついで』だからな。正式なクエストじゃない分、評価には繋がらない。それに口約束みたいなもんだから、後から報酬どうのこうので揉める事も多いし、お前も学園外で同じ事する時は気を付けろよ。学園内なら、俺がたいぎい手続きとか交渉とかするからいいけど」
「ナギトパパ達も、『信用出来る相手以外とはしちゃダメだからね』ってよく言ってた!」
こう言うところにも、ナギトの両親の教育がしっかりされているらしい。ここまで事細かく教えてくれるなんて、一体どんな両親なんだろう、とミナギが気になってしまうのは、仕方ないのかもしれない。
だって、あまりにも自分の知っている家族とは違い過ぎるから。
「オレ達、今日初めてナナラフェルさんと逢ったのに、ついでの依頼受けるの?」
「人騙す度胸のあるヤツに見えるか?見えないだろ、こんな気弱な感じなのに」
「本人目の前にして言わないであげてくれる?」
「あ、あはは……」
訊いたのはミナギだが、真顔でルカと名乗った女子生徒を無遠慮に指差して言うナギトに、思わずツッコミを入れてしまった。
流石にちょっと、失礼が過ぎる。後、人を指で差すのを止めようね、それも失礼だから。
これにはルカも返す言葉に迷い、困ったように笑うしか出来ず。なのにナギトは軽く肩を竦めるだけなのだから、ごめんなさいとミナギはユヅキと一緒に謝った。ナギトらしいけどねと笑って語るユヅキの言葉は、悲しいけれど否定出来なかった。
「勿論、騙すつもりはないですよ……?報酬は、わたしが作った薬で良ければ、お渡しします」
「ん。じゃ、ソレで。カウンターに居ない時は、他の奴に預けとく」
「ありがとうございます…!助かります、本当に……!!」
そう言って嬉しそうに、安堵したようにも見える笑顔を見せるルカに、釣られてにこにこと笑うのはユヅキだ。一瞬で和む場の空気に、流石はユヅキさん、と思うのはミナギ。ふっと隻眼を細めて小さく笑うのはナギトだ。
この愛想の良さはミナギにはないし、ナギトなんて壊滅的だ。
まあ、愛想が良くにこにこと笑うナギトは想像出来ないし、そもそも想像出来たとしてもある意味怖過ぎる。
「あっ!質問いーい?ルカナちゃん!」
「はいっ?!」
「さっき、どうして見ただけで薬草の品質が違うってわかったの?」
まるで授業中のように、片手を元気に挙げて言うユヅキに驚き、ひっくり返るルカの声。
しかし当のユヅキはあまり、と言うか全然気にしていないらしく、目を輝かせながら質問。あ、でもそれは興味ある、とナギトとミナギの心の声。
ユヅキだけに見つめられるならまだしも、そこにナギトやミナギも加われば、居心地の悪さをルカが覚えてしまうのも仕方ない。特にナギトは目付きが悪い隻眼で、ただ見つめられるだけでも、睨まれているように見えてしまうから。
加えて、さっきユヅキが口走った、ルカナちゃんと言う呼び名。ユヅキが考えた愛称だろうか、ルカの。
「……えー……っ、と。わたしの右手に持っているのが、品質の良い薬草。左手に持っているのが、極々普通の薬草なんですが……。品質の良いものは、普通のものと比べて葉脈が太くしっかりしているんです。色も濃くて、厚みもあって……。ただ、慣れていないと見分けるのは難しいと……」
「あー、確かに。言われてみればそうかも、ちょっとコッチの薬草、色が薄くてペラペラしてる……かも?」
「いやもうこれ誤差だろ」
「小さな違い見分けられるのは、やっぱりルカナちゃんが薬師見習いで慣れてるからなんだね」
自信なさげに首を傾げるミナギ。眉を顰めて言うナギト。目をキラキラと輝かせるのはユヅキ。三者三様のリアクションに、ルカは困ったようにぎこちなく笑うばかり。元々内気で気弱な性格もあるが、この三人のテンポにはどうにも付いて行きにくい。
それは奇しくも、ナギトとユヅキを初めて前にした時のミナギと似た心境なのだが、彼女が知る筈もなく。右手と左手に薬草を持ったまま、どうしたものかと悩む。
あれ、でも待て。ここで浮かぶ疑問一つ。
「あの……では皆さんは、どうやってこれだけ品質の良い薬草を採取出来たんですか……?」
至極当然な疑問。普通のクエストカウンターの受付スタッフではなく、薬局カウンターで、薬師見習いであるルカだからこそ浮かぶ疑問は、それはそう、とナギト達に思わせるには十分過ぎた。
ビギナーズラックなんて言葉も存在するが、流石に提出された薬草の中で、高品質の薬草が占める割合が多過ぎる。
偶然とするには出来過ぎている。確実に、品質の良いものを狙って採取したとしか言えない結果。
困惑を顔に貼り付けるルカに申し訳ないと思いつつ、ナギトはぽんとユヅキ、ミナギの頭に手を置く。一七八センチのナギトと、一五二センチのユヅキとミナギ。その身長差、二十六センチ。ナギトの肩よりちょっと上辺りにある二人の頭なんて、簡単に手が届いてしまう。
「わっ!」
「ちょっ!ナギトさんなにす」
「ゆづは見ての通りの精霊術師、ミナギは未契約の精霊が『見える』もんでな。それで精霊達に『教えて』もらったんだよ。高品質なのはこいつらが採取した。普通のは、俺が採取したもんばっかだよ」
二人の頭を何度かぽんぽんと撫で叩いた後、最後にぽんっ、とナギトは背中を叩く。
目を丸くするルカに対して、なんとも言えない恥ずかしさに顔が熱くなるミナギ、にこにこ笑顔のユヅキ。褒められる事なんて今までなかったせいか、ただただ恥ずかしい。止めてよなんて言ってミナギがナギトの手を振り払うが、その反応すら面白がられてにやにや笑われる。これもからかいの一つか、もしかして。
抵抗したら負け。頭でわかっていても、どうしても反応してしまう。
「……精霊術師じゃなくても……精霊が見える?ん、ですか……?」
「ん。ま、詳しい話はたいぎいから、機会があればな。よし、クエストカウンター行くぞ」
「ここで?!ここまで話しといて!?ナナラフェルさんめっちゃ気にしてる感あるんだけど?!」
「たいぎいからヤダ」
「なんなのこの人!!」
「あははっ!それじゃルカナちゃんまたねー!」
「待って!ユヅキさん待って!アンタも結構ナギトさんに似てマイペースだよねぇ!?」
ツッコミが忙しい。精霊術師でなくとも精霊が見えると言う新情報に目を丸くするルカを放置で、ナギトはさっさとクエストカウンターへ報告に向かおうと踵を返す。
即座にミナギがさっきの話題をルカが気にしていると言っても、聞く耳持たず。
たいぎい、この場合は面倒臭いの意味だろうか、それで切り捨てられてしまうのだから、流石にミナギも声を荒げてしまう。せめてもうちょっとくらい説明してあげてほしい。自分で話の種を蒔いたのだから、きっちりしっかり最後まで刈り取る責任がある筈だ。
それなのに、クエストカウンターに向かおうとするナギトの援護射撃を撃つユヅキが居る。本当に似た者同士のマイペースだな、この二人。本当にこのまま行くのか、クエストカウンターに。
しかも首に巻き付いているセラータも、尻尾でぺしぺしとミナギの頬を叩いて来る。さっさと追い駆けろと、つまりそう言う事だろうか、これは。
ああもう、なんて苛立ちに吐き捨て、先を歩くナギト達を追い駆けようと歩き出したところで――だがしかしミナギの足は、踏み出した位置のまま、動かなかった。
「治癒魔法士は居るか!教師でも職員でも誰でもいい!ポーションもよこせ!!」
鋭い声が、医務室に居る全ての人の鼓膜を、貫いた。
クエストカウンターでもクエスト完了報告は出来るのだが、あくまでも完了報告だけで、薬草は直接薬局カウンターに届け、その後に再度クエストカウンターに向かい、報酬を得る形になる為、二度手間を面倒臭がったナギトがそのまま直接薬局カウンターに直行した結果、今に至る。
医務室とは言っても中はかなり広く、医療用ベッドは四十を越え、プロの治癒魔法士や看護師、薬師も常に十人ほどは勤務。
有事の際には、一般にも開放され、必要に応じて人員を増やす準備も整っているらしく、もはや医務室と言うよりも、小規模な魔法病院に近いかもしれない。
薬局カウンターも、受付窓口は三つ。カウンターの奥では三方の壁全てにポーションや材料らしき素材が所狭しと並べられていて、こちらもまたポーション屋だとか薬屋だと評してもおかしくない状態だ。
この学園、歴史が長いせいか、もはや学園と呼べるレベルを越えている気がする。絶対。
「えーっと……あ、どのクエストでも、報酬は総合職員室のクエストカウンターでもらうんだ」
「そーそー。それなら、先に薬局カウンター行っても問題ナイナイ。実際、その仕組み知ってるヤツは、先に素材提出してる」
「討伐クエストの時は?」
「クエストカウンターで、討伐証明提出。大体は討伐モンスターの体の一部だな。素材にもなるから、欲しいもんある時は先に言っとけー?」
ミナギは学内クエストや学園に関するあれこれが書かれた学生手帳を開きながら、ユヅキは隣に立つナギトを見上げながら、それぞれ口を開く。
新入生である二人はまだまだ不慣れな事が多いが、そこは一年生四回目のナギト。大抵の事は理解しているらしい。教えてもらう内容の中には、学園のどこなら人通りが少ないか、授業をサボるのに最適なスポットだとか、教師や職員に見付かり難いルートだとか、ちょっと悪い情報もあって。
パーティに勧誘して来た時、「俺等は子どもで、まだ学生なんだ。ベンキョーが一番」なんて言っていたのは、はて、誰だったか。
否まあ、それを言っていた張本人は、四年前に入学してから一度も授業に参加した事がないとも語っているのだから、それはそれ、これはこれ、と言うものだろうか。多分、きっと、絶対、違う気がする。
「すみませーん!薬草採取クエストの報告に来ましたー!」
「え……っ?あ、あっ!ありがとうございます……っ!」
小走りに薬局カウンターに向かったユヅキを出迎えたのは、一人の女子生徒だった。
身長は一六〇センチ半ば、髪の色はパールホワイト、瞳の色はアイスグリーン。髪は胸の辺りまで伸びていて、ヘアバンドのように伸びた髪をリボンで纏め、左耳の辺りで小さく結んでいる。制服の裾や襟、学科章のカラーは緑。補助魔法士学科の生徒だ。薬局カウンターに居る事から考えて、薬師見習いか何かで手伝いをしている可能性が高い。
作業をしていた手を止め、キョロキョロと周りを確認。自分以外の白衣を着たスタッフや手伝いの生徒達は何かしら対応していたり、手が離せない作業をしている事を見ると、カウンターを挟んでユヅキと向かい合う。
小さく目を見開きビクッと肩を震わせていたのはきっと、ユヅキの肩の上のアルバに驚いたからだろう。気持ちはわかる、驚くよな、と言うのはミナギの心の声。
自分の首周りにもセラータが居る為、ユヅキの事をとやかく言えないのだが、それはそれ、これはこれである。
一度胸に手を当て、深呼吸。一回、二回。やっとの思いで顔を上げ、ユヅキへと目を向ける、補助魔法士学科の女子生徒。
「あ……ありがとうございます。クエストの内容と、採取した薬草を、こっ、ここに!提出してください…っ!」
採取した薬草を入れる持ち手付きの卵型バスケットをカウンター下から取り出し用意する彼女の声は、緊張しているのか、少し震えているようにも聞こえた。ユヅキにとっては。
本人が内気な性格なのもあるかもしれないが、もしかしたらナギトが怖いからかも、なんて。ナギトに聞かれたら叱られそうな感想は、心の中で零す。見た目に反して優しいナギトだって、怒る時は怒るし、ユヅキを叱る事だってあるのだから。わかっているのは、付き合いの長さ故に。
うっかり言わないように気を付けよう。そう思いつつ、差し出された卵型バスケットを受け取り、ユヅキはいったんナギト達の元に戻る。
それぞれのアイテムバッグから今回採取した薬草を出して、卵型バスケットの中へ。
休憩が終わった後も、採り過ぎない程度に薬草を採取したせいか、ユヅキが両手で抱えるくらい大きな卵型バスケットは、七割から八割近くまで埋まっていた。
薬局カウンターに小走りに届けに行くユヅキの後を、ナギトとミナギが付いて歩く。
「わ……!こんなに沢山、ありがとうございますっ!」
提出された薬草を前に、パァッと女子生徒は目を輝かせた。
葉っぱや草の何枚かを手に取ると、直ぐに何かに気付いたらしく、あ、と小さく声を上げ、卵型バスケットをもう一つ、カウンターの下から取り出す。そうして、手早く薬草を確認して何枚かを纏めて、新しい卵型バスケットの中へ。
せっせと仕分ける姿を前に、揃って首を傾げるのはナギト、ユヅキ、ミナギの三人。アルバはユヅキの肩の上で、セラータはミナギの首に巻き付くようにしてリラックス中だ。
補助魔法士学科の生徒の行動に、精霊コンビは興味がないらしい。
「えっと……?」
「……はっ!あ、すっ、すみませんっ!つい夢中になってしまって……!でも、凄いです…!こんな、栽培されているものじゃなくて、野生化で育ったものなのに、品質が良いものが多くて……ビックリしました」
「え、そんなん見ただけでわかるの?」
「ココに居るって事は、薬師見習いだろ。だから品質が良いもんと悪いもん見分けられるんだろ、多分。よく知らんが」
怪訝なユヅキの声に、ハッと我に返る女子生徒。かぁっと顔を赤らめ、あわあわと慌てながら、事情説明。
薬草を見ただけで判断出来る事実に驚くミナギの横では、確証はないけどと語るナギトが居る。
しかし、実際のところ彼女は薬師見習いで、丁度手伝いとして薬局カウンターに居たとの事なので、ナギトの推測は正しかった。
「この時期は特にポーションの消費が多くて、薬草を、多めに欲しいのですが……。その、あまり人気がないクエストで……受けてくれる方が、少ないらしくて……」
「まー、学園から近いとこでも採取出来るから、他のクエストに比べて報酬も少ないからなー。パーティ内に治癒魔法士居たら、そっち頼みになる事も多いし」
「え、でも戦闘中はポーション使う場合もあるって言ってたじゃん、ナギトさん」
「言ったけどー……。そこの生徒が言ってたろ、『この時期は特に』って」
うん、それは言っていた。と言う事は、戦闘中にポーションを使うのとは、また別の理由で消費が激しいのか。
勿論備蓄はしているだろうが、それでも薬草を多めに集めて欲しい理由とは、なんだろう。
ミナギが、目をナギトから女子生徒へと向ける。目が合った瞬間、僅かにビクッと肩が震えたところから見て、内気なタイプなのだろうか。ただ目が合っただけなのに、ちょっとそのリアクションはどうなのだろうと気になったものの、寸前でミナギは文句を呑み込む。だってそこは、人それぞれだから。
ただあえて言うなら、目付きの悪いナギトと目が合うよりはマシだと思う、と言う事か。若干ナギトに対して失礼な物言いなのは、それだけミナギがナギトに慣れたから。
「この時期特にポーションの消費が激しいっての、アレだろ。魔法銃士学科の新入生が使いまくるからだろ」
「「魔法銃士学科?」」
ナギトの言葉に、ユヅキ、ミナギが異口同音。そのまま顔を見合わせ、確認するように無言で見るのは、薬局カウンターに立つ女子生徒。
ほぼ同時に見つめられ、驚きに跳ねる女子生徒の肩。驚かせてごめんね。
本当か、と。二人の瞳は語っている気がして。曖昧に笑う事で返す女子生徒。自分達で勝手に判断するしかないが、なんとなくこの反応は、ナギトの言う通り魔法銃士学科が関わっている気がする。
なぜ魔法銃士学科の新入生がポーションを多く消費するのか、簡単には理由はわからないけれど、流石に。
すぐには理由が思い付かないユヅキとミナギを見て、ナギトが出すヒント。
「魔法銃士学科の新入生が、まず最初にする事はなんだと思う?」
「最初に?……なんだろ」
「うーん…………?」
二人揃って首を傾げるのを見ながら、取り敢えず受付の女子生徒に薬草の鑑定をしてくれるように頼むナギト。品質チェックをしてもらい、クエスト完了の書類をもらわなければ、いつまで経ってもクエストカウンターに報告が出来ないから。
慌てて薬草の品質チェックに入るが、量が量の為、待機を頼まれてしまった。まあ仕方ない。
普通に採取するよりも、精霊術師のユヅキと、小さな精霊達と仲の良いミナギが居るのだ、品質が良いものが多くあっても当然と言える。
時間がかかる事を申し訳なさそうに言っていたが、その間に魔法銃士学科の新入生がポーションを多く使う理由を説明すれば良いだけだ。時間の上手い使い方だろう。
品質チェックの為に薬局カウンターの奥に向かった女子生徒を見送り、ナギトが見るのはユヅキとミナギの二人。どうやら答えに行きついたらしく、二人でもしかして、と言っていた。丁度良いタイミングだ。
「自分と相性のいい魔法銃探し?」
「魔法学園入るまでは、魔法銃士志望でも、魔法銃触らせてもらえないはずだもんね?」
「ん、セーカイ。魔法銃は、ミナギが言った通り、『相性のいい魔法銃』見付けるまでが大変だからな」
成る程納得。確かに、そう言う理由なら、魔法銃士学科の新入生がポーションを大量に消費する理由になるのも頷ける。
魔法銃士が自分と相性の良い魔法銃を見付けるまでの苦労話は、身内に魔法銃士が居なくても、大抵の人は知っているくらいに有名な話。家族から冷遇され、存在しないものとして扱われていたミナギですら知っているのが、その証拠。
【魔法銃士】
近年新しく出来た、魔力を弾丸として撃ち出す職業の魔法銃士。
銃を使い、魔力を弾丸にして運用する使い方は斬新で、矢の本数に左右される弓使いとは違い、魔力さえあれば何発でも撃てる事と、弓矢と比べると圧倒的な攻撃力と、更に見た目の格好良さから、嬉々として魔法銃士を志す者は多かった。
だが、理想と現実は別物。いざ魔法銃士になるべく魔法銃を手に取っても、難題が大きな壁となって魔法銃士を志す者の前に立ち塞がる。
魔法銃士には無くてはならない、魔法銃だ。
「なんだっけ、魔法銃と使う本人の相性が悪いとダメなんだっけ?ヘタしたら爆発するって聞いた事あるけど……あれホントなの?流石にじょうだ――」
「「するよ」」
「――んじゃないの?!マジで!?爆発!?ホントに?!」
うん、と。驚きに声を荒げるミナギに対し、同時に頷くナギトとユヅキ。よくよく見れば、アルバもユヅキの肩で頷いている。セラータはと言えば、わざとらしくミナギの目の前で尻尾をゆらゆらとゆらめかせてアピール。
彼等の反応から見て、魔法銃士が自分と相性の悪い魔法銃を使った場合、魔法銃が爆発するのは事実らしい。
これには、大袈裟に人が話しているだけだと思っていたミナギも、絶句。
【魔法銃】
魔法銃士の誕生を後押しした、使い手の魔力を弾丸として撃ち出す特殊な銃。
素材自体が魔力を持つ物で作られており、各パーツに使う素材同士の相性を見極めて組み立てられ、小型のものは拳銃サイズから、大型のものは対物ライフルまで、種類は多種様々。
しかし、現状、アサルトライフルやスナイパーライフルクラスの銃身が長いものに多く使用されている。銃身が長い分、魔力を安定的に弾丸に出来るらしいが、勿論それ以上に長い銃身を持つ魔法銃を愛用している者も多い。
反面、銃身の短いものとなれば、使用する素材の少なさから魔力を安定させる事が難しいのか、クレティア全土を見ても、ごく僅かばかり。両手の指の数でも多過ぎると言われる程。
自分と相性の良い魔法銃を見付けるまでに時間がかかり、相性が悪い魔法銃を撃とうとすれば、その瞬間魔法銃が爆発する、なんて事も珍しくないらしい。そうして何度も爆発させ、時には怪我を負いながらも、自分と相性の良い魔法銃を探す。
苦労してやっと見付けた魔法銃だからそ、魔法銃士も自分の魔法銃に対して愛着を持ち、メンテナンスを欠かさず、改良を重ねていく。
「ちなみに、魔法銃士が自分と相性の良い魔法銃見付けるまでの試し撃ち現場に、魔法銃の魔研技師来るぞ」
「え、じゃあ何?魔法銃作る魔研技師って、目の前で自分が苦労して作った魔法銃がぶっ壊れるとこわざわざ見に来るの?変態か?」
「まあ、魔法銃の魔研技師やってるって言った時点で『ドMか』って言われるレベルだからな」
「あ、でも!ちゃーんと試し撃ちする前に、その生徒がどのくらいの魔力持ってて、どの魔法属性かって確認してから、相性が良さそうな魔法銃渡すんだよ?……まあ、それでも、パーツに使われてる素材によっては、ヒドイと爆発するけど……」
結局どう転んでも、最悪魔法銃は爆発するらしい。どんな気持ちなのだろう、自分が苦労して作った魔法銃が、目の前で爆発するのを見るのは。
最悪爆発と言ってはいるが、良くても銃身だったり、各パーツに亀裂が入ったり破損したりと、大なり小なり損傷するそうだ。まあその程度であれば、後は相性の良さそうな素材で再度破損したパーツを作り直して調整すれば終わりらしいけれど。苦労する事には変わりなし。
話を聞く限り、かなり面倒だ、魔法銃士も、魔法銃も。
しかし、そんな苦労をしてやっと自分だけの魔法銃を手に入れるのが魔法銃士なのに、相性の良い魔法銃をなかなか見付けられない場合、銃なしと揶揄され鼻で笑われるらしいのだから、嫌な話だ。
「……今度から魔法銃士学科の生徒見る目変わりそう……」
「でしょうねぇ。わたし達もぉ、その話を聞いてからぁ、魔法銃士の人達を見る目が変わったものぉ」
「自分の銃が見付かるまで大変だし、見付かった後もメンテとか改良とかするのに、どうして魔法銃士がいいんだろ。それなら別の職業でも良さそうなのに」
「魔法剣士だって攻撃魔法士だって、武器のメンテはするから、その苦労は同じだけどな」
話し合うユヅキ、ミナギ、アルバを見ながら、苦労は同じだとナギトは語る。
確かに、それはそうかもしれない。一口に魔法剣士だ攻撃魔法士だと言っても、自分が使いやすくする為に改良はするし、メンテナンスはする。その点だけ考えれば、同じかもしれない。同じかもしれないけれど、やはり相性の良い魔法銃を見付けるまでの苦労は別物だ。
ここで浮かぶ疑問。どうしてそこまでして、魔法銃士になるのだろう。そんなユヅキとミナギの中に浮かぶ疑問は、ある意味至極当然の疑問。
説明するしかないか、とナギトがため息を吐く。が、それよりも先に、薬草品質チェックが終了したと、女子生徒から声を掛けられた。ちょっとタイミングが悪かった。まあ仕方ない。
「品質も良くて、量も多かったので、多めに報酬を受け取れるよう、書類に書き添えておきました……!」
「マジで?……あ、マジだ。依頼書に書かれてた分より七割多いわ」
「え、多過ぎない?」
「こんなに多くもらっていいのかな」
手渡されたクエスト報告書をナギトが受け取り、その内容に軽く驚いた声を上げれば、見せて見せてと右から左から書類を覗き込むユヅキとミナギの姿。
二人の肩の上に居たアルバとセラータも、揃って書類を覗き込むが、人間の文字が読めないのか、しきりに首を傾げている。精霊術師と契約して、普通に人間の言葉で会話が出来るようになるものの、流石に文字まで読めるようにはならないらしい。
ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達にも、ユヅキが書類に書かれている文言を通訳。
すると、五人の小さな精霊達は、ぱぁっと目を輝かせてミナギを見上げた。見上げて、何かを訴えているが――やはりミナギにはわからない。
精霊の言葉がわかるユヅキは、楽しそうにクスクスと笑っているけれど。
「何?どしたの」
「うん?『ぼくたち、ミナギの役に立てたっ?』だって」
「あー……そっか。ミンナのお陰で、品質いい薬草見付けられたんだもんね」
ユヅキの言葉を受け、五人の小さな精霊達を見ながら、こくっと大きく、わかりやすくミナギが頷けば、更に彼等の目は輝く。ついにはわーいと諸手を挙げて喜び、ハイタッチまで。なんとも可愛らしい。
褒めて褒めてとミナギに向けて両手を伸ばす小さな精霊達に、どうやって返すべきか悩む。とりあえず、頭でも撫でておこうか。
精霊達が小さ過ぎて、撫でると言うよりも指先で頭をこする形になったのはご愛敬。
そんな十五歳組を横目に、再度ナギトは女子生徒に報酬の確認。流石に、ちょっと多過ぎる気がする。しかし返されるのは、報酬に間違いはない、との言葉。品質の良さと、全体的な量、更には綺麗な採取の仕方等を加味して総合した結果らしい。
ちゃんと薬局カウンターの責任者に薬草を確認してもらって、その上で決まった報酬の量だそうで。
報酬を増やす事はあっても減らす事は絶対ない。最初に見せた緊張した面持ちや、内気な印象を持たせる態度とは違って、その時だけははっきりと、ナギトの目を見て語っていた。
まあ、言い終わった後、直ぐに目は逸らされたけれど。
「……あ、あのっ!もし、良かったら……クエストの合間で、良いので……またこうして、薬草を採取してもらえないでしょうか……っ?もっ、もちろん報酬はお出しするので…っ!」
「まあ、別にいいけど……。何、今年はそんなにポーションの消費激しいわけ?」
「そう言うわけでは、ないのですが……。その、規定数のポーションを作って余った薬草は、自分達で上級ポーションを作る練習や、まだ自分で作ったことのないポーションを作る為に使用しても良いと、言われていて……。自分で採りに行くのが一番なのですが、その……わたし、補助魔法士、で……」
尻すぼみに消えて行く女子生徒の声に、成る程納得。そう言う理由なら、薬草の採取を依頼して来ても至極当然か。補助魔法士だからこそ、自分で薬草採取に出るのも難しいのだろう。襲撃されてしまえば、反撃する能力がない。こればっかりは適正の問題。
無理に自分で採取に行くくらいなら、こうして薬草採取クエストを受けてくれた生徒に頼むと言うのも、一つの方法としてはありだ。
この場合は、学内クエストではなく、個人クエスト扱いになるが。
「じゃ、学園外に出て、余裕があったら薬草採取。んで、採取した分はお前に渡す。それでいいな?」
「はっ、はいっ!ありがとうございます!」
「名前!名前教えてっ?そうじゃないと、お姉さんが居ない時に薬局カウンターに預けらんなくなるから」
ナギトの横からぴょこっと顔を出して言うユヅキに、そう言えば、とナギトと女子生徒は揃ってハッとしていた。
確かに、名前を知らなければ薬草を預けておく事も出来ない。名前は大切な情報だ。
名乗らず失礼しました。そう言って頭を下げた女子生徒は、顔を上げる。パールホワイトの髪が、彼女の頭の動きに合わせて揺れ、光を浴びてキラキラと光る。
「ほ、補助魔法士学科二年の、ルカ・ナナラフェルです…!よっ、よろしくお願いします……っ!!」
「ん。魔法剣士学科一年、ナギト・アクオーツ」
「はいっ!精霊術師学科一年、ユヅキ・ホズミですっ!」
「……オレも?結界術師学科一年、の……ミナギ」
始まった自己紹介に、若干嫌そうな顔を見せるのはミナギだった。家名を言わず、名前だけで終わるのは、家名だけ聞けばあの一族だと知っている人は直ぐに気付くくらいには、セニオル家が有名だから。
どうせどこかでバレてしまうのだろうが、出来るだけ名乗りたくないと思うのは、家族に対して良い思い出がなさ過ぎるから。
稀少な結界術師で、なおかつベル・オブ・ウォッキング魔法学園から招待状が届いた。
この事実は、それまでのミナギの生活を一新するには十分過ぎたから。
親世代からは手の平を変えて良い扱いを受け、何か欲しいものはないか、等と擦り寄られる事が多くなった。自分と同じ子供世代からは、調子に乗るなと今まで以上に辛く当たられるようになった。そんな態度を親世代が見て、改めるようにときつく叱られるようになったのも、彼等を怒らせる原因の一つになっているのは、明白なのに。
だからこそ、あまり家名を言いたくないミナギの気持ちを知ってか知らずか、特に補助魔法士学科の女子生徒は――ルカは、追及してくる事はなかった。正直、ありがたかった。
ナギトとユヅキはセニオル家の事を気にしていないのか、知らないのか。特に家族の事を話題にして訊いて来る事はなくて。身構えていた分、拍子抜けした部分はある。とは言え、学内ランクも気にせず、パーティランクが下がる事も気にしないあの二人だ、家名がどうのこうのなんて、どうでも良いの一言で済ませてしまいそうな気はする。
「クエストカウンター通さなくてもいいんだ、こう言うの」
「ん。他のクエ受けてる時の『ついで』だからな。正式なクエストじゃない分、評価には繋がらない。それに口約束みたいなもんだから、後から報酬どうのこうので揉める事も多いし、お前も学園外で同じ事する時は気を付けろよ。学園内なら、俺がたいぎい手続きとか交渉とかするからいいけど」
「ナギトパパ達も、『信用出来る相手以外とはしちゃダメだからね』ってよく言ってた!」
こう言うところにも、ナギトの両親の教育がしっかりされているらしい。ここまで事細かく教えてくれるなんて、一体どんな両親なんだろう、とミナギが気になってしまうのは、仕方ないのかもしれない。
だって、あまりにも自分の知っている家族とは違い過ぎるから。
「オレ達、今日初めてナナラフェルさんと逢ったのに、ついでの依頼受けるの?」
「人騙す度胸のあるヤツに見えるか?見えないだろ、こんな気弱な感じなのに」
「本人目の前にして言わないであげてくれる?」
「あ、あはは……」
訊いたのはミナギだが、真顔でルカと名乗った女子生徒を無遠慮に指差して言うナギトに、思わずツッコミを入れてしまった。
流石にちょっと、失礼が過ぎる。後、人を指で差すのを止めようね、それも失礼だから。
これにはルカも返す言葉に迷い、困ったように笑うしか出来ず。なのにナギトは軽く肩を竦めるだけなのだから、ごめんなさいとミナギはユヅキと一緒に謝った。ナギトらしいけどねと笑って語るユヅキの言葉は、悲しいけれど否定出来なかった。
「勿論、騙すつもりはないですよ……?報酬は、わたしが作った薬で良ければ、お渡しします」
「ん。じゃ、ソレで。カウンターに居ない時は、他の奴に預けとく」
「ありがとうございます…!助かります、本当に……!!」
そう言って嬉しそうに、安堵したようにも見える笑顔を見せるルカに、釣られてにこにこと笑うのはユヅキだ。一瞬で和む場の空気に、流石はユヅキさん、と思うのはミナギ。ふっと隻眼を細めて小さく笑うのはナギトだ。
この愛想の良さはミナギにはないし、ナギトなんて壊滅的だ。
まあ、愛想が良くにこにこと笑うナギトは想像出来ないし、そもそも想像出来たとしてもある意味怖過ぎる。
「あっ!質問いーい?ルカナちゃん!」
「はいっ?!」
「さっき、どうして見ただけで薬草の品質が違うってわかったの?」
まるで授業中のように、片手を元気に挙げて言うユヅキに驚き、ひっくり返るルカの声。
しかし当のユヅキはあまり、と言うか全然気にしていないらしく、目を輝かせながら質問。あ、でもそれは興味ある、とナギトとミナギの心の声。
ユヅキだけに見つめられるならまだしも、そこにナギトやミナギも加われば、居心地の悪さをルカが覚えてしまうのも仕方ない。特にナギトは目付きが悪い隻眼で、ただ見つめられるだけでも、睨まれているように見えてしまうから。
加えて、さっきユヅキが口走った、ルカナちゃんと言う呼び名。ユヅキが考えた愛称だろうか、ルカの。
「……えー……っ、と。わたしの右手に持っているのが、品質の良い薬草。左手に持っているのが、極々普通の薬草なんですが……。品質の良いものは、普通のものと比べて葉脈が太くしっかりしているんです。色も濃くて、厚みもあって……。ただ、慣れていないと見分けるのは難しいと……」
「あー、確かに。言われてみればそうかも、ちょっとコッチの薬草、色が薄くてペラペラしてる……かも?」
「いやもうこれ誤差だろ」
「小さな違い見分けられるのは、やっぱりルカナちゃんが薬師見習いで慣れてるからなんだね」
自信なさげに首を傾げるミナギ。眉を顰めて言うナギト。目をキラキラと輝かせるのはユヅキ。三者三様のリアクションに、ルカは困ったようにぎこちなく笑うばかり。元々内気で気弱な性格もあるが、この三人のテンポにはどうにも付いて行きにくい。
それは奇しくも、ナギトとユヅキを初めて前にした時のミナギと似た心境なのだが、彼女が知る筈もなく。右手と左手に薬草を持ったまま、どうしたものかと悩む。
あれ、でも待て。ここで浮かぶ疑問一つ。
「あの……では皆さんは、どうやってこれだけ品質の良い薬草を採取出来たんですか……?」
至極当然な疑問。普通のクエストカウンターの受付スタッフではなく、薬局カウンターで、薬師見習いであるルカだからこそ浮かぶ疑問は、それはそう、とナギト達に思わせるには十分過ぎた。
ビギナーズラックなんて言葉も存在するが、流石に提出された薬草の中で、高品質の薬草が占める割合が多過ぎる。
偶然とするには出来過ぎている。確実に、品質の良いものを狙って採取したとしか言えない結果。
困惑を顔に貼り付けるルカに申し訳ないと思いつつ、ナギトはぽんとユヅキ、ミナギの頭に手を置く。一七八センチのナギトと、一五二センチのユヅキとミナギ。その身長差、二十六センチ。ナギトの肩よりちょっと上辺りにある二人の頭なんて、簡単に手が届いてしまう。
「わっ!」
「ちょっ!ナギトさんなにす」
「ゆづは見ての通りの精霊術師、ミナギは未契約の精霊が『見える』もんでな。それで精霊達に『教えて』もらったんだよ。高品質なのはこいつらが採取した。普通のは、俺が採取したもんばっかだよ」
二人の頭を何度かぽんぽんと撫で叩いた後、最後にぽんっ、とナギトは背中を叩く。
目を丸くするルカに対して、なんとも言えない恥ずかしさに顔が熱くなるミナギ、にこにこ笑顔のユヅキ。褒められる事なんて今までなかったせいか、ただただ恥ずかしい。止めてよなんて言ってミナギがナギトの手を振り払うが、その反応すら面白がられてにやにや笑われる。これもからかいの一つか、もしかして。
抵抗したら負け。頭でわかっていても、どうしても反応してしまう。
「……精霊術師じゃなくても……精霊が見える?ん、ですか……?」
「ん。ま、詳しい話はたいぎいから、機会があればな。よし、クエストカウンター行くぞ」
「ここで?!ここまで話しといて!?ナナラフェルさんめっちゃ気にしてる感あるんだけど?!」
「たいぎいからヤダ」
「なんなのこの人!!」
「あははっ!それじゃルカナちゃんまたねー!」
「待って!ユヅキさん待って!アンタも結構ナギトさんに似てマイペースだよねぇ!?」
ツッコミが忙しい。精霊術師でなくとも精霊が見えると言う新情報に目を丸くするルカを放置で、ナギトはさっさとクエストカウンターへ報告に向かおうと踵を返す。
即座にミナギがさっきの話題をルカが気にしていると言っても、聞く耳持たず。
たいぎい、この場合は面倒臭いの意味だろうか、それで切り捨てられてしまうのだから、流石にミナギも声を荒げてしまう。せめてもうちょっとくらい説明してあげてほしい。自分で話の種を蒔いたのだから、きっちりしっかり最後まで刈り取る責任がある筈だ。
それなのに、クエストカウンターに向かおうとするナギトの援護射撃を撃つユヅキが居る。本当に似た者同士のマイペースだな、この二人。本当にこのまま行くのか、クエストカウンターに。
しかも首に巻き付いているセラータも、尻尾でぺしぺしとミナギの頬を叩いて来る。さっさと追い駆けろと、つまりそう言う事だろうか、これは。
ああもう、なんて苛立ちに吐き捨て、先を歩くナギト達を追い駆けようと歩き出したところで――だがしかしミナギの足は、踏み出した位置のまま、動かなかった。
「治癒魔法士は居るか!教師でも職員でも誰でもいい!ポーションもよこせ!!」
鋭い声が、医務室に居る全ての人の鼓膜を、貫いた。
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