天秤の絆 ~ベル・オブ・ウォッキング魔法学園~

LEKI

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本編

本編ー1

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 【クエスト】
 正確には、学園内クエスト。
 ベル・オブ・ウォッキング魔法学園が学園内や外部から依頼され、発注するクエストで、学園内の生徒が主に受けるもの。
 内容は様々で、一般的なモンスターの討伐依頼だったり、素材の採取だったり。学生への依頼には少ないが、護衛任務や輸送・配達任務もある
 報酬の受け取り方は様々で、通常はお金や素材を受け取るものだが、クエスト参加中に参加出来なかった授業の単位に交換出来るシステムが、ベル・オブ・ウォッキング魔法学園の特殊なところか。
 クエストを受ける場合の条件は様々で、最少人数は二人から。特定の学科の生徒が最低一人は必須な場合もある。
 学内クエストの場合は、パーティメンバーのランクの平均がパーティランクとなり、後は成功率によって変化していく、との事。

 正直な話、期待していなかったと言えば嘘になる。
 ランク認定試験でSランク評価を得たナギトとユヅキとパーティを組んだ事で、どんな難しいクエストを受けられるのだろうか、と。
 しかし、記念すべき初のクエストは――難易度最低ランクのFランクで、しかも学園からそれほど遠くもない場所での採取クエスト。学園外であれば、子供の小遣い稼ぎとまで言われそうな、ポーション用の薬草採取だった。肩透かしも良いところ。
 指定された薬草を探しながら、隠し切れない不満が顔に出ているのを、ミナギの傍に居た五人の小精霊達はしっかりと見ていて。
 不思議そうに顔を見合わせ首を傾げつつ、採取目的の薬草を、こっちに生えてる、あっちに生えてるとミナギに伝えている。うん、これに関してはありがたい。まだ薬草と雑草の見分けがつかないから。

≪ミナギくーん、そっちどう?≫
「えっ!?ユヅキさん!?ど、どこ……あ、ああ、コレか……。うん、チビ達が教えてくれるから、なんとか……」

 耳元で聞こえたユヅキの声に、一瞬びくっとミナギの肩が跳ね上がる。
 振り返ってみるも、そこには誰も居なくて。じゃあなんでユヅキの声が、と驚くミナギだったが、すぐに自分が左耳に着けているものの存在を思い出し、落ち着く。
 パーティを組む事になり、総合職員室で届けを出した時に学園側から支給された、パーティ専用アイテム、パルス・ウォークス。イヤリングかピアスタイプを選べて、特殊な加工が施された長方形の魔石が着いたスイングタイプの耳飾りだ。パーティとして登録している仲間同士でなら、ある程度離れていてもすぐ隣で喋っているかの如く声を届けてくれる、便利な魔法道具。距離は大体、三〇〇メートル程度までは届くらしい。
 ナギトとユヅキが持つソキウスの指輪もそうだが、至れり尽くせりである。
 敢えて問題点を上げるなら、独り言も仲間内で共有されてしまう為、授業中に装備していたら授業中の声や、休憩中の友人達との会話も筒抜けになるそうで。クエスト参加中か、学園内でパーティでの会話が必要な時にのみ装備するようにと言い付けられた。
 外していても、パーティの誰かが話していたら魔石が光って教える為、聞き逃す事もないらしい。なんとも便利なアイテムだ。

「でも不思議なんだよね、同じ植物あるのに、『こっち採って』って指定してくるんだ」
≪その時はチビ精霊達の言うこと聞いとけ。同じ薬草でも、生えてる場所の影響で効能が増してることがあるんだよ。そいつらが教えてるのは、そう言うヤツだ≫
「……ホントに?同じ植物なのに?野生の薬草って、あんまり品質良くないから買取価格低いのが定番じゃん。ポーション用の薬草なんて、今じゃ栽培されてるのもあるし」
≪あー…………なんだっけ?アイツ等なんてったっけ……?≫
≪うーん……。自生してるものは、人やモンスターに踏まれたり、十分に水や肥料がなかったりで、それでもなんとか生き残ろうって頑張るから、むしろ整った環境で育った薬草より効能がある場合もある……だったかな。全部が全部そうじゃなくって、数としては少ないけど≫

 おかしい。クエストに出ている筈なのに、まるで授業に参加しているような気分になって来る。ナギトやユヅキの口ぶりからして、誰かに教えてもらった話らしいが、現役の魔法剣士や魔法銃士であるナギトの両親とは違うだろう。
 一体誰に聞いたんだと思いながらも、適当に相槌を打ちつつミナギはまた一つ、薬草を積み、ベルトポーチの中へ。
 見た目的にはよくあるベルトポーチだが、容量が大きく、軽量化の特殊な魔法がかかっている優れもの。こちらは学園からの支給ではなく、ミナギの私物だ。一般的に流通しているアイテムバッグではあるが、ベルトポーチタイプはここ数年で流行を始めたもの。ちなみに、ナギトはレッグバッグタイプ。ユヅキはボディバッグタイプと、こちらもまた最近の流行り。
 魔力を含んだ素材から、一つ一つ魔研技師の職人が作り出した一品だ。

魔研技師まけんぎし
 魔力を持った研究者や技術者、職人の総称。
 魔力の籠った素材から武器や防具、果てにはポーションやアイテムバッグ等、生活に必要な物を作り出したり、開発したりするのが主な仕事。
 研究者であれば開発を、技術者や職人であれば製作や改良を主な仕事としている場合が多い。

 魔研技師は凄いなぁ、なんて頭の片隅で思いながら、五人の小さな精霊達の指示に従い、薬草を集めていく。これは、後でお礼の品を用意した方が良いのだろう、きっと、多分。
 再度頭の中で、今回のクエスト内容を思い出す。
 学園外ではなく学園からの依頼で、クエストランクは最低ランクのF。内容はポーション用の薬草集め。薬草の品質や量によって報酬は変わって来るものの、大半の生徒からは見向きもされない、初歩中の初歩クエスト。
 なのにナギトは一番にそのクエストを選んでいた。ユヅキも、異論なしでクエスト受注を決定。ミナギは採取クエストを受ける事に驚いていたが、最終的には合意して今に至る。
 参加は本人の自由なのだから、別にミナギも参加しなくても良かったのだが。それでもこうして参加しているのだから、ちょっと自分でも不思議だ。
 なぜ、採取クエストを受けたのか、どうして採取クエストを学園が発行するのか。ミナギの頭の中で、謎がぐるぐる。だが、いくらなんで、どうしてと考えても、当然の事ながら答えは出て来なくて。
 この学園の招待状が届く前までは、わからない事、知りたい事は全部自分で調べるしかなかった。誰かに訊く、と言う選択肢なんて、最初からなかった。あったとしても、あの家族に教えてもらいたいとは、思わなくて。お前には不要なのに私の時間を浪費させるなと、鼻で笑われるばかりだったから。

 でも今なら、良いのかな。

「………あの、ナギトさん。質問いい?」
≪はいどーぞ、ミナギ≫
「どうして学園がポーション用の薬草採取クエなんて発行するの?」
≪ソレはアレ、魔法銃士学科の生徒が使うから。ポーションを外部から買うより、学園内で作っちゃえば費用も少なくて済むだろ?学園のスタッフとか生徒で、薬師やら薬師見習い居るからな。そいつらに練習かねて作らせるってパターン≫

 そのくらい自分で考えろ。そんな風に言われる覚悟もしていた、ミナギは。けれど予想に反してナギトは丁寧に、ミナギの質問に答えていた。
 学園のスタッフに薬師が居る事や、学園内でポーションを作っている事は、初耳だった。だが実際、ポーションを外部から購入するくらいなら、学園内クエストとして薬草採取を発行して、ポーションを学園内で作るのは、理にかなっている。何より経費節約にもなる。
 しかもポーションは、クエストの報酬で受け取る事も可能らしい。薬師見習いの生徒がポーションを作った場合は、それもある意味薬師見習い用クエストとして消化出来るそうで。
 色々効率を考えられたうえで、このクエストは発行されているのがよくわかる。だが、しかし。

「治癒魔法士は?いるんじゃないの?パーティに一人は必ず必要って言われてるのに」
≪戦闘中の状況によっちゃぁ、治癒魔法士の魔法待つよりポーション使った方が早いってこともあるだろ≫
≪小さなケガでも魔法で治療してもらってたら、魔力もすぐなくなっちゃうしね≫

 二人とも、説明が上手い。それはそう、とミナギが納得する答えばかりが返って来る。説明が下手な人になればそれこそ、余計な疑問が次々と浮かんで来るのに。逆に完璧とも言える答えと説明に、なぜか悔しくなってしまう。
 変な話だ。訊いたのは、ミナギ本人なのに。予想外に完璧な説明が返って来て、困惑しているのかもしれない。
 でもこれなら、一番の疑問にも丁寧に答えてもらえるかもしれないと、思って。

 そう思って勇気を出して訊いたのに――なぜかミナギは直後、思い切りバカにされていた。

「受けようと思えばBランクのクエスト受けられたのに、なんでわざわざFランクの薬草採取クエなんて受けたの?Bランクの討伐クエも色々あったのに」
≪あー、ソレ、パーティデビューして浮かれたバカがやる典型的なクソパターン。なに、お前ソレやりたかった?≫
「急にディスってくるじゃん」

 思わず真顔になったミナギは間違っていない。
 さっきまで丁寧に説明してくれたから今回も、と思ったのに。まさかいきなり一八〇度違うリアクションを返されるとは思ってもみなかった。
 苛立ちの混じったミナギの声に、吐き出されるため息はナギトのもの。一度薬草採取の手を止め、掛ける集合。薬草採取を始めてから、大体三〇分くらいだろうか。ずっとしゃがんでいたせいか、ちょっと腰が痛い。
 大きく伸びをしつつ、五人の小さな精霊達を手招きして呼び寄せ、最初に決めた集合地点へ。言葉は通じないものの、ジェスチャーで大雑把な意思疎通が出来るのは良かった。
 ジェスチャーでの意思疎通が出来なければ、彼等はいつでもどこでもミナギの後を付いて回るから。変わらず慕ってくれるのは嬉しいが、流石にトイレや風呂にまで付いて来るのは恥ずかしかった。
 ユヅキいわく、精霊はトイレも風呂も必要ないからこそ、何が恥ずかしいのかもわからないそうで、そこから説明する必要があったらしい。
 なんとかユヅキに伝えてもらって、ある程度はジェスチャーで意思疎通が取れるようになって、今に至る。

「あぁらぁ、ミナギが一番ノリなのねぇ」
「ミナギくん、どのくらい薬草採れた?」

 次に集合地点に着いたのはアルバで、その次にユヅキ。最後にセラータを肩に乗せたナギトの順。パタパタと駆け寄って来るユヅキに対して、気怠い様子すら見せるナギトはのんびり歩いて来る。
 ちゃんと採取をしてたのだろうかと不安が浮かぶが、実際にちゃんと薬草は採取していたので、ひとまずよし。
 精霊が見えない為、品質に関してはユヅキやミナギに比べて低いけれど。
 セラータが一緒ならセラータに教えてもらえれば良かったのでは、とも思ったのだが、セラータ自身が何も言わなかったし、ナギトも何も言わなかったそうで。まあそう言うものかと納得。
 問題は、なぜ討伐任務を受けなかったのかと訊いたらあんな風に言われたのか、である。

「別に討伐任務受けたかったわけじゃなくて……。ただ、ちょっと気になっただけ」
「んー……じゃあミナギ、俺がどんな武器使って、どんな魔法使うか知ってるか?」

 休憩がてら近くにあった切り株や大きめの岩の上に、腰を下ろす。学園から持って来た軽食や水筒をそれぞれのバックから取り出し、水飲んだり軽食を食べたりしながら、話を進める。
 だが、まさか最初から質問されるとは思わなかった。この話と討伐任務を受けなかった理由と、どう繋がるのだろう。ユヅキはわかっているのか、特に不思議そうな表情は見せず、クッキーを食べている。時々、小さく割ったクッキーをアルバやセラータ、ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達にあげながら。

「ナギトさん……は、魔法剣士だから剣使うし、闇魔法使うんでしょ?闇属性の単一だって聞いたよ」
「ブッブー。はい、不正解」
「えぇ……?」

 なぜ不正解なのかわからない。
 ナギトが魔法剣士なのは間違いないし、使う魔法も闇魔法一種類である事は間違いないのに。もしこれで実は他の属性の魔法も使えますなんて話になれば、魔力測定器の不具合となってしまう。
 何を間違えたのだろう。考えても、早々簡単にはミナギにはわからなくて。教えてと素直に言えば、ナギトは軽く肩を竦めて見せた。

「ゆづ、魔法剣士が使う剣の種類は?」
「うんっ?……えーっと、一般的に、短いのだとダガーから、長いのだと二、三メートルくらいあるツヴァイハンダーとかじゃないっけ。ナタを使う人も居れば、レイピア使う人も居て、大陸が変わったら刃がすっごい曲がってるはるぱー?って剣使う人もいます!種類いっぱい!」
「はい正解。剣が変われば戦い方も間合いも色々変わって来る。で、ミナギよ、俺がどの剣使うか知ってるか?」
「…………あー……わかんない。学園内の噂だと、魔剣の精霊使ってるってことばっかだったし……」

 なんとなく、ナギトの言いたい事がわかって来た。魔法剣士が使う剣がそれぞれ違うなら、戦い方も間合いも何もかも変わって来る。しかもミナギは、あくまでも学園内の噂で耳に入って来た程度の噂でしかナギトを知らず、稀少な魔剣の精霊を使う、闇属性の魔法剣士、としか知らない。
 眉を顰めて黙り込むミナギに、またナギトは肩を竦める。
 そして、残り二口くらいだった携帯食料を口に放り込み、もぐもぐと租借しながら、左手で左耳に付けているイヤーカフに、ヴェルメリオに、手を伸ばす。

「ヴェルメリオ」
≪ああ、いつも通りでいいな?≫

 名前を呼んだ瞬間、どこからともなく響く声。ミナギにも、聞こえた。しっかりと。
 声にピクッと反応するミナギの前で、赤い光を放ちながらイヤーカフから姿を変えるヴェルメリオ。ランク認定試験の時に現場に居合わせなかった為、ミナギにとってはこれが初めて、魔剣の精霊であるヴェルメリオを見る瞬間となる。

 最初は、淡い光が零れ落ちるように。
 続けて大きくなっていく光が強くなり、ナギトの手の中で長く伸びて。岩の上に座るナギトの身長を軽く越える長さになり、そして光が落ち着くと共に姿を現す、赤い刀身の一振りの剣。
 全長二メートルにも迫る長剣、ツーハンドソード。

 眩しさに目を細めるミナギとは違い、ナギトは平然と、ユヅキはむしろ楽しそうににこにこと笑ってそこに居る。アルバも、セラータも、特に変化なし。おおお、と目を輝かせて拍手をするのは、ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達だ。

「これが、俺が一番使い慣れてるツーハンドソード。攻撃範囲は見ての通り、ケッコー広い。んで、こう言う武器は決まって重くて振り回すのが大変なんだが、ヴェルメリオはそこまで重くないんだよなー」

 そう言って、本来は名前の通り両手で扱う全長二メートルにもなるツーハンドソードを、左腕一本で簡単に振り回すナギト。
 異様な姿ではあるが、魔剣の精霊だからと言われれば、納得出来る。完全に、とは言わないけれど。
 精霊には実体がないけれど、ヴェルメリオに関しては人に作られた後に精霊になった為、触れるそうだ。それこそ、ミナギでも。触ってみるかと訊かれたが、そこは丁重に断っておいた。正直に言えば持ってみたいとは思うけれど、ツーハンドソード以前に、包丁にすら触った事がないの身。単純に刃物が怖い。

「この長さ、覚えとえよ。切れ味もイイから、これなら大抵のモンスターは斬れる。闇魔法に関してはも、攻撃系は一通り。まだ扱いなれてない魔法もあるけど、ムリにそれ使って戦おうとはしないし、そんなモンスター相手にするクエストも受けるつもりもない。まっ、攻撃系の闇魔法一通り使えるっつっても、ミナギクンはわっかんないだろーけどぉ?」
「くっそうざ。でも事実だから腹立つ」

 思い切りニヤニヤしながら語るナギトに、心の声がそのまま出てしまうのはミナギ。イラッとするものの、全て事実でしかない。実際、初歩的な魔法はわかるものの、それ以上となると知識不足。
 パーティーに勧誘された後、学園内の大図書館に向かい、魔法に関する本をあれこれと借りて勉強を始めたが、一朝一夕で身に付く筈もなく。
 学園に帰ったら、闇属性の魔法をメインに勉強する方向性にした方が良いだろうか。
 そんな風に考えるミナギの横では、そわそわしているユヅキが居る。何だろうと思って目を向ければ、パチッと目が合って。瞬間ぱぁっと輝く、ユヅキの目。なんと言うか、圧が強い。
 若干その瞳の輝きにミナギが引いているのは、絶対きっとナギトの見間違いではない。

「はいはいっ!次はあたしっ!」

 まるで授業中の時のように手を伸ばしてアピールするユヅキに、更にミナギは引く。
 ナギトのやり取りから続く形での流れだ、嫌な予感がする。

「あたしが契約している精霊は、何人いるでしょーかっ?」
「え……?アルバとセラータの二人でしょ?」
「ブッブー!ハズレです!」

 胸の前で腕をバツの形で重ね、高らかに宣言するユヅキに、え、とミナギが戸惑うのも仕方ない。
 岩の上に座るナギトを見れば、丁度ヴェルメリオをツーハンドソードの姿からイヤーカフに戻すところで――ああそうかと、納得。

「ヴェルメリオも居るから、三人か」
「ブッブー、またまたハズレ!」

 満面の笑顔で返され、いよいよもってミナギはわけがわからなくなってきた。
 だって実際問題、今ミナギの目の前にはその三人の精霊が存在しているのに、ハズレだと言われるなんて、おかしいだろう。自分の傍に居る五人の小さな精霊達はと思うが、仮に契約していた場合、ナギトだってその姿を視認出来ている筈だ。
 五人の小さな精霊達にユヅキの通訳をお願いして訊いてみるものの、言わないよ、言わないよ、と両手で口を押えて首を横に振って答えて来た。
 どうやら、オーディエンスの協力は得られないらしい。

「えぇー……そんなんわかるわけないじゃん……」
「訊いて教わるのも大事だが、自分で調べて考えるのも大事だぞー」

 それはそうかもしれないけれど、流石に問題が難し過ぎる。何かヒントでもあれば、と思ったところで、ユヅキがSランク認定を受けている事を思い出す。
 精霊術師のランク認定基準なんて、当然ミナギは知らない。
 だが、少なくとも、精霊術師に必要だと言う三つの素質である、未契約の精霊を見る力が強いのは間違いない。だって、普通の精霊術師でもちゃんと見える事が少ないと言う、手の平に乗るくらい小さな精霊達を見る事を、ユヅキは出来ているから。
 もう一度、五人の小さな精霊達へと、目を向ける。その視線に、また小さな精霊達は両手で口を押え、首を横に振る。うん、答えないのはわかってる。

 精霊の存在を感じ取る力。未契約の精霊を見る力。人間とは違う言語を話す精霊の声を聞き、話す力。
 この三つの要素が揃って初めて、精霊術師になる。

 確認の為に訊けば、ナギト、ユヅキ、アルバは揃って頷いた。セラータは、話に興味がないのか大きく伸びをしていた。けれど、一度目が合った時、何か言いたそうな目をしていて。
 なんとなく。ただなんとなく、そうだと、肯定された気がした。
 さて、考えよう。精霊術師になる為の三つの要素をしっかり持っていて、見る力に関しては相当なもの。だからと言って、簡単にSランク認定はされないだろう。珍しい魔剣の精霊と契約しているとしても。
 もしミナギが試験官だとしたらどうするだろう。どのくらいの基準なら、学内ランクでも最高のSランクに認定するか。
 そう考えて――思い浮かぶ、一つの仮説。
 ミナギの表情が急に険しくなったのを見て、にやりと笑うのはナギト。ユヅキはにこにこ笑っているし、アルバはその場で軽くバタバタと羽ばたき低空飛行。セラータは長い尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

「………………………全属性の精霊と……契約して、る…………?」

 次の瞬間花咲く二つの笑顔が、何よりの答え。ナギトの笑顔に関しては、花咲くと表現するには随分と人の悪い笑顔だったけれど。
 隻眼なのと元々目付きが悪いせいで、むしろガラが悪いとすら思えてしまう。
 信じられないと言った表情でミナギがユヅキを見るが、当の本人は満面の笑顔を見せたまま。その輝かしい笑顔が少し怖く見えるのは、このユヅキの本当の強さを知ったからだろうか。

「……精霊術師って、全属性の精霊と契約出来るもん?」
「かぁんたんには出来ないわねぇ。精霊に交渉したとしてもぉ、本人達が了承しないとぉ、ダメだものぉ」
「いかに精霊に気に入られるか、交渉力はどうか、て辺りが試されるな」
「ユヅキさん、どんな感じだったの?」
「みんなから『契約してー!』って来た」

 説明とユヅキの実情があっていないのは、どうなのだ。
 視線で問い掛ければ、ナギトはニヤニヤ笑ったまま肩を竦めるだけだし、アルバとセラータはわざとらしく目を逸らしている。ユヅキだけは、にっこにこ笑顔のまま。むしろその笑顔がさっきよりも輝きを放っているように見えるのは、絶対気のせいではない。

 もしかして、もしかしなくても、今更だけど、このパーティ内で一番規格外のチート枠は、ユヅキなのか。ナギトではなく。

 言葉を失い、愕然としながらユヅキを見つめるミナギを見て、五人の小さな精霊達は、表情から話の流れを察したのか顔を見合わせてクスクスと笑い合っている。ナギトもアルバも楽しそうに笑っているし、セラータも目を細めて笑っているように見える。
 もしかしなくても、遊ばれているのではなかろうか。

「やー、ミナギは新鮮な反応見せるから面白いわー」
「バカにしてるの間違いじゃない?」
「ミナギくんかわいーから」
「ユヅキさん、違う。少なくともナギトさんはからかってる。オレをおもちゃにしてる」
「あらあらぁ、ナギトは一人っ子だものねぇ。可愛い弟分が出来てぇ、嬉しいのかしらぁ?」

 ユヅキの笑顔と、ナギトとアルバの笑顔の種類が違う。違い過ぎる。
 楽しそうに笑っているユヅキとは違い、ナギトとアルバは完全にミナギをからかって笑っているから。話に参加していないセラータに助けを求めるも、楽しそうに尻尾を揺らして見えるのだから、ナギトやアルバと同類なのだと理解するには十分。
 多勢に無勢過ぎる。唯一の救いはユヅキがからかって来ない事だが、若干的外れな言葉が飛んで来る為、助けにならない事は明白。味方が居ない。
 と言うか、そもそも何の話をしていたのかわからなくなってきた。なんでこんな話になったんだっけ、と考え込むミナギ。そうして、思い出す。そうだ、なぜ最初のクエストが討伐クエストではないのか、から始まった話だ。

「ああもう!!オレは討伐クエ受けなかった理由聞きたいんだけど!なんでディスられた挙句こんな関係ない話してからかわれなきゃいけないわけ?!」
「や、関係あるある。落ち着いて聞けって」

 ミナギが耐えられないとばかりに苛立ちに怒鳴るが、特に驚いた様子もなくナギトは返して来る。その余裕さすら腹が立つ、なんて。口に出して言えば、またからかわれそうなのでぐっと言葉を呑み込んで我慢の一手。
 それでも苛立ちは堪え切れず、精一杯睨んで抵抗するミナギだが、まあ結果はお察し。
 嗚呼もうチクショウ、腹が立つ。遊ばれてるのがわかっているのに反応してしまう自分には、それ以上に腹が立つけれど。
 気を取り直して、話の軌道修正。かと思えば、また妙な質問がナギトから飛んで来る。

「んじゃミナギ、戦闘になったとして、俺やゆづに敵から攻撃来てるなって思ったら、なんでもかんでも結界術で防げるか?」
「は?なんでもかんでもは、無理でしょ……。そんな連発なんて出来ないし……力使い過ぎたらぶっ倒れるし」
「うんうん。まあ、それはナギトやあたしも同じだけどね?」

 こてんと首を傾げながらユヅキが言う。まあ、それに関してはどの職業でも同じか。
 正直な話、幼い頃から実戦で鍛え上げられたナギトが倒れるほど魔力を消費するとしたらどれだけか興味があるし、精霊術師はどんな風に術を使って消耗するのか気になるけれど。今はその疑問は脇に置いておこう。
 そう言えば、今更過ぎる話だが、ミナギは自分がどんな結界をどのくらい作れるか、話してなかった。初歩中の初歩である三角結界トリアングロ・バレッラが作れて、その上のランクの四角結界クアドリラテロ・バレッラは安定させにくい、とだけ、パーティを組む前に話したくらいで。
 どれだけの大きさの結界を、強度はどのくらいで、同時に何枚まで作れるか、全く話していなかった。
 その逆で、今やっとナギトの使う剣の種類や魔法の種類を知らなかったし、ユヅキが全属性の精霊と契約している事も知らなかった。訊こうともしなかったから、ミナギは。

「お互いになんも知らない状況で討伐クエなんて、自殺行為だろ」
「職業だけで判別してたら、どんな魔法使うか、使えるかもわからなくて、連携なんて取れなくなっちゃうよ」
「…………確かに、『パーティデビューして浮かれたバカがやる典型的なクソパターン』かも……」

 急にディスって来たとミナギは即答していたが、簡潔にこれまでの話をまとめた結果、ナギトの台詞は物凄く的を得た言葉だった事がわかる。
 まあ、ここまで説明してもらって初めて理解出来たのだから、突然あんな事を言われては、ディスられたとミナギが受け取ったとしても仕方ない筈だ。絶対、きっと。

 ベル・オブ・ウォッキング魔法学園に入学するまでは、魔力を持つ者、持たない者関係なく、同じ学校で子供達は教育される。
 ある程度魔力を持つ者と持たない者は別々に受ける授業もあるが、基本的には皆共同で。
 動かないカカシに魔法を当てるような基礎的な魔法を学ぶとしても、パーティを組んでクエストを受ける、なんて事はまず経験しなかった。
 それが、素質のある者が魔法学園に入学した途端、パーティを組めたとなれば、浮かれ、はしゃぎ、調子に乗って、互いの戦闘スタイルを知り、連携を取る為の練習や訓練もせずに、危険性を見落として魔法を使って戦う花形とも言える討伐クエストに挑戦してしまう、と。つまりはそう言う流れ。
 勿論、全員が全員そうではないが、まだ十五歳の子供。はしゃいでしまうのも仕方ない。

 だが、そうなると気になる点がある。
 ならばどうして、わざわざベル・オブ・ウォッキング魔法学園では、パーティメンバーのランクを平均で出しているのだろう。
 外部では、パーティメンバーのランクは関係なく、最初は最低ランクのGランクから始まるのに。
 あれ、もしかして。

「ねえ、もしかして……この学園って、実は結構性格悪いことしてる?」

 にやぁっ、と。ナギトは笑う。隻眼をすがめて、口角を上げて、とてもじゃないが良い笑顔とは言えない悪い笑みで。ユヅキもユヅキで笑顔にいくらかの意地悪さが見えている。
 アルバやセラータはともかく、話が理解出来ていないらしい五人の小さな精霊達は、どうしたの、何があったの、と不思議そうに顔を見合わせ、ミナギに向けてアピールしたり、ユヅキに駆け寄ったりと大忙し。
 話の通訳をしてもらって、やっと理解出来た後は、なるほどーなんて納得した様子を見せていたけれど。

「あえてパーティメンバーのランクの平均をパーティランクにする事で、危険性を忘れてうっかりやらかす生徒達にお灸を据えるってワケだ」
「うぅっわぁ……」
「採取クエストだって、危険がないわけじゃないもんね」
「ゆづの言う通りよねぇ。採取してる間だってぇ、ナギトとセラータが何体かモンスター倒してたものねぇ?」

 アルバの言葉にうんうんと頷くユヅキと、軽く肩を竦めるナギトと、尻尾をゆらゆらさせながら寝る体勢に入るセラータが居る中で、唯一目を見開くのはミナギだけ。
 しかもよくよく話を聞けば、ミナギが採取している時にも頭上をナギトの闇魔法が通り過ぎたと言うのだから、思わず絶句。全く気付かなかった。魔力を持たない為、魔法に関する探知能力がないにしても、流石に吞気過ぎるだろう。
 なんで討伐クエストを受けなかったのかとか、五人の小さな精霊達がどうして薬草をしているのかとか、そんな事を考え過ぎていて、周囲への注意を怠っていた、なんて。

「え……っ、あ!ゴッ、ゴメ、気付かなくて」
「学園の敷地内はともかく、学園の敷地一歩出たら襲われる可能性あるんだ、気を付けろよ。毎回助けられる保証なんてねぇし」
「なーん」

 怒る事はなかった、ナギトは。叱る、よりも指摘程度でこの話は終了。
 結構重大な心配の筈なのに、その程度で終わらせて良いのだろうか、と言うのはミナギの心の声。堪え切れずどうして怒らないのかと訊けば、必要ないからと即答されて。思わず、言葉を失う。

「自分で失敗したって反省してんだから、それ以上言う必要ないだろ」
「けど……っ!」
「次から気を付ければいいんだよ。それにナギトなんて、ナギトパパとナギトママに何度怒られても逃げるモンスター追い駆けて深追いして大変な目に遭った事あるもん」
「食人植物に突っ込んだ時は大変だったなぁ……。すぐに親父達に助けられたけど、食人植物に食われそうになった時より、キレた親父達に怒られた時のがバチクソ怖かったわ……。物理で締められる……。マジであの人等キレたらばりたいぎい……」

 頬を引き攣らせ、明後日の方を見て語るナギトの姿から、相当怖かった事がわかる。
 学内認定ランクでSランクを取ったナギトにここまで恐れられるなんて、一体両親はどんな人だったんだろう。現役の魔法剣士と魔法銃士だとは聞いたが、ナギトを鍛え上げたとなると、相当ランクが高い気がする。現在のランクを訊いてみたい気もするが、まだちょっと怖いので保留。
 自分の水筒の中の水を一気に、飲み干す。このクエストの報告が終わったら、また色々勉強する事が多い。頑張らないとなぁ、とため息を吐くミナギを見て、またユヅキの感覚のズレた発言が飛び出す。

「あ、水筒のお水なくなった?そしたら水の精霊さんに頼んで美味しいお水入れてもらうように頼んであげるからちょうだい?」
「…………は?精霊の力、そんなのに使っていいの……?」
「俺等の水筒の中の水、いつも水精霊が作ってくれた水だけど」

 この人達はもしかしなくとも、否、パーティに誘われたあの時から薄々思っていたけれど、精霊に対する感覚が一般のそれとかけ離れ過ぎているのではないだろうか。
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